不完全な男と⑥

里に戻った時は夜明けに近い時間だった。
無茶は承知で任務を受け、怪我はなかったものの体力がかなり消耗していた。
馬鹿かオレは。
このままじゃ、またあのじじぃにどやされ兼ねない。
大体三代目も今回の件に一枚噛んでいたのも忌々しい。結局、何も知らずに踊らされていたのは自分一人だったのだ。
汚れた服のまま遊郭に行く気にもなれず、かと言って開いている店はない。
ここ最近ロクなものを口にしていなかった。それでも何か食べなければ。
兵糧丸を口にして、家へと足を向けた。

最初はイルカだと分からなかった。
疲れていてチャクラを確認するのも億劫だったから。
視野に入ったものがイルカと分かった途端、迷い、足を止めた。

逃げるか。
向き合うか。

あれだけ突き放したのに、イルカはまた自分の前に立とうとしている。
一体何故ーー?
イルカは自分と真反対の人種だと思い知らされる。
気持ちに振れがなく、真っ直ぐに。どんな相手にも優しくなれる。
いつだってこの人は、背後を見ない。振り返らない。強い眼差しで前だけを見て。

気がつけばイルカの前に立っていた。
あの瞳が見たかった。
ようやくカカシの気配に気がついたイルカが顔を上げる。
黒く瞳に自分が映っている事に不思議な安堵を覚えながら、しゃがみこんだままのイルカを見下ろした。
イルカはただ、名前を呼んだ。
震えた声で、自分の名前を呼ぶ。
それ以外の言葉は必要ないとばかりに、何回も口にして、イルカの顔色を見るようにカカシもしゃがみ込んだ。
何を伝えようとしているのか。読み取りたくて顔を除いたら、強引に唇を重ねられた。

「……任務なんか…くそくらえだ…」

イルカが絞り出すように口出し、やっと彼の言いたい事を理解した。
任務だから。
だから上忍の相手をしてるのだと。
何度もしつこく接しようとしてきたのは、彼なりに詫びを入れたいからとばかり思っていた。

イルカがオレの事を好き

真っ赤な顔で必死に身体でぶつけられた想いに胸が熱くなる。
イルカに触れた部分全てが暖かなものだった。その体温を逃さないように強く抱き締めた。


***


朝、モゾリと布団の中で動き、腕を動かす。夜を共にした人は既に隣にいなくなっている。カカシは目を開けた。
まだ寝ていたいが、それ以上に満たされた気持ちに深く息を吐いて、イルカを求め起き上がった。
いい匂いがする。イルカの作るご飯の匂い。
自分もそうで、イルカも寝て何時間も経っていない筈なのだが。
きちんと身支度を整えて朝ごはんをテーブルに並べているイルカを見つめた。
「カカシ先生、冷凍庫の中の干物、使いましたよ」
ほかほかと湯気がたつご飯を並べたイルカがカカシを見た。
ほら、座ってください、と促され大人しく椅子に座る。
手を合わせて食べ始めたイルカをぼんやりと見ながら、カカシも箸を取り口にした。
暖かい。
口内に広がる甘い卵焼きをほうばり、味噌汁を飲む。
一緒に住んでいた時と変わらない、イルカが作る味に胃が満たされていく。なんて単純な身体だろうか。
「…ね、イルカ先生」
「なんですか?」
ご飯を口放り込むイルカがカカシを見た。
「オレと付き合ってくれますか?」
一瞬目を丸くして、カカシを見た。
「オレね、アンタがどうしようもなく好きみたい」
イルカは口の中のご飯を飲み込み、視線をテーブルに落とす。
「…………」
沈黙にカカシは堪らず口を開いた。
「ホントに、アンタにゾッコンなんですよ。ね、分かる?」
「…当たり前です」
赤らんだ顔でカカシを見た。
「でなきゃ困ります!」
強い眼差しに赤い顔をして。恥ずかしさを隠すように味噌汁を飲む。
カカシは笑いを零した。
可愛い。
他人にこんな感情を持てるなんて思わなかった。
この人になら何でもしてあげたくなる。
今までの自分とは程遠い。
イルカは時計に視線をズラしアッと声を上げた。
「カカシ先生っ、遅刻しますよ!」
ご飯を掻き込み食器を流しに運ぶイルカを見ながら欠伸をした。
睡眠を削って任務をいれていた為か、気が緩んだからか。眠くて仕方がない。
「オレはもう少し寝ますから、」
「何言ってるんですか!七班の任務、朝から入ってますよ!またあいつらを待たせるつもりですか?」
腕を引っ張られ眉尻を下げる。こりゃ寝させてくれそうにない。
「あぁ、はいはい、分かりましたって」
諦めて席を立ち片付ける中、イルカは玄関へと足を進めた。
「じゃあ、俺もう…、」
振り返えろうとしたイルカを、背中から包み込んだ。首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぎ、唇を押し付ける。
「なっ、カカシ先生っ」
そこまで抵抗を見せないイルカにさらに力を入れて抱き締める。
「いってらっしゃい、イルカ先生」
耳元で囁いて、解放する。
首筋まで真っ赤にして。振り返らずにイルカはスックと立ち上がった。
「…行ってきます!」
勢いよく閉められた扉を見て、笑いを零す。
ああは言ったものの、やはり眠い。
のろのろと歩き寝台に寝転ぶ。
目を瞑りーー。

愛は屋上の鳥に及ぶとは言ったものだ。
惚れた弱みと言うべきか。
また寝たら怒るもんね、あの人。
頭を掻き身支度を始める為、立ち上がった。

覚悟してね、イルカ先生。
オレは我が儘で嫉妬深くて、ーーなによりあなたが思う以上に好きだから。

<終>

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