カカイルワンライ「離れたくない」

 洗面所で顔を洗ったイルカはその場で服を着込み、鏡の前で髪を束ねる。一通り支度が整ったところでイルカは居間に向かいながら今から向かうコンビニで買うものを頭の中に浮かべる。定価ばかりで普段商店街で買っている自分としては必要最低限のものしか買いたくないが。それでも朝飯に足らないものは買わないといけない。卵と食パンベーコンと。あとは高いに決まっているが、バナナがあればバナナも買いたい。そんな事を思いながら、イルカは足を止め目を下に向けた。そこからその場にしゃがみ込む。
(・・・・・・にしても、よく寝てんな)
 居間に敷かれた布団の上で、ぐっすりと寝ているカカシを見つめた。
 カカシと酒を飲むような関係になったのは少し前。居酒屋で偶然居合わせたのがきっかけで時々一緒に飲むようになった。今回は話の流れで自分の家に誘ったが、カカシを家に招いたのは初めてだった。自分の家とは言え、階級差を考えると失礼かもしれないと思ったが、カカシは気にする事なく快く頷いてくれて。家にある酒と適当なつまみで、ここで一緒に酒を飲んだ。
 何でもない話題でぐだぐだ飲んでいたらすっかり時間が過ぎていてから、泊まっていってくださいと言ったのは自分だった。
 それは流石に悪いよ。
 眉を下げながらそう口にするカカシは頬も赤く、普段以上に酒を飲んでいたし、自分もそれなりに酔っていた。明日休みだと聞いていたから、渋るカカシに、いいじゃないですか、と促して自分の寝室で寝かせ、そして自分は居間で布団を敷いて寝た。
 そのはずだったのに。朝、寝苦しくて目を開けたらカカシが隣で寝ていて驚いた。寝苦しかった理由は分かったものの、確かに寝室で寝かせたはずだったのに、何でカカシがここにいるのか。自分の家でもないから、用を足す為に夜中起きたカカシが寝ぼけていて間違えて横で寝てしまったんだと思うが。
 まだ眠かったものの、そこですっかり目が覚めてしまったイルカはカカシを起こさないようそっと布団から抜け出た。
 取り敢えず、カカシが起きる前に朝食を作っておきたい。
 見つめる先のカカシは、掛け布団を抱え込むようにして、静かに寝息を立てている。それに安堵したイルカは立ち上がり、玄関に向かいながら首のつけね辺りに手を当て軽く抑えた。寝違えてはいないものの、首も背中も痛い。別にカカシを責めるわけではないが、当たり前だが、大の大人二人がシングルの布団で寝るには狭すぎる。それに自分はそれなりに寝相が悪いし、起きた時は身体が半分床に出ていた。
(なんでこっちに来たんだろ)
 不思議に思うが、仕方がない。
 イルカは玄関でしゃがみ込むと靴を履く。
 よし、出かけるか、と立ち上がろうとした時、
「どっか行くの?」
 背後から声がかかり、イルカは驚いた。振り返るとまだ眠そうな顔をしたカカシが後ろに立ってこっちを見ている。
 狭い部屋だから玄関から居間は繋がっていてそこまで距離もない。なのに、カカシが起きた気配さえ気が付かなくて。何にも気が付かなかった自分に内心情けないと思いながらも、えっと、とイルカは口を開いた。
「冷蔵庫に何もなかったんで、コンビニで朝飯になるもん、買ってこようかと思って」
 何か欲しいもんとかありますか?
 聞くと、まだ寝ぼけたままのカカシは、イルカの言葉を聞きながら、理解しているのかいないのか。ぼんやりとした顔で、んー、と返事らしい言葉を呟くと、いつも以上にぼさぼさになった銀色の髪をがしがしと掻いた。
 普段外で見るカカシしか知らないから、その寝癖や寝起きの顔は見たことがない。自分のような平凡な中忍から見たら上忍はばけものに近いものがある。カカシはその中でも抜きんでていて、他国にも名前が知れ渡っているほどの忍びだ。それでも。今目の前にいるカカシは、自分とそこまで変わらない、と言いたくなるくらいに人間らしくて。
 不思議な気持ちになりなりながらも、それはなんだか嬉しい。イルカは微笑んだ。
「カカシさんはまだ寝ていてください。直ぐ帰ってきますから」
 そう口にして立ち上がり。玄関の扉に手をかけようとして、引っ張られる感覚に、イルカは足を止めた。振り返り視線を向けるとカカシが自分の上着の裾を掴んでいる。それで引っ張られたんだと分かるが。何で引っ張るのか。やっぱり欲しいものでもあったのか。不思議に思いながらカカシへ顔を向ければ、
「俺も、一緒に行っていい?」
 少しだけ強請るような顔で言われ、イルカの目がわずかに丸くなった。昨日一緒にここに来たんだから、来る途中でコンビニがあったのはカカシも知っているはずだ。コンビニはそこまで距離はない。だから直ぐ帰ってくるのに。
 何なんだ、と思うがカカシの顔を見てから、心臓が忙しなく動き出す。 それに、なんでそんな寂しそうな顔をするのか。
 そしてさっきの寝顔を見て思ったが。こう言ってはなんだが、あまりにも無防備だ。知り合いとは言え同じ布団で平気で寝るとか。そしてこんな寂しそうな顔を見せるとか。
(・・・・・・もしかして、この人誰にでもこんな事するわけじゃねえよな)
 寝ぼけていると、それだけならいいが。そもそもモテる人だと言うのは有名だし、どうでもいいことなのかもしれないと分かっていても、こんな顔を見せられただけで、どうしようもなく心配になるのは何でなのか。もやもやした気持ちにに自分自身戸惑いながらも、イルカはカカシを見つめる。
 ナルトがこの部屋に泊まった時、同じ様な状況があった。でも、ナルトにさえ、いいから待ってろ、と言い聞かせて部屋を出たのに。
 カカシが上官だからじゃない。かと言って理由は簡単に見つけられそうにもなく。
 簡単にカカシに折れた事は、とてもじゃないがナルトには言えっこないし、見せられねえな、と内心苦笑しながらも、
「・・・・・・じゃあ、一緒に行きますか」
 言えば、カカシは嬉しそうに頷くから、それだけでうっかり頬が熱くなりそうになる。
 つまりはいい男だから。そう、いい男は得だなあ、と自分が納得出来るような理由をつけながら、靴を履くカカシを待つ。
 そこから一緒にコンビニへ行くべく、玄関の扉を開けた。
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