見えない男⑤
翌日、自分がしたことはイルカ先生探しだった。
当たり前なのかもしれないが、朝まで待ってみたが部屋に帰って来ることはなかった。まあ、あんな事をされといて、ただいま帰りました、って顔を覗かせる事はないとは思っていたが。
外に出て、最初に向かったのはアカデミーだった。あまり、というかほとんど縁がない建物で、入った事も片手で数える程度。あえて授業中を選んでこっそりと建物の中に入る。にぎやかな授業の声が廊下に響く中、教師にも生徒にもバレないようにそっと教室を覗いた。
教室の空いた席でそっと生徒の授業を見守るイルカ先生がいるかと思ったが、その姿はなかった。
ぶらぶらとアカデミーにある教室を全部覗きながら、職員室で足を止める。イルカ先生の席はどこだろうと眺めていた時にふと気配を感じ後ろを振り向くと、女性の教員だろうか、不思議そうな顔で立っていた。
「ごめんね、ちょっと人を探してて」
にこりと人好きする笑顔を浮かべると、途端大きな目が嬉しそうに緩んだ。
「誰を探してるんですか?」
まさか入院しているイルカだと言えるはずがない。
「あー、・・・・・・いや、大丈夫、ここにはいないみたいだから」
ありがと。短い言葉を残して適当に微笑みさっさとその場を後にする。
受付でもそうだった。部屋のどこにいるのか分からないから手当たり次第にうろつけば、当たり前に声がかけられる。普段顔を出す事のないところに自分がいたら誰だってそうなるだろうけど。
建物の外に出た後、商店街に歩く。正直どこにいるのか分からなかった。ただ、商店街を歩いたところで、立ち寄る店なんてナルトから聞いた一楽ぐらいしか知らない。当然だが、一楽に顔を出してみたもの、そこにイルカの姿はなかった。
本当、俺はなにをやってるのか。自然ため息が出る。と、時間を告げる鳥が一声鳴く。
カカシはそのまま任務へ向かった。
翌日の七班の任務は演習込みの野犬狩りだった。森の中を駆け回るナルト達を見つめながら考えるのはイルカの事。何故あんな事をしてしまったのだろうか。抑えきれなかったと言えばそれまでになるが、自制心は簡単にコントロール出来るのに、それが出来なかった。
驚き戸惑い、そして傷ついたイルカの顔が今でも脳裏に焼き付いている。
だけど、自分はそんなつもりじゃなかった。傷つけるつもりはこれっぽっちもなかった。時間が経てば経つほど後味が悪い。
これじゃいけないと思うも気が付けばこの森の中にもイルカがいるのではないかと思ってしまう。
自然、嘆息が出る。微かに眉根を寄せながら、カカシは必死に野犬を追いかける子供たちの姿を眺めた。
「だから、俺の方が一匹多かったんだってば!」
すっかり日が暮れた任務の帰り道、後ろでナルトとサスケがいつものように言い争いを始めている。カカシは呆れながら聞いていた。
依頼主の意向に添う結果を残すことが大前提だが、それよりナルト達にとって重要なのは、内容でありチームワーク。今回野犬狩りをしながらも、お互いにチームワークを生かそうとしていたのに。結果ここで負けん気が勝り、言い争いを始めるようでは意味がない。
褒める難しさを痛感した時、カカシはふと足を止めた。少し先にある夕日が沈む河原に見えるのは、しゃがみ込んだイルカの後ろ姿。河原を歩く人は当たり前だが誰も気が付かずに通り過ぎるその脇で。イルカは膝を抱えたままじっと川の流れを見つめている。
「カカシ先生?」
視線を外し呼ばれた方を見ると、サクラが不思議そうな顔をしてこっちを見ていた。ナルトやサスケもまたカカシに合わせて立ち止まる。
「あのさ、先に帰っててくれる?」
「え?、じゃあ報告は」
「うん、俺だけでしておくから」
変な場所で解散を命じられ、サクラはますます不思議そうな顔をするも、頷き帰り道を歩き出した。ナルトは嬉しそうに走り出し、サスケもサクラの後に続く。
三人の背中を見送ると、カカシは河原に向かって歩き出した。きっとすでに気配は感じ取られているだろう。
「イルカ先生」
声をかけると、イルカはゆっくりと顔を上げた。ポケットに手を入れたまま立っているカカシを見つめる。が、すぐに視線を外し川の水面に戻した。
「俺・・・・・・自分の部屋に帰ってたんです」
ぽつりとイルカがしゃべり出した。
「でも、実際の俺は入院してる状態だから、下手に電気なんかつけれないし。何も出来ないくて、ただ、部屋で過ごしてたんです。でも、自分の部屋なのに息苦しくなって。だから散歩しながら歩いてたら気が付いらここまできてて」
すぐ近くを、しゃがみこんでいるイルカに気が付かない幼い子供とその子供の手を引いた母親が、通り過ぎる。
イルカがカカシを見上げた。
「でも、やっぱり寂しいですね」
泣かないと分かっているのに、泣きそうなくらいに寂しそうに笑う。胸が痛いのが罪悪感からなのか。それとも別の痛みなのか。カカシは僅かに目を眇めた。何を返したらいいのか、一瞬言葉が詰まる。
「そうだね」
そう短く返すと、近くを歩いていたさっきの母親がカカシに不思議なものを見るように振り返ったが、続ける。
「先生、帰ろ?」
自分でも驚くくらいに優しい声が出ていた。
イルカの目がじっとカカシを見つめる。計るような眼差しなのか。怯えているのか。それとも非難を含んでいるのか。
責める言葉を言うのかもしれない。膝を抱えたイルカはゆっくりと立ち上がる。
同意してくれている。謝罪の言葉さえまだ言ってもいないし、イルカから許されたわけではないが。
立ち上がるイルカに、カカシはほう、と息を密かに吐き出した。
ゆっくりと歩き出すと、イルカもまた並んで歩き出す。西の山に夕日は沈み薄暗くなった河原を、二人で黙って歩いた。
「ねえ、先生お風呂沸かしたから入って」
風呂掃除を終えてリビングにいるイルカに声をかける。
「え、俺ですか?でも風呂は別に、」
「物に触れる事が出来るなら、風呂も入れるでしょ。あ、俺は別に何もしないから」
慌てて付け足していた。酷くわざとらしくなった表現に、イルカは反応を示さなかった。ただこくりと頷く。
「じゃあ、入ります」
イルカは脱衣所に向かった。その間にカカシは一人適当に夕飯を済ませる事にする。食べながらつけたテレビをぼんやりと眺めた。
なかった事にするのはおかしいのだろうが。この部屋に呼び戻しておいてどう接したらいいのか。箸を咥えながら考える。
この部屋に自分以外に誰もいないのが日常で当たり前だったのに、イルカが戻ってくてくれ、いる事にホッとしている。
他人を自分の部屋に入れる事で安堵している、その事実にカカシは首を捻った。捻ってたところで答えは出るわけがない。
食べ終わりビールを飲んでいるとイルカが姿を見せた。変わらず服は病院気を着ている。
「落ち着いた?」
「ええ」
「じゃあ、」
布団がもう一組あったはずだと腰を上げた時、イルカがカカシの手を掴んだ。何、とイルカに顔を向ける間もなく唇に何かが触れる。イルカの唇だった。
イルカのキスを受け入れたまま目を見開いていると、唇が離れイルカが驚いたままのカカシをゆっくりと見つめる。
「・・・・・・え?」
小さい声で聞き返していた。
どういう意味なのか、わからなかった。イルカの黒い目を見つめ返しても、意図が読めない。
状況把握が出来ずに固まったカカシに、答えることなく再びイルカは唇を重ねる。僅かに開いた口にぎこちなく差し込まれたのは、イルカの舌。カカシの身体がぴくんと反応した。
「・・・・・・カカシさん」
唇を浮かせたイルカに名前を囁かれたら、単純なくらいに下火が灯った。固まっていた唇を動かし、イルカにキスを返す。抱き返すと、またイルカがカカシの名前を呼んだ。
もうあんな事はしないと心で誓っていた。もうあんな顔はさせてはいけない。そう思っていたのに。もしかしたら、自分がそうさせてしまったのかもしれない。
でも、寂しさを埋めてあげたいと思った。温もりを感じたくてそうしているのなら、それに応えるべきだと。
迷いはまだあった。だが、イルカは自分を求めている。
イルカを抱きしめると、それより強い力で抱き返される。
「・・・・・・イルカ先生・・・・・・」
同じように自分もイルカの名を呼び、吐息を奪うようにキスをしながら、カカシはイルカを寝台へと導いた。
当たり前なのかもしれないが、朝まで待ってみたが部屋に帰って来ることはなかった。まあ、あんな事をされといて、ただいま帰りました、って顔を覗かせる事はないとは思っていたが。
外に出て、最初に向かったのはアカデミーだった。あまり、というかほとんど縁がない建物で、入った事も片手で数える程度。あえて授業中を選んでこっそりと建物の中に入る。にぎやかな授業の声が廊下に響く中、教師にも生徒にもバレないようにそっと教室を覗いた。
教室の空いた席でそっと生徒の授業を見守るイルカ先生がいるかと思ったが、その姿はなかった。
ぶらぶらとアカデミーにある教室を全部覗きながら、職員室で足を止める。イルカ先生の席はどこだろうと眺めていた時にふと気配を感じ後ろを振り向くと、女性の教員だろうか、不思議そうな顔で立っていた。
「ごめんね、ちょっと人を探してて」
にこりと人好きする笑顔を浮かべると、途端大きな目が嬉しそうに緩んだ。
「誰を探してるんですか?」
まさか入院しているイルカだと言えるはずがない。
「あー、・・・・・・いや、大丈夫、ここにはいないみたいだから」
ありがと。短い言葉を残して適当に微笑みさっさとその場を後にする。
受付でもそうだった。部屋のどこにいるのか分からないから手当たり次第にうろつけば、当たり前に声がかけられる。普段顔を出す事のないところに自分がいたら誰だってそうなるだろうけど。
建物の外に出た後、商店街に歩く。正直どこにいるのか分からなかった。ただ、商店街を歩いたところで、立ち寄る店なんてナルトから聞いた一楽ぐらいしか知らない。当然だが、一楽に顔を出してみたもの、そこにイルカの姿はなかった。
本当、俺はなにをやってるのか。自然ため息が出る。と、時間を告げる鳥が一声鳴く。
カカシはそのまま任務へ向かった。
翌日の七班の任務は演習込みの野犬狩りだった。森の中を駆け回るナルト達を見つめながら考えるのはイルカの事。何故あんな事をしてしまったのだろうか。抑えきれなかったと言えばそれまでになるが、自制心は簡単にコントロール出来るのに、それが出来なかった。
驚き戸惑い、そして傷ついたイルカの顔が今でも脳裏に焼き付いている。
だけど、自分はそんなつもりじゃなかった。傷つけるつもりはこれっぽっちもなかった。時間が経てば経つほど後味が悪い。
これじゃいけないと思うも気が付けばこの森の中にもイルカがいるのではないかと思ってしまう。
自然、嘆息が出る。微かに眉根を寄せながら、カカシは必死に野犬を追いかける子供たちの姿を眺めた。
「だから、俺の方が一匹多かったんだってば!」
すっかり日が暮れた任務の帰り道、後ろでナルトとサスケがいつものように言い争いを始めている。カカシは呆れながら聞いていた。
依頼主の意向に添う結果を残すことが大前提だが、それよりナルト達にとって重要なのは、内容でありチームワーク。今回野犬狩りをしながらも、お互いにチームワークを生かそうとしていたのに。結果ここで負けん気が勝り、言い争いを始めるようでは意味がない。
褒める難しさを痛感した時、カカシはふと足を止めた。少し先にある夕日が沈む河原に見えるのは、しゃがみ込んだイルカの後ろ姿。河原を歩く人は当たり前だが誰も気が付かずに通り過ぎるその脇で。イルカは膝を抱えたままじっと川の流れを見つめている。
「カカシ先生?」
視線を外し呼ばれた方を見ると、サクラが不思議そうな顔をしてこっちを見ていた。ナルトやサスケもまたカカシに合わせて立ち止まる。
「あのさ、先に帰っててくれる?」
「え?、じゃあ報告は」
「うん、俺だけでしておくから」
変な場所で解散を命じられ、サクラはますます不思議そうな顔をするも、頷き帰り道を歩き出した。ナルトは嬉しそうに走り出し、サスケもサクラの後に続く。
三人の背中を見送ると、カカシは河原に向かって歩き出した。きっとすでに気配は感じ取られているだろう。
「イルカ先生」
声をかけると、イルカはゆっくりと顔を上げた。ポケットに手を入れたまま立っているカカシを見つめる。が、すぐに視線を外し川の水面に戻した。
「俺・・・・・・自分の部屋に帰ってたんです」
ぽつりとイルカがしゃべり出した。
「でも、実際の俺は入院してる状態だから、下手に電気なんかつけれないし。何も出来ないくて、ただ、部屋で過ごしてたんです。でも、自分の部屋なのに息苦しくなって。だから散歩しながら歩いてたら気が付いらここまできてて」
すぐ近くを、しゃがみこんでいるイルカに気が付かない幼い子供とその子供の手を引いた母親が、通り過ぎる。
イルカがカカシを見上げた。
「でも、やっぱり寂しいですね」
泣かないと分かっているのに、泣きそうなくらいに寂しそうに笑う。胸が痛いのが罪悪感からなのか。それとも別の痛みなのか。カカシは僅かに目を眇めた。何を返したらいいのか、一瞬言葉が詰まる。
「そうだね」
そう短く返すと、近くを歩いていたさっきの母親がカカシに不思議なものを見るように振り返ったが、続ける。
「先生、帰ろ?」
自分でも驚くくらいに優しい声が出ていた。
イルカの目がじっとカカシを見つめる。計るような眼差しなのか。怯えているのか。それとも非難を含んでいるのか。
責める言葉を言うのかもしれない。膝を抱えたイルカはゆっくりと立ち上がる。
同意してくれている。謝罪の言葉さえまだ言ってもいないし、イルカから許されたわけではないが。
立ち上がるイルカに、カカシはほう、と息を密かに吐き出した。
ゆっくりと歩き出すと、イルカもまた並んで歩き出す。西の山に夕日は沈み薄暗くなった河原を、二人で黙って歩いた。
「ねえ、先生お風呂沸かしたから入って」
風呂掃除を終えてリビングにいるイルカに声をかける。
「え、俺ですか?でも風呂は別に、」
「物に触れる事が出来るなら、風呂も入れるでしょ。あ、俺は別に何もしないから」
慌てて付け足していた。酷くわざとらしくなった表現に、イルカは反応を示さなかった。ただこくりと頷く。
「じゃあ、入ります」
イルカは脱衣所に向かった。その間にカカシは一人適当に夕飯を済ませる事にする。食べながらつけたテレビをぼんやりと眺めた。
なかった事にするのはおかしいのだろうが。この部屋に呼び戻しておいてどう接したらいいのか。箸を咥えながら考える。
この部屋に自分以外に誰もいないのが日常で当たり前だったのに、イルカが戻ってくてくれ、いる事にホッとしている。
他人を自分の部屋に入れる事で安堵している、その事実にカカシは首を捻った。捻ってたところで答えは出るわけがない。
食べ終わりビールを飲んでいるとイルカが姿を見せた。変わらず服は病院気を着ている。
「落ち着いた?」
「ええ」
「じゃあ、」
布団がもう一組あったはずだと腰を上げた時、イルカがカカシの手を掴んだ。何、とイルカに顔を向ける間もなく唇に何かが触れる。イルカの唇だった。
イルカのキスを受け入れたまま目を見開いていると、唇が離れイルカが驚いたままのカカシをゆっくりと見つめる。
「・・・・・・え?」
小さい声で聞き返していた。
どういう意味なのか、わからなかった。イルカの黒い目を見つめ返しても、意図が読めない。
状況把握が出来ずに固まったカカシに、答えることなく再びイルカは唇を重ねる。僅かに開いた口にぎこちなく差し込まれたのは、イルカの舌。カカシの身体がぴくんと反応した。
「・・・・・・カカシさん」
唇を浮かせたイルカに名前を囁かれたら、単純なくらいに下火が灯った。固まっていた唇を動かし、イルカにキスを返す。抱き返すと、またイルカがカカシの名前を呼んだ。
もうあんな事はしないと心で誓っていた。もうあんな顔はさせてはいけない。そう思っていたのに。もしかしたら、自分がそうさせてしまったのかもしれない。
でも、寂しさを埋めてあげたいと思った。温もりを感じたくてそうしているのなら、それに応えるべきだと。
迷いはまだあった。だが、イルカは自分を求めている。
イルカを抱きしめると、それより強い力で抱き返される。
「・・・・・・イルカ先生・・・・・・」
同じように自分もイルカの名を呼び、吐息を奪うようにキスをしながら、カカシはイルカを寝台へと導いた。
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