カカイルワンライ「諦めきれない」

「こりゃまた派手にやられたね」
 居酒屋で一人カウンターで飲んでいたら声をかけられる。目を向けたらカカシが立っていた。
 ちびちび酒を飲んでるのは、実は口の中も切ったからです、なんて言えなくて。でも察しが良いカカシの事だ、口の端に出来た傷をみればお見通しなんだろうなあ、と思いながら、ええ、まあ、と返す。カカシは特に承諾を得ることもなく隣に座った。
 受付や報告所に勤務していれば顔見知りの上忍も増えるが、こんな風に酒を一緒に飲むのは上忍と言えどカカシぐらいだ。ただ自分達の世代からしたらカカシは憧れで。こうして酒を飲むなんて少し前だったら考えもしていなかった。
 縁とは不思議なものだ。
 ただ、自分の教え子だったナルト達がカカシの部下に就いたというだけなのに。
「そんな気の強い子だったんだ」
 何も話していないのにカカシがそんな言葉を口にするのは、昼間人が往来している場所で思い切り殴られたからなんだろううが。
 カカシだけではない、運が悪ければきっと三代目のところまで耳に入っているだろう。
 そう思えば、途端気が重くなった。
 その女性と恋仲になるようにとお膳立てしてくれたのは、誰でもない、三代目だった。
 独り身が長い事を商店街の八百屋のおばあちゃんやら、酒屋の店主やら心配する人がいた中、火影もその一人で。そして両親を亡くしてからずっと気にかけてくれていたのは、誰でもない、三代目だった。
 会うだけでも会ったらどうだ。
 顔を合わせる度に毎回そう言われたら断る理由もなくなって。
 仕方ないと重い腰を上げて会ってみたら、思いの外良い子だった。
 そう、自分には勿体ないくらいに。
 酒を飲みながら、カカシにもそんなくだりを話した事がある。
 じゃあ大事にしないとね
 カカシは自分の事のように嬉しそうに微笑んでくれた事を今でも覚えている。
 彼女とは、つき合い始めてからもうすぐ二年が経とうとしていた。
 順調だった。
 我が儘も言わないし、自分の不定期な仕事も理解してくれて。料理も上手い。自分には勿体ないくらいの彼女だ。
 でも、デートの約束をしていた今日、いつものように嬉しそうに自分の元に歩み寄る彼女の顔を見たら、気が付いたら、別れてくれと頭を頭を下げていた。
「どこが不満だったの」
 自分の自暴酒につき合うように、ビールではなく同じように日本酒を頼んだカカシが、杯を傾けながら優しく問う。
 聞かれても、説明する事なんて出来なかった。
 イルカさん、と自分を呼ぶ彼女は、笑顔が可愛かった。
 中忍で戦忍だった彼女は怪我で現役を退き、忍びとは全く別の職業に就いていた。なのにいつも前向きで。明るくて。
「・・・・・・不満なんか、何も・・・・・・」
 声に出した途端、言葉が詰まる。
 口を閉じてしまったイルカに、カカシはじっと視線を向けた。そこから空になった杯を指で持ちながら、じゃあ良い子だっんだんだね、と口にする。
「あんた前俺に言ったじゃない。勿体ないくらいの相手だって」
 静かに言われイルカの眉根が寄った時、カカシがのぞき込むようにこっちを見る。顔を見られたくなくて、イルカは俯いたまま薄く口を開いた。
「そうですね・・・・・・料理も上手くて、俺が仕事でドタキャンしても笑って許してくれて、・・・・・・いつでも笑顔で、」
 思い出すように彼女の事を語れば、カカシが、そっかあ、と呟いた。
「そんなに良い子だったんだ」
 手甲をはめたままのカカシの手が不意に延びる。カウンターテーブルの上に置かれたままのイルカの手にそれが重なった。
 自分が顔を上げないから。
 カカシなりに慰めようとしてくれているのが分かった。
 思わず手を重ねられ、イルカは指先を丸める。ぎゅっと拳を作れば、カカシは、手を退かそうとはせず、ぽんぽんと、優しく撫でた。
 俯きながらもそれが視界に入った途端、胸が張り裂けそうになった。イルカは視界からそれを押し出すようにぎゅう、と目を瞑った時、

「泣くぐらいなら、別れるなんて言わなきゃ良かったじゃない」

 返す言葉は見つからなかった。
 涙で滲む視界に、それが零れてしまわないように。ぐっと奥歯に力を入れる。カカシに顔を向ける事が出来なかった。
 違う。
 そうじゃない。
 そんなんじゃない。
 カカシに否定したくても、それを口に出来ない。
 泣きたくなったのは、彼女と別れたくなかったからじゃない。
 彼女に、申し訳ないと思ったからだ。
 きっといつか、彼女を好きなる事が出来ると思っていた。
 同じように気持ちを向ける事が出来て、向き合えると。
 でも、結局。出来ないままずるずると時間だけが経つだけで。
 気持ちを偽ることしかできなくて。
 これ以上彼女の時間を無駄にしたくなくて。
 申し訳なくて。
 理由を聞かれ、ないと言ったら、苦しそうな顔をした後、殴られた。
 受け流そうとも思わなかったからそのまま受け止めた。
 悲しそうな顔をされても。
 殴るほど憎まれても。
 俺はやっぱり。

 ───この人がいい。

「大丈夫?」
 そう。
 心配そうに自分に声をかけてくれるカカシが。
 大きな手のひらがイルカの肩にかかる。支給服ごしに感じるカカシの温もりが堪らなく恋しくて。好きなんだと叫び出しそうになるのが怖くて。
 イルカは嗚咽を飲み込むように、全身に力を入れると、ぐっと口を強く結んだ。
 

 
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