カカイルワンライ「食わず嫌い」

 「なんで頼まねーの?」
 ナルトの声にカカシは小冊子から顔を上げた。
 先に食べ終えたカカシの前でナルトは天ぷらを頬張りながら不思議そうな顔を変えないから、まあ言いたいことは分かるから。そうだねえ、とカカシは仕方なしに相槌を打つ。
 山奥にある蕎麦屋から依頼された蕎麦の実の収穫の手伝いを終え、好きなものを頼んでいいと言われ天ざるを遠慮なく頼むのもどうかと思ったが、依頼人である店主の好意には変わらない。嫌いだから、とハッキリ言ってしまってもいいが。
「俺は蕎麦だけで十分だから」
 当たり障りない答えを口にしたのに、
「もしかして、カカシ先生嫌いなの?」
 被せるように言われて肯定も否定もする間も無く、美味いのに勿体ねえ、と続けられ、思わず、あのねえ、とカカシは口を開く。
「食べなくても分かるから」
 言った後にしまったと思うが遅い。
 その言葉にナルトのみならずサクラまで可笑しそうに笑った。

 そー言うのを食わず嫌いって言うんだってば。
 勝ち誇ったように口にしたナルトの顔を思い出してカカシは歩きながらため息を吐いた。
 ナルトのやつめ。
 思わず短絡的なそんな言葉が頭に浮かぶ。
 好き嫌いが多いのはナルトの方で正論をかざしたつもりなんだろうが所詮誰かの受け売りでしかない。そこまで思ったところでそこから嫌でも連想されて浮かんだ顔に別の方向に思考が動いた。
 正直に言えばこっちの方を考えていたからナルト達との会話が上の空になってしまったのは確かで、それは今日だけではなくここ数週間に及んでいる。
 気になる、と言えばそれまでなんだろうが。自分でもよく分からないからここ数週間目で追うだけに留めていたが、その視線を隠さなかったのはわざとだ。何でなのかと問われたら上手く答える事はできないが、どうしたらいいのか分からないから敢えて隠すのをやめた。相手は中忍で隠さない視線に気がつかないわけがない。最初に見えたのは戸惑いだった。そりゃそうだろう、相手は上忍でよく分からない視線を送られたら誰だって戸惑う。受付や報告所でなんでなのかと問いたいのを我慢しているのがありありと伝わってきたが自分からその事に触れようとは思わなかった。
 その戸惑いは今もあるが、それに加えて見えてきたのは怒りに似たようなものだった。そのまんま意味が分からずそれが苛立ちに変わったんだろう。ハッキリ言ったらどうだ、とそんな目を向けてくることもあったが、知らんぷりした。
 要は、これが他の人間だったら楽だったのにと思う。気軽に誘える相手だったら楽なのに。
 相手はナルト達の元担任のお堅い教師で。どう考えても一筋縄ではいかなさそうで。
 どうしたもんかと思いながら、視界の先にあるラーメン屋に見えた人影にカカシは足を止めた。
 肩まである黒い髪を結うことなく下ろしてあり、その後ろ姿は見覚えもないはずなのに、それが誰なのか、何故か一目で分かった。
 どうしてそんな髪型でいるのかは知らないが。見間違える事はない。
 数週間、ただ目で追っていただけに留めていたが。
 相手は天ざるでも何でもない、れっきとした人間で。ナルトに言われた台詞は巡り巡ってこの人が口にしたからだと思うだけで十分な理由だと思ったのだから仕方がない。
 カカシは歩き、暖簾を潜り、垂らしたままラーメンを食べようとしているその黒い髪に手を伸ばした。その髪を除けるように指でかきあげると、不意に髪に触れられてギョッとするイルカの顔が見え、その顔を見ただけで自分は納得するものを得られるが、たぶん、いや絶対に相手は分からないだろうから。
「取り敢えず俺んち来ない?」
 微笑んでハッキリと誘う言葉を口にしたカカシに、何をどう察したのか分からないが。
「……急に何言ってんだあんたは……」
 動揺と困惑と怒りを混在させた表情をこっちに向けるイルカの顔は赤く染まっているから。脈はないわけじゃない。
 まあ、出だしが良いとは言えないが。
「食わず嫌いはダメなんでしょ?」
 悪いけど引き下がるつもりもないから。
 カカシはそう口にしてニッコリと笑った。
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