カカイルワンライ「動悸」

 正午から半刻ばかり過ぎているし平日だからと思って足を運んでみれば思いの外混んでいて、どうしようと店前で迷っているところで店員が暖簾から顔を見せた。相席でもいいかと聞かれ直ぐに食べれるのならばそれで構わないと頷き、イルカもまた定食屋の暖簾をくぐる。通されたテーブルに座っていたのはカカシだった。
 この定食屋には何度も通っているがカカシを見かけた事は一度もない。だが同じ里の忍びであれば店で会ってもおかしくはないし、昼時に空いている店もそれなりに限られている。頭を下げながら座ればカカシはちらとこっちを見た後会釈を返す。その前に座ったイルカは既に決めていた日替わり定食を注文した。
 目の前のカカシはカレーを食べている。
 魚料理が売りの店だがカレーも実は美味い。だからだろうか、カカシがカレーを口に運ぶのを見ながら、既に日替わりメニューを頼んでおきながらもカレーでも良かったな、なんて思ってしまう。イルカはグラスを手にとって水を飲んだ。
 まじまじとはいかないながらもイルカはカカシへ視線をそっと向ける。
 広いようで狭い里だ。受付や報告所、外で何回か見かけた事もあるがどこかの店で顔を合わせたことはないからなのか。ナルト達のように素顔がどうのこうのと自分が思う事もないが、カカシが普通に晒しているその顔を見たのは初めてだった。たぶんカカシも気にしていない。
 そんなことよりも。
 食べ方が綺麗だと思った。
 カレーの食べ方は人それぞれだ。その食べ方で性格も出ると言われる。そんな占いみたいな話題には興味はないが、カカシの食べ方は自分と同じだった。食べる白飯に少しだけカレーをかけ、そのかけた場所を掬って食べる。それも右側から。じょじょに山を崩しながらルーを寄せ食べるカカシを眺めていれば、カカシの目が不意にこっちに向いた。
「どうかした?」
 問われ、そんなじっと見つめていたつもりはなかったがカカシが口にするほど見てしまっていたのか。慌ててイルカは笑顔を作る。いや、と首を横に振った。
 顔見知りでも相手はカカシだ。同じ食べ方なんですね、なんて言えない。ただ、関心していたのは確かだが、何やってんだと、つい見てしまっていたことに反省していれば、目の前に自分の頼んだ定食が運ばれてくる。イルカは気持ちを切り替えるように箸を手に取った。いただきます、と手を胸の前で合わせ、そこから味噌汁を啜り、鯖の身を解す。それを口に入れ、白飯を食べた。
 別に人の食べる姿を見る趣味なんてないが。
 ただ、カカシの食べる姿を見るのが初めてで、自分の好きなカレーを食べていて。そして何故かすごく美味そうに見えた。それはカレーだけではない、他の食べ物もきっとそうだろう。自分が頼んだこの鯖の味噌煮定食や刺身定食、うどんや一楽のラーメンも。
 そんな事をぼんやり思いもぐもぐと口を動かしながら茶碗を置きみそ汁を再び啜った時、目の前のカカシが立ち上がった。顔を向ければカカシは既に口布をしている。目の前には綺麗に食べ終わったカレーの皿が置かれていた。ポケットを探るのはきっと財布を探しているからだ。そう思っている間に、カカシの目がイルカに向いた。
「アンタ美味そうに食べるね」
 ふっと笑ったかどうかは口布で口が隠されているから分からないが、目元が少しだけ緩んだのが分かった。少しだけ目を丸くしてお椀を僅かに口から離したイルカを前に、カカシは勘定をテーブルの上に置くと店を出て行く。
 カカシの姿が見えなくなった後、じわじわと顔が熱くなった。
 前に一楽の店主に美味そうに食べると言われた事がある。でもまさか思っていた事が自分に返ってくるとか。
 昼休みがずれにずれ腹が減っていたのは確かだ。でもガッついたつもりはない。
 確かに白飯は大盛りにしたけど。味噌汁もお代わりするつもりだったけど。
 ただ、カカシに言われただけなのに。
 異様に恥ずかしい。
 いや、別に恥ずかしいことはない。
 でも。
 あの目が。表情が。
 頭から離れない。
 頬が火照る。
 早鐘を打ち始める心臓を抑えるように、イルカは口の中にあったみそ汁をごくりと飲んだ。
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