カカイルワンライ「参った」

 真っ暗な道の端にカカシは一人座っていた。
 奥の草むらからはリン、リン、と奏でるように虫の鳴き声が重なって聞こえている。昼間は蝉のけたたましい鳴き声でうるさいこの道も、今聞こえるのは虫の声だけだ。
 道の端の小さな段差に腰掛け、ぼんやりと雲が混じる星空を眺めていると、あれ、と発せられた声の後、カカシさん、と名前を呼ばれる。顔を向ければ、砂利を踏みながら歩く音と共にこっちっへ歩み寄るイルカの姿がそこにあった。
「ああ、先生」
 同じように返事をしながら。カカシはしゃがみこんだままイルカへ顔を向ける。
「こんな時間にどうされたんですか」
 そう聞くイルカは仕事帰りにどこかで一杯ひっかけてきたのだろう。いつもより朗らかな表情に健康的な頬がいつもより赤い。
「任務ですよ」
 何のことはないと答えれば、イルカは少しだけ驚く。それはそのはずで、つい数時間前にイルカに任務の報告所を受領してもらったばかりだ。
 それはお疲れさまです、とイルカは丁寧に頭を下げる。労う言葉に、仕事だから、とあっさり答えながらも、そこから、でもねえ、とため息混じりにカカシは口を開いた。
「ちょっとは休ませて欲しいっていうのはあるけどね」
 自分にしかこなせない任務だからと分かってはいるが。そして他人に愚痴るつもりはなかったが。実質七班の部下の面倒をみながらの兼任する任務は結構キツい。地面に落ちていた葉っぱを拾い上げ、指先でくるくる回しながらそんな本音をつい漏らすと、イルカはまた少し驚いた顔を見せた後、苦笑いを浮かべた。
「前からそうなんだけど、人使い荒いのよ」
 あのジジイは。
 そう続けてぼそりと漏らすカカシに、口の悪さに指摘をしてくるのかと思ったが、分かりますよ、と肩にかけた鞄を抱えるようにしながら、同調するようにイルカは笑った。
「人不足なのも分かってるんですけどね」
 火影を擁護するものの、それ以上言葉にはしない。中忍も中忍なりに雑用で使い回されているのは知っている。どこに行ってもイルカがいるな、は、アスマよく口にする言葉だ。
 でしょ、と言えば、イルカは今度は声を立てながら可笑しそうに笑った。
 受付や報告所、顔を合わせれば挨拶もするし、七班のことだったりそれなりに会話もするが、今日はやけによく笑うな、とイルカを見つめながら、ああ、酔ってるからか、とそこで納得する。そんなイルカを見つめながらも、足を止めさせちゃってるなあ、とようやくそこで気がつく。
「ま、後少し、適当にここで時間潰してますよ」
 暗部との集合時間まではまだ少しある。銀色の髪を掻きながら言えば、そうですか、と今度は爽やかな笑顔と共にイルカは頷きながらも、しゃがんでいるカカシと同じ目線に合わせるように、ひょいとしゃがみこんだ。
何だろうと思えば、葉っぱを持っていたカカシの手をイルカが両手で掴む。
「御武運を祈ってます」
 間近で言われ、その言動にきょとんとするも、ああ、うん、と少し遅れて頷けば、イルカの顔が近づいた。口布越しに僅かに何かが触れ、その直後イルカは勢いよく立ち上がるから。その勢いに、思わず、わ、とカカシから声が出た。
「お先に失礼しますっ」
 取られていた手を投げ出され、がばっと立ち上がりそのまま背を向けるイルカが結構な大きさで言うその姿を、カカシはぽかんとしながら見るしかない。
 だって。今、何をされたのか。
 
 ちょっといいな、と思ったのは出会って直ぐだった。
 対極な人だと思ったが。話せば話すほど惹かれるところが多くて。
 いや、でも。どう転んでもそういうタイプの人じゃないと思ったし。
 でも、まさか。
 ついさっきイルカから勢いよくふりほどかれた手で、そっと自分の口布に触れる。
 都合良く勘違いしたくないから。酔った勢いだってそう思いたいのに。
 背を向けたイルカの耳が真っ赤だったのを見逃したはずもなく。
 というか、今度どんな顔して合うつもりなのか。
 そのままにすべきか、追いかけるべきなのか。不意に迫られた選択に、カカシは自分の右手で顔を塞いだ。
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