カカイルワンライ「我慢」

 怒りのままに気持ちをカカシにぶつけたまではよかったが。カカシ以外の人間がいたのは誤算だった。
 ヤマトの顔を見て一瞬怯んだが、後悔したところで後の祭りだ。いや、居合わせたのがナルトじゃなかっただけいいのか。
 焦りに頭が混乱しながらも、イルカはそのまま逃げ出すように早足でその場を去る。
 何でこんな事に。
 そう思った時浮かんだのは、カカシの昨夜の言葉だった。

「その話、まだ続くの?」
 カカシがそうぽつりと呟いたのは、夕飯を二人で食べている時だった。
 昨日は自分もカカシも早く仕事を上がれて。一緒に夕飯を食べれるのは久しぶりで嬉しかったし、何より、作りたてをカカシに食べさせる事が出来たのが嬉しくて。だから、会話途中に言われた言葉に、イルカは一瞬何を言われたのか分からなかった。
 え?と聞き返してカカシを見れば、そこで初めて怒っているわけではないが、自分と違う、温度差のある表情をしている事に気が付く。ただ、今一緒に過ごしていた時間で、カカシがこんな顔をする理由が全く分からなかった。あの、と言い掛けるイルカに、カカシの表情は変わらない。目の前で持っていた箸をちゃぶ台に置く。
「ごちそうさま」
 そう口にしたカカシに耳を疑うが、口にした通り、立ち上がると脱いだベストを羽織り、そのまま部屋を出ていく。その姿をイルカは唖然とした顔で、茶碗を持ったまま、目で追うしかなかった。
 
 その喧嘩とは言えない喧嘩に、じわじわと憤りが沸き上がってきたのは今日になってからだった。
 昨夜は、結局カカシは帰ってこなかった。自分の家があるから、そこに帰ったんだろうが。カカシを追いかけなかったのは、自分に非があるとは思えなかっったから。だって、理由が分からない。分からないから、イルカは一人、残された部屋で、一人で飯を食べ、食べかけのまま置かれたカカシのおかずは、もしかしたら戻ってくるのかもしれないと、ラップをして冷蔵庫に入れておいたものの、そのままで。仕方なく自分が朝食でそれを食べた。
 作った時は上手に作れたと思ったし、それなりに美味いはずなのに。腹は満たされたが、全然美味く感じなかった。
 自分が少し舞い上がっていたのは認める。
 だって嬉しかった。休みも最近合わなくて、いつもどっちかが遅くて。
 何をするわけでもない、一緒に過ごす時間が嬉しかった。ただそれだけなのに。
 それなりに信頼関係を築けていたと思っていたのは、自分だけだったのか。
 いや、違う。
 告白をしてきたのはカカシからで、だからと言ってその感情にあぐらを掻いていたわけではない。自分は告白する勇気がなかっただけで、カカシが思う以上に、自分も惹かれていて。
 いやいや違う、何言ってんだ。
 イルカは思わず一人頭を横に振った。
 そうじゃない。置いてけぼりにされたままの感情が、時間が経てば経つほどゆっくりと怒りを感じるのは、カカシが何も説明しないまま、席を立った事も許せないが、それじゃない。
 昨日は、そこまで金も時間もかけてはいないが。カカシの好物ばかりを作った。それはカカシだって分かっていたはずだ。それなのに。
 今日も午前中、カカシと一度だけ顔を合わせた。どういう事なのか問いつめようとする自分に、顔を背けてあからさまに無視をした。今さっきだってそうだ。不貞腐れているのは分かるが、話し合う事すらしない。そしてヤマトに見られる始末。
 その情景や残されたままの食卓風景が再び頭に浮かび、腹から怒りが沸き上がる。怒りに感情がごちゃ混ぜになった時、腕を掴んだのはカカシだった。
「一体何なんなんだっ」
 振り向き様に掴まれた腕を振り払うようにして言えば、カカシはその威勢に驚いた顔を見せたが、手は離さなかった。
 カっと頭に血が上るのは自分の悪い癖だ。自分は教師でいい大人で。いつでもどんな事でも冷静に対応しなきゃいけない。そう言い聞かせている。そう、だから昨日から、ずっと我慢して冷静に考えていたから、尚更で。
「ナルトです」
 カカシが不意に口にするから、ここにこのタイミングでナルトが来たのかと焦って辺りを見渡せば、そうじゃなくって、と追加される。
「俺が出て行った理由」
 そう言われて、イルカはカカシの腕をふりほどく事を止める。瞬きをした。
「・・・・・・ナルトがなんですか」
 急に意味が分からない。何で昨日の事にナルトの名前が出てくるのか。関係ないだろう。不快そうなまま聞けば、カカシはそこでようやく掴んでいた腕を離す。銀色の髪を掻いた。
「だって、せっかく二人で過ごしてる時間に、あんたはナルトがナルトがって。そればっかりだから」
 言われて考える。楽しくて色んな事を話していたから、よく覚えていない。確かにナルトの話もしたかもしれないが、
「・・・・・・そんな理由で?」
 嘘だろうと、ぽかんとした顔で聞き返すと、カカシは明らかにムっとするが、意味が分からなかった。
「だってあのナルトですよ?」
「ナルトでも、誰でも嫌なんですよ。あなたの口から他の男の名前を嬉しそうに出されると、」
 男と言われますます呆れる。
 そして、イルカの体の力が抜けた。口を尖らせているカカシは、ただむくれている子供のようで。
 ああ、でもこれは嫉妬か。
 ようやくたどり着いた答えを知れたら、嘘だろう、と思うがカカシは至って真面目な顔でむくれていて。あんなに腹が立っていていたのに、急にどうでもよくなる。
 でも目の前にいるのは里の誉れと言われる忍びなんだよなあ、とイルカは呆れ混じりに、どう仲直りしようかと苦笑いを浮かべるしかなかった。
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