カカイルワンライ「フェチズム」

「あっちー」
 建物を出て、廊下からすでに蒸し暑かったけれど。容赦なく照りつける太陽に、イルカは空を仰ぎ目を眇めた。そこから太陽の元、歩き出す。
 呟いたものの、夏は嫌いじゃない。日も長く開放的な気分になれるし、花火大会や夏祭りは子供の頃から里で行われる行事の中でも特に好きな行事だ。
 暑いのは昔からで変わりはないのに、日差しが辛く感じることがあるのはただ日常に追われてばかりで体力が落ちているからなのか。
 仕事が忙しいと理由をつけて、最近怠けていた早朝の走り込みをするべきだと思いながら道を曲がって直ぐ、先生!と元気よく声をかけてきたのは商店街の酒屋の店主だった。
 配達の帰りだろう、額に汗を浮かばせながらイルカの前で足を止める。配達ですか、とこの暑い中の配達に労う声をイルカがかければ、酒屋のおやじさんはそうだと頷きながらも首にかけていたタオルで汗を拭く。
「それにしても、先生焼けたねえ」
 そう返され、イルカは苦笑いを浮かべて鼻頭を掻いた。
「なんか先生が焼けたのを見ると夏が来たなって改めて思えるんだよね」
 まあ、お互い様だけど。
 そう口にして日焼けした顔で白い歯を見せるから互いに笑い、店主に頭を下げて。再び歩き出しながら、イルカは自分の日に焼けた肌に目を落とした。
 既に衣替えの時期に支給服は半袖に変わっている。そして猛暑日だろうが雑務や授業で子供たちと外に出ていれば日に焼けるのは当たり前で。それに加え、浴びた太陽の光を吸収してしまうのか、梅雨が明けて直ぐなのに、既に肌はこんがり焼けた小麦色になっていた。それは昔からで大して気にもしていないが。
 先生もう日焼けしてるんだ
 つい先日、カカシにそう言われた。
 そう、大して気にもしていない事だが、カカシに言われたらなんか無性に気恥ずかしい気持ちになった。だって、カカシも任務や七班の部下達の鍛錬で同じように外に出たりしているはずなのに焼けているようにはとても見えず、白い肌のままだ。男に対して綺麗、と表現するのは間違っているのかもしれないが。昔から思っていたが、カカシの肌は白くて綺麗だ。
 触ったらどんな感じなんだろうか。
 またカカシとは付き合い出したばかりで、手さえ触れ合ってもいないけど。
 密かに服の下を想像しただけで恋人同士であろうとも、なんだか疾しい気持ちになるのは俺だけなのか。なんて思っていれば、
「俺焼けたとしても赤くなったりはするけど、黒くはならないのよ」
 眉を下げたカカシに言われ、イルカは合わせるように相槌を打ち、微笑んだ。
 
 いくら夏が好きとは言え、吹き出した汗が首を伝うような日差しの強さに、梅雨が恋しくなるような暑さだと、そんなことを思いながら歩く。そんな中蝉の鳴き声に混じるの聞き覚えのある声にイルカは足を止めた。聞こえる方へ足を向ければ、川にいたのはナルト達だった。
 と言うことは。
 広くはない川だ。探す間もなくナルト達から少し離れた川縁に、銀色の髪を見つける。カカシはしゃがみ込んでナルト達を見つめていた。その背中に歩み寄り、声をかける前に、隠していないイルカの気配や足音で気がついたカカシがこっちを向く。イルカの顔を見てにこりと微笑んだ。
「任務ですか」
 聞けば、カカシが、うんそう、と答える。「そーいや、任務依頼に川で失くした指輪の捜索依頼がありましたね」
 思い出した事を口にしながら、イルカはカカシの隣に腰を下ろした。
(なんて言いながら隣に座ったりして)
 そう心で呟いてみる。
 立ち寄っただけだからそのまま立ち去る事も出来るけど。急ぎではないし、せっかくだから少しぐらいはいいだろう。
 付き合ってはいるが、恥ずかしいくらいに意識してしまっているのは、事実だった。
 好きだとは言うつもりはなかった。ただ、この思いは密かに抱いているだけで良かったのに。まさかカカシから告白されるなんて思っていなくて。向こうから告白されたものの、自分も好きだと言う気持ちは右肩上がりで、恋人と言うより片思いの延長のような気分の自分がいる。
 だから、こうしてカカシの隣に座っただけで、嬉しい。
 その嬉しい気持ちを抑えながら、イルカはそっと横にいるカカシを覗き見る。
 午前中とは言え、日は既に高い。自分たちがが座っている場所も、木の影になっているとは言え、暑いのに。見る限りカカシが汗をかいているようには見えないし、同じ環境にいるのにも関わらず表情もいつもと変わらず涼しげにさえ見える。
 自分はと言えば、ここまで歩いただけで大した距離でもないのに既に額から背中から汗を全身にかいている。ただ単に自分が新陳代謝がいいだけの話だが、同期からも冗談混じりで、その汗をかく量に暑苦しいとも言われたりするのも事実で。
(俺、汗臭くないよな)
 自分で隣に座っておきながら、今更ながらに思ったりするが、心配したって仕方がない。
 三人を眺めれば、ちゃんと指輪を探しているのか遊んでいるのか、分からなくなってきているような状況に、つい顔が綻ぶ。
 ただ、この任務のランクは低いが、里の住民からの大切な依頼だ。
「指輪、ちゃんと見つかるといいですね」
 互いの行動に文句を言う言いながらも水をかけ合うナルトたちを見ながら、そう口にした直後、ふと手に触れるものに、イルカは視線を下へ向けた。地面に置いている自分の指を見れば、カカシの手が、手甲から伸びる長い指が、自分の指と重なっている。
 わ、と内心驚きながらも見つめる先で、カカシは更に自分の指をイルカの指に絡ませた。
 心臓がドキンと音を立てる。
 汗をかいているのは額や身体だけじゃない、手だってかいてるはずだ。
 ベタベタしていないだろうか。気持ち悪いとか思わないだろうか。イルカの胸に不安が過ぎる。
 そして、手を置いている場所は、草が何生えている場所だから、そもそもナルトたちからは見えるはずもない。分かっていてもドキドキしないはずがなくて。でも、そんなイルカを他所に、カカシはその指を離すことなく、
「見つかるといいよねえ」
 のんびりとした、間延びした声で言う。イルカを見つめながら、優しげに嬉しそうに目を細め、微笑んだ。
 その瞬間、言い表せないような気持ちが心の中に充満していくのを感じた。
 触りたいのは自分だけじゃないと分かったのが嬉しくて。幸せなのにむず痒い気持ちにイルカは思わず口を結ぶ。カカシを見つめ返した。
 まだ心臓がドキドキしているけど。
 感じるのは、間違いようもない、幸せそのものだ。
 心地よい胸の高鳴りを感じながら、自分も指を絡ませる。
 イルカはその目をゆっくりとナルトたちに向け、カカシが与えてくれる幸せを感じながら、そうですね、と優しく答えた。
 
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