カカイルワンライ「あと何回」

 そんな顔もするんだ、と思ったのはいつだったか。
 ナルト達は自分の部下だと面前で言い切った時、ついさっきまで強気だった表情が一転して強ばり、その黒い瞳の奥が揺れた。
 想像していた言葉だったろうに、その予想外だったイルカの反応は自分の心に残った。

「そんなこともありましたっけね」
 思い出話にイルカはあっけらかんとした声で笑いながらグラスを傾ける。
 対極な性格から自分とは合わないと思っていたのに、気がつけばこうして杯を酌み交わす間柄になった事は自分でも驚きだが、それはこの人のおおらかな性格とコミュニケーションの能力の高さなんだろう。色んな能力に長けていると言われるが、その部類は全くさっぱりな自分からしたら、素直にすごいと思う。だって普通だったら俺なんかと一緒に酒なんか飲みたくないはずだ。
  でもそれが出来るのも、ナルトに関してもアカデミーの生徒に対しても。対人間でここまで本気になれるのはそこにイルカの深い愛情があるからだ。かといって自分に愛情がないとは言わないが、でも明らかにイルカとは違う。
 まあ、簡単に言えば生まれ持ったものが違うってことなんだろう。そして言い換えればそれは才能で。イルカのその才能を自分は高く評価している。
 じゃなかったら、酒なんか一緒に飲まない。
「そういえば先生はチョコもらったの?」
 バレンタインの話題を口にするとイルカは、ああ、とつぶやいた。口をつけていたグラスを離す。
「同じ職場の教員からと、生徒から何個か。ようは全部義理チョコですね」
 情けない笑みを浮かべる。もしかしたらその中に何個かは本命のチョコが混ざっているのかもしれないが。あったとしても、よっぽどわかりやすい言葉を添えない限り、イルカは気がつかないだろう。
 そうなんだ、と言ってカカシはビールを飲み干した。
「そういうカカシさんはどうなんですか」
 空になったカカシのグラスにイルカがビールを注ぎながら聞いてくるから、まあそうなるだろうなあ、と思いながらカカシも口を開く。
「俺はサクラからの一個だけ」
 そもそも食べ物に関してはよほど知っている相手でないと受け取らないし、知り合いであれば自分が甘いものが好きではないと知っているから渡してくる事もない。あったとしても断ってきた。
 それは口に出すことはないが。短く返したカカシに、そうなんですか、と意外だとそんな顔を見せる。
「でもいつかチョコを作ってくれる人が出来たらいいなあ、なんて思ったりはしますよ」
 冗談混じりで口にしながら目を向けた時、イルカの表情が僅かに強ばった。それはすぐに笑顔に変わるが、黒い瞳の奥は悲しみに揺れたまま。
 途端、カカシは背中を震わせた。
 傷ついている。
 それはカカシから見たら一目瞭然だった。
 心にもない言葉を口にした自覚はある。意地の悪い言葉を選んだのもわざとだ。
 そんな顔をしたのは何でもない会話をするようになってしばらくしてからだった。アスマや上忍仲間に返すように、会話の中で適当な言葉を選んでイルカに返したら、予想してなかった反応に内心驚いた。同時にそのイルカの反応に今まで感じたことのない感情がわき上がる。ざらりと心の表面を舐められたような、感覚。
 その表情を見たくて、敢えてそんな言葉を返すようになったのはそれからだ。
 いや、中忍選抜試験の時から。
 あの時から。こんな事を繰り返してはその手応えに悦んでいる自分がいる。
 あと何回、あと何回これを繰り返したらその先に進もうか。
 イルカの顔を見つめながら、カカシはにっこりと優しい笑みを浮かべた。
 
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