カカイルワンライ「動悸」続き③
カカシは杯を傾けながら目の前に座っている相手を見つめる。
目の前のイルカは同じように杯を手に同じ酒を呑んでいてこの場を楽しんでいるようにも見えるが、普段目にするイルカと違い明らかに動揺をしているのが分かった。
少し前から様子がなんとなくおかしい事には気がついていた。気がついてはいたがそれに関心を向けなかったのは、イルカはナルトの元担任とだと言うだけの存在だったから。
まあ、それは今も変わりはないが。
そもそもここの料亭で呑もうと言い出したのは上忍仲間のアスマだった。この時期にしか食べれない料理があると紅含む三人で予約したのはいいが、当日アスマと紅に任務が入り行けるのが自分だけになり。たまたま顔を合わせたイルカにアスマが声をかけた。
イルカがアスマからどんな説明をされたのは知らないが。どうやらイルカは紅もいると思いこんでいたらしく。女将に連れられ部屋に通された時、先にこの個室にいた自分の顔を見るなりイルカは驚いた顔をした。
ただ忍びであればいつ呼び出しがあってもおかしくないから、こんな状況は想像できて当たり前だ。それにイルカの代金はアスマ持ちなのだからタダで飲み食い出来るのは悪い話でもないはずだ。
なのに、さっき言った通り自分に対する様子がどうもおかしいのは今日に限った事ではなく少し前からだった。もともとのイルカの印象はハッキリした性格で受付で上忍相手にも意見を言う、言うならば物怖じしない性格だったはずだ。中忍選抜試験の時も、火影や上忍がいようが自分に食ってかかってきた。自分とは相対するものを感じたが、そういうことろは買ってもいたのに。
見た感じ、ここ最近イルカは自分と顔を合わへる度に明らかに気まずそうにしている。
だからと言って誰かに気まずそうにされようと自分は特に気にもならないが。今回は何故か違った。
最初、体調でも悪いのかと思った。だから、どっか気分でも悪いの?と聞いても、苦笑いを浮かべイルカは首を横に振る。だからよく知りもしないが仕事が忙しいのかと聞けば、同じ様な表情でほどほどだと返される。面倒くさいとは思わないが、それが気に障った。だって、つい少し前までは、自分に対してこんな態度じゃなかったはずだ。会えば笑顔で見本の様な挨拶をしてきたのに。
カカシは胡座を掻きチビチビと酒を呑みながら目の前のイルカの様子を見る。
アスマが言っていたように鰻の焼き物や焼茄子の浸しは絶品で、居酒屋や定食屋ではきっと味わえない。こんなにも酒も料理も美味いのに。
「ねえ」
鰻を箸でつつきながらイルカに声をかければ、この部屋には自分とイルカしかいないのにも関わらず、僅かにびくりとし、こっちに顔を向けた。
「先生は何が好きなの?」
至って平凡な質問だった。平凡だが普段誰かにこんな質問を投げかけたことはない。目の前にいるのが火影だろうが大名だろうが他人に興味はないから一人好きに飲み食いして終わらせるのに。自分でも分からないがそんな事を聞いていた。気を使うつもりなんてこれっぽっちもないのに。
その自分が他人に滅多に投げかけない、何でもない質問に。イルカは何故か少しだけ目を丸くした。え、と声を詰まらせる。
「何が好きって、」
そしてひどく困った顔をした。それなりに会話をしているはずなのに、会話にならない。相手が格上だろうが他愛のない会話なんてイルカであれば造作ないはずだ。それが分かっているから、余計に苛立ちを感じた。一体何がそうさせるのか。カカシは堪らず髪を掻く。
「ラーメンとか?」
ナルトから聞いていた事を言えば、そこでイルカはまた少しだけ驚いた顔をした。そこで、ああ、と呟き頬を緩める。
「ラーメンは大好きです。教師として体調管理する上ではそこまで食えないですが」
同じ苦笑いだが、さっきとは違う。和やかになったイルカの口調や表情にカカシは同じように、そっか、と笑顔を浮かべた。
「でも一楽のラーメン美味いよね」
俺も好きだよ。
微笑んでそう続けて。イルカへ視線を向けると何故かそこで少しの間が空いた。そこから直ぐにイルカは目を逸らす。会話が続いたのは一瞬だった。テーブルに並べられた料理に目を落としたイルカは手酌で杯に酒を注ぐ。それをぐいと呑み、黙々と料理を食べ始めた。
上忍だからと気を使って欲しいとも思わない。でもそれなりに会話を続けることだって出来たはずなのに。
俺、この人になんかしたっけ。
そう思うがそもそもそこまで関わりがないのだから、思い浮かぶはずもなく。仕方ないからカカシはイルカに倣うように黙って酒を呑み料理を食べる事を選ぶしかない。
思い出せるのは、最近で言えば定食屋でたまたま相席になり、そこから七班の任務中に農家の家で顔を合わせたくらいだ。それ以外は記憶にない。
どうって事ないはずなのに。イルカと二人でこうしているだけで、美味いはずの酒が不味く感じた。
だったら尚更このままさっさと食べ終えてこの場を後にしてもいいが。
カカシは一頻り考えた後、あのさ、とため息混じりに杯を持ったままイルカへ顔を向ける。
「俺に何か言いたいことでもあるの?」
イルカのような相手にはハッキリ聞いた方がいい。何か言いたい事があって言えないのは、きっと自分が格上だからだ。
それだったら言いやすいようにするべきだ。
さっきの今で苛立ちが募っていないと言えば嘘だった。ただ、それが顔に出ることはない。喧嘩腰にもならないようにいつもと同じ口調で静かに問いかけたはずだが、それが逆効果だったのか。その言葉に、イルカは明らかにギクリとし、顔を上げた。その態度は見たまんま、自分の質問が今のイルカのその心境に対して的を射ているのは明らかなのに。驚いたイルカは、分かりやすいくらいに困った顔をしていた。
「ないです」
散々返答を考えた様子だったはずなのに、答えた言葉はそれだった。
ない。
そうイルカは口にしたが、それが嘘なのは誰が見てもきっと明白で。でもだからと言って問い詰めるつもりはカカシにはなかった。
面倒くさいと思っていなかったはずなのに、不意に面倒くさくなる。
それに、自分もそこまで無神経ではない。
そ、とだけ短い言葉を返すとカカシは再び酒を口にした。湿らせた唇を軽く親指の腹で拭う。イルカが立ち上がったのはその時だった。
「俺、ちょっと手洗いに、」
勢いよく立ち上がったイルカが歩き出し襖を開けようとして、その近くにあった鞄に躓く。酒が入っているからなのか、それとも店から出された日本酒は中々手に入らない酒だからとアスマが前々から頼んでおいたものだが、もしかして日本酒自体が弱いのか。
忍びらしくないこけ方に呆れながらもカカシはやれやれと杯とテーブルに置くと立ち上がった。イルカに近づき、しゃがみ込む。
「大丈夫?」
覗きこむがイルカは中々俯いたまま顔を上げない。
自分の何がイルカをこうさせるのか。考えていても埒があかないのは確かだ。仕方ないと自分の席に戻ろうとした時、
「俺はっ、」
不意にイルカが言葉を発し、そしてそこからゆっくりと顔を上げる。イルカのその血色の良い頬はいつも以上に赤く、やはり酒が弱いのかと思うカカシに、その目の前で開いた口を結び、そして再び開く。
「俺は・・・・・・どうやら、あなたが好きみたいです」
きょとんとした。たぶん、それは顔にも出ていて。
驚いたまま、イルカの口にした言葉が頭の中に入ってくる。そんなに難しい事は言っていない。それでも、理解するのには時間がかかった。
だって。
この人が俺を好き?
目の前にいるイルカを自分の目に映す。
一体いつからなんだろうか。
上忍師として初めて顔を合わせた時から?
中忍選抜試験の後?
あとは・・・・・・
いくら考えようとしても答えに行き着かない。
それでも、分かるのは。
ぎこちない表情を見せたあの時や、あんな時。
そして、今日ここで視線が合う度に逸らしたのも。
全部、俺を好きだったから?
不可解だと思っていた事がふんわりと合致していく度に、心の中にあった苛立ちが紐が解けるように緩んでいくのが分かった。
「・・・・・・そんなに可笑しいことですか」
つい頬まで緩んでいたのか。気がついたらイルカの表情が少しだけ険しくなっていた。悔しそうな顔をこっちに向けている。顔は真っ赤だ。その初めて見るイルカの表情にカカシは、いや、と否定しながらも頭を掻き、そしてもう一度見る。
自分が言うのもなんだが。
「アンタ分かりにくいよ」
困った顔で言えばイルカはよく分かっていないのか、怪訝そうな顔をする。
その顔が可愛いと思った自分に驚きながらも、カカシはそこでようやく表情を和らげ、困ったように小さく笑った。
目の前のイルカは同じように杯を手に同じ酒を呑んでいてこの場を楽しんでいるようにも見えるが、普段目にするイルカと違い明らかに動揺をしているのが分かった。
少し前から様子がなんとなくおかしい事には気がついていた。気がついてはいたがそれに関心を向けなかったのは、イルカはナルトの元担任とだと言うだけの存在だったから。
まあ、それは今も変わりはないが。
そもそもここの料亭で呑もうと言い出したのは上忍仲間のアスマだった。この時期にしか食べれない料理があると紅含む三人で予約したのはいいが、当日アスマと紅に任務が入り行けるのが自分だけになり。たまたま顔を合わせたイルカにアスマが声をかけた。
イルカがアスマからどんな説明をされたのは知らないが。どうやらイルカは紅もいると思いこんでいたらしく。女将に連れられ部屋に通された時、先にこの個室にいた自分の顔を見るなりイルカは驚いた顔をした。
ただ忍びであればいつ呼び出しがあってもおかしくないから、こんな状況は想像できて当たり前だ。それにイルカの代金はアスマ持ちなのだからタダで飲み食い出来るのは悪い話でもないはずだ。
なのに、さっき言った通り自分に対する様子がどうもおかしいのは今日に限った事ではなく少し前からだった。もともとのイルカの印象はハッキリした性格で受付で上忍相手にも意見を言う、言うならば物怖じしない性格だったはずだ。中忍選抜試験の時も、火影や上忍がいようが自分に食ってかかってきた。自分とは相対するものを感じたが、そういうことろは買ってもいたのに。
見た感じ、ここ最近イルカは自分と顔を合わへる度に明らかに気まずそうにしている。
だからと言って誰かに気まずそうにされようと自分は特に気にもならないが。今回は何故か違った。
最初、体調でも悪いのかと思った。だから、どっか気分でも悪いの?と聞いても、苦笑いを浮かべイルカは首を横に振る。だからよく知りもしないが仕事が忙しいのかと聞けば、同じ様な表情でほどほどだと返される。面倒くさいとは思わないが、それが気に障った。だって、つい少し前までは、自分に対してこんな態度じゃなかったはずだ。会えば笑顔で見本の様な挨拶をしてきたのに。
カカシは胡座を掻きチビチビと酒を呑みながら目の前のイルカの様子を見る。
アスマが言っていたように鰻の焼き物や焼茄子の浸しは絶品で、居酒屋や定食屋ではきっと味わえない。こんなにも酒も料理も美味いのに。
「ねえ」
鰻を箸でつつきながらイルカに声をかければ、この部屋には自分とイルカしかいないのにも関わらず、僅かにびくりとし、こっちに顔を向けた。
「先生は何が好きなの?」
至って平凡な質問だった。平凡だが普段誰かにこんな質問を投げかけたことはない。目の前にいるのが火影だろうが大名だろうが他人に興味はないから一人好きに飲み食いして終わらせるのに。自分でも分からないがそんな事を聞いていた。気を使うつもりなんてこれっぽっちもないのに。
その自分が他人に滅多に投げかけない、何でもない質問に。イルカは何故か少しだけ目を丸くした。え、と声を詰まらせる。
「何が好きって、」
そしてひどく困った顔をした。それなりに会話をしているはずなのに、会話にならない。相手が格上だろうが他愛のない会話なんてイルカであれば造作ないはずだ。それが分かっているから、余計に苛立ちを感じた。一体何がそうさせるのか。カカシは堪らず髪を掻く。
「ラーメンとか?」
ナルトから聞いていた事を言えば、そこでイルカはまた少しだけ驚いた顔をした。そこで、ああ、と呟き頬を緩める。
「ラーメンは大好きです。教師として体調管理する上ではそこまで食えないですが」
同じ苦笑いだが、さっきとは違う。和やかになったイルカの口調や表情にカカシは同じように、そっか、と笑顔を浮かべた。
「でも一楽のラーメン美味いよね」
俺も好きだよ。
微笑んでそう続けて。イルカへ視線を向けると何故かそこで少しの間が空いた。そこから直ぐにイルカは目を逸らす。会話が続いたのは一瞬だった。テーブルに並べられた料理に目を落としたイルカは手酌で杯に酒を注ぐ。それをぐいと呑み、黙々と料理を食べ始めた。
上忍だからと気を使って欲しいとも思わない。でもそれなりに会話を続けることだって出来たはずなのに。
俺、この人になんかしたっけ。
そう思うがそもそもそこまで関わりがないのだから、思い浮かぶはずもなく。仕方ないからカカシはイルカに倣うように黙って酒を呑み料理を食べる事を選ぶしかない。
思い出せるのは、最近で言えば定食屋でたまたま相席になり、そこから七班の任務中に農家の家で顔を合わせたくらいだ。それ以外は記憶にない。
どうって事ないはずなのに。イルカと二人でこうしているだけで、美味いはずの酒が不味く感じた。
だったら尚更このままさっさと食べ終えてこの場を後にしてもいいが。
カカシは一頻り考えた後、あのさ、とため息混じりに杯を持ったままイルカへ顔を向ける。
「俺に何か言いたいことでもあるの?」
イルカのような相手にはハッキリ聞いた方がいい。何か言いたい事があって言えないのは、きっと自分が格上だからだ。
それだったら言いやすいようにするべきだ。
さっきの今で苛立ちが募っていないと言えば嘘だった。ただ、それが顔に出ることはない。喧嘩腰にもならないようにいつもと同じ口調で静かに問いかけたはずだが、それが逆効果だったのか。その言葉に、イルカは明らかにギクリとし、顔を上げた。その態度は見たまんま、自分の質問が今のイルカのその心境に対して的を射ているのは明らかなのに。驚いたイルカは、分かりやすいくらいに困った顔をしていた。
「ないです」
散々返答を考えた様子だったはずなのに、答えた言葉はそれだった。
ない。
そうイルカは口にしたが、それが嘘なのは誰が見てもきっと明白で。でもだからと言って問い詰めるつもりはカカシにはなかった。
面倒くさいと思っていなかったはずなのに、不意に面倒くさくなる。
それに、自分もそこまで無神経ではない。
そ、とだけ短い言葉を返すとカカシは再び酒を口にした。湿らせた唇を軽く親指の腹で拭う。イルカが立ち上がったのはその時だった。
「俺、ちょっと手洗いに、」
勢いよく立ち上がったイルカが歩き出し襖を開けようとして、その近くにあった鞄に躓く。酒が入っているからなのか、それとも店から出された日本酒は中々手に入らない酒だからとアスマが前々から頼んでおいたものだが、もしかして日本酒自体が弱いのか。
忍びらしくないこけ方に呆れながらもカカシはやれやれと杯とテーブルに置くと立ち上がった。イルカに近づき、しゃがみ込む。
「大丈夫?」
覗きこむがイルカは中々俯いたまま顔を上げない。
自分の何がイルカをこうさせるのか。考えていても埒があかないのは確かだ。仕方ないと自分の席に戻ろうとした時、
「俺はっ、」
不意にイルカが言葉を発し、そしてそこからゆっくりと顔を上げる。イルカのその血色の良い頬はいつも以上に赤く、やはり酒が弱いのかと思うカカシに、その目の前で開いた口を結び、そして再び開く。
「俺は・・・・・・どうやら、あなたが好きみたいです」
きょとんとした。たぶん、それは顔にも出ていて。
驚いたまま、イルカの口にした言葉が頭の中に入ってくる。そんなに難しい事は言っていない。それでも、理解するのには時間がかかった。
だって。
この人が俺を好き?
目の前にいるイルカを自分の目に映す。
一体いつからなんだろうか。
上忍師として初めて顔を合わせた時から?
中忍選抜試験の後?
あとは・・・・・・
いくら考えようとしても答えに行き着かない。
それでも、分かるのは。
ぎこちない表情を見せたあの時や、あんな時。
そして、今日ここで視線が合う度に逸らしたのも。
全部、俺を好きだったから?
不可解だと思っていた事がふんわりと合致していく度に、心の中にあった苛立ちが紐が解けるように緩んでいくのが分かった。
「・・・・・・そんなに可笑しいことですか」
つい頬まで緩んでいたのか。気がついたらイルカの表情が少しだけ険しくなっていた。悔しそうな顔をこっちに向けている。顔は真っ赤だ。その初めて見るイルカの表情にカカシは、いや、と否定しながらも頭を掻き、そしてもう一度見る。
自分が言うのもなんだが。
「アンタ分かりにくいよ」
困った顔で言えばイルカはよく分かっていないのか、怪訝そうな顔をする。
その顔が可愛いと思った自分に驚きながらも、カカシはそこでようやく表情を和らげ、困ったように小さく笑った。
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