カカイルワンライ「疑惑」
声をかけられ振り向きざまに左の頬を殴られた。殴られると分かっていたもののその衝撃に身体がよろめきそうになり、イルカは両足で踏ん張りそれに耐える。握りしめた拳を相手に返すべく力を入れた時、
「何してんの?」
張りつめる空気とはだいぶ場違いな間延びした声が頭上から降ってきた。自分と目の前にいる相手以外に気配はなかった。だから相手が上忍でも構わず殴り返そうと思っていたのに。声が聞こえた木の上から空気が動いたと思うと同時に地面にその人影が音もなく降り立つ。その見覚えのある姿を目にした途端、イルカは内心苦虫を噛み潰したような気持ちになった。これ以上の問題はごめんだと言わんばかりの眼差しをカカシに送るもその眠そうな目はイルカの赤く腫れた左頬に向けられ、そしてイルカと対峙している上忍へと向けられる。
「仲が悪いから?それともこいつがクソ野郎だから?」
ついさっきの勢いはどこへやら。同じ階級であるにも関わらず冷えた目のカカシにすっかり怯えている表情を見せている男を前に、そして投げかけられたカカシの台詞にイルカが小さくため息を吐き出せば、
「お前には関係ないだろ」
怯えながらもそうカカシに言い捨てた男は直ぐに姿を消す。逃げ出した男へ目を向けながら、あーあ、と呟いたのはカカシだった。
「逃げちゃったね」
暢気な口調にイルカは呆れてカカシへ視線を向ける。
「あなたが逃がしたんでしょう」
元より追いかけるつもりもないがすっかり殴り返すタイミングも失い、こっちはただの殴られ損だ。不愉快に血で濁った唾を地面に吐き、殴られた顎をさすりながら不満そうに見ると、カカシは表情を少しだけ崩した。
「痛そう」
こっちの責める眼差しを気にもせず言うカカシの台詞に、こんなもんは慣れっこです、とイルカは否定し視線を逸らす。
そう、あの九尾の元担任だからと因縁を付けてくる人間はさっきの上忍だけじゃない。それを説明する気もないから短く否定するだけに留めたイルカに、そっか、とカカシは呟いた。銀色の髪を掻く。その姿を見つめながら、兎に角、とイルカは言葉を続けた。
「助けは不要ですから」
そこまで言ってイルカはカカシに背を向けると歩き出す。
建物の角を曲がったところで背中に感じていたカカシの視線が途切れ、イルカはそこで息を吐き出した。
どういう訳か、カカシはやたら自分につきまとう。一体なにが面白いのか知らないが。からかっているのか楽しんでいるのかは聞くまでもない。どっちもだ。
この縦社会で平気で楯突く中忍が珍しいのか。あのはたけカカシに平気で言い返すのは自分くらいだと分かっている。鬱陶しいと、むかつくヤツだと他の上忍の様に殴ったらいいのに。カカシはそれをしない。ただ、顔を合わせる度にその眠そうな目が幾度と無く自分を映す。木の葉最強と謳われ過去暗部に身を置いていたと耳にしたことがある忍であるにも関わらず、敵意や憎しみ、嫌悪もない目をこっちに向ける。
自分からしたら不思議でならない。
色んな疑惑が浮かぶものの、どれも推測の域を出ない。面白がるにしてはしつこい。そもそも上忍なんて変わった人間の集まりだから、そんなもんなのかもしれないが。
だとしてもこっちからしたらいい迷惑だ。
ただ、さっきの上忍を殴り返したら、こんな傷だけでは済まなかっただろう。
あのタイミングでカカシが割り込んできたのは偶然か必然かと問われたら、───。
カカシの不透明な思惑をぼんやりと考えながらイルカは血の滲む口の端を指の腹で軽く触れる。視線を漂わせながらも歩く足を早めた。
「行っちゃった」
カカシはイルカの姿が見えなくなってから、残念そうに小さくため息を吐き出した。
上忍相手にも自分の意見を曲げようとしない。しかも今回はあろうことか殴り返そうとしていた。相手によってはあんな怪我だけじゃ済まない。
でもああいう人間だからこそあの問題児が面白い成長をしたんだろう。決意が揺らぐことのない頑固さは間違いなくあの人譲りだ。
呆れもするが感心の方が明らかに強い。色濃くなる自分の心情に思わずまたため息が出る。
「・・・・・・でもいい加減誘い文句くらいは言わせてよね」
聞こえるはずがないイルカに向け恋しそうに呟いた。
「何してんの?」
張りつめる空気とはだいぶ場違いな間延びした声が頭上から降ってきた。自分と目の前にいる相手以外に気配はなかった。だから相手が上忍でも構わず殴り返そうと思っていたのに。声が聞こえた木の上から空気が動いたと思うと同時に地面にその人影が音もなく降り立つ。その見覚えのある姿を目にした途端、イルカは内心苦虫を噛み潰したような気持ちになった。これ以上の問題はごめんだと言わんばかりの眼差しをカカシに送るもその眠そうな目はイルカの赤く腫れた左頬に向けられ、そしてイルカと対峙している上忍へと向けられる。
「仲が悪いから?それともこいつがクソ野郎だから?」
ついさっきの勢いはどこへやら。同じ階級であるにも関わらず冷えた目のカカシにすっかり怯えている表情を見せている男を前に、そして投げかけられたカカシの台詞にイルカが小さくため息を吐き出せば、
「お前には関係ないだろ」
怯えながらもそうカカシに言い捨てた男は直ぐに姿を消す。逃げ出した男へ目を向けながら、あーあ、と呟いたのはカカシだった。
「逃げちゃったね」
暢気な口調にイルカは呆れてカカシへ視線を向ける。
「あなたが逃がしたんでしょう」
元より追いかけるつもりもないがすっかり殴り返すタイミングも失い、こっちはただの殴られ損だ。不愉快に血で濁った唾を地面に吐き、殴られた顎をさすりながら不満そうに見ると、カカシは表情を少しだけ崩した。
「痛そう」
こっちの責める眼差しを気にもせず言うカカシの台詞に、こんなもんは慣れっこです、とイルカは否定し視線を逸らす。
そう、あの九尾の元担任だからと因縁を付けてくる人間はさっきの上忍だけじゃない。それを説明する気もないから短く否定するだけに留めたイルカに、そっか、とカカシは呟いた。銀色の髪を掻く。その姿を見つめながら、兎に角、とイルカは言葉を続けた。
「助けは不要ですから」
そこまで言ってイルカはカカシに背を向けると歩き出す。
建物の角を曲がったところで背中に感じていたカカシの視線が途切れ、イルカはそこで息を吐き出した。
どういう訳か、カカシはやたら自分につきまとう。一体なにが面白いのか知らないが。からかっているのか楽しんでいるのかは聞くまでもない。どっちもだ。
この縦社会で平気で楯突く中忍が珍しいのか。あのはたけカカシに平気で言い返すのは自分くらいだと分かっている。鬱陶しいと、むかつくヤツだと他の上忍の様に殴ったらいいのに。カカシはそれをしない。ただ、顔を合わせる度にその眠そうな目が幾度と無く自分を映す。木の葉最強と謳われ過去暗部に身を置いていたと耳にしたことがある忍であるにも関わらず、敵意や憎しみ、嫌悪もない目をこっちに向ける。
自分からしたら不思議でならない。
色んな疑惑が浮かぶものの、どれも推測の域を出ない。面白がるにしてはしつこい。そもそも上忍なんて変わった人間の集まりだから、そんなもんなのかもしれないが。
だとしてもこっちからしたらいい迷惑だ。
ただ、さっきの上忍を殴り返したら、こんな傷だけでは済まなかっただろう。
あのタイミングでカカシが割り込んできたのは偶然か必然かと問われたら、───。
カカシの不透明な思惑をぼんやりと考えながらイルカは血の滲む口の端を指の腹で軽く触れる。視線を漂わせながらも歩く足を早めた。
「行っちゃった」
カカシはイルカの姿が見えなくなってから、残念そうに小さくため息を吐き出した。
上忍相手にも自分の意見を曲げようとしない。しかも今回はあろうことか殴り返そうとしていた。相手によってはあんな怪我だけじゃ済まない。
でもああいう人間だからこそあの問題児が面白い成長をしたんだろう。決意が揺らぐことのない頑固さは間違いなくあの人譲りだ。
呆れもするが感心の方が明らかに強い。色濃くなる自分の心情に思わずまたため息が出る。
「・・・・・・でもいい加減誘い文句くらいは言わせてよね」
聞こえるはずがないイルカに向け恋しそうに呟いた。
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