カカイルワンライ「油断」
待機所で、ぼんやりと小冊子を読んでるところに、ああ、そうだ、と斜め前に座っていたアスマが口を開いた。
「今日の昼飯、あれ無理になりそうなんだわ」
今日の昼飯。言われて思い出しながらも、無理だったら別にそれはそれで構わないから。読みながら、そう、とだけ短く返す。アスマがさっき火影に呼び出されたのは知っている。任務が入ったのなら仕方ない。
「あそこの親父、結構気難しいだろ。だからよ、お前だけでも頼むわ」
続けて言われた言葉にカカシは顔を上げていた。
「はあ?何で」
「何でって理由は今言っただろうが」
逆に怪訝そうに言われカカシは内心ムッとする。そもそもその店で昼飯を食おうと誘ってきたのはアスマだった。行けなくなったんなら行かなきゃいいだけの話だ。なのにアスマは、だからよ、と口に咥えている煙草を軽く噛む。
「予約を当日に丸々キャンセルってのが良くないんだよ。頑固なジジイだから次行きたい時に断られるかもしんねえし」
だから、頼むわ。
勝手なお願いにカカシは不快な表情を隠さずアスマへ目を向けるが。
昼の時間はもう目前だ。
渋々カカシは頷いた。
だからって何で俺がこの店で一人で食わなきゃなんないのよ。
頷いたからといって納得しているわけではないから、店の前で足を止めたカカシはため息混じりにその建物を見つめた。
多少古い外観だが昔からあるこの店はいわゆる老舗と呼ばれる鰻屋だ。火影が贔屓にしているのも知っているしアスマもまた好んで足を運んでいる。だけど、自分はそこまで好きではない。年に一回か二回食えればそれでいい。だったら蕎麦屋やラーメン屋の方がよっぽどいい。
ポケットに手を入れながら建物を眺めていても仕方ないのは分かっているから。カカシは小さく息を吐き出し店に入ろうと足を向けた時、
「こんにちは」
声をかけられカカシは足を止める。
見るとそこにはうみのイルカが立っていた。最初イルカを見た時、えらく愛想の良い野暮ったい中忍だと思った事は覚えていて、その印象は今も大して変わらない。そして今自分の部下のナルト達の元担任だ。
どーも、と返せばイルカはまた笑顔を浮かべた。
「カカシさんも昼飯ですか」
言われてカカシは、まあね、と頷く。野暮ったいとは言ったが他の自分に寄ってくる連中とは違い、下心はないイルカは話しやすいと言えば話しやすいが。そのイルカがカカシの返事を聞きながら、ふと顔を店へ向けた。うわあ、と声を漏らす。その間の抜けたような声に、何?と短く聞けば、イルカはカカシへ顔を戻した。
「ここ通る度に思うんですが、やばいですよねこの匂い」
言いながらイルカは自分の腹をさするが、そう言われてもカカシはピンとこない。ただの鰻の匂いだ。不思議に思うも、似たような事を少し前にナルトが言っていたのをふと思い出す。
ラーメン屋の前を歩いていたら、ナルトが突然腹を抱えて座り込むからどうしたのかと思ったら。
いい匂い過ぎてマジはらが減ったんだってば
そう情けない声を出した。
この師にしてあの生徒あり、と言ったところか。
思い出して内心合点しながら、鰻好きなんだ、と聞くと、再びイルカは直ぐに頷いた。そしてまた店へ顔を向ける。
「だったらそこで食べればいいでしょ」
当たり前の言葉を言ったまでなのに、イルカは何故かギョッとしてカカシを見た。
「いやいやいや、食べれる訳ないですよ」
必死に否定され、面食らう。食べたいなら食べればいいだけのはずだ。
そりゃ、いつかは来たいなあとは思ってますが。
そう口にして店に向けるイルカの視線は実に名残惜しそうだ。
そして好物だと言っているくせにまだ一度も足を運んでない事実に、カカシは頭を掻く。
「……俺今からここ入るけど、食べる?」
奢るよ。
もともとアスマが食べたくて予約していた店で、相手がアスマからイルカに変わっただけだ。
席を空けない形になるならそれでいい。それだけの理由で誘っただけなのに。付け加えた台詞にイルカはまたギョッとした。今度は首をぶんぶんと横に振る。
「いや!そんな!大丈夫です!匂い嗅いだだけで俺は満足ですから!」
なんだそれは。
こっちがわざわざ誘ったのに断る理由がそれ?
ますますよく分からない。
「いーから、行くの?行かないの?」
面倒臭くなって聞けば流石に苛立っていると察したのか、気まずそうな顔をしながらも、じゃあ行きます、とイルカは申し訳なさそうに頷く。カカシはそれを見てさっさと店の暖簾をくぐった。
「美味いです」
それを聞くのは食べ始めて何度目だろうか。
和室で、イルカの前に座りながらカカシは美味しそうに鰻を頬張る姿を眺める。
自分からしたらいつもと同じ味で、それ以上でもそれ以下でもない。
ここにいるのが自分ではなくアスマだったら、食いっぷりがいいと言うんだろうが。生憎自分は褒めるところまではいかない。
しかし。
ついさっき店の外で見せた表情といい、ここでの表情といい。
よくこんなに表情がころころと変わるものだ。
呆れはするが、あのナルトやサスケまでが慕う理由はきっとそれも含まれるんだろう。
そして、嬉しそうに、まるで子供のように鰻を食べるこの男がナルトを救ったあの英雄だと今も信じ難いが。人は見かけによらないというものなのか。
そう心の中で呟いて。
「美味しい?」
美味いと何度も口にしているのだから美味いに決まってるだろうが、立て肘をつきながらそう聞くカカシにイルカは顔を上げる。
「美味いです!匂いと同じ味ですげー美味いです」
満面の笑みにカカシは何故か面食らった。僅かに目を開く。今まで誰かと一緒に食事をしたが、こんな顔を見せられたのは初めてで。
胸がドキンとした。
え、何で。
自分でも驚く。
匂いと同じとか馬鹿みたいな台詞しか言ってないのに。
しかもこの野暮ったい中忍の顔でトキメクとか。
なんというか。
───油断した
動揺が広がるカカシの気持ちを知るはずのないイルカは、幸せそうに鰻を頬張った。
「今日の昼飯、あれ無理になりそうなんだわ」
今日の昼飯。言われて思い出しながらも、無理だったら別にそれはそれで構わないから。読みながら、そう、とだけ短く返す。アスマがさっき火影に呼び出されたのは知っている。任務が入ったのなら仕方ない。
「あそこの親父、結構気難しいだろ。だからよ、お前だけでも頼むわ」
続けて言われた言葉にカカシは顔を上げていた。
「はあ?何で」
「何でって理由は今言っただろうが」
逆に怪訝そうに言われカカシは内心ムッとする。そもそもその店で昼飯を食おうと誘ってきたのはアスマだった。行けなくなったんなら行かなきゃいいだけの話だ。なのにアスマは、だからよ、と口に咥えている煙草を軽く噛む。
「予約を当日に丸々キャンセルってのが良くないんだよ。頑固なジジイだから次行きたい時に断られるかもしんねえし」
だから、頼むわ。
勝手なお願いにカカシは不快な表情を隠さずアスマへ目を向けるが。
昼の時間はもう目前だ。
渋々カカシは頷いた。
だからって何で俺がこの店で一人で食わなきゃなんないのよ。
頷いたからといって納得しているわけではないから、店の前で足を止めたカカシはため息混じりにその建物を見つめた。
多少古い外観だが昔からあるこの店はいわゆる老舗と呼ばれる鰻屋だ。火影が贔屓にしているのも知っているしアスマもまた好んで足を運んでいる。だけど、自分はそこまで好きではない。年に一回か二回食えればそれでいい。だったら蕎麦屋やラーメン屋の方がよっぽどいい。
ポケットに手を入れながら建物を眺めていても仕方ないのは分かっているから。カカシは小さく息を吐き出し店に入ろうと足を向けた時、
「こんにちは」
声をかけられカカシは足を止める。
見るとそこにはうみのイルカが立っていた。最初イルカを見た時、えらく愛想の良い野暮ったい中忍だと思った事は覚えていて、その印象は今も大して変わらない。そして今自分の部下のナルト達の元担任だ。
どーも、と返せばイルカはまた笑顔を浮かべた。
「カカシさんも昼飯ですか」
言われてカカシは、まあね、と頷く。野暮ったいとは言ったが他の自分に寄ってくる連中とは違い、下心はないイルカは話しやすいと言えば話しやすいが。そのイルカがカカシの返事を聞きながら、ふと顔を店へ向けた。うわあ、と声を漏らす。その間の抜けたような声に、何?と短く聞けば、イルカはカカシへ顔を戻した。
「ここ通る度に思うんですが、やばいですよねこの匂い」
言いながらイルカは自分の腹をさするが、そう言われてもカカシはピンとこない。ただの鰻の匂いだ。不思議に思うも、似たような事を少し前にナルトが言っていたのをふと思い出す。
ラーメン屋の前を歩いていたら、ナルトが突然腹を抱えて座り込むからどうしたのかと思ったら。
いい匂い過ぎてマジはらが減ったんだってば
そう情けない声を出した。
この師にしてあの生徒あり、と言ったところか。
思い出して内心合点しながら、鰻好きなんだ、と聞くと、再びイルカは直ぐに頷いた。そしてまた店へ顔を向ける。
「だったらそこで食べればいいでしょ」
当たり前の言葉を言ったまでなのに、イルカは何故かギョッとしてカカシを見た。
「いやいやいや、食べれる訳ないですよ」
必死に否定され、面食らう。食べたいなら食べればいいだけのはずだ。
そりゃ、いつかは来たいなあとは思ってますが。
そう口にして店に向けるイルカの視線は実に名残惜しそうだ。
そして好物だと言っているくせにまだ一度も足を運んでない事実に、カカシは頭を掻く。
「……俺今からここ入るけど、食べる?」
奢るよ。
もともとアスマが食べたくて予約していた店で、相手がアスマからイルカに変わっただけだ。
席を空けない形になるならそれでいい。それだけの理由で誘っただけなのに。付け加えた台詞にイルカはまたギョッとした。今度は首をぶんぶんと横に振る。
「いや!そんな!大丈夫です!匂い嗅いだだけで俺は満足ですから!」
なんだそれは。
こっちがわざわざ誘ったのに断る理由がそれ?
ますますよく分からない。
「いーから、行くの?行かないの?」
面倒臭くなって聞けば流石に苛立っていると察したのか、気まずそうな顔をしながらも、じゃあ行きます、とイルカは申し訳なさそうに頷く。カカシはそれを見てさっさと店の暖簾をくぐった。
「美味いです」
それを聞くのは食べ始めて何度目だろうか。
和室で、イルカの前に座りながらカカシは美味しそうに鰻を頬張る姿を眺める。
自分からしたらいつもと同じ味で、それ以上でもそれ以下でもない。
ここにいるのが自分ではなくアスマだったら、食いっぷりがいいと言うんだろうが。生憎自分は褒めるところまではいかない。
しかし。
ついさっき店の外で見せた表情といい、ここでの表情といい。
よくこんなに表情がころころと変わるものだ。
呆れはするが、あのナルトやサスケまでが慕う理由はきっとそれも含まれるんだろう。
そして、嬉しそうに、まるで子供のように鰻を食べるこの男がナルトを救ったあの英雄だと今も信じ難いが。人は見かけによらないというものなのか。
そう心の中で呟いて。
「美味しい?」
美味いと何度も口にしているのだから美味いに決まってるだろうが、立て肘をつきながらそう聞くカカシにイルカは顔を上げる。
「美味いです!匂いと同じ味ですげー美味いです」
満面の笑みにカカシは何故か面食らった。僅かに目を開く。今まで誰かと一緒に食事をしたが、こんな顔を見せられたのは初めてで。
胸がドキンとした。
え、何で。
自分でも驚く。
匂いと同じとか馬鹿みたいな台詞しか言ってないのに。
しかもこの野暮ったい中忍の顔でトキメクとか。
なんというか。
───油断した
動揺が広がるカカシの気持ちを知るはずのないイルカは、幸せそうに鰻を頬張った。
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