カカイルワンライ「牛」

 その日、イルカはボロボロだった。
午前中は体術の授業を行い昼休みは子供たちに鬼ごっこ要員に引っ張り出され午後はまた授業。残業には明日行うテストの準備をして。
 体力に自信はあるが、流石にアカデミーを出る頃にはくたくたになっていた。
 満点の星が輝く夜空を眺めながらも、空腹に目に映る夜空が綺麗だと思う気力もない。
 大体、昼飯もそこそこに子供達に席を立たされたのが悪かった。
 教師として生徒に好かれるのはとても嬉しいが。やっぱりエネルギー補給と休憩は必要だ。
 残業しながら口にしたのは同期からもらったお菓子で。美味しかったが腹の足しにはならない。
(……お腹空いた)
 よろよろ、とまではいかないが、力なく家路へ向かうイルカに声がかかる。
 振り返るとそこには見覚えがある上忍がいた。
「今帰り?」
 受付や報告を受ける業務をしている時に時々見かける。カカシやアスマのように上忍師だからとか、特に繋がりがないのにも関わらず気さくに声をかけてくれるから、それは自分にとったら嬉しくもあり。
 今日もまた疲れたイルカを見て、どうしたの?と聞いてくるから、素直に疲れていることを話せば、そうなんだ、と同調した顔でイルカを見た。
「腹減ってるなら今から俺と飯でもどう?」
 言われてイルカは戸惑った。
 流石に、はい行きます、と即答出来ない。家には昨夜の残り物もあるし出来ればそれを片付けたい。
 はあ、と何て断ろうか答えに迷うイルカに、目の前の上忍が近づく。
「ほら、この前肉が好きって言ってたよね?焼き肉行こうよ」
 焼き肉という言葉に、それだけで簡単に空腹が刺激された。焼き肉なんていつぶりだろうか。だいぶ前に同期と食べに行った以来で、その時の記憶が蘇り、食べてもないのに口内に涎が出る。
「上カルビでもロースでも何でも好きなの食べていいからさ」
 思わず、上カルビもですか?と聞けば、そうそう、とあっさり答えるから、判断が簡単に揺らぐ。
「生ビールと焼き肉で疲れも吹っ飛ぶよ」
 肩に手を置かれ、そう言われ。
 頭の中は食べてもない炭火で焼かれた焼き肉と、飲んでもない冷えたジョッキに注がれた生ビールが脳裏に浮かぶ。
 イルカはゴクリと唾を飲んだ。
「じゃあ、少しだけ、」
 言いかけた時、不意に気配を感じ顔を向けると、真横にカカシが立っていた。
 思わずイルカが目が丸くすると、カカシがニコリと微笑む。
「先月出来た鉄板焼きの店で牛肉のステーキ食べたいって言ってたよね?そこ行こうか?」
 急に現れたカカシに驚く間もなく言われ、ステーキが頭を過ぎる。確かに、先日紅がその店に足を運んで美味かったと言われ、その話題で盛り上がった。きっと自分は一生行けないような店だと思っていたが。ステーキ、ですか、と確認するように呟くと、カカシは、うん、と答えるから、空腹のままにイルカの黒い目が輝きを増す。
「じゃ、行こっか」
 カカシの手が伸びてイルカの肩に置かれていた上忍の手を剥がすように掴んだ。
「そーいうことだから」
 顔色を無くしているようにも見える上忍にそう言うとカカシはイルカの背中を押し歩き出す。
 そのまま歩きながら、ねえ先生、とカカシがボソリと口を開く。
「いくら疲れて腹が減ってたって肉が好きだからって、相手が上忍だろうが、あれはないでしょ」
 呆れ混じりのカカシにイルカが顔を向ければこっちを見つめるカカシと視線が交わりドキリとするも、責めるような眼差しにそんな悪い事したつもりはなく戸惑えば、
「俺の女だって自覚ある?」
 言われてようやくカカシが何を言わんとしているかが分かる。
 カカシから付き合おうかと言われたものの、まだ日も浅く一緒にご飯を食べたりする関係の感覚のままで。
 俺の女
 そう言われて自分がカカシの恋人なんだと改めて思い知らされる。
 間を置いて頬が熱くなった。
「お肉は、」
「また今度」
 即答されガックリ肩を落とすイルカにカカシは、あのねえ、とカカシがため息混じりに言い、
「今から俺があんたの恋人だって事、教えてあげるから」
 いいよね?
 そう続けられ。それがどういう意味なのか。それが分からないほど自分だって愚鈍でもない。
 じゃなきゃカカシの告白に頷くはずもない。
 カカシのこっちに向ける視線の流し目に、言葉の意味に、はひゃ、となりながら。
 イルカは赤面しながら、またゴクリと唾を飲み込んだ。

<終>
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