again⑧

生徒達の喧嘩は大事にならずに済んだ。
上への報告で嫌みを言われようがそれは構わなかった。頭を下げて職員室へ戻った後、仕事をする気になれなくてそのまま学校を後にした。
夕飯をどこかで買おうと思っていたのに、気がついたら家の近くまできていた。ここまで来たらバス停の近くのコンビニまで戻らないと店は近くにない。
なにやってんだ俺。
ため息を零して顔を上げると、空が夕日で赤く染まっていた。こんな時間に家に帰る事はないからだろうか、なんだか変な光景にも見える。
道を曲がりアパートに着いたイルカは階段を上った。鍵を鞄から出しながら顔を上げ、そこに見えたのは銀色髪。
足を止め見つめる先に、カカシが部屋の前で扉に背を預けて立っていた。
イルカを見つけたカカシは扉から背を離すと、僅かに遠慮を含みながらもにこりと微笑んだ。ポケットから手を出し、片手を上げる。
穏やかな優しい笑顔に。その姿に。
カカシがどんな気持ちで俺を待っていたのかとか、考えたら。
胸が痛いくらいに締め付けられた。

ーーなんで。

なんでそんな笑顔を俺に見せるんだ。
あんな事を言った後なのに。
酷いことを言って、傷ついたはずなのに。
どうして。
イルカの視界がぼやけた。
この前あんなに泣いたから。
もう涙なんて枯れてしまったのかと思っていたのに。
カカシを見たら、涙が零れた。
「……なんでだよ」
「え、……イルカ先生?」
泣き出したイルカに驚き歩み寄るカカシにイルカは首を横に振った。
「なんでそんな顔するんだよ。……あんたは、もっと俺を責めていいはずなんだ。色々な事を理由にして逃げた俺に」
最低な男だと。
狡い男だと。
なのに。
カカシは涙を流すイルカを不思議そうに見つめる。その青い目を見たら、自分の中の何かが切れた。
「……好きです」
涙と一緒に言葉が口から零れた。
「カカシさんが、好きです」
振り絞るようにして出る声は震えていた。
そして。それは、自分の心の叫びだった。
ずっと、ずっとずっと前から。
あなたが六代目と決まった時も。
この世界で出会った時も。
分かっていた事だったのに。
俺は、大切なものを。自分の気持ちをねじ曲げ心の奥底に隠した。
馬鹿な選択をしたのに。
カカシはまた俺を選んだ。
もう、この気持ちを都合のいい言い訳に包み、心の奥に留める事なんて出来ない。
「・・・・・・好きなんです」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、繰り返す。
カカシはただ、困惑した顔で泣いているイルカをじっと見つめていた。
呆れているだろうか。何を今更と、そう思っていても仕方がない。
困って当然だ。自分よりもひとまわりも年上の、それでいていい歳した大の大人が目の前で泣き始めたら誰だって困る。でも、この前と同じように涙は止まってはくれなかった。
聞こえたのはカカシが息を吐き出した音。
「そんなの……知ってますよ」
「……え?」
驚き顔を上げたイルカに、カカシは僅かに眉を寄せ見つめていた。酷く素っ気ない口調に聞こえ、自分が間違った事をしてしまったのかと思えば、イルカの背中がひやりとした。
でも、そうされても当然かもしれない。
「ごめ・・・・・・なさ・・・・・・」
「いや、そうじゃなくて」
鼻を啜るイルカにカカシはまた頭を掻いた。
「とりあえず、部屋に入りましょう?」
頷くイルカにカカシは拳の中に握られたままの鍵を取ると部屋の鍵を開ける。
イルカの手を引いて部屋に入った。


はい、と手渡されたティッシュを素直に受け取るとイルカは鼻をかんだ。その鼻は少し赤くなっている。
そのままティッシュを握りしめていたイルカにカカシは、ちょうだい、とかんだティッシュをイルカの手から取るとゴミ箱に捨てた。
「すみません」
「いいから、座って」
謝るイルカの手を引っ張り、カカシはイルカを座らせるとちゃぶ台に両腕を置きイルカの顔を覗き込んだ。
「もう平気?」
平気と聞かれてイルカは返答に困った。
平気と聞かれたら、平気じゃなかった。平気じゃないに決まっている。
まだ日が明るい外でカカシを見て泣き出し、そしてあろう事か涙をぼろぼろ零しながら口に出した言葉。
自分でも止められなかった。
箍が外れたように溢れだした気持ちは、今更取り繕う事も出来ない。でもやっちまった感も強い。
イルカは濡れた睫を伏せ、深い飴色になったちゃぶ台から視線を動かせなかった。
まだ明るい光が射す部屋は、だらしいままにろくに片づけもされていない自分の部屋が視界に入る。そして、こっちをじっと、見つめるカカシも。
ひしひしと現実を感じさせる。
視線が痛く、沈黙が苦しい。
「先生は相変わらず涙もろいね」
濡れた目を向けたイルカに、カカシは視線を何処かに漂わせながら薄く微笑み、続ける。
「・・・・・・ね、先生。俺はね、欲しかったんだよ」
カカシはゆっくりとイルカを見た。イルカの視線とぶつかる。カカシは綺麗な青い目をイルカに向け、その目が緩む。
「どんなものより、ありのままのあなたの気持ちが、その言葉が、俺はずっと欲しかった」
あの時もね。その言葉で僅かに息を呑み傷ついた顔を見せるイルカに、カカシは柔らかい笑みを浮かべ、
「でも、やっとくれた」
嬉しそうに微笑んだ。

手を引かれた先は、寝起きのままの乱雑なベットが置かれている奥の部屋だった。今更ながらにだらしないと思うがカカシは構うことなくイルカをベットに座らせる。
まさかとは思ったが、上着を脱ぎ始めたカカシにイルカは慌てて立ち上がった。
「ちょ、待って、カカシさん。本当にするんですか?」
自分で告っておいてなんだが、ここまでは考えてなく頭になかった。
これは色々と問題が出てくるんじゃないだろうか。
焦るイルカに、カカシは悪い笑みを浮かべた。淫蕩を含む笑みは本当に高校生なのかと疑いたくなる。
「でも、」
と声を引き攣らせるイルカにカカシは脱いだ上着を脱ぎ捨てる。細身だが思った以上に逞しい身体にイルカの顔が赤くなる。カカシはイルカに顔を近づけた。
「何で?これは俺の当然の権利でしょ?」
「・・・・・・っ、あ、」
当たり前のように言い、イルカを布団の上に押し倒した。
泣いて目の縁が赤く、また頬も赤く染まるイルカをじっと見下ろす。
「もうイルカ先生だって分かってるでしょ?これは運命なんだって」
運命。
普通に聞けばなんと胡散臭い言葉か。
しかし、その現実離れした言葉は甘く響き、イルカの心に馴染むように染み込んでいく。そして三十路過ぎた俺の心も身体も情けないくらいにカカシを欲した。だけど、何と答えたらいいのか分からない。潤んだ黒い目をカカシに向け、
「カカシさん・・・・・・」
名前を呼んだイルカの口をカカシがゆっくりと塞いだ。

カカシも余裕がなかった事は、お互いに肌を重ねた時に気がついた。
自分も相当緊張していたが、イルカよりも遙かに早い鼓動を打っていたカカシは、額に汗を浮かべながらイルカを追い立てた。

「格好付けたかったんだけど。俺はいつだってあんたの前では余裕ないみたい」
早くてごめん。
情事の名残が漂う部屋で、カカシはぼそりと呟く。
目を向けるとカカシの耳は真っ赤だ。
年齢に見合った言動をここでようやく見せたカカシに、イルカは小さく吹き出した。
「あ、笑った。酷い先生」
傷ついたと言わんばかりに責められて尚、イルカの笑う声が大きくなった。
「しょーがないでしょ、今の俺にはあんたは刺激強すぎるんだもん」
げらげら笑うイルカに諦めたのか、カカシは口を尖らせながらもやがて眉を下げた。
「好きだよ、先生」
微笑んでいるのに泣きそうな顔に見えて、イルカは笑うのを止めた。
目の前にいるカカシは触れても消えない。今共にこの世界で生きているカカシなのに。
儚く見えて迂闊にもまた涙が零れそうになる。
「先生は?」
首を傾げて優しく問われ、イルカは半分開いていた口をぐっと一度結ぶ。
鼻水垂らしながらあれほど言ったのに、まだ聞くか。真っ直ぐ問われ恥ずかしさに頬が熱くなるが。
そこから口をゆっくり開いた。
「俺も・・・・・・」
そうです、とか。同じです、なんて言葉で結んでも良かった。昔から俺は。いつだってそんな言葉で真っ直ぐに愛をぶつけるカカシに、応えようとしなかった。
でも。
「・・・・・・好きです」
息がかかるくらいの距離はさすがに恥ずかしくとも。
幸せに頬を赤く染めるカカシに、目を逸らさず伝える。
「俺はあなたの隣を、ずっと歩きたい」
一体いつの返事だなんて。分かりっこないと思うのに。
カカシはちょっと驚いた顔をしたが、どんな戸惑いも見せる事なく。
何ともいえない嬉しそうな目で笑いイルカを抱き締めた。
うん、うん、と何度も返事を繰り返しながら頬や瞼にキスを落とすカカシは、ぐったりしているイルカの身体をまさぐり始める。
「あ、ちょっと!?」
「もう一回だけ、ね?」
「……っ、調子に乗るな」
「乗ってないですよー。あんな熱烈な告白されてやるなって方が無理」
抵抗虚しくまだ湿っている場所はカカシの指をすんなり受け入れた。既に硬くなったものが腰に当たり、思わず背中震える。
痛みと重い腰に、残念ながら抵抗出来る力は残っていない。若さで押されるのは時間の問題だと観念しながらも、幸せに満たされている事は確かだった。
間違いのない、これは愛だ。
だから。
「愛してますよ、カカシさん」
その言葉と共にカカシよりも先に唇を奪った。


<終>



againを書き終きながら妄想していた事をらくがきしてみました。
拍手絵にはちょっと大きかったので、もしよろしければこちらからどうぞ。
相変わらず汚いです。
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