カカイルワンライ「嫉妬」

「ここにね、初恋の人の名前を書いて川に流すと次の恋の願いが叶うそうなんですよ」
 嬉しそうにそう口にしたのはシズネで、いかにも女性らしい内容に、カカシは視線を机に広げた書類に落としたまま、へえ、とそこまで関心するでもなく返事をした。そこから目を上げれば、シズネが手に薄紙を数枚持っている。川に流す事で水に溶けるようになっているんだろう。よくあるアカデミーの女生徒が好むようなおまじないの類いみたいなものか。
「でもさ、俺みたいなオッサンがそんなのもらってもねえ」
 言う相手が間違ってるでしょ、と苦笑しながら続ければ、シズネが、何言ってるんですか、と大真面目な顔をこっちに向けた。
「恋に歳なんて関係ありませんよ、カカシ様」
 そうは言われても。
 上忍師をしていた頃のかつての幼かった部下たちはすでに成人に近く、アカデミーの子供たちから見たら火影と言えどいいオッサンには違いない。しかしいつも以上にハッキリと否定され、カカシはまた苦笑いを浮かべるしかない。そのまじないの紙は兎も角、様はやめてよ、と言うカカシに構わずシズネは、どうぞ、と手に持っていた紙を一枚、カカシに差し出した。否応なしに受け取るしかなく、カカシはそれを素直に手に取った。
「まだまだ書類は溜まる一方なんですから、息抜きのつもりでやってください。それと、カカシ様の歳でオッサンって言ったら綱手様にブッ飛ばされますよ」
 冗談とも受け取れない言葉を告げると、シズネは執務室から出て行く。
 誰もいなくなった執務室でカカシは、無理矢理渡された紙を手に、
「……だから様はやめてよって言ってるじゃない」
 ため息混じりに呟くしかなかった。


「だからって何で俺なんだってばよ」
 ムッとしたナルトに、ま、いーじゃないの、とカカシはシズネからもらった紙を手渡す。
 どうしようか悩んでる時に、ナルトからしたらたまたま、運悪くと言うべきか、執務室に顔を出したのだから、仕方ない。
「そもそもさ、俺みたいなオッサンがやってたら可笑しいじゃない」
 ため息まじに言えば、確かに、とあっさり肯定され、それはそれでどうかと思ったが。眉を下げながらカカシはそれを受け流す。束になった書類に目を通しながら、それに、とカカシは口を開いた。
「お前だったら初恋の相手、書けるでしょ」
 今の恋愛成就の為に。
 カカシのその言葉に。それはヒナタの事を指しているだとナルトは分かったのか。青い目を紙に落とし、少しだけ口を尖らせながら、納得してないながらも、そこは素直に、まあね、と答える。
 ヒナタの為となったら面倒くさい事もやらなきゃいけないと素直に受け入れるナルトに、カカシは僅かに目を細める先で。
 初恋の人かあ、とナルトは小さく呟いた。
「カカシ先生ペン貸してよ」
 そう口にしながら、カカシが承諾する前にナルトは机の上にあったペンを取ると、近くのソファに腰を下ろす。早速と言わんばかりに紙にペンを向けたナルトをじっと見つめ、
「サクラって書くつもりじゃないよね?」
 カカシの言葉にナルトが顔を上げた。
「何で?」
 当たり前にそんな言葉が出るから、カカシは、だってさ、と続ける。
「ナルトの初恋の相手はサクラじゃなく、イルカ先生でしょ」
 ナルトの青い目が丸くなった。視線が横に逸らされ、そしてまたカカシに戻る。
 カカシの目をじっと見つめ、そして今度は薄紙に目を落とし、そのまま無視して名前を書くのかと思いきや、またカカシへ顔を上げる。
「……何で知ってんの?」
 ナルトの台詞にカカシは涼しげな目元を緩ませた。
「そりゃあ知ってるよ」
「いつから、」
「さあ、いつからだろうね」
 爽やかな、それでいて意地悪な笑みを浮かべられ、ナルトは怪訝な表情を見せた。
 そんな顔したら、はいそうです、と素直にまた認めたようなもので、それが可笑しくもなるが。全て見透かされた気分になったんだろう。ナルトは不貞腐れた顔でこっちを見るから、カカシは肩を竦める。
「ま、俺も昔は内心気が気じゃなかったからね」
 意味深な言葉に、ナルトは眉を顰めた。しかしナルトだって馬鹿じゃない。
「……カカシ先生もイルカ先生好きだったのかよ」
 訝しみながらも聞くナルトに、まあね、とカカシはあっさり認めながら、
「好きだった、じゃなくて、今も好きだけどね」
 そう続ければ、ナルトは、うん、と言いながらも、よく分かっていない顔をするから。カカシは眉を下げる。
「肉欲的にって事だよ」
 追加すれば、キョトンとした後、顔が赤くなった。今の年齢であれば十分に分かる内容だろうに、ムッとしたような顔をする。分かっているだろうから、黙って見つめていれば、ようやくナルトがこっちを見た。
「何でそんな事言うんだよ」
 知りたくなかったと、それが思い切り顔に書かれているが。カカシは謝るつもりもなかった。謝るつもりだったら最初からこんな話は振らない。
「いや、いい頃合いかなって」
 にこりと笑えば、
「あー、なんだよもう!」
 そう口にしたナルトが、盛大にため息を吐き出した。ソファの背もたれに体重を預けるようにして顔を天井に向ける。
「大人気ねー」
 あんまりだと言わんばかりの口調にカカシは思わず笑いを零せば、恨めしそうな顔をナルトと視線が合う。
「何しても余裕ぶってたくせにさ」
 精一杯の皮肉なんだろう。それを受け、カカシは、そりゃあね、とニコリと笑った。
「昔っから弁当盗み食いしたり原始的な悪戯をしてくる悪ガキだったとしても、里の英雄だろうが、恋敵は全力で潰さなきゃ」
 複雑な顔を見せるナルトに、カカシは、だからさ、とまた口を開く。
「余裕なんてなかったって事」
 カカシが言い終わると、さっきまでの膨れっ面はそこにはなく。黙って視線を漂わせていた。
 そして。恋敵ね、とボソリと呟くから、カカシは、またナルトの表情に、肯定するようにニコリと微笑む。
 どんなに小さい子供だったとしても、イルカが自分を選んでくれていても。ナルトの存在が脅威だと言うことには変わりはなかった。何かと言うのはあまりにも漠然としているが。どっちかを選べて言われたら、きっとイルカはナルトを選ぶ。それが分かっていたから。
 でも今は。未だ下忍だろうが自分やイルカを超えた存在で。
 だから。ナルトには悪いが。胸の支えを取りたかった。
「イルカ先生の名前を書いたら川に流してきなよ」
 ヒナタの為に。
 そう告げれば。ナルトは自分よりもスッキリとした顔をして、紙を持って執務室を出て行く。
 カカシは大きくなった背中を見送った。
 ただ、ナルトの前では恋敵なんてカッコつけたけど。
(ずっと。事あるごとに、子供の様にナルトに嫉妬してたなんて。言えるわけないよねえ)
 今まで誰にも言えなかった素直な自分の気持ちを吐露して、カカシは一人、笑う様に息を漏らした。
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