はちみつ⑤

部屋から出て、扉を閉める。
いつも以上に冷たく感じるドアノブから手を離して。ゆっくりと息を吐き出した。
もしかしたら、もうこれで終わりって事なのだろうか。
カカシの苦しそうな横顔が思い浮かぶ。心臓を握られたように苦しくなった。あんな顔をさせたのは自分だ。後悔したって、何も変わらない。
分かってるけど。
懸命に堪えていた涙がじわじわと視界を支配して、ぼやけ始める。
泣いちゃいけない。
自分が悪い。
そうだ、全部自分が悪いんだ。
だから、仕方がないんだ。
頭に必死に言い聞かせても、胸がどんどんと痛くなる。
カカシがこんなに好きなのに。
泣いているのを彼に悟られたくなくて。漏れそうになる声を押し殺し、口を引き結ぶ。その唇が震えた。そして身体の向きを変え電灯が灯る廊下を歩き出す。ここは上忍専用マンション、誰かに見られたら、カカシに迷惑がかかる。
泣くな。
勝手に溢れてくる涙をまた袖で拭いながら、階段に差し掛かった時、ドアが開く音が聞こえた。振り返るとカカシがつかつかと歩いてきている。カカシの顔は険しい。泣いていると思われたくない。
「カカシさん、どうしたんですか?」
無理に笑顔を作ったイルカを前に、目の前に来たカカシは更に眉根を深く寄せた。
「...何でそんな泣くの」
「あ、もう。もう泣いてないです」
「何言ってるの。無理に笑って。そんな顔見たらもう帰せない。おいで」
いいです、と言うイルカの腕を掴み、また部屋に戻る。ソファに座らされ、ぼんやりと座っているとマグカップを差し出された。
「飲んで」
「....すみません」
暖かい。素直に口にすればホットミルクが口に広がる。砂糖が入っているのだろうか、少し甘い。
そんなイルカを見下ろして、カカシは小さく息を吐いた。隣に腰を降ろす。こっちを見ているのが分かるが、泣いた顔を見られたくなくて、イルカは黙って暖かい牛乳を啜った。
「はちみつ」
「え?」
両手でマグカップを持ったまま、目を向けると、カカシは指を組んでイルカを見ていた。
「甘いでしょ?少しはちみつ入れたから。飲みやすいかなって」
「あ、はい。美味しいです」
言うと、その組んでいた指が解かれ動き、イルカの目の縁に触れた。優しく指の腹で撫でるられる。カカシは目を細めた。
「俺ね、さっきはちょっと一人で頭冷やしたくて」
眉を下げ微笑んだ。
「でもイルカさん、ドアの向こうで泣き出したのが分かって...無理だよね」
そこで言葉を切って、苦笑した。
「放っておけない」
泣いたような笑い顔をするカカシ。きゅうと胸が締め付けられた。
その目を見たら、胸が暖かさに包まれて。
(良かった)
心底思った。
もう終わりかとばかり、勝手に思ってしまっていた。
「さっきは...言い過ぎました。ごめんね」
カカシの台詞にイルカは首を振った。そんなの。自分の方が何倍もカカシに酷い事をした。自分の中で高まっていたものが簡単に溶けて、また直ぐに涙腺が緩む。
「あー、ほら。また。泣かないの」
長い指がまた目尻を優しく擦る。甘えたい衝動に駆られ、イルカはそれに従った。マグカップをサイドテーブルに置くと、カカシの首元に顔を埋める。カカシは優しく受け止めるようにイルカを腕の中に入れ、頭を撫でた。その手が心地良くて、カカシの匂いがまた胸を苦しくさせる。
好きだ。この人が。
そう思ったら、身体の奥が疼いた。
「イルカさん?大丈夫?」
無言で2回頭を縦に振る。
「落ち着いたら、今度は送ってくから」
今度は2回、横に振った。
「帰りたくないです」
「先生?」
カカシの首元でくぐもった声に聞き返したカカシに顔を上げて。イルカは自分の唇をぐいと押しつけた。
「む、...ん、せんせ?」
拙いキスとも言えないイルカの行為にカカシは目を丸くさせた。
「俺、したいです」
「え、」
上目遣いでカカシを伺った。
「したいです。カカシさんと。...駄目、ですか?」
「駄目...じゃないけど」
カカシは困ったように言葉を詰まらせた。
「俺はね、もっとイルカさんの気持ちが落ち着いたらって思ってたから」
頬を紅潮させたイルカは眉をぐっと寄せて目を伏せた。
「俺は今がいいです」
言って、またカカシに唇を重ねる。勢いでソファにカカシを押し倒していた。
「え、え、イルカさん?」
驚きに目を丸くするカカシに、恥ずかしさに耳まで真っ赤になりながら、イルカはカカシを見下ろす。下唇を噛んだ。
カカシを跨いだままベストのジッパーを降ろす。それを床に落としアンダーウェアも勢いよく脱ぎ、健康的な肌が露わになる。カカシはその光景を惚けたようにジッと見ていた。
「男の身体じゃ、やっぱり気持ち悪いですか?」
黙ったままのカカシに薄く苦笑いを浮かべれば、ゆっくりとカカシが口を開いた。
「全然...すごく、いい」
囁くように出されたそのカカシの声に熱を感じ、イルカは背中がゾクリとした。カカシは起きあがるとイルカを抱き抱えた。
「わ、なに?」
驚くイルカを抱き上げて歩き出す。
「するなら、ちゃんとベットでしよ?」
大胆な言動をしたのにも関わらず、その言葉にまた頬を赤らめるイルカに苦笑して。カカシはベットにイルカを優しく置き、服を脱ぐ。イルカよりも遙かに逞しい身体に目が釘付けになる。鍛え上げられた肉体を晒しながら、カカシはぼーっと見つめるイルカに微笑む。その格好良さに眩暈がする。心音も一気に高まった。
ベットに上がるカカシの首にイルカは腕を回す。お互い立て膝のまま唇を合わせた。あんなにも怖がっていた自分が何処にもない。驚くくらいに。ただ、カカシが好きで、好きで、堪らない。その気持ちは自然に自分の概念を覆す。熱い舌が気持ちいい。カカシのされるままに舌を絡ませる。身体もそうだが頭の芯まで熱い。唇が離れ滑るように頬から顎へ唇が移動する。甘噛みされ、思わず声が漏れた。自分でも驚くくらいに甘ったるい声。カカシの吐き出される息が興奮していると分かる。それがまた自分の熱を誘った。
「カ、..カシさん」
「ん...なに?」
項に愛撫を移して、その合間にカカシが答える。カカシのまだ脱いでいないズボンに触れれば、布越しからでも分かる張りつめたカカシの熱。カカシもまた求めていると知り、微かに触れているイルカの指が嬉しさで震えた。
男同士なんてどうやるか知らないけど、身体が勝手に動き、自分の本能のままに従う。カカシのズボンの前を寛げ始めたイルカにカカシは動きを止めた。
「え?イルカさん、」
「俺がしたいんです」
熱っぽい目で見つめられ、カカシは思わず喉を鳴らす。イルカはカカシのズボンと下着を脱がし、カカシはそれに素直に従った。
カカシはベットに腰を降ろす。想像したより大きいカカシの起立したものに、イルカは唾を呑み込んだ。
「いいの...?イルカさん」
おずおずと聞くカカシに構わずイルカは屈み込み、髪と同じ色の繁みから勃ち上がっている根元に手を添えると、舌で舐め上げた。ビクリと動きカカシが息を詰めたのが分かった。根元から舐め上げ、先端から出ている先走りを唇で吸う。そこからゆっくりと咥え込んだ。こんな姿をカカシに見られているのは恥ずかしい。男のアレを自分が咥えるなんて想像すら出来なかったのに、カカシが感じていると思っただけで嬉しい。ただどうすればカカシが気持ちよくなるのか。拙いとは思うが。ふと、カカシの手がイルカの頭に触れた。
無意識に顔を上げると、触れていた掌が顔にかかり、上を向かされる。咥えていたカカシの陰茎が口から飛び出した。
「カカシさん...?」
不思議に問いかければ。カカシが優しく微笑んだ。
「やっぱ...最初は俺が気持ちよくしてあげたい」
え、と聞き返す前にイルカはベットに仰向けにされた。柔らかい、心地良い布団に背中を沈めて。カカシは覆い被さるとイルカの胸にある突起に吸い付いた。
「あ!...っ」
ぬるぬると舌で舐められそれだけで身体がビクビクと反応する。滑るように触れるカカシの指。優しく、でも質感を確かめるよう蠢く指にイルカは眉根を寄せた。
こんなに気持ちいいなんて。
あの男に触れられただけで悪寒が走ったその場所を、カカシの指が触れていく。勝手に漏れる声にイルカは唇を噛んだ。
カカシの指はイルカの下半身に及ぶ。器用にズボンを脱がすと下着も脱がす。先ほどイルカがしたように、カカシは先走りで濡れたイルカの陰茎を咥えた。
「はっ...っ!んっ、カカシさっ」
自分よりもずっと上手い。感じた事がない快楽に声が上がる。手で擦り上げながら先端を吸われ、腰が震えた。
もう片方の手がその奥へ触れた。誰にも触られた事がないその場所を、カカシの指がゆっくりと入っていく。内股が引き攣るが、同時に前を激しく扱かれカカシの口内であっけなくイルカは果てた。
カカシは口から白濁を掌に出すと再び再奥へ忍ばせた。ぬるぬるとした指がまた入り込みイルカは息を詰める。
「イルカさん、もっと脚、広げて」
される事に集中していたが、カカシの言葉に目を向けると、息が上がったような、熱に浮かされた顔のカカシに胸が高鳴った。形が良い唇の端が上がる。言われるままに脚を広げると、更に指の侵入を許した。ぐちゅぐちゅと聞こえる水音に腰が疼く。
「熱い...イルカさんの中」
指を蠢かせながら言って、更に指を増やす。
この行為が気持ちいいとか、そんなんじゃない。カカシが、カカシだから。身体も心も許してしまっている。そう思ったら愛おしくて堪らなくて。声も抑えられなくて。黒い目に涙の膜が張った。
「どうしたの?痛い?」
それに気が付いたのか、顔を近づけられ優しく囁かれる。イルカはカカシにキスを強請るように唇を押しつけた。唾液を舌でお互いに絡めて、次第に激しくなる口づけに夢中になる。唇を浮かした時、ズルリと指が抜かれた。
「挿れるよ」
低い囁きと共に熱い塊を押しつけられ、十分に解かされた場所にゆっくりと入って行く。あまりにも大きい質量にイルカは顔を顰めた。
「入った...」
うっとりと呟くと根元まで入れたソレをぐいと揺らされ、イルカは声を漏らした。指よりもずっと太くで熱いものが奥に当たり擦れる度に自分が中を締め付けていると感じる。カカシも夢中に腰を打ち付けていた。
繋がっていると、その実感に嬉しくなる。愛し合うって、こんなにも感じるんだと。
「カカシさん...っ、好、き...」
喘ぎながら出した言葉に、カカシはうっとりと目を細め微笑んだ。
「うん、俺も...好き」
「気持ち、...っ、いっ...い」
「うん、凄い...俺も気持ちいい」
その言葉に脳がジンとする。激しい律動にイルカは堪らず身体を震わせ、揺すり上げられて、イルカは白濁を吐き出した。
「...っ」
締め付けられる壁にカカシも短く呻き吐精をやり過ごすと、イルカの身体を押さえつけ、一番深い所まで抉り込み欲情を突き立てた。
カカシが中でイったのを感じそれを受け止めるように瞼を閉じる。その瞼に、カカシがキスを落とした。
「中で出しちゃってごめんね」
何で謝るのか、イルカはそんな事ないとキスで返すとカカシがくすぐったそうに笑いを零した。
「可愛い...イルカさん。大好き」
可愛いなんて、否定したくなるがカカシに言われると素直に嬉しい。
「俺もです....」
カカシが性器を抜くとまた水音と共にイルカの身体が震え、甘い声を漏らした。
カカシはイルカの横に身体を沈ませ、イルカを抱き寄せる。
溜息のような息を吐き出したカカシに、イルカは顔を向けた。
「本当はね...喧嘩の流れでセックスって全部なあなあにしてるみたいで、好きじゃないんですよ」
少しだけ眉を寄せてカカシが言った。額をイルカの額へ甘えるように押しつける。カカシの思いも寄らない真面目な考えは、またイルカを惹きつける。イルカは笑いを零した。
「そんな、だって俺がしたかったんですから」
「うん、初めてなのに積極的なイルカさんに驚いたけど、嬉しかった」
赤面したイルカにカカシは目を細める。
「あんな事出来たのに、何が不安だったんです?」
「...自分でもよく分かりません。たぶん...カカシさんが好き過ぎて、..間違った選択をしてしまったんだと思います...ごめんなさい」
「もういいですよ。忘れよう?これでもう悩み事はなくなったんだから」
でしょ?と聞かれ、イルカは微笑む。
「はい」
ちゅう、と緩んだカカシの口元に吸い付いた。本当、大胆だと自分でも思うが。これからはこんな感じばっかりなんだろうと、自分でも思う。 初めての喧嘩とセックスを一度に経験してしまったけど。あんな喧嘩はもう二度としたくない。
だけど。
啄むようにキスをしながら、イルカはカカシを見つめ、甘く囁いた。
「もう一回、しましょう?」
はちみつのような甘い囁きに、驚いて目を丸くしたカカシだが、直ぐにとろんと目を緩ませた。
再開されたイルカの慣れない口づけに応えて、カカシはイルカを抱く腕に力を入れる。次第に熱を帯びるキスは、やがて荒い息に変わっていった。


<終>


NOVEL TOPへ
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。