カカイルワンライ「わざとですよ」

「お前ふざけんな」
 持っていた駒を将棋盤に指した途端そう言われ、カカシが目を上げると、そこにはその口調通りの不満そうな顔をしたアスマがこっちを見ていた。
「何が」
 指す順番でも間違えたのかと不思議そうにすればアスマはガシガシと頭を掻くから。打たないの?と聞けば怪訝な表情をこっちに向けた。
「俺の負けだ」
 軽く手のひらを見せて肩を竦めたアスマに、じゃ、終わりね、と告げたカカシは、読書に集中する為に小冊子へ再び目を落とす。そんなカカシを見つめながら、お前なあ、とアスマがため息混じりに口を開いた。
「もうちょっと楽しむ時間くらい作れっての」
 いちゃパラ片手に将棋を指した相手に負けたのが悔しいのか。それでもそれを分かっていて誘ったのはアスマで。その誘いに乗ってやったんだからいいじゃん、と腹で思うがご機嫌斜めのアスマに余計な事を言うつもりはない。そーお?と返せば、アスマは無言で吸っていた煙草を灰皿でもみ消す。新しい煙草を咥え、火をつけた。
 上忍師になってからは待機所に詰める事も少なくはなったが、それはアスマも同じで。時間を持て余すよりはマシだとここで顔を合わせれば時折将棋に誘われる。それはカカシ自身嫌ではなかった。
 ただ、そこまで楽しいとは思わない。もしかしたら、父から教わっていれば好きなものの一つになったのかもしれないが。幼い頃は誰かと外で遊ぶよりも巻物を読む方が好きだった自分には、その可能性は低い。
 この将棋を教わったのは三代目だ。まだ暗部にいた頃、説教ついでに何故か将棋の相手をさせられた。任務を失敗したわけでもない。ただ、あの頃は血を求める傾向にあったし、元々相手が火影であろうが無礼だったのは確かで、手を焼いていたには違いない。とにかく、三代目と何度も将棋を打つうちに、勝つ方法を知った。ただ、これがコミュニケーションの一環になると知ったのは正規部隊に戻ってからで。将棋を打てると知った時の意外そうでいて、何故か嬉しそうなアスマの顔は今でも思い出す。
「もう一度だ」
 煙草を咥えたアスマにそう声をかけられ、どうしよかと思うが、鳥が鳴くわけでもなく昼の休憩もまだ先だ。いいよ、と答えると、カカシは将棋の駒を手に取った。

「失礼します」
 扉が開くと同時に元気のいい声が部屋に響きわたる。書類片手に入ってきたのは中忍のうみのイルカだった。上忍に書類を手渡し、丁寧に説明をし一番奥に座っているアスマ達へ足を向ける。
 よお、と先に声をかけたのはアスマだった。
「今日は先生じゃねーのな」
 言われてイルカは、ええ、まあ、と苦笑いを浮かべる。
「テスト期間が明けたのもあるし、今はこっちが人手が足りないみたいで」
 笑顔で応えるイルカに、へえ、とアスマが相づちを打った。咥えていた煙草を指に挟み口から離す。
「そっちはそっちで大変だな」
 アスマらしい労いの言葉を受け、イルカは首を横に振った。
「こんなのは大変のうちに入らないですから」
 戦忍と比べたら、と言いたいのだろうが。朝受付で見送ったイルカが、夜中の報告所に座っているを見た事がある。きっとそれはアスマも同じで。そんなことはないだろう、と口を開きかけたアスマに、イルカが目線を下に向けた。
「将棋ですか」
「そういや、イルカもやれるんだったな」
 反応を見せたイルカに、アスマが思い出したように返す。その会話を聞きながら次の手を指したカカシに、イルカが、あ、と声を出した。
「違った?」
 カカシが聞けば、イルカは思わず声を出してしまったのにも関わらず、人の勝負に口を出すのはどうなのかと、うーん、と言葉を濁すから。カカシはイルカを見上げる。
「教えてよ」
 そう促せば、まだ迷いながらも、俺だったら、こっち、ですかね。と盤に並べられた駒を見ながら、答える。
 そうしている間にもアスマが次の手を打つから。カカシも目の前のアスマの駒を取るべく別の駒を打つ。それを眺めながら。
「面白い展開ですね」
 そうイルカが呟いた時、別の上忍に名前を呼ばれ返事をする。お邪魔してすみません、とイルかが頭を下げ部屋を出て行った直後、
「お前ふざけんな」
 ついさっきと同じ様な台詞を言われ、カカシは顔を上げた。こっちを見るアスマの顔を確認して直ぐに将棋盤に目を落とし、何が?、とカカシは答える。
「さっきと戦法が全然違うじゃねーか」
 続けて言われて、カカシは口布の下で小さく笑った。まさか、と呟く。
「でも、面白くしろって言ったのはそっちでしょ」
 それは確かにその通りで。ムッとしながらも再び駒を打つアスマのその先の手を予想しながら。
 わざとと言われたら、それは事実で。否定は出来ない。
 イルカが将棋が好きだと知ったのは少し前。ナルト伝いに聞いた。三代目に教えられ、アスマとやってもそこまで興味がなかったのに、その時初めて知っていて良かったと思った。
 イルカにとったら、自分はアスマと同じ上忍師の一人で。エロい本をいつも読んでる変わった上忍だと思われてるんだろうけど。
 少しでも自分に興味を持ってくれたら。
 生まれて初めて持った恋心は正直どうしたらいいのか分からない。
 誘ったら、イルカは、うん、と言ってくれるだろうか。
 将棋の様に何通りも戦法が浮かんで、そこから確実に勝つ手を打てたらどんなにいいか。
 今はまだまともに声さえかけられないけど。
「おい、まだか」
 手が止まったカカシに、アスマの催促の声がかかる。
 カカシは、うん、と言いながら、イルカが去った扉から目を戻すと、次の手で勝つべく将棋の駒を手に取った。
 
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