純粋カメレオン①

里に着いた時には雨が降り出していた。
雨粒と言う雨粒はない、霧雨が音もなく地面を濡らしていく。
夜間体制に切り替わっていた報告所に入り任務報告を済ませる。
イルカがここに居ないのは先週で夜間当番が終わったから知っていた。
それを知っていたからこそ、さっさとイルカがいるアパートへ向かうつもりだった。
「あ、あの」
目の前の受付の男の声に静かに目を向けた。緊張感溢れる顔にカカシは片眉を吊り上げた。
「なに?」
短い問いに男はさらに緊張を高めたようだ。
「こ、言伝を承っておりまして」
受付の男に頼み、自分の任務を把握してる相手からの言伝。
緊急性は全くないと判断して、面倒くさい気持ちになる。
「誰から、何て?」
「紅上忍から、ここに来るように、と」
恐る恐る出されたメモを受け取り直ぐに目を通した。
走り書きだが綺麗な字。確かに紅の筆跡だ。よく足を運んでいる居酒屋の名前が書かれている。
今から来いと言ってるのか。
口布の上からでも分かるような嘆息に、目の前の男は気まずそうに固まっている。
紅もカカシの数少ない飲み仲間だ。だがこんな形で呼び出された事はない。
仕事以外での火急な用、と言った所か。
人差し指と中指でメモを挟んで弄びながら考える。
出来ればイルカに会いたい。短期任務で3日里を離れていた。
「あの…アスマ上忍もいらっしゃるそうです」
「はー、そうなの」
仕組まれたような台詞に諦め気味に返事をしてメモを手の内に入れた。
顔だけ出して帰ろ。
「ありがとね」
諦めれば苛立ちも少ない。男に礼を言って紅が指定した居酒屋へと足を向けた。



「遅かったのね」
居酒屋の店員に個室へと案内され、カカシは
目を細めて紅を見た。
「そーお?てかさ、あんな伝言やめてよ。俺すぐ帰るからね。任務内容は大した事なくてもさ、疲れてるのよ」
雨で濡れた髪を店員から貰ったタオルで軽く拭き、ベストを脱いだ。
霧雨とは言え汗と混じり服に湿気が纏わりつき気持ち悪い。
アンダーウェアを軽く肌から離すように引っ張り、袖を捲る。細身だが筋肉質の白い腕をダルそうに回した。
紅と対面して座っていたアスマの横にあぐらをかいて座った。
「雨降ってたか」
「里に入ってからね、じき止むんじゃない」
素っ気なく答えて出されたおしぼりで手を拭いた。
「で、なに」
話を聞きながら軽く一杯飲んで帰る。カカシの頭にはそれしかなかった。
扉が空いてカカシの酒と鍋が運ばれて来てギョッとした。夏に食べるような物か。
部屋は空調が効いているが、サッパリした物を口にしたい気分だった。
「あら、カカシそんな顔しないでよ。私が頼んだの」
「スッポンだとよ」
アスマがからからと笑って付け足し、新しい煙草に火をつけた。
「カカシは嫌い?疲れてるなら食べなさいよ」
「……食べなさいよって…あんたら夫婦の精力剤食べろって言うの?冗談やめてよね」
げんなりした顔を隠さず出して溜息を吐いた。
アスマと紅の仲はだいぶ前から知っているだけにやり切れない気持ちになる。
冷えたビールジョッキを持ち、グイッと喉に通した。
鍋を突いて紅の話に付き合ってたら、長丁場になるのは間違いない。
アスマは否定せず煙草をふかしながら笑いを零した。
「そんな訳ないでしょ?あんたも否定しなさいよ。…流行ってるのよ、くノ一の間で。疲労回復にコラーゲン。過酷な任務環境の私達女には堪らない栄養源って訳なの」
鋭くアスマを睨んでから、いそいそと鍋を装い始めた。
「……成る程ね」
女子トークに興味を失せたカカシは適当に相槌を打って焼きたてだろう焼き茄子を口に運んだ。
茄子は美味しいが、鍋どころじゃない。イルカがご飯を用意して待ってるかもしれない。当たり前に任務期間は前後する為、そこまではっきりとは分からないが。
イルカとの仲を誰かにはっきりと言った訳ではなかった。
言ってもいいのだが、このタイミングはまずい。酒の肴にされ拘束される事は間違いない。
「カカシって今誰かと付き合ってるの?」
日本酒を自分の杯に注ぎながら、紅が口を開いた。もう既に何本かの銚子がテーブルに転がっている。酒豪である紅は多少頬を染めてはいるが、口調はしっかりしていた。
だが随分とストレートな物言いに枝豆を摘みながら紅の目を見た。
「そりゃーね、いるけど」
先ほど頭をかすめた内容だけにカカシは一瞥しただけで、冷静に受け応えた。
「それがなに?」
イルカと付き合う前は寄ってくる女を適当に側に置いていた。紅もそれは知っている。今まで女関係に口を挟むことが無かっただけに、胡乱な眼差しを向けた。
「後輩に頼まれたんだと。モテる男はつれーなぁ」
他人事だと言わんばかりのアスマに眉をしかめる。
「でも全部遊びでしょ?だったら一人増えてもいいんじゃない?」
紅が言う台詞じゃない。男勝りのストレートな性格だ。自分の後輩と遊べと言ってるのか。
悪酔いしてるのか、と様子を伺いながらカカシはビールを飲み干した。
「俺に遊ばれちゃっていいわけ?ま、話自体はパスだけどね」
「どうして?本命いないなら問題ないじゃない」
肩肘をつき、挑戦的で妖艶な目線を向けた。
アスマを見れば肩をすくめて、自分の杯を舐めている。
「……今ね、残念ながら一人に絞ってるんだよね、悪いけどさ」
仕方なしとカカシは断る材料に言葉を選んで言った。
「お前らしくねえな」
「あのねえ」
「今までなかったろ」
「……そう?」
「年貢を納め時か?」
カカシは短く笑って否定を表した。
「そんなんじゃなーいよ。今日はなに、そんな話だったらもういいよね?」
腰を浮かせたら、目の前に新しいビールジョッキが置かれた。
紅をがニコリと綺麗な笑みを見せる。
「新しいお酒。飲んでくわよね?」
「………」
紅を見据えて座り直した。
「なあに、今からその本命に会いに行くの?」
「………別に」
「私達より恋人選ぶなんて今までなかったじゃない。…大事にしすぎてない?」
カカシのビールと共に頼んだののか。紅は冷酒に切り替え、淡い藤色のグラスを口に運んだ。
一人に絞ったと口にした時点で大事にしていると言っているようなものだ。
どう切り返すか面倒臭い気持ちを抑えながら紅を眺めた。
「俺ってそんな遊び人なイメージついちゃってるの?」
「そうねえ、私はタイプじゃないけど?忍びとして腕はある。稼ぎは里でトップで、容姿もそこそこいい。女も結構知ってる。モテる故の遊び人じゃない」
嘘はないと、友人らしい言葉に苦笑いして。指折り数えながら嬉しそうな顔をする紅を見た。
「恋人はさぞかし心配じゃないかしら。急に一人に絞るなんて」
「大きなお世話でしょ」
流石に不機嫌な顔を隠せず紅を見た。
そんなカカシの表情を無視して、冷酒を美味しそうに飲む。
「じゃあどのくらい本気か教えてくれる?そしたら後輩にちゃんとした言い訳が出来るから」
紅は新しいグラスに冷酒を注いでカカシの前に置いた。
「本命がいる時点で十分じゃない」
酔っ払いのくだらない挑発に乗るつもりはない、と置かれた冷酒に口内を湿らせた。
「まあ、そんな顔すんなって」
口を挟むアスマの表情には、面倒臭せえから答えとけ、と読み取れてカカシは溜息をついた。確かにその方が賢いかもしれないと思い直し
「じゃあどうぞ?」
冷酒に次いでスッポンの鍋も装われ、箸で身を解して口に入れた。
スッポンの生き血を飲めと言われるよりはマシだ。
「そーねぇ、…カカシの事だから聞いても意味ないんだろうけど、その子とキスはした?」
「…ノーコメントじゃ駄目?」
明らか様に渋い顔をされ、カカシは縦肘をついて肯定の意味を含めて軽く首を縦に振った。
「じゃあセックスも勿論よね」
勿論に強いアクセントを置いて聞かれた問いに、聞かれると予想はしていたが、どう答えるべきか一瞬迷いが生じた。
「……あら、まだなの?」
「…紅せんせー、セクハラ〜」
言って冷酒を煽る。
「お持ち帰りするような人が珍しい。だから雨が振ったのかしら」
「大事にしてるの、俺は」
あっけらかんとした返事をして、鍋を取り分けた皿から白菜を口に放り込む。
「10代の若僧みたいな台詞言うのね。あんた自分が幾つだと思ってるのよ」
「そーお?」
「付き合って長いの?」
「……もうすぐ2ヶ月、かな」
「おいおい、そりゃ長くねーか?」
アスマも堪らずと、口を開いた。ムッとして箸を口に咥えながら横目で見た。
「なんでよ」
「俺からしたら完全なプラトニック君だわ」
「……成る程ね、そう捉えてもいいよ」
開き直った態度に紅は厳しい目を向けた。
「今までのカカシを知ってる私達からしたら何か異常よ?大事にしすぎて相手を不安にさせてるんじゃない?」
「不安?」
カカシが紅の言葉に反応した。
不安とはどう言う意味なのか。
イルカとまだ肉体関係を結んでないとしても、キスはしている。関係は良好でイルカは自分に尽くしてくれている。イルカといる空間は何よりも居心地が良く、イルカもそう思っているはずだ。
「本当に好きなの?」
妖艶な目がジッとカカシを見据える。
「そーね、好き。今までで一番好き、かな」
「はっ、嘘。矛盾してる。好きなら身体も求めたくなるのがセオリーよ。相手に理想だけ押し付けてたら振られるのも時間の問題ね」
容赦無い言い方にカカシは無視して冷酒を喉に流し込んだ。
言わせておけばいいと聞き流してはいるが、胸中穏やかではない。
「本当、可哀想。男同士ってそんなもの?」
「……男同士って何それ」
耳を疑いながらもカカシの声が一段と低くなった。
自分の恋人が男だとは一言も口に出していない。滅多に表さないカカシの怪訝な表情に、紅は赤い唇を噛んだ。アスマを見ると苦笑いを浮かべ、更にカカシの顔が険しくなる。
「ね、どういう事?説明してよ。場合によっては、」
「違うんですっ、カカシさん!」
個室の引戸が開くと同時にイルカが目の前に現れて目を見開いた。
全く予想していなかった為、口をぽかんと開けて只々イルカをまじまじと見つめた。
「イルカ…先生…」
「すみません…」
立ったまま項垂れるイルカを紅が部屋に引き込んで扉を閉める。
状況が飲み込めてきたカカシの渋面を前に、怯む事なく紅はしたり顔を見せた。
「隣の部屋も借りてたの。イルカにあなたの気持ちを聞かせる為にね」
行きつけの居酒屋で多種多様な人間が混み合った場所ではイルカの気配を全く感じ取れていなかった。しかも酒が入り気配を伺う注意すら散漫していた。
イルカ自体もチャクラコントロールをして気配を消していたのだろう。
「…最初っから仕組んでた訳ね…」
やられたと、頭をガシガシと掻く。長い嘆息に紅は鼻を鳴らした。
「大体ねイルカがあんたと付き合うのも納得出来ないのよ。…イルカはね一人泣きながら酒を飲んでたのよ?放っておける訳ないでしょ」
「え!?泣くってイルカ先生が?」
「そうよ、誰だって悩むわよ。自分に指一本触れてこない恋人なんて」
「…そう言う事だ。悪りいな、カカシ。弟分に泣かれたら一肌脱いでやりたくなったんだよ」
煙草を歯で挟みながらカカシの肩に手を置いた。
「……ヤクザ夫婦には参るね」
お手上げだと片手を挙げると、そのヤクザ夫婦が立ち上がった。
「まあ、カカシが本気だって分かった訳だし、後はちゃんと話し合いな」
「カカシ、分かってると思うけど、イルカを泣かすような真似はしないでよ」
まだ何か言いたそうな紅をアスマが引っ張って部屋から出て行った。
カカシとイルカを部屋に残して。

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