犬とベイビー⑥

カカシの家に着いた時には先程の感情に緊張がずるりと抜け落ち、放心状態の様になっていた。
カカシは先程から何も話さない。無言で椅子に座っていた。
沈黙の中カカシは口を開いた。
「ね、オレ言ったよね、警戒心抜くなって」
押し殺した様な声だった。
項垂れたままのイルカの耳に、カカシの溜息が聞こえる。
カカシが振り上げた拳をテーブルに振り落とした。静かな部屋に割れるような音が響き渡る。
イルカの身体が竦み跳ね上がった。
驚き息を飲んでカカシを見上げる。
その色違いの目は、はっきりと怒りを含んでいた。

カカシが怒っている。
ようやく気がついた。

滲み出すような殺気にカカシから視線を反らせない。
眉間の皺は深く伝わるカカシの怒りに、自分の浅はかさを改めて痛感した。
馬鹿な事をしたと。

初めてカカシが怒った。
イルカはこの男が怒った姿を一度も見た事がなかった。いつも感情が読めない顔をして、飄々とした態度は、内なる気持ちを露わにしない。そんなタイプだったはずだ。
露にしたカカシの怒りは、イルカの身体を縛り上げていた。
身体は緊張し、息を殺してカカシを見る事しか出来ない。
テーブルに視線を落としたかと思うと、カカシは小さく息を吐いた。
「ごめん」
立ち上がると、固まったままのイルカの前にきてしゃがみこんだ。
ふと苦しそうな顔をし、両腕に顔を伏せる。

「…怪我がなくて良かった」

消えてしまいそうな声だった。
胸がきりきりと痛んだ。
両腕に乗せたカカシの顔は見えない。微かに揺れる銀色の髪を見つめた。

ごめんなさい

手甲から伸びる白く長い指。イルカが噛んだ傷が薄っすらと残っている。

ごめんなさい

舌で指を舐めた。
カカシがびくりとして顔を上げた。驚いた顔をしている。
前脚をカカシの足に乗せる。

本当にごめんなさい

カカシの頬を舐める。何回も。
自分にはこれしか出来ないけど。
本当に悔いていると、伝わるか分からない。
でも、ごめんなさい。
勝手な事をして、心配をかけてごめんなさい。

カカシは泣く事があるのだろうか。
もし、あのまま自分が命を落としたらーー泣いてくれたのだろうか。
抱き上げられる大きな手から伝わるカカシの温もりは、イルカを背徳的な気持ちにさせた。
目元を舐めるとカカシは目を伏せて、イルカを抱き上げた。
「…うん」
触れそうなくらい近づけた目を合わせられ、優しい色を放っている。

カカシは目を細めて笑った。

きっと、俺が人間だったら泣いてる。
初めて犬でいる事がもどかしくなった。
カカシを抱きしめたいと思った。

必要とされ心配される。
待っていてくれる人がいて、帰る家がある。
当たり前でありながら、幼い頃失くしてしまったもの。
初めてカカシが自分に与えてくれた。
タイムリミットのある僅かな幸せに、イルカは縋るようにカカシの笑みを見つめた。


***


パックンが庭に現れた。
「ここに居たんだな」
庭でイルカが遊べるように、カカシが少しだけ草を刈ってくれた。
まだまだ荒地のようだが、カカシが出掛けた後、イルカはその場所に座っていた。
パックンは任務帰りか、少し疲れているように見える。
「紅はカカシより使い方が荒いからな」
笑いながら、真顔のイルカに気がついた。
「何だ酷い顔だな」
「そうかな」
答えれば直ぐに行くぞ、と促される。

終わったのだ。カカシとの生活が。

パックンの後について庭を通り、門柱で脚を止めて振り返った。
荒れた庭から見える平屋を眺める。
「イルカ」
紅が待ってる、と強く促すパックンに頷き一緒に走り出した。
イルカはそれ以上振り返ることは出来なかった。





あれ程望んだ人間に戻れたのはあの演習場だった。
「ごめんね、予想外に時間がかかったのよ」
人間に戻り急に視界が高くなる。慣れない感覚にイルカは空を見上げた。
「あ…もしかして怒ってる?」
無表情のままのイルカに紅は伺うようにイルカを見た。
「いや、怒ってないです」
首を振って無理に表情を和らげる。
紅の隣に座っているパックンを抱き上げた。
「パックンがちゃんと伝言してくれたので」
頭を撫でると、紅は目を丸くした。
「凄いじゃない。…本当に慣れたの?」
「誰がそうさせたんですか」
軽く睨めば、紅は悪戯な笑みを浮かべた。
「まあそうね。でも功を奏したから良かったじゃない。どうなるか本当は心配だったけど、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれって言う事ね。イルカ、頑張ったわね」
肩を強く叩かれる。
「…はあ」
「来月の任務、予定通りよろしくね」
「はい」
今からあなたの事を含め、任務報告なのよ、と紅は両腕を上げて背を伸ばし一息ついた。
「じゃあね、イルカ。今日は家で休んで明日から出なさい」
歩き出した紅に、パックンもイルカの腕から離れる。
「あ、パックン…あの」
「何だ」
「あの、…今まで俺がいた場所の事なんだけど、出来れば、」
「他言無用だろう。カカシにも言わん…これでいいか?」
「あ、ああ…頼む」
イルカに軽く吠えると、紅に向かい走り去った。

そう、それでいいんだ。言ったところで、どうなる訳でもない。
彼に今まで一緒にいた仔犬が、中忍のしかも男でした何て言っても仕方がない。
嫌な思いをさせる。
自分といたと言う事実はカカシにとって不名誉なものだから。

今はもう木の葉の中忍、うみのイルカだ。
ーーカカシと一緒にいた、仔犬ではないのだから。




元の姿に戻り、イルカは慌ただしく過ごしていた。
アカデミーの年末前の忙しさは一年の中でも一番なのかもしれない。
やらなければいけない山積みの書類の合間に、期末テストの問題と解答を作る。来年度の新入生の為の書類作り。
それに年末は立て込むように任務依頼が増える。中忍も手が空いている者は駆り出され、上忍も同様だ。
忙しさはイルカには嬉しかった。余計な事を考えなくて済む。
無心に仕事をこなして家へ仕事を持ち帰り、寝て出勤する。
その毎日を繰り返していた。
だが、どうしてもふとした気の緩みに、カカシの事を考えていた。
あの後、俺がいなくなって、カカシはどうしただろうか。
探しただろうか。
寂しいと思ったのだろうか。
そんな事はないと強く否定を繰り返した。
きっといなくなってホッとしたはずだ。
手のかかる仔犬は上忍であるカカシには邪魔になる存在だ。
忘れよう。



一度だけ、カカシに会った。
たまたま任務報告に自分の受付時間に現れたのだ。
入って来たのがカカシと分かった時は反射的に俯いていた。
手が震えていないだろうか。
ペンを持つ手に力を入れて、目の前に置かれた報告書を必死に目を通した。
感じるのはカカシの気配と視線。
どうしても顔を上げる事が出来なかった。
「問題ありません。お疲れ様でした」
下を向いたままそう言えば、カカシは無言のまま立ち去った。
失敗した。
そう感じた。
居なくなった安堵に後悔をする。普通にすべきなのに。どうしても出来なかった。






「久しぶりだな」
真っ暗な夜道でかけられた声に驚いて振り向けば、足元にパックンの姿を目にした。
元に戻してもらった日から、紅と顔を合わす事もない。
パックンは相変わらず落ち着いた表情で、イルカを見上げていた。吐く息が白い蒸気になって周りに散る。
「パックン」
しゃがみ込んで頭をなでれば、素直に尻尾を振った。
「元気か」
「ああ、もちろん。今は…仕事が立て込んでて犬の手も借りたいくらいだけどな」
「そうか」
笑えば、パックンはいつもの丸い目で黙ったままイルカを見ていた。
「……何だ、どうかしたのか」
神妙な空気を感じた。
「実はな、ちょっと参ってる」
「え?…」
唐突な言葉に困惑すれば、
「カカシに伝えては駄目か」
どきり、と心臓の鼓動が大きくなった。悟られないように必死に気持ちを落ち着かせる。
「カカシ先生が、どうかしたのか?」
別の逃げ道を探すように、口にしていた。
パックンは考えるように視線をズラしたが、すぐにイルカを見た。
「お前が帰ってくると思ってる。ただ、伝えようにも俺とて嘘はカカシにはつけん。俺はカカシが心配だ。まあ、時間をかければいいのかもしれんが、……」
途中からパックンの言葉が聞こえなくなっていた。

帰ってくると思ってる。

頭を殴られたようなショックが全身を貫いた。
自分の中で今まで否定していた物が、今の一言で180度覆されてしまった。
嘘だ。
嘘だと思いたい。
そんな事あるはずがない。
あれからだいぶ経っているのだ。いい加減分かるはずじゃないか。
言葉が頭の中でぐるぐると回る。
「イルカ、聞いているのか?」
「え、あ…あぁ、聞いてるよ」
自分の迷いよりも。
これ以上、パックンに心労させるべきじゃない。
それだけは分かっていた。
「悪かったな。自分で伝えるよ」
「……そうか、分かった」
安心した顔をしてパックンは去って行った。
拳を軽く握りしめ、息を吐き出した。
簡単だ。伝えるだけでいい。
難しく考えるな。
別に悪いことをした訳じゃないんだから、咎められる事はないだろう。
カカシの家の方角を見つめて、イルカはきつく眉を寄せた。




カカシの任務を確認したら午前中には七班の任務は終わっていた。
午後は任務待機所にいるはずだ。
イルカ自身午後は授業はなく任務の受付だった。
昼休みに入ると直ぐにイルカは待機所へ足を運んだ。
いた所でどう呼び出すべきかも定かじゃないが、足を運ばない限りカカシと顔を合わす事もない。
話のきっかけに、とカカシの任務表を片手に扉を開けた。
カカシはいない。
眉を寄せればアスマが煙草をふかしながら手を挙げた。
「お目当ての上忍はいなかったか」
「あ、…はい」
「カカシか」
「え、」
名前が出て内心驚いた。顔にでたのか、アスマが笑った。
「スケジュール的に今日はあいつか俺しかねえからな」
「また出直します」
出ようとすれば、
「あー、でもあいつたぶんサボって家だぞ」
「家…ですか?」
思わず振り返っていた。
「最近妙に家に籠ってるらしいわ。ま、噂だから分かんねえけど、俺は女の家に行ってんじゃねえかと、思ってるがな」
必要なら式を飛ばすか、と言われ慌てて手を振った。
「急ぎじゃないので、また改めます」
急ぎ足で後にして、イルカは立ち止まった。
行くべきか。
迷いながらも、足はカカシの家へと向いていた。
アスマの言う通り、女の家に行ってくれていた方が都合が良い。
いや、そうに違いない。昼間から自宅で過ごす理由なんてないんだ。
俺が知ってるカカシはいつも女性と一緒にいた。何も変わらない。きっと、そうだ。
自分でも子供染みた考えだと分かっているが、そう考えざるを得なかった。

カカシの家が近づく。
あれ以来、近づく事もなかったカカシの家に、元の姿になってから初めて足を向けている。目線の高さのせいか、別の景色みたいだ。
角を曲がり、カカシの家が見えてきた。
自然と心音が高鳴る。
伏せていた目線を少し上に上げる。
塀から立ち上がる草木は相変わらずだった。が、少し様変わりしたようにも見える。
イルカはゆっくりと近づいた。
「…………っ」
塀から覗かせた銀髪に、イルカは電柱の陰に身を隠した。気配を消して先を見つめる。
カカシが庭にいた。
手が震え、任務表を強く握りしめていた。
はっきりとはカカシを捉える事が出来ない。
ふと門柱からカカシの姿が見えた。
「……………」
ああ、そうか。
考えなくても分かった。
それだけなのに、鼻の奥がツンとする。ボヤける視界に堪える事もなかった。
あの時、カカシの家から出た時から。
ーーずっと泣きたかったのだから。
カカシは口布と額当てはそのままに、首にタオルを巻いていた。側から見たら可笑しな格好だ。
あの里内外でも高名な写輪眼のカカシが、庭で草むしりをしている。
きっとーーあれは俺のため。
帰ってくると思ってる、仔犬の為に。
目の奥がカーッと熱くなる。心臓が千切れてしまいそうな痛みに、歯を食いしばった。
落ちそうになる涙は気のせいだと。

袖で涙を拭い深く息を吐き出す。
いつまでもここで見ている訳にはいかない。
人通りはまばらだが、電柱に身を隠して家を覗く姿は忍びらしからぬ、かなり怪しい行動だ。
カカシも気配には気がついているだろう。
歩き出し門柱に近づいた時、カカシがイルカを見た。
一瞬目を開いたが、すぐにいつもの眠そうな目に戻る。カカシは首からタオルを外すと、手の土を拭いた。
不覚にもカカシを目の前にして言葉が出なくなったイルカの姿を、カカシは上から下へと眺めた。
「急ぎの任務?」
イルカが手に持つ紙を指差した。
言われて、微かに震えている任務表を握りしめたままの自分の手を見た。
手の中にある任務表は元の形を成していない。
ーー何を言えばいい。
頭の中が真っ白になっていた。
元より喉が圧迫された様に声が出ない。
やっとの事でイルカは頭を横に振った。
カカシは不思議な顔をして、イルカの顔を見た。
「任務じゃなきゃ火影様からの言伝か何か?」
再びイルカは頭を振る。
カカシは微かに顔を顰めて、土で汚れた掌を見た。
「あのさ、時間あるなら庭の草取り手伝ってよ」
イルカは無言で頷いた。


庭は以前見た時より狭く感じた。
そうか、自分が仔犬だったからか、と眺めて思った。屈んで草を取りながらチラとカカシを見ると、カカシの広い背中が見える。
手伝うと承諾したイルカに口数少なく指示をしただけで、後は黙々と話す事もなく草を取っていた。
ーー丸で別人の様だ。
少し前までは、この男を俺は毛嫌いしていた。自分とは正反対の人間だと鼻持ちならない気持ちで一杯だった。
それがどうだ。たった数日カカシと生活しただけで、自分の気持ちは全く様変わりした。
カカシといると、丸で自分がまだ犬の様な感覚に陥る。
偽りの関係だと分かっていても、紛れもなく幸せだった。
「……そんなオレが怖い?」
カカシの言葉に振り返った。
突然何を言われたのかわからなかった。
背を向けたままのカカシは手を動かしながら笑った。
「怯えたような目は何にも変わらないね。…オレが分からないとでも思ってた?」
イルカの全身がみるみる硬直した。視界に入るカカシの背を一点を見つめる。
言われた言葉がぐるぐると頭を巡り、心臓がバクバクと跳ね続ける。その場に倒れてしまいそうになった。
気が付いている。
カカシは俺があの仔犬だと。
気が付いている。
動揺の波の中で溺れるような苦しさを覚えた。
「……酷いね、アンタは。ここに何しに来たの?どんな顔してるか見に来たの?…満足した?」
「…は、…」
真っ白い頭に理解出来ない言葉が入り込んで余計に混乱した。思わず出た言葉は掠れていた。
酷い、何だそれは。
言葉の端々に怒りが入り混じり、俺を非難している。
「何がですか…?」
おどおどしくも、カカシの背中に向けて問いかけた。
カカシがようやくイルカに振り向いた。その目は先程の言葉と同様非難の色を帯びている。
「何がって、そのままだよ?…ホント意地悪だね。最初からそう。アンタはオレを避けるの得意だよね。だったらハッキリと言えばいいじゃない」
何を言ってるんだこの上忍は。
順序守って話せよ。
イルカは身体ごとカカシに振り向いた。
「あの、意地悪なんてした覚えはありませんが」
「じゃあ今日は何しに来たの」
言われて言葉を詰まらせた。
「来たのは自分の意思?」
詰め将棋の様に打たれるカカシの一手は悉くイルカの胸を突き刺した。
意味が分からない部分もあったが、カカシの責める部分は当たっている。
カカシの世話になり、命を助けてもらっている。それなのに勝手に姿を消し、あろう事か自分の都合のいいようにパックンに口止めをした。
そして何事もなかったかのように過ごし、パックンに言われるまで自分からカカシに会って話す事すらするつもりも無かった。
それが酷くないと誰が言えようか。
自分勝手な行動にカカシが腹を立てて当たり前だ。
あまりにも身勝手だ。
挙げ句の果てに(パックンに言われて)カカシの家に自分から来たくせに、何も言えずに黙り込んでいる。カカシはカカシなりに気を使って声をかけてくれていた。
そりゃ怒りたくなるのも無理はない。
何様だ、俺は。
苛立ちを隠さないカカシの顔はあの時の顔とリンクする。
本気で怒っていると分かった。
イルカは勢いよく立ち上がり、頭を下げーー、
『ーーあのっ!』
2人の言葉が重なった。
すみませんでした、と口からでそうになっていた言葉が喉で止まった。
頭を上げカカシを見れば、険しい顔をしたカカシが眼光鋭く、思わず口を閉じた。
いや、しかし。カカシが何か言おうとしたーー?
再度恐る恐るカカシの顔を伺うと、目を逸らし、背を向けられた。
「ーー何でもないから、…帰ってくれる?」
切り上げられた話に頭が混乱した。
同時に何かが崩れ落ちるようなショックがイルカを襲う。
カカシの背から無言の圧力を感じる。
困惑した顔のまま、言葉を避け、イルカは言われるがままに庭から外へでた。

歩きながらカカシの背を思い出した。
それだけで泣きそうなくらい胸が軋むようだった。
堪らなく辛い。
目の下の筋肉が引き攣り、ぐっと歯を食いしばった。
俺はまだカカシの犬のままなのか。
丸で飼い主に拒否された犬だ。
カカシに拒否されてーー。

違う。

イルカは立ち止まり顔を上げた。
カカシが拒否したんじゃない。
俺が拒否をした。
犬になる前も、自分の判断でカカシを避けた。
変化を解かれた後もーー丸で一緒にいた時が無かったかのように。
見えない壁を自ずから作り上げて。
カカシを無視し、見ないようにして。
俺が背を向けていた。
カカシの優しさに目を、心を閉ざしていたのは俺だ。
そして、ーーまた俺は背を向けた。

イルカは走り出した。





「カカシ先生…っ」
庭に立ち尽くしたままのカカシは、イルカの顔を見て驚いたように目を開いた。
イルカは肩で息をして、拳を握りしめカカシを見た。
「俺っ、……安い店しか知らないけど、…一緒にどうですか!?」
イルカの通る声は庭に広がった。
カカシの目が、再び見る見る大きく開かれる。
「ラーメンでもいいです!あ…うどんでも何でも!カカシ先生の好きな食い物教えてください!」
カカシは面白いくらいに視線を泳がせて俯き、
「ラーメンでいいよ……」
少し顔を赤らめ、小さく呟いた。


良かった。
イルカは眉尻を下げて照れたような顔を見せるカカシを見つめた。
たったこれだけで良かったじゃないか。
俺は犬になってカカシの何を見ていたのか。
あんなに近くにいたのに。
犬だったら、俺はカカシに抱きついて顔を舐めてる。
尻尾ももちろん振ってるだろう。ーーでも俺はもう犬じゃない。
一歩カカシに向かって踏み出すと、イルカは手を伸ばし、カカシの指に触れ、手をゆっくりと握る。自分より大きい掌はぎこちなくも握り返す。

解かれた心。
解いた心。
それは最も簡単だった。

でもこれは、何て言えばいい感情なのだろう。それを分かるのは、まだ先で言い。
今はこうして、手を繋いだだけで。
イルカは繋がった手を愛おしそうに眺めた。



<終>

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■繭様より本編「犬とベイビー」のイメージイラストいただきました!こちらです。
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