カカイルワンライ「好きだと言って」
ここだけ何とかならいかと言われてイルカは渡された任務表に目を向けた。
そもそもよっぽどの事がない限り無理なスケジュールを作る事はないし、今週入れた任務内容だったらまだ予定を組み込んでいない上忍に割り当てる事も可能だから、まあ大丈夫だろうと判断してイルカは顔を上げる。
「上の了承が必要なので今すぐに返事は出来ないですが、変更は可能だと思います」
イルカの返事にアスマは煙草を咥えたまま軽く頷くと、そうか、と短い返事を口にした。
「悪りいな、無理言って」
その言葉にイルカは首を横に振る。
「十班と七班の合同練習、いいじゃないですか」
下忍となり各班での行動しかとらなくなった今、力比べとはいかないにしろ各々の力を見比べ見直す良い機会にもなるだろう。まあ、でもアスマやカカシの狙いはまた別なのかもしれないが。
ただ、そんな上忍師の提案が元担任としては嬉しくないわけがない。
嬉しそうに口にするイルカに、アスマの隣にいたカカシが小さく笑った。
「でもアイツらが喜ぶとは思わないけど」
それは確かにその通りで、ナルトの素直じゃない反応が嫌でも想像できて、苦笑いを浮かべるしかなくなる。
「じゃ、よろしく頼むわ」
イルカの肩をぽんと叩き煙草を吸いながら歩き出すアスマに、その隣にいたカカシもまた歩き出し、
「よろしくね」
イルカの背中を軽く叩いた。
二人が去った後、イルカもまた任務予定表を手に仕事場に戻る為に歩き出す。そこから小さく息を吐き出した。
アスマ達に口にした通り、上の了承を得るのはそこまで難しくはないし、任務の調整もそこまでじゃない。
ただ、気になるのはそこではなく。
歩きながらついさっき、カカシが自分の背中に触れた場面を思い出しながら、イルカは視線を漂わせる。
気になり始めたのは一体いつからだろうか。
いや、気になっているわけじゃない。何か、自分の中で心に残るものを感じる、その程度だ。
カカシはナルトが上忍師になった頃に知り合ったから、アスマに比べたらつき合いは短い。でもそれだけで、アスマとカカシを意識的に比べているつもりはない。
そして、別にカカシだけが自分に触れてくるわけじゃない。ついさっきの様に、アスマだって同じ様に肩を叩く。それはアスマだけじゃなく他の上忍だって同じだ。それは、コミュニケーションの一環で、カカシは自分達の世代からしたら憧れだ、気さくに接してくれるのは嬉しい。もっと言えば、同期や友人はそれ以上だ。強く背中をばんばんと叩いてきたり、乱暴に肩に腕を回してきたり。
そこまで思って。ああそうか、とイルカはふと気がつく。
触れ方だ。
カカシは、どの人よりも優しい触れ方をする。
同期なんて最悪飲んでいるコーヒーを吹きそうになる叩き方をする事もあるし、アスマだって笑いながら叩いてくる時は痛いことはないが、それなりに強い。どっちかと言うと紅に同じように笑いながら背中を叩かれた時の方が痛かった。
まあ普通に、ぽんと叩かれる事がほとんどだけど。
それでも、カカシの触れ方はやっぱり他の人とは違う。
もしかしたら、とイルカはそこで視線を上げた。
はっきりと覚えていないが、記憶にある父と母が自分に手を置き、触れた時の感覚に似ているからなのかもしれない。
(あぁ、そうか)
他の人と同じ触れ方なのに、温もりを感じるような感覚は。無意識に、記憶にある父と母を思い出していたから。
そう思えば、心にしっくりくるようなものを感じて、イルカは腑に落ちる。なるほど、と一人納得して呟いた。
「あれ、先生」
その声に顔を上げると、立っていたのはカカシだった。
「珍しいね、一人?」
一楽や食堂では一人の事の方が多いが、居酒屋では、と言う意味なんだろうと思いつつ、ええ、とイルカは返事をする。一人だと確認したからだろうか、カカシは了承を得る事なく、イルカの横に座った。
「俺はアスマにフラれちゃって」
その台詞に否が応でも分かる事にイルカは苦笑いしか選べない。グラスを傾ける横で、カカシは店主に同じようにビールを注文する。壁に貼られたお品書きを眺め、渡されたおしぼりで手を拭きながら、おでんかあ、と呟くから、イルカは思わずカカシへ顔を向けた。
「分かります、俺も迷いました」
迷ったが、今日は昼間はまだ暑く、結局冷たいビールに冷や奴や焼き鳥を頼んでいた。
イルカの台詞に、だよねえ、と答えると、カカシは店主にナス焼きと焼き鳥を注文する。それを見ながら、らしいなあ、と何となく思った。
飲み屋でカカシに会った回数は少ない。それでも、職業柄人を観察するくせがついてしまっているからだろうか。カカシの食の好みは自分と似ていることろがあり、どんな想像もしていなかったのに、意外だと思った事を思い出す。
「合同練習のやつ、ありがとね」
注文していたビールがきたところでカカシが口を開いた言葉に、ビールを飲んでいたイルカはグラスから口を離すと、いや、と慌てて手を横に振った。
「調整も難なくできましたし上もすぐ了承してくれたんで、」
俺はなにも、と言うイルカの言葉を謙遜と受け取っているのかは知らないが、微笑みながらカカシはビールを飲む。
「ま、低ランクと言えどこれから任務は増えるんだろうし、合同練習なんてそう出来ないだろうから」
選抜試験もあるだろうしね。
カカシの台詞に、イルカはその通りだと思った。下忍になったばかりと言えど、アカデミーの授業を受けていた頃とは全く違う。遊んでいる暇なんてない、任務や鍛錬に追われ、精神的にも体力的にも追い込まれる。そして、何より中忍になる為の選抜試験という難関も立ちはだかっている。目まぐるしい日々に、アイツらのここからの成長はあっという間なんだろう。自分自身さえ気が付かないほどに。だから、合同練習なんて、出来るのはきっと今くらいだ。
自分の頃と重ねようとしても、ただがむしゃらだった事しか思い出せなくて、輝かしい道を歩いていたという記憶はもちろんなく。苦い気持ちに一人冷や奴を箸で摘み口に入れる。
ただ、切磋琢磨する事に悪い事はない。
「焼き鳥食べる?」
不意に言われて目を向けると、カカシが焼きたての焼き鳥をこっちに向けていた。
自分も今日は焼き鳥を頼んでいるから。いや、でも、と言いかけるイルカに、つくねは食べた?と追加して聞かれる。確かにつくねは頼んでいない。でも、流石に上忍の注文した焼き鳥をもらう事はできなくて。
困るイルカに、カカシは気にする事なくつくねを一本皿に置いた。
「ここのは軟骨が入っていて美味いんだよ」
焼き鳥はいつもネギマばかりでつくねは頼んだことはなかった。言われてつくねの串を手に取り口に入れると、確かにこりこりとした触感があり、シソの風味もアクセントになっている。そして何よりも美味しくて。イルカの顔が思わず綻んだ。
本当だ。そう口にしたイルカに、カカシが、でしょ?と嬉しそうに返す。
「俺はどっちかと言うとこういう食感があるものが好きなんだよね。焼き鳥の軟骨って基本やげんって言う胸骨の部分なんだけど、げんこつも美味いんだよ」
聞き慣れない言葉や意外性もあって、イルカはつくねを食べながらカカシの話に耳を傾ける。
「げんこつってどの部分なんですか?」
何気なく聞いたイルカに、カカシは、ああ、と相づちを打ちながら持っていたグラスを置く。
「ここ」
カカシの手がイルカの膝に触れた。その手は直ぐに離れる。
「やげんに比べたらげんこつの方が固いから唐揚げの方が食べやすいって人もいるんだけどね、」
俺は焼き鳥で食った方がいいかな。
続けられた話はそれなりに興味があるはずなのに、カカシも酒が入って楽しそうに話しているのに。頷いて聞いているつもりでも、頭に入ってこなかった。
何気なく触れたカカシの手が、一瞬だったはずなのに。まだ触れられているような感覚で。
少し前から、カカシに肩や背中を叩かれる度に違和感を持っていたが、それは昼間理由付けをして、自分自身納得した。父や母のあの懐かしい感覚なんだと。
なのに。
今カカシが膝に触れた感覚が、その自分で結論づけたその理由とは何かが違うような。それを無意識に感じた。
イルカは内心困惑してビールを飲む。
触れ方は今までとは変わらない。でも、今までとは違う場所を触れられたからなのか。
だったら。これが膝じゃなく肩だったとしたら。特に何も思わなかったはずだ。
───じゃあ、肩じゃなく手だったら?
グラスを持っている自分の手を眺めながら、想像してその感覚を感じ取ろうとして。
危うくグラスを落としそうになった。思わずグラスを持つ手に力を入れる。
いやいやいや、違うだろ。
イルカは頭の中で否定する。否定したいのに、心臓は妙に早鐘を打っていて治まる気配はない。
でも、到底受け入れられない。いや、受け入れられるはずがない。
だって、その探ろうとした感覚が、甘い疼きだったなんて。
そんなの絶対に、
「やっと気がついた?」
カカシの言葉にイルカはギクリとした。
今までの会話の流れから、急に何でそんな言葉が出るのか。カカシとは焼き鳥の軟骨の話をしていただけで、心を読まれたわけでもない。だから別に悟られることなんて。
心臓はまだどきどきと鳴っていて、治まりそうもないが、動揺を顔に出さないように努めながら目を向けるイルカに、カカシは自分とは全然違う涼しげな顔で。イルカを見つめながら、露わな青みがかった目を緩める。
「鈍すぎるんだよ、先生は」
可笑しそうに目を細める、その表情に、台詞に。目を、耳を疑った。同時に頭を強く殴られたような感覚に陥りそうになり、そして、それを耐えようとするが、もちろん出来るわけもない。動揺が嵐のように心の中で荒れ始めている中、必死で止まりかけている思考を動かして分かることは一つ。
こいつ、知っててやってやがった。
あれも、これも。あの時も。この前の背中に触れた時も。ナルト達が任務の帰りにばったり会って、その帰り際、じゃあね、って肩に触れた時も。どこまで遡ったらいいのか分からなくて、初めて顔を合わせた時のカカシの表情まで思い出して、余計に胸がざわざわし始める。別に暑くもないのに汗ばんでいた。額や脇にだって変な汗をかいている。
顔に出さないようにするなと言う方が無理だった。
渦巻いているのは怒りからなのか、恥ずかしさからなのか。たぶん両方で。
耐えるように力を入れているから、きっと額には青筋が立っているだろうが、そんなの関係なくて。
上忍だろうが関係ない。
一発殴らなきゃ気が済まない。
テーブルの上で拳を作った時、
「これで気がつかなかったらあなたのその頬を撫でようと思ってたんだけど」
「えっ、」
カカシの台詞に反射的に手が動いていた。思わず自分の頬に手を当てる。
同時に視線がカカシと重なり、イルカの顔が一瞬にして真っ赤になった。
「だからさ、早く好きって言えばいいんだよ」
そんな身も蓋もない言葉を、カカシは微笑み嬉しそうに言う。
その表情を見た瞬間、イルカはまだぼんやりとしていた点と点が、ハッキリと線で繋がるのを感じた。
そもそもよっぽどの事がない限り無理なスケジュールを作る事はないし、今週入れた任務内容だったらまだ予定を組み込んでいない上忍に割り当てる事も可能だから、まあ大丈夫だろうと判断してイルカは顔を上げる。
「上の了承が必要なので今すぐに返事は出来ないですが、変更は可能だと思います」
イルカの返事にアスマは煙草を咥えたまま軽く頷くと、そうか、と短い返事を口にした。
「悪りいな、無理言って」
その言葉にイルカは首を横に振る。
「十班と七班の合同練習、いいじゃないですか」
下忍となり各班での行動しかとらなくなった今、力比べとはいかないにしろ各々の力を見比べ見直す良い機会にもなるだろう。まあ、でもアスマやカカシの狙いはまた別なのかもしれないが。
ただ、そんな上忍師の提案が元担任としては嬉しくないわけがない。
嬉しそうに口にするイルカに、アスマの隣にいたカカシが小さく笑った。
「でもアイツらが喜ぶとは思わないけど」
それは確かにその通りで、ナルトの素直じゃない反応が嫌でも想像できて、苦笑いを浮かべるしかなくなる。
「じゃ、よろしく頼むわ」
イルカの肩をぽんと叩き煙草を吸いながら歩き出すアスマに、その隣にいたカカシもまた歩き出し、
「よろしくね」
イルカの背中を軽く叩いた。
二人が去った後、イルカもまた任務予定表を手に仕事場に戻る為に歩き出す。そこから小さく息を吐き出した。
アスマ達に口にした通り、上の了承を得るのはそこまで難しくはないし、任務の調整もそこまでじゃない。
ただ、気になるのはそこではなく。
歩きながらついさっき、カカシが自分の背中に触れた場面を思い出しながら、イルカは視線を漂わせる。
気になり始めたのは一体いつからだろうか。
いや、気になっているわけじゃない。何か、自分の中で心に残るものを感じる、その程度だ。
カカシはナルトが上忍師になった頃に知り合ったから、アスマに比べたらつき合いは短い。でもそれだけで、アスマとカカシを意識的に比べているつもりはない。
そして、別にカカシだけが自分に触れてくるわけじゃない。ついさっきの様に、アスマだって同じ様に肩を叩く。それはアスマだけじゃなく他の上忍だって同じだ。それは、コミュニケーションの一環で、カカシは自分達の世代からしたら憧れだ、気さくに接してくれるのは嬉しい。もっと言えば、同期や友人はそれ以上だ。強く背中をばんばんと叩いてきたり、乱暴に肩に腕を回してきたり。
そこまで思って。ああそうか、とイルカはふと気がつく。
触れ方だ。
カカシは、どの人よりも優しい触れ方をする。
同期なんて最悪飲んでいるコーヒーを吹きそうになる叩き方をする事もあるし、アスマだって笑いながら叩いてくる時は痛いことはないが、それなりに強い。どっちかと言うと紅に同じように笑いながら背中を叩かれた時の方が痛かった。
まあ普通に、ぽんと叩かれる事がほとんどだけど。
それでも、カカシの触れ方はやっぱり他の人とは違う。
もしかしたら、とイルカはそこで視線を上げた。
はっきりと覚えていないが、記憶にある父と母が自分に手を置き、触れた時の感覚に似ているからなのかもしれない。
(あぁ、そうか)
他の人と同じ触れ方なのに、温もりを感じるような感覚は。無意識に、記憶にある父と母を思い出していたから。
そう思えば、心にしっくりくるようなものを感じて、イルカは腑に落ちる。なるほど、と一人納得して呟いた。
「あれ、先生」
その声に顔を上げると、立っていたのはカカシだった。
「珍しいね、一人?」
一楽や食堂では一人の事の方が多いが、居酒屋では、と言う意味なんだろうと思いつつ、ええ、とイルカは返事をする。一人だと確認したからだろうか、カカシは了承を得る事なく、イルカの横に座った。
「俺はアスマにフラれちゃって」
その台詞に否が応でも分かる事にイルカは苦笑いしか選べない。グラスを傾ける横で、カカシは店主に同じようにビールを注文する。壁に貼られたお品書きを眺め、渡されたおしぼりで手を拭きながら、おでんかあ、と呟くから、イルカは思わずカカシへ顔を向けた。
「分かります、俺も迷いました」
迷ったが、今日は昼間はまだ暑く、結局冷たいビールに冷や奴や焼き鳥を頼んでいた。
イルカの台詞に、だよねえ、と答えると、カカシは店主にナス焼きと焼き鳥を注文する。それを見ながら、らしいなあ、と何となく思った。
飲み屋でカカシに会った回数は少ない。それでも、職業柄人を観察するくせがついてしまっているからだろうか。カカシの食の好みは自分と似ていることろがあり、どんな想像もしていなかったのに、意外だと思った事を思い出す。
「合同練習のやつ、ありがとね」
注文していたビールがきたところでカカシが口を開いた言葉に、ビールを飲んでいたイルカはグラスから口を離すと、いや、と慌てて手を横に振った。
「調整も難なくできましたし上もすぐ了承してくれたんで、」
俺はなにも、と言うイルカの言葉を謙遜と受け取っているのかは知らないが、微笑みながらカカシはビールを飲む。
「ま、低ランクと言えどこれから任務は増えるんだろうし、合同練習なんてそう出来ないだろうから」
選抜試験もあるだろうしね。
カカシの台詞に、イルカはその通りだと思った。下忍になったばかりと言えど、アカデミーの授業を受けていた頃とは全く違う。遊んでいる暇なんてない、任務や鍛錬に追われ、精神的にも体力的にも追い込まれる。そして、何より中忍になる為の選抜試験という難関も立ちはだかっている。目まぐるしい日々に、アイツらのここからの成長はあっという間なんだろう。自分自身さえ気が付かないほどに。だから、合同練習なんて、出来るのはきっと今くらいだ。
自分の頃と重ねようとしても、ただがむしゃらだった事しか思い出せなくて、輝かしい道を歩いていたという記憶はもちろんなく。苦い気持ちに一人冷や奴を箸で摘み口に入れる。
ただ、切磋琢磨する事に悪い事はない。
「焼き鳥食べる?」
不意に言われて目を向けると、カカシが焼きたての焼き鳥をこっちに向けていた。
自分も今日は焼き鳥を頼んでいるから。いや、でも、と言いかけるイルカに、つくねは食べた?と追加して聞かれる。確かにつくねは頼んでいない。でも、流石に上忍の注文した焼き鳥をもらう事はできなくて。
困るイルカに、カカシは気にする事なくつくねを一本皿に置いた。
「ここのは軟骨が入っていて美味いんだよ」
焼き鳥はいつもネギマばかりでつくねは頼んだことはなかった。言われてつくねの串を手に取り口に入れると、確かにこりこりとした触感があり、シソの風味もアクセントになっている。そして何よりも美味しくて。イルカの顔が思わず綻んだ。
本当だ。そう口にしたイルカに、カカシが、でしょ?と嬉しそうに返す。
「俺はどっちかと言うとこういう食感があるものが好きなんだよね。焼き鳥の軟骨って基本やげんって言う胸骨の部分なんだけど、げんこつも美味いんだよ」
聞き慣れない言葉や意外性もあって、イルカはつくねを食べながらカカシの話に耳を傾ける。
「げんこつってどの部分なんですか?」
何気なく聞いたイルカに、カカシは、ああ、と相づちを打ちながら持っていたグラスを置く。
「ここ」
カカシの手がイルカの膝に触れた。その手は直ぐに離れる。
「やげんに比べたらげんこつの方が固いから唐揚げの方が食べやすいって人もいるんだけどね、」
俺は焼き鳥で食った方がいいかな。
続けられた話はそれなりに興味があるはずなのに、カカシも酒が入って楽しそうに話しているのに。頷いて聞いているつもりでも、頭に入ってこなかった。
何気なく触れたカカシの手が、一瞬だったはずなのに。まだ触れられているような感覚で。
少し前から、カカシに肩や背中を叩かれる度に違和感を持っていたが、それは昼間理由付けをして、自分自身納得した。父や母のあの懐かしい感覚なんだと。
なのに。
今カカシが膝に触れた感覚が、その自分で結論づけたその理由とは何かが違うような。それを無意識に感じた。
イルカは内心困惑してビールを飲む。
触れ方は今までとは変わらない。でも、今までとは違う場所を触れられたからなのか。
だったら。これが膝じゃなく肩だったとしたら。特に何も思わなかったはずだ。
───じゃあ、肩じゃなく手だったら?
グラスを持っている自分の手を眺めながら、想像してその感覚を感じ取ろうとして。
危うくグラスを落としそうになった。思わずグラスを持つ手に力を入れる。
いやいやいや、違うだろ。
イルカは頭の中で否定する。否定したいのに、心臓は妙に早鐘を打っていて治まる気配はない。
でも、到底受け入れられない。いや、受け入れられるはずがない。
だって、その探ろうとした感覚が、甘い疼きだったなんて。
そんなの絶対に、
「やっと気がついた?」
カカシの言葉にイルカはギクリとした。
今までの会話の流れから、急に何でそんな言葉が出るのか。カカシとは焼き鳥の軟骨の話をしていただけで、心を読まれたわけでもない。だから別に悟られることなんて。
心臓はまだどきどきと鳴っていて、治まりそうもないが、動揺を顔に出さないように努めながら目を向けるイルカに、カカシは自分とは全然違う涼しげな顔で。イルカを見つめながら、露わな青みがかった目を緩める。
「鈍すぎるんだよ、先生は」
可笑しそうに目を細める、その表情に、台詞に。目を、耳を疑った。同時に頭を強く殴られたような感覚に陥りそうになり、そして、それを耐えようとするが、もちろん出来るわけもない。動揺が嵐のように心の中で荒れ始めている中、必死で止まりかけている思考を動かして分かることは一つ。
こいつ、知っててやってやがった。
あれも、これも。あの時も。この前の背中に触れた時も。ナルト達が任務の帰りにばったり会って、その帰り際、じゃあね、って肩に触れた時も。どこまで遡ったらいいのか分からなくて、初めて顔を合わせた時のカカシの表情まで思い出して、余計に胸がざわざわし始める。別に暑くもないのに汗ばんでいた。額や脇にだって変な汗をかいている。
顔に出さないようにするなと言う方が無理だった。
渦巻いているのは怒りからなのか、恥ずかしさからなのか。たぶん両方で。
耐えるように力を入れているから、きっと額には青筋が立っているだろうが、そんなの関係なくて。
上忍だろうが関係ない。
一発殴らなきゃ気が済まない。
テーブルの上で拳を作った時、
「これで気がつかなかったらあなたのその頬を撫でようと思ってたんだけど」
「えっ、」
カカシの台詞に反射的に手が動いていた。思わず自分の頬に手を当てる。
同時に視線がカカシと重なり、イルカの顔が一瞬にして真っ赤になった。
「だからさ、早く好きって言えばいいんだよ」
そんな身も蓋もない言葉を、カカシは微笑み嬉しそうに言う。
その表情を見た瞬間、イルカはまだぼんやりとしていた点と点が、ハッキリと線で繋がるのを感じた。
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