陽だまりのような

昼飯はラーメンにしようと決めていた。
午後からは任務が入っているから軽く済ませる為にもラーメンだけにしておくか。
目当ての店まで来て足を止める。吸っていた煙草を、外に備え付けてある灰皿でもみ消すと、そのまま店の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい!」
その声に店主に軽く手を挙げる。適当にカウンターにするか、と、店を眺めて、視界に入った姿に目を疑った。
猫背の男はラーメンを啜る度に銀色の髪が動く。
でもそれが信じられなくて、嘘じゃないかと思えるが、この男だけは見間違えようがない。
「...カカシ...か?」
恐る恐る声をかけていた。
その声に反応して男は銀色の頭を上げ振り返る。
カカシが箸を持ったまま片手を上げた。
「よ」
久しぶり。眠そうな右目だけがこっちを見ていた。
本当にカカシだった。納得しながらも、要領を得ない。色々な疑問が渦巻きながら、ぽかんと口を開けたままのアスマに、座ったら?とカカシが声をかける。
「あ、ああ」
そこから我に返ったように、アスマはカカシの隣の椅子に座った。
冷水の入ったグラスが目の前に置かれ、何も考えていなかったが、
「あ、じゃあ、醤油。それだけ」
頼めば店主が、はいよ、と返事をして背を向けた。
そこで改めてアスマは隣へ顔を向ける。
カカシは同じ醤油ラーメンを啜っていた。口布は顎の少し上までずらされている。
「お前、何してんだ?」
まじまじとカカシの横顔を見つめながら口を開いた。んー?、と間延びした声が返ってくる。ラーメンを食べ、咀嚼した後口を開く。
「見れば分かるでしょ。ラーメン食べてるの」
「んなことは聞いてねえ」
不機嫌に返せば、カカシは小さく鼻で笑った。むっとすると、横目でこっちをちらと見る。直ぐにその目はラーメンに移された。左目は額当てで隠され、きっちりと制服を着ているカカシに違和感しか浮かばない。思わず顔をしかめていた。言葉より先に指でカカシを指した。
「その服装はどうした。お前、抜けたのか。いつこっちに帰ってきた」
矢継ぎ早に質問を浴びせられるが、カカシはラーメンを食べる事を続行していた。
「イルカはどうした」
その言葉が出た時、カカシは漸く顔をアスマに向けた。店主の視線も感じたが、それを無視してカカシを見る。
カカシは箸をくわえたまま、考え込むように、んー、と、また声を伸ばす。
その間がたまらなくアスマを苛立たせた。他人の色恋なんかに深入りする気はさらさらないが。片足を突っ込んでいるのだ。聞いて何が悪い、と心で思う。
それでも辛抱強く待つアスマに、カカシが漸く口を開く。
「内緒w」
「てめえ!」
思わず立ち上がっていた。
「アスマさん、醤油」
作りたてのラーメンが置かれる。水を一口飲んだカカシは口布を戻し、睨んだままのアスマを見上げた。
「ラーメン、食べたら?」
伸びちゃうよ?緊張感のない口調で。カカシの促しにラーメンとカカシを交互に見る。相変わらず裏が読めない表情をこっちに向けていた。
「聞いてないの?」
座って食べ始めたアスマに、カカシが口を開いた。
ごくりと麺を飲み込み、
「聞いてねえ」
低い声で答えた。
カカシの問いの主語になる火影からは、特に何も聞かされていなかった。それに三代目が自分にそんな情報を言う訳がない。少し前から機嫌が悪いのは気になってはいたが。
コイツの事か。
内心嘆息する。
この男が長くいた暗部を抜けているとなると、それなりの早さで話が広がるはずだ。真新しい制服を見れば帰ってきて間もないとなると、噂になるより先に自分が見つけた事になる。
そんなタイミングにこの男と会う自分にも苛立つ。
でかい図体の割に(?)お節介なところがあると、先日紅に言われたところだ。だから、尚のこと見逃してしまいたいが、こればっかりはそうもいかない。
カカシを見れば、割り箸を長い指でくるくるともてあそぶように、回していた。


「言えよ」
店を出て財布をポケットに仕舞い、代わりに煙草を取り出す。火をつけると、そこから二人並んで歩き出した。
「知りたい?」
聞かれて眉間に皺が出来た。やっぱいいわ、と口から出そうになるのを堪えながら、ゆっくり肺の煙を吐き出した。
カカシは両手をポケットに入れたままのんびりと歩く。その歩調にも合わせて歩く速度を落とした。
「今ね、一緒に住んでる」
ぽつりとカカシが呟くように言った。
「そうか」
元の鞘に納まった事は素直に安堵した。それは、きっとイルカがカカシを追いかけていったって事なんだろう。
以前イルカにカカシの居場所を聞かれた事を、思い出した。
あの時は馬鹿な事を、と、本気で思った。もう忘れるべきだ、とも。勢いで行き当たりばったりで。イルカらしくない行動に、思わず安堵も含めたため息が漏れる。
でも、本当に思うのが、
「おまえら似たもの同士だな」
目だけ横に向け言うと、カカシの左側にいるせいか、表情がほとんど見えないが、小さく笑ったのが分かった。
「うん」
嫌味を嬉しそうに返され思わず苦笑いを浮かべる。
「ほんとゆーと、ちょこっとは気にしてたんだよ」
余計な事言っちまったからな。と、付け加えれば、カカシはまた前を向いたまま、笑った。
「まさかお前がこんなに早く正規部隊にくるとはな」
煙草を噛みながらしみじみ言うと、カカシはアスマへ顔を向けた。にやにやした顔を見せられ、眉を顰める。
「俺負けちゃったからねー」
「...?なにが?」
聞いても、にやにやしたまま、顔を前に戻したまま何も言わない。
こいつら二人の事で、それ以上詮索する気はない、とアスマは気持ちを切り替えてそれ以上口を開かず、黙って歩いた。
しばらくして、カカシが足を止めた。ポケットから取りだした手を上げる。
「じゃ、俺こっちだから」
これからよろしくね、先輩。
ふざけた台詞に、ふっと笑って顎で答えた。
カカシは直ぐに背中を向け、歩き出す。
「なーにが先輩だ」
ふざけんな、と口角を上げながら零すと、カカシがくるりと振り返った。
「教えてあげる」
何の事かとその先を待つ。
「イルカってジャンケン強いんだよね」
久しぶりに首を傾げた。それなのに、カカシは目を細め、男が見ても爽やかな笑みを浮かべた。
「火影様に聞いてみなよ」
じゃあね。
疑問を顔に浮かべたままのアスマを残してカカシはまた背中を向け歩き出す。それ以上、振り返る事はなかった。


カカシが正式に正規部隊に配属され、少しした後、たまたま執務室にいた自分に火影がぼやいた事に、驚かされた。そして、笑った。(腹の中で)

ジャンケンで負けたからそっちに戻してください。

カカシは火影にそう言った。
ふざけた内容にも関わらず、カカシの目は笑っていなかったらしい。
ずっと里の為に闇に潜らせていたから、今回はいい引き上げ時期だと、親父は悟ったと言っていたが。それは本音かどうかは分からない。
兎に角、カカシは初めて上に反発した。一人の愛する男の為に。
臭せえなあ、と思いながらも執務室から出た自分の足取りは軽かった。





ね、イルカ先生。遠恋て出来る?

出来ないです。

俺も。

ジャンケンで。

え?

ジャンケンで勝った人のところに住む。いいですか?

いいよ。

”せーの、じゃんけん....!”


アスマは建物の外に出て青空を見上げる。いつもと同じ里の空なのに、いつも以上に青く澄んで見え、眩しさに目を眇めた。
幸せそうに暖かく微笑んだカカシを思い出す。まるで陽だまりのようで。それは、確実にイルカと同じ暖かさを感じずにはいられない。
「....似た者同士だな、やっぱ」
そう嬉しそうにつぶやくと、煙草を吸おうかと手をポケットに入れたが、アスマはそのまま歩き出した。代わりに口笛を吹く。その曲は、今の季節にふさわしい爽やかな歌。自分らしくないと思いながらも。
ふわりと吹いたやさしい風はアスマの肩を撫でていった。


<終>

タイトルは秦基博さんの楽曲から拝借しました。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。