カカイルワンライ「式 後日談」

 重そうだね、とカカシから声をかけられたのは休憩が終わった昼下がり。同期と一緒に雑談しながら廊下を歩き、その同期と別れた後。
 振り返れば、持とうか?と続けられ、イルカは返事に困った。重いと言えば重いが、事務方に徹する自分からしたら日頃から運んでいる量であって大したことない。それに、恋人とはいえ相手は里を誇る忍びであり上官だ。
 無下に断ってもいいものか、どうしようか迷うイルカの書類の束をカカシは半分くらい持ち上げると歩き出すから、戸惑うがそれに従った。
 
「わざわざすみません」
 やっぱり考えれば考えるほど持ってもらうのは申し訳なく思えて、書庫室で書類を机に置いたカカシにそう口にすれば、何言ってんの、と笑って返されイルカは気まずい顔をした。いや、だって、といつもの口ぶりになるが、そこでイルカは言葉を切り、再び口を開く。
「ですが、雑務は俺の仕事ですから」
 固い口調でカカシに言い切るものの、やっぱりこれじゃあ調子が狂うとイルカは頬を掻く。
 だから、なんていうか、今は仕事中ですし、公私混同は駄目だと思うんです。
 ボソボソと口にすれば、カカシは黙って聞いていたが、はは、と笑った。
「固いねえ」
 そんな言葉を続けたから、イルカは思わずムッとする。
 いや、これが普通だろう。上忍同士ならまだしも俺は中忍だ。忍びは縦社会でそれ以上も以下もない。しかも人目がある場所で甘えるなんて、
「だから、」
 譲れないと食ってかかろうとして顔を上げたイルカの頬に触れたのはカカシの指だった。
 驚くイルカの前で、カカシは触れた指で頬を摩るから、当たり前だが頬に熱を持った。
 今たまたまこの書庫室は二人きりだがいつ誰が入ってきてもおかしくない。それに今言ってる事を全然理解してないと困惑したまま睨めば、返される眼差しは優しくて、
「恋人なんだから、悟ってよ」
 困ったような笑顔を浮かべて言われた言葉に、カカシがなんで自分にわざわざ声をかけてきたのか、理解する。さらに顔が熱くなった。
 だって、と言い返したくても出来ないのはカカシが目の前で口布を下げているからで、そして確かに俺とカカシは恋人同士で、だからいいのか、と納得するけど、慣れているはずなのに胸の奥がざわついた。恥ずかしさに更に顔が赤くなる。
「こんな昼間っから」
 天邪鬼なのは昔からだ。悔し紛れに出た自分の言葉は間違っていないはずなのに明らかに心とは裏腹で、そして何故かそういう意味で口にしたわけでもないのに卑猥に聞こえた。
 カカシにはどう聞こえたのか知らないが。優しく目を細めるとそのまま開きかけたイルカの唇を塞ぐ。柔らかいカカシの唇の感触に、思わず口を閉じようとしたがそれを防ぐようにカカシに深く口づけられた。
 ん、と思わずくぐもった声が漏れるから、イルカは羞恥にカカシの腕をぎゅうっと掴んだ。
 何回もする度に思うが、カカシの上手さと自分の下手さは歴然で、ただ受け入れるしかない自分に優しくリードするようにカカシは顔の角度を変え口づける。
 しばらくしてカカシは唇を離し、熱くなった頬を指で撫で、頭を撫でる。
 イルカは目を伏せ、眉根を寄せた。
 恥ずかしいのもあるが、そうじゃなくて。
 自分の片思いから始まった関係だから、分かっていても頭の隅のどこかでは、この人はきっといつか飽きるんじゃないかとか。思っていたから。
 でも、いつも思うのは。思っていた以上に強引な割にはいちいち仕草が優しくて。
 そう、こっちが困るくらいに優しいから。
 こんな中忍の俺に。
「先生?」
 黙ってしまったイルカにカカシが不思議そうに名前を呼ぶから、未だカカシの腕を掴んだまま、顔を上げる。
「……もしかして、俺のことすごい好きですか?」
 恐る恐る聞くと、カカシは僅かに目を見開いた。
 あ、やばった。
 やらかしたと、そう思う間もなくカカシな相好を崩した。破顔して声を立てて笑い、そしてイルカを見つめる。
「今更でしょ」
 カカシの顔は嬉しそうで、なにより幸せそうで。可笑しそうに笑うカカシに、それ以上の肯定はないとイルカは顔を真っ赤にしながら、ハッキリと悟った。
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