欠片⑤

爆発音で遠のいた意識が弾けるように戻る。
見開いた右目に映る廃墟の汚れた床、キナ臭い空気に充満する異様な匂いに上昇している空気中の気温。状況を把握しようとうつ伏せになっていた身体を起こし、辺りを見渡した。幸い飛んでいた時間はそう長くはなかったらしい。炎上した家屋に何かが引火したのか。
足元には灰に塗れた臙脂の羽織。
それを見た瞬間、差し込むような頭痛に襲われ、カカシは頭を振った。
さっきのアレは、何だったのか。黒い気体に包まれた途端に戻った記憶の一部。
あの女の言った、言葉。
再び襲われる頭痛に眉間に皺を寄せた。胸に手を当てる。

「先輩!」
声に目を向けると、暗部の後輩が窓から飛び込んでくる。息を切らしながらカカシのいる部屋を見渡した。
「……これ、術者ですか…?」
足元に広がる灰を見ている。反応のないカカシを見た。
「……先輩?」
傷の無い胸に手を当てているカカシを不思議そうに見た。
「…あぁ、コッチはね、一足遅くてね…そっちは?」
カカシの言葉に軽く頷いた。
「…そうですか。こっちも特に。…火は抑えられません…行きましょう」
「だろうね」
落胆を含む声を出した。
村は見事に焼き払われた。
結局過度の自己防衛に何が隠されていたかは分からない。互いの里に目に見える損失はないが、村が一つ消えた事は確かだ。
カカシは後輩の後に続き、窓から飛躍した。



帰り道、後輩からビンゴブックを手渡された。
「--?なに?」
「花隠れが携帯してたやつです」
見ると、あのく灰になったノ一の顔。次の頁にも同じ顔。
(なるほど)
納得するカカシに後輩が続けた。
「一卵性の双子だったみたいですね」
「みたいね」
戦闘したくノ一と花隠れに消されたくノ一。チャクラも見事に調和されていた。自分が見抜けなかった程術の力に長けていた。そしてこのビンゴブックによれば、花隠れの暗部でありながら医療忍術に長けていた。
抜けた理由は不明だが、力に溺れ、闇を求め秘術に手を出していたんだろう。
灰になる最後を思い出し、カカシが目を眇めた。


里に着いた頃は空が白み始めていた。
ーー結局、思い出したのは最後の戦闘シーンだけ。
煤で汚れた身体のまま任務報告を済ませ、火影から念のためにと病院へ行くよう指示をされる。行くか迷ったが。治療を受ける。
特に問題がない結果に無駄足だったかと、ため息を零しながら。ぼんやりと歩いていた。
あのくノ一の遺した言葉と蘇った記憶。
カカシは吐き捨てるように息を吐き出すと、強く頭を掻いた。知らず舌打ちも零れる。

大切な記憶。
失って苦しむような記憶。
抜かれた記憶。
家族、師や友の記憶。
失ったが記憶はある。
他の自分の大切なーー。

夜が明けた空を仰ぐ。
スッキリしないが、この空に見えるのはあのイルカの泣き顔。
「…帰ろ」
呟き両手をポケットに突っ込んだ。
「はたけ上忍」
病院から出たら声をかけられた。振り返ると白衣を纏った男が走ってくるのが目に入った。
「お返しするのが遅くなりまして」
息を切らす男に差し出された服を眺めた。黙って受け取り、思った通りのただの支給服に眉を顰める。広げて見ればそれは穴が開き、破れている箇所もある。男に目を向けた。
「何コレ?」
男は緊張気味にも顔を引き締め、カカシをしっかりと見た。
「あの、こちらで処理する規定ですが、俺は…お返しすべきと思いまして…。先日、入院された時の服です」
「--?あぁ」
言われた意味が分かるが。曖昧に頷くと、男はホッとしたような表情を浮かべ。一礼し、再び走り去って行った。
わざわざ持ってこなくても。
小さく息を吐いて改めて服を眺めた。
ふと指の腹に触れた、布とは違う感触に不思議に思いアンダーウェアを裏返した。
(…お札?いや、…これは…御守り…)
手に取り眺める。
身に覚えのない物に首を傾げた。
普段から神とか仏とか信じてい無い。正直紙切れにしか見えないこの御守りを、何で自分が。しかも内側に入れて持っていた。
丸で大切だと言わんばかりに。
ますます意味が分からない。
紙を広げる。
「ーーーーーー」
カカシは目を見開き、言葉を失っていた。


カカシは駆けていた。
御守りを握り締め向かう先は自分のマンション。
荒々しく結界を解き扉を開ける。自分らしくない乱れた呼吸のまま、靴も脱がずに部屋に上がった。
肩で息をしながら、周りを眺める。
別の雰囲気の中にいるようだった。別空間と言えばいいのだろうか。

ーーーー何で。
何で気がつかなかった。
目に映る大切な物を。
ここにも、ここにもーーここにも。
寝室にある卓上カレンダー
色違いのバスタオル
レシピ本にあるメモ
増えている食器
一つ一つ手に取り、感じる。
微かな、だけど確かな印。

イルカと過ごしていた確かな証拠が、そこにあったのに。

カカシは部屋を飛び出した。
心臓が激しく動いていた。
ちぎれそうに痛い。
でも込み上げてくるのは喜び。
嬉しい。

アンタは前からオレの恋人だったの。

でもまたオレはイルカを選んだ。
大切な記憶はイルカで、一度失ったのに。
気がつけばまた大切な記憶になっていた。
大切。
あの人はオレの特別な人だ。
涙でぐしゃぐしゃになったイルカの泣き顔が頭に浮かび、カカシは顔を歪めた。
この気持ち、どう伝えたらいい?

イルカのアパートの前で足を止める。
少し息を整えて、二階にある部屋を見上げる。
感じる暖かい気配。
あの人がいる。待っている。オレを待っていてくれる。
それだけで堪らなくなる。

イルカはオレの光だ。
失っても、失っても。きっとオレはこの光を見つけるだろう。
何度でも見つけてみせる。

不意に見上げていた部屋の玄関のドアが開いた。
イルカが自分を見つけ、黒い目が大きくなる。
鼓動が早まり胸が締め付けられる。
苦しい。
どんな事でも平気になはずの身体なのに、イルカの事になると感情が溢れ出す。
手に握る御守りは汗でじっとりと濡れているだろう。
ぎゅっと握り締め、今にも泣きそうな顔を引き締めた。
「…ただいま」
見上げて言えば、イルカは口を引き締めて真っ直ぐ見詰める。その黒い瞳は揺れている。
泣くのだろうか。
怒っているのだろうか。
また出てけと言われるのかもしれない。
記憶を失ったとは言え、イルカを傷つけた。
嫌われても仕方がない。
何か言って欲しい。
耐えきれず名前を口にしようとした時、

「お帰りなさい」

頬が緩み優しく微笑んだ。
イルカ。
ゆっくりと足を進めて階段を上がる。
光。
オレの光。
目の前まで来てその黒い瞳を見つめる。
何から話せばいいのだろう。震える手を気づかれないように力を入れた。

「イルカ、ーーオレの恋人になって」

ここから始めよう。
一緒に生きていく為に。
大切な光を離さない為に。

”あなたの御武運を祈ります”

くれた御守りと一緒に、イルカを腕に強く包み込んだ。

<終>

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