カカイルワンライ「帰り道」

 太陽が時折雲の合間から顔を見せる。カカシは地面に落としていた視線を軽く上げた。任務の報告を済ませてそのまま帰るつもりだったのに、道の端にあるベンチに腰をかけたのは何となく。強いて言えば、しんどかったから。確かに任務でチャクラを消耗してはいたが、そこまでではなくて。ただ、連日の任務で疲れていた、それだけで。ちょっとだけ休むつもりだったのに。太陽も高く、暖かい気候に通行人も多い。いつもの和やかな里の見慣れた風景が、自分には場違いに感じれば感じるほど、そこから動けなかった。
 ベンチの背もたれに体重を預けながら、自分の右手を見つめる。指先や手甲には、既に色褪せた、酸化した茶色い敵の返り血が少しだけついていて、カカシは、それを見つめながら指で擦った。自分には多少支給服が破れた箇所があるものの、傷はない。
 慣れているはずなのに、任務の成果も良く火影からも労いの言葉をかけられて、何も問題はないのに。体は一向に太陽の暖かささえ感じない。
 でもそれは、時間が経てば直ると知っているから。
 ぼんやりと空の雲を目で追っていた時、聞こえてきたのは子供の声だった。子供の声だと分かっていても、反応を示さず空を見上げるカカシに、目の前を袋を抱えた子供が数人通る。
「あ、カカシ先生」
 その声に視線を戻すと、目の前に袋を抱えたイルカが立っていた。名前を呼ばれた事よりも、先生と、そう呼ばれる感覚に、慣れてきたはずなのにそれが自分ではないようで。それでも、イルカはこっちを見ているから、そこでようやく自分を呼んだんだと、そこで再度認識する。カカシは笑顔を作った。
「休憩ですか」
 血みどろでもない、支給服が土埃で汚れている以外に外見は特にいつもと変わらないから、イルカから見たら休憩しているように見えるのだろう。ただカカシも何も説明する気もないから、うん、とだけ答えれば、イルカは、そうですか、と小さく笑顔を浮かべる。
 その時、先行くね、と先を歩いていた子供達に言われ、イルカは顔をそっちへ向けた。
「余所見してないでちゃんと運ぶんだぞ」
 そう声を上げるイルカに、当たり前じゃん、と子供達が笑って応えて。生意気な台詞に、イルカはため息混じりに苦笑いを浮かべる。カカシはそのやりとりをベンチから座ったまま、ただ見つめてれば、イルカがふとこっちを向いた。
「じゃあ、失礼します」
 会釈をして、背中を見せたイルカの腕をカカシは掴んでいた。不意に腕を掴まれ、イルカは当たり前だがこっちを向く。
「えっと、何か、」
 今まで顔を合わせれば会話をするくらいで、呼び止める事もほとんどなければ、腕を掴む事なんてもっとない。戸惑うのは当たり前だ。不思議そうな顔をするイルカに、さっき自分で確認しで既に血は乾いているはずなのに、掴んだ指先でイルカの服を汚してしまったかと、カカシは思わず手を離していた。一瞬躊躇うように視線を下げるが、再びイルカへ目を向ける。
「背中、貸してくれませんか?」
 言えば、イルカの目が少しだけ丸くなった。
「・・・・・・背中、ですか」
 聞き返され、うん、とカカシは答える。
「そんな時間とらせないから」
 知り合いぐらいの相手の、唐突で、不躾なお願いに断ってもおかしくはないが。イルカは、ちょっとだけ考えた後、カカシの横に座った。言われた通り、背中を向ける。
 どうぞ、と律儀に言われ、それに安堵してカカシは遠慮なくその背中にゆっくりと体重を預けた。頬を乗せる。
 背中から聞こえたのはイルカの心音だった。瞬間、周りの雑音が自分の中に溶けてその中の一部になり、触れた箇所から体が暖かくなる。
 鼻から息を吸い込んだ。
(・・・・・・太陽の匂い)
 それがイルカの匂いなのか、太陽を浴びた服の匂いなのか分からない。でも、心地良い。
 阿吽の門をくぐってから時間が経っていたのに。
 やっと里に帰ってきたんだと、ようやく実感できた気がして、張りつめていたものが和らぐ。眠くなった。
 帰り道、たまたまイルカを見かけ、声をかけただけなのに、いいものを見つけたなあ、と子供が宝物を見つけたようなそんな気持ちになり、それが可笑しいと思うのにそれを否定したくない自分がいて。こんな事を考えるのはすごく眠いからなのか。答えを出そうも、でも瞼が重くなるから。それに拒むことなく、カカシはゆっくりと目を閉じた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。