カカイルワンライ「赤い糸」

 最初は声が五月蠅い男だと思った。
 アカデミーの裏庭の木の上を選んで寝ていた自分も悪いが。
 いつまで遊んでるんだ!
 その怒号に近い声に、うとうとし始めてした眠気が妨げられる。目を開けて不快に声が聞こえた方へ顔を向けた時、その男が、早く戻れと再び荒げた声を出した。見ればその男はアカデミーの窓から顔を出し、こっちの裏庭へ向いている。
 そっから?
 と思わずその距離と声量に呆れていれば、子供たちが数人、その男の声に反応し、しぶしぶ教室に戻っていくのが見える。その光景を見ながら、やれやれとそこでカカシは息を吐き出した。
 
 ナルトの上忍師になってから、その男とはよく顔を合わせるようになった。
 子供たちの声に騒がしいと思って目を向ければ、だいたいそこにはイルカがいた。ある時は生徒を追いかけ、ある時はたくさんの生徒に囲まれながら、両手を引かれて歩いていて。ある時はしゃがみこみ、泣いている生徒の頭に手のひらを乗せ、慰めるように撫でている。
 受付や報告所ではその笑顔はあまり見ない。
 依頼主の理不尽な苦情に拳を握りしめながらも頭を下げ、上忍の嫌みを作り笑顔で受け入れ。積まれた書類を黙々とこなしている。
 かと思えば、同僚とくだらない話で盛り上がり、馬鹿笑いをしていることもある。
 たまたまイルカを商店街で見かけた時は、ネギの頭を覗かせた買い物袋を手に持っていた。もう片方の手には安売りをしていたのか、トイレットペーパーを下げている。八百屋の店主に親しげに声をかけられ、楽しそうに話をしている。歩いていればイルカがこっちに気が付き頭を下げるから、自分もまた会釈を返す。一緒にいた上忍仲間のくの一が、イルカを見て呆れたように野暮ったいと口にした。
 確かに、血や砂埃で支給服が汚れたりするが、イルカは任務で外に出る自分とは違う。子供たちの鼻水やチョークの粉、はたまた悪戯をされたのか濡れるはずがない場所が濡れていたり顔に泥が付いていたりもする。
 ある日、火影への任務報告を終え歩いていたら、イルカを見かけた。
 日の当たるベンチで、一人で何かを食べている。見る限り、食べているのはコンビニの弁当でもなく、自分で作った握り飯だ。まだ膝の上に大きな握り飯が一つ残っている。
 昼時だから当たり前だろうが、たまたま一緒にいたくの一がそれを見て、野暮ったいとまた鼻で笑った。
 野暮ったい。そう言われたらそうかもしれないが。
 カカシは眠そうな目をイルカに向けていたが、やがてその足をイルカに向ける。ちょっと、とくの一に声をかけられたが、カカシはそれを無視した。
 こっちの気配に気が付き、昼飯の最中だからだろう、照れくさそうに頭を下げるイルカの横に、どーも、と言いながらカカシは座った。一緒にいたくの一は呆れたのか勝手に先に行ってしまったが、それはどうでもよかった。
 イルカは、あの、と当たり前に気まずそうな、不思議そうな顔をしている。
 昼飯の途中に、急に上忍が隣に座ったらそりゃそうなるだろうなあ、と思いながらもカカシはニコリと微笑む。
「それ、頂戴?」
 イルカの目がまん丸になった。表情がよく変わる男だが、自分に見せたのは初めてで。なんだか可笑しい気持ちになる。
 そこから食べかけの握り飯を持ったまま、え、と明らかに戸惑う顔を見せたが、それに構わずカカシは口布を下げる。イルカが持つその握り飯を一口食べた。
 口の中に梅の酸っぱさが広がった。後から、わずかに白飯から塩の味がするのは塩と一緒に握ったからか。
 なんの変哲もない握り飯だが、こだわった食材や手の込んだどこかの料亭の高い料理よりなんかより、素直に上手く感じて、そして腹が満たされるのは何でなのか。
 というか、そもそも人前で、口布を下げることはもちろん、よく知りもしない相手の食べかけの握り飯を迷うことなく口にするとか。
 忍びとしてあるまじき行為で、自分で思っても可笑しいと思える事ばかりだが。
 きっとそれはイルカも同じだろう。
「・・・・・・あの・・・・・・」
 戸惑いの顔を隠そうともせず、こっちを見つめているイルカに、カカシは眉を下げるが、それはもはや戸惑いと言うより胡乱に近い。
 だからと言って自分では到底説明出来そうもないから、
「何でだろうねえ」
 そんな言葉を選んで困ったように眉を下げてカカシは笑った。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。