かわいい人といわれたい③

サクラの計算は外れた。
翌日病室に顔を出したらカカシはもう退院した後だった。
こわい読みだ。
どちらにしろサクラの怒りは間逃れない訳だし。あの昨日のカカシの台詞から考えたら、それも分かってなさそうだけど。
どこまでが冗談でどこまでが本気なのか。
難しい人だと感じる。
未だ任務停止を受けているとは思うけど、周りをあまり見ているようで見ていない気がするから、いきなり違反犯すとは思えないが。
ーー不安だ。

イルカは夜道を歩いていた。
カカシとは意識的に会おうと思わなければ会えない。
そんな事は分かっている。
ただ、俺だって忙しい。今日も最近増えた山積みの雑用をこなしていたらこんなに時間だった。
数日前からわだかまりが解けた気がするし、もう避けられてる訳じゃないだろう。
ただ問題は、そこに俺が深入りをすべきかどうかだ。
ふと、赤い提灯の灯りが目にとまった。
ラーメンか。
かばんを肩にかけ、片手には整理出来なかった資料を入れた紙袋。
家で飯を用意して食うには遅すぎる時間だ。
食べて帰るか。
のれんを片手で上げて店に入る。
「あ、イルカ先生」
目を見張った。視線の先にはカカシがカウンター席に座ってこちらを見ていた。
「……どうも」
頭を下げて、迷いながらカカシの隣に座った。
「今帰りですか。大変ですね~」
割り箸を口にくわえたまま視線を紙袋に落としていた。
「…いつもの事です」
しょうゆを店主に注文しておしぼりで手を拭いた。
「先生はしょうゆ派?オレも今日はしょうゆ」
柔らかな笑みを浮かべている。
いつもより緩やかな笑みに少し覗き込むように見ると、酒の香りがした。
「…カカシさん、飲んでます?」
「ん?まぁね、少しね」
飲んだ帰りにラーメンか。
特に飲みに行く事に関して責める事はないが、昨日の話を聞いた為か彼なりに飲みたくなった、そんな所だろう。
呑気そうな顔に見えるのは酔っているからか。それとも自分との多少の温度差を感じた為だろうか。
退院したのだからと身体を心配する必要はなさそうだが、改めてカカシの顔を見て前より少し痩せたのかもしれない、と感じた。
この人の今目の前にあるにこやかな笑顔は、そのままの意味なんだろうか。
裏に隠された胸の内は簡単には読み取る事は出来ない。俺自身それが苦手だと片付ければそれまでだが。
「えーっと、先生?」
「え?」
「いや、そんなまじまじと見てもいいんですけどね、オレとしては」
ハッとして固まってカカシを見つめていた自分を誤魔化しきれずに前に向き直した。
「いやっ、失礼しました」
ちょうど注文したラーメンが置かれて慌てて割り箸を手に取る。
一口スープを飲みラーメンをすする。空腹だった胃に暖かな食べ物が入りイルカの食欲を刺激した。
カカシも黙ってラーメンを口にしている。
狭い距離でお互いに無言で食事をする。偶然とはいえ隣同士で共にするこの光景に、イルカの心は不思議なほど穏やかなものを生み出していた。
今まで二人の間にあった距離は、紛れもなく存在していたのに。

二人で店を出た時には日付が変わっていた。
ふと見上げれば綺麗だった月夜は雲がかかっている。
暗い夜道を並んで歩き出した。
「美味かったですね」
両手をポケットに入れ歩くカカシが口を開いた。また来ようかな、と独りごちのように呟く横顔を見て、視線を前に戻した。
「ええ、美味かったです」
「だよね、先生はラーメン好きだから」
「………はい」
ま、ナルトから聞いてたからですがね、と後から付け加えて小さく笑った。
「でもね、夢みたい」
「は、夢?」
横に顔を向けると目を少し細めたカカシと目が合った。視線はすぐに前に戻され、ゆったりとした足取りでカカシは歩く。
「こうしてね、あなたと歩いてるのが」
落ち着いた声で、視線はそのまま歩く先を見つめている。
あまりにも自然に言われた台詞に、どう切り返すべきか、イルカは俯いた。
「昨日も来てくれたでしょ?それも嬉しかったんですよ、にやにやが止まらないくらい」
「…はぁ」
いつになく饒舌なカカシから出る言葉に軽く相槌をした。
「…カカシさん酔ってますね」
「うん」
嬉しそうにカカシは笑った。
「でも、酔ってるから言う訳じゃないよ。本音」
「…そうですか」
肯定や否定をするつもりにもなれず、ただイルカは頷いた。そんなイルカを見て満足そうにカカシは微笑んだ。
「酒は控えるようにサクラに言われてたんですが、」
「ですが、って、カカシさん」
「え、なに?」
キョトンとした顔をされて、思わずため息を零した。
「…サクラもサクラなりに考えて言った事を分かってます?」
「でもね、過保護みたいな事ばっか言うんですよ」
「それは違います。彼女はあなたの部下として、医療忍者として、本当にカカシさんを心配して言ってるんですよ?」
声が思わず大きくなる。
カカシは何かを考えるような顔をして、少し間を置きう~んと唸った。
「そうかな。逆に部下ならそこまで言って欲しくないんだよね」
「カカシさん」
呆れた声を隠せなかった。
「心配してくれるのは分かるけど。オレはあいつらにとって安心する場所を作ってあげたいの。里の同志であってもね」
「…………」
「笑顔がみたいだけ」
繰り返す。
カカシはただ自分に言い聞かせるように。
同じ言葉を念じるように。
でもそれは。本当は無理な事だって分かっている。
だけど、そう願わずにはいられない事も。
修行の為に里を出たナルト。
里で医療忍者として支援する側になったサクラ。
力を求め闇に消え里を去ったサスケ。
他のやつも同じだ。皆が自分自身と戦い羽ばたこうと必死だ。
それを掌で零れ落ちないよう包み込みたいんだろ。
痛いほどわかる。自分が同じ立場だったらそう思い行動するのかもしれない。
だけど、自分は自分でっあって、サクラもそうだ。摺り替えれない、その場所で望んで何が悪い。
拳に力が入る。
「ただ、背中を見てて欲しいだけ」
「だったら笑えよ!」
「……は?」
「あんただって…全然笑ってないじゃないか。無茶ばかりして作り笑いして…背中見て欲しいんだったら、もっと笑ってみせろよ!」
言い切ったイルカを目を丸くして見て、困ったように笑った。
「すごい、初めて言われた」
「あんたのやってる事を全部は否定しない。でもな、身体に無茶敷いてるのを見せられる側は辛いんだよ。……怒れるくらいに辛いんだよ」
闇を背負うように佇むカカシをじっと見た。
何かを考えるように視線は空を彷徨い、
「うん」
イルカの目を捉えて、子供のように口にした。
「すごいね、直球もらっちゃった」
空気を出すように口から笑いを漏らす。
「笑うところじゃねーよ」
「うん」
満足そうに笑みを深めて。その表情に胸が跳ねて苦しくなる。
堪らず視線を外し、上忍に対する意見もさる事ながら、どこから敬語に戻すべきか思案する。
「それってさ、イルカ先生もそう思ってるって事だよね?」
ポケットに手を入れて少しだけ首を傾げた。
「ん?…ええ、勿論です」
そう答えると知ってたかのような顔をして、カカシはふと俯いた。
「オレはね…」
「はい」
「もう一度、…あなたを好きになる許可がほしいです」
「えっ!?」
驚かないわけがない。めいいっぱい開かれた目を見て、カカシは取り繕うように片手を振った。
「いや、だって…少しくらい自惚れてもいいでしょ?」
振った片手を後頭部に移して、切願するような眼差しを見せた。
「五代目の言わんとする事にも繋がりますし。…直接は聞いてないですけど、……そうでしょ?」
カカシの言葉に、紅潮した顔に眉頭を寄せ考える。
確かに。自分が大切な人の対象になると、そう言う事になるのだが。
数年前に言われた時、彼を知らない恐怖から逃げ出す形になった。分かろうともしていなかったのかもしれない。
今、再び彼から言われた俺は。
否定する気持ちになれない。
不意に縮まった距離に勘違いをしているだけかもしれないのに。
許可をしたら、きっと。
自分の気持ちに気がついてしまう。
「悩んでるの?」
「……いえ」
強く首を横に振った。
「いいんじゃないですかね、それで」
「……いいの?好きになっても?」
「はい」
鼻息荒く頷けば。破顔した顔を見せられ、気がつけば彼の腕の内に抱きしめられてた。
あれ、俺はまだ気持ちを伝えた訳じゃないけど、と考えるけど、抱きしめられた身体が余りにも気持ちよくて、まあいいか、と目を閉じる。




暖かい。
半分陶酔した気持ちでカカシはうっとりとした。
素直に抱きしめさせてくれるこの人は、何処まで自分を許してくれるのか。

本当は初めて会った時からずっと好きで
ずっと
ずっと
ずっと
一度でも気持ちが変わる事はなかった。
でも、それ言ったら重いもんなぁ。
でもこの人はきっと。
一足跳びなんかしたらまたきっと逃げてっちゃう。
「はい」なんて。真っ直ぐ過ぎて見てらんなくなっちゃったじゃない。
身体中がぞわりと粟立つ。
あーあ、オレ感極まってる。
いつからこんなに弱くなったかね。
イルカとの間に出来た確かな繋がりを、もっと深く強めるかのように、カカシは密かに目を閉じた。


<終>

*******

後日談として、
見合い話を綱手に返しに行き、二人の仲をカカシが報告しちゃいます。
で、結局「収まるところに収まったじゃないか」と言われるオチ。。

NOVEL TOPへ
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。