カカイルワンライ「キスして」

「どうじゃ、今夜久しぶりに一杯」
 手渡した書類の説明を一通り終えたところで火影からかけられた声に、イルカは笑顔を浮かべつつも眉を下げた。
「そうしたいところですが今日は生憎残業の予定でして」
 個々最近は定時で帰れることもそうない。火影の誘いと言えど素直に理由を口にし断るイルカに、火影は呆れながらも微笑んだ。
「イルカらしいのう」
 そう言われイルカは苦笑いを浮かべる。火影の誘いとあれば仕事よりそちらを優先する事も可能だが、昔から自分に目をかけてくれている火影への甘えのようで頷く事は出来なかった。それも分かっているからこその台詞なのだろう。申し訳ありません、と頭を下げ背を向けようとすれば、そうじゃ、と火影から再び声がかかる。
「ついでにこれも頼まれてくれんか」
 机の端に置かれていた冊子を火影は手に取りイルカに差し出した。


 イルカが病室の扉を開けるとカカシは起きていた。ノックをした時返事さえなかったからてっきり寝ていると思ったが違ったらしい。
 眠そうな目を向けるカカシにイルカは頭を下げるとそのままベッドにいるカカシに歩み寄った。
「体調はいかがですか」
 カカシは教え子であるナルト達の上忍師であるが、繋がりといったらそれくらいだ。そもそもカカシが入院中であることすら知らなかったが、ランクが高い任務に就いていればこそそれは当たり前だ。だからといってそこを無視していきなり火影から頼まれた冊子を渡す訳にもいかずそう口にすれば、ああ、とカカシは呟く。
「まあ、ぼちぼちです」
 入院しているとはいえ既に起きあがっていつもの小冊子を読んでいるのだから、返事の通り命に別状はないのだろうが。そう答えるカカシの手に巻かれた包帯は痛々しい。
「で、それを俺に?」
 イルカが顔を見せた理由を既に分かっていたのだろう、そう言われ抱えているものを指さされ、イルカは、はい、と返事をした。
 火影様からです、と言って差し出せばカカシはそれを、どうも、と言いながら素直に受け取る。
 そこから冊子の中を確認するようにぺらぺらとページを捲り、続いてその下に重ねられた分厚い表紙の冊子を目にした途端、カカシが眉を寄せた。
 それにイルカは内心驚いた。そこまでカカシの事を知らないが、中忍選抜試験の時も然り、自分が知るカカシはどんな状況においても常に淡々としていて感情を顔に出すことはない。そんなカカシが何でそんな顔をするのか、そう思っている間に青みがかった目がイルカへ向く。
「先生はこれが何なのか知ってる?」
 言われて今度はイルカは眉を寄せた。いえ、と直ぐに首を横に振ると、カカシはそこで視線を外した。ふーん、と独り言のように呟く。
 火影から渡されたものであれば機密性が高い可能性は高い。それを渡すように頼まれたのは確かに中忍である自分だが、それは火影の信頼があるからこそだ。
 疑われたわけではないがそう言われたらいい気分にはなれない。
「何か問題でも」
 そう聞けばカカシは再びイルカを見るが、その目から何かを読みとれることはない。カカシは持っていた分厚い表紙の冊子をイルカに向けた。
「返しておいてくれる?」
 言われてイルカは困った。カカシはまだその冊子を開いてもない。それを知っていながら渡すようにと火影から頼まれたものを分かりましたと素直に受け取れるわけがない。
 流石にそれが顔に出たんだろう、カカシは冊子を引っ込めると布団の上に置いた。
「これ、見合い写真なんですよ」
 ため息混じりに言うカカシにイルカは肩の力が抜けるのを感じた。同時にさっきまでのカカシの言動の理由がようやく分かるものの、呆れも混じる。
「だったらご自身で火影様に返すべきでは?」
 意見をイルカが言えば、カカシは再びため息混じりに銀色の髪を掻いた。
「分かってますよ」
 分かっていると言いながらも口調には明らかに不満が混じっている。
「たかが見合いじゃないですか」
 カカシのような忍びにもなれば、見合いの話があって当然だ。
 そこまでじゃないだろうと励ましを込めて返せば、面白くないと、あからさまにそんな顔をした。
「見合いって要はこの相手と結婚しろってことじゃない」
「・・・・・・まあ、そうですね」
 言われてその通りだとイルカは頷く。
「結婚ってことは、一緒に住むんだよ。毎日その相手と顔を合わせるんだよ。好きでもない相手と顔を合わせて生活して、ましてやセックスして子供を作るとか、考えられないんですよ。先生は出来るの?」
 最後の問いに、イルカは言葉を詰まらせた。
 所詮自分はどこにでもいるような中忍だ。この里で石をなげりゃだいたいは中忍に当たる。だからそんな話なんてあるわけがない。というか、ずいぶん子供じみた投げやりな言い方も気に入らないが、問われてイルカは考える。出来るか出来ないかと言われたら。
「・・・・・・その人を好きになるようにはします」
 見合いなんてそんなものだろう。イルカが答えるとカカシは鼻で笑った。
「努力したら人を好きになれるの?好きになるってそういうことじゃないでしょ」
 馬鹿にしているつもりはないのかもしれないが、鼻で笑われていい気分でいられる人間はそういない。並べる言葉も屁理屈ばかりだ。それでもイルカは苛立つ気持ちを抑えながら、だから、と口を開いた。
「相手を知らないから、だから好きな部分がないから好きじゃないわけで。その為には相手の事を少しでも知って、好きな部分を探す努力は必要でしょう」
 イルカの言葉に、カカシは何も言い返さなかった。納得しているような、していないような曖昧な表情を見せた後、そう、とだけ呟く。
 イルカ自身、納得してもしなくても構わない。話は終わったとさっさと病室を後にしようとするイルカの腕をカカシが掴んだ。不意に掴まれ驚くイルカに、カカシはさらにその掴む手に力を入れる。
「じゃあまず先生が努力してよ」
 言われて目を丸くするイルカにカカシがまっすぐ視線をぶつけた。
「忘れたわけじゃないよね?」
 何のことだと言い返す前に言われ、イルカは内心舌打ちする。
 俺、先生の事好きなのかもしれない。
 そうカカシが口にしたのは上忍中忍の合同の飲み会の酒の席で、しかも一ヶ月前の事だ。
 冗談だろうとその言葉を笑って流して、忘れたフリをしていたのに。
「俺が言ったのは見合い話の事であなたに意見を求められたからで、」
 焦りが浮かぶイルカに、今更今更、とカカシは笑った。
「見合い話だろうがあなたの意見に変わりはないでしょ」
 力任せに手を振り解きたいのに包帯を巻いた手を見たらそれさえ出来ない。それも手の内なのかは定かじゃないが。
 ああ、クソ。
 そもそも火影に頼まれた時点で詰んでいたのか。後悔しようが既に遅い。
 悔しそうに睨めばカカシはその表情を読み取るように見つめ、そして青みがかった目を緩める。
「だから、キスして?」
 低い声でカカシが優しく囁く。
 動揺を必死に隠す気持ちに触れられた感覚に、イルカの背中がゾワリと震えた。

 
 
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