カカイルワンライ「倦怠期」②

 もらった任務調整表を待機所でソファに座りながら眺めていれば、視線を感じ顔を向けるとアスマがこっちを見ていた。
「なに?」
 短い言葉を向けると、あー、いや、と否定する言葉を呟きながらも、アスマは煙草を咥えながら再び口を開く。
「・・・・・・お前らってもしかして倦怠期か?」
 問われた台詞に、しばらく思考を巡らせるが。たぶんではなく自分とイルカの事を言っているんだろう。今まで知ってはいたがそこまで深く聞いてはこなかったアスマに、珍しいと思いながらもカカシは視線を向けた。
「何で?」
 素直に聞けば、アスマはソファの背もたれに腕を置きながらこっちを見る。
「だってお前ら今さっきも何か普通って言うか、そっけなかっただろ」
 ついさっきこの任務予定表を渡してきたのはイルカだった。いつも通りイルカから受け取り、丁寧な説明を受けた。それだけで対応も今まで通りで気にもしていなかった。それはきっとイルカも同じだ。そっけないの意味が分からない。お願いしますと渡され、ありがとうと受け取る。それ以上会話をしなかったのは今日は忙しいと今朝イルカから聞いていたからだ。言われてもピンとこない。
 だから、そーかねえ、とカカシは返すだけに留めた。
 
「お待たせしました」
 定食屋で先に入って待っていたカカシの席の前にイルカが座る。
 今日も天気が良いからか、イルカはうっすら額に汗を掻いていた。その通り、お茶とおしぼりをもってきた店員に、申し訳ないですが、と言いイルカはお冷やを頼む。そこから、今日は暑いですね、と言いながら壁に貼られたメニューへ顔を向け、今日はどれにすっかなあ、と独り言のように呟いた。そこから、
「カカシさんはどれにしました?」
 くるりとこっちへ顔を向け、聞かれ、そこでイルカと目が合う。縦肘を付きながら、今日は俺は鉄火丼、と答えればイルカは再びメニューを見た。
「そっかあ、鉄火丼もいいよなあ。あー、でもなあ、」
 悩み始めるイルカは、いつもの事だ。そこまで足繁く通うことがないこの定食屋はイルカのお気に入りで。好きだがそこまで通わないのは節約しているからだと知っている。だからこそ、毎回食べたいものばかりでメニューに迷う。それが分かっているからカカシはイルカをぼんやりと眺めながら待つ。
 自分は好き嫌いはそこまでないが、好みが偏っているからか、決めるのはいつも早い。そんな自分とは違い、真剣に悩むイルカを見つめながら、浮かぶのはアスマの言葉だった。正直、それが今の自分とイルカに当てはまっているのかは分からない。付き合い始めて一年以上経っているのは知っている。今までどの相手とも長く続かなかった自分にしては長い方だ。というか気がついたかもう一年過ぎていて、そんな事考えた事もなかった。アスマの言う倦怠期が今の自分たちなのか。
 そんな事を考えている間に、イルカはメニューが決まったのか。手を挙げ店員を呼び、カカシのメニューと自分の決めたメニューを告げる。
「カツ丼にしたんだね」
 言えば、イルカは、そうなんですよ、と笑顔を見せた。
「どれも食べたかったし鉄火丼にも牽かれたんですが、店員がカツ丼運んでるの見たらそれが食べたくなってしまって」
 頭を掻きながらイルカは笑う。
 食べ物だけではない、どんなものにでも、他のものに牽かれるのは協調性を持っているからで、言い換えれば好奇心が強く、柔軟性があるからだ。それは自分には持っていなかったもので、でもイルカと付き合い始めた事で少しだけ影響されるようになったのは確かだった。何て言ったらいいのか分からないが、自分の生活に色が付き始めたような。そんな感覚に近くて。
「楽しみですね」
 まだかなあ、とさっき頼んだばかりなのに、イルカはそんな言葉を口にする。空腹の腹を摩りながらワクワクとした表情でお冷やを飲むイルカを見つめながら、
「ねえ先生、今日セックスしよっか」
 縦肘を付きながらいつもと変わらない口調で言えば、グラスを傾けていたイルカが口から水を吹き出しそうになった。それを寸前のところで堪えたから、咽せたイルカはごほごほとせき込んだ。その顔は真っ赤だ。
「・・・・・・急に、なに、言って、んですか・・・・・・」
 おりぼりを握りしめ、真っ赤になりながら恨めしそうな目をこっちに向ける。額に青筋を浮かばせるのは咽せたからなのか、自分の台詞に反応したからなのか。まあ、どっちもだろうなあ、と思いながら。もう数え切れないくらいに身体を重ねているのに、こんな事で真っ赤になるイルカが可愛くて愛おしくて。今すぐにベッドに連れ去り服の中を暴きたくなる。
 倦怠期とか、どーでもいい事で。
 だから。
 余計なお世話だと、カカシは今更ながらに心の中でアスマに返した。
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