夜空にただよう⑤
泣いたのはいつぶりだろう。
過去に遡ろうとする行為は逆に過去へと引きずり込まれる。
零れ落ちる雨水のように記憶がカカシの頭に溜まり、染み込んでいた。
止まらない涙は何時しかカカシを眠りに誘い、ベットで蹲るように寝てしまっていた。
瞼を閉じていても分かるくらいの眩しい太陽の光が部屋を照らしていた。
しっかりカーテンを引いて寝れば良かったとぼんやりした頭で思い、今更ながらに遮光のカーテンを引く。
職業柄と言うべきか、深く長い眠りを取ることがあまりなかったが、驚くほど長い時間寝てしまったらしい。
それでもまだ寝足りないくらいの疲労感とも言える怠さが身体に残っていた。
服も着替えず、手甲も付けたまま。広げた掌を眺めて深い息を漏らす。
家に帰り、ベットに入り、泣いて、寝た。
泣くと言う行為にここまで時間を費やし体力を浪費した事があっただろうか。
徐々に回復し端的に蘇る記憶にカカシの体温が上昇した。
人前で涙を流したのだ。
しかもイルカの前で。
誰もいない部屋で誰に見られるでもないのに、動揺を隠しきれない顔で再びカカシは盛大に溜息を零した。
自分の不甲斐なさがこれでもかと身に染みてくる。
それでも。
それでも救いがあるのはイルカのあの時の行動だった。
変に励まされたりされていたら、余計に自分の不安を煽られてしまっていたに違いない。イルカのどんな言葉にも涙は止まらなかったろう。
彼なりの優しさに自分は逃げ出したのだが。
実に馬鹿馬鹿しい。
自分を嘲笑いたくなった。
未練たらしい気持ちはもう持っていないと思っていたのに。
だが、もう吐き出したい物はない。
締めたカーテンを開け、窓を開くと清々しいばかりの風が吹き込んできた。
心を切り替えるには絶好の気候だ。籠っていた部屋の空気が一掃されるように流れ込む。
気持ちいい。
「…サイコー……」
目を瞑り心身共に気分が良くなる。昨日までの自分とは別人のようなスッキリとした気持ちが溢れてきた。
先ほどまで持っていた重い気持ちも一気に溶かされていく。
あれ程闇に身を沈め、そこが自分の居場所だと思っていたのに。
なんだ。俺、太陽の下で笑えるんだ。
知らなかった。
自分で見向きもしなかった事実。
窓枠に両腕を置き顎を乗せ空を見る。暑いくらいの太陽に目を細めて見上げた。
泣いた目には少しばかりチカチカする。
もうすぐ夏がくる。
草木の葉が茂る匂いに鼻から息を吸い、口から吐き出した。
自分でも驚くほどの爽快感に嬉しくて仕方がない。
生まれ変わるってこんな気持ちなのか。
真っ青な空を見上げる。
そのまま布団の上に寝転んだ。
「…サボろっかな」
里の稼ぎ頭らしからぬ言葉を漏らし、カカシは一人笑いを零した。
おっそーーーい!と部下から非難を浴びながらも、その日の任務をこなす。日もすっかり暮れた為、男2人にサクラを送るよう念を押し解散した。
スッキリした顔になるには時間がかかったのよ。
胸内で今更ながらに言い訳を言いながら、ふと足を止めた。
報告……か。
まだ報告所は締めてはいない時間だと分かってはいるが。
銀髪を掻きながら意味もなく考える。が、考えるまでもないと、分かっていた。
もう後戻りは出来ないのだ。
いつも、あの人に会いに行く時は微かな緊張を覚えていた。嫌な顔をされると分かっていたのに、どうしてもイルカの顔を見たくなっていた。
それでも彼が受け入れると分かっていたから。
ただ、それは二人の奇妙な間柄として、彼の優しさにつけ込んで、悪く言うならば利用していた。
でも、分かっちゃったんだよね。
口布の下で軽く唇を舐め上げた。
今まで身体に帯びていた緊張もない。つけ込む理由も利用するつもりもない。
軽い足取りで報告所へ向かう。
任務を終えた仲間がちらほら、報告所の外にいた。
「カカシ、今帰り?」
上忍のくノ一が近寄ってきた。
「これから飲みに行かない?」
見下ろす先の綺麗な顔のくノ一に、微笑みを浮かべた。途端彼女の頬が赤く染まる。
「ごめーんね、行かない」
愛想良く断わり、惚けさせたまま置き去りにして、報告所へ足を踏み入れた。
顔を上げたイルカが一瞬動きを止め、カカシを見た。ぎこちない表情を浮かべている。
目の前まで行けば、口元を引き締めて目線を上げた。
「任務お疲れ様です」
彼なりの配慮なのだろう。
至って普通に接するのが相手にも一番いいと思っている。泣き顔なんかを見せられた時には、特に。
てきぱきと書類の確認をするイルカは実に手際がいい。
きっと自分から何か言われたら、大丈夫ですよ、と優しく返してくるに違いない。イルカの中に見え隠れする自分への対応のシチュエーションを想像してしまう。
「はい、問題ありません。お疲れ様でした」
少しだけ笑顔を浮かべて顔を上げたイルカに、返すように微笑んだ。
「………?カカシ先生?」
「…ううん、何でもない。またね」
視線を外して背を向ける。どうすべきか悩んでいたイルカの顔が見えたが、カカシはそのまま外に出た。
予想通りに動く気配。
「カカシ先生っ」
イルカがカカシを呼び止め、振り返ったカカシに少しだけ眉を寄せた。
辺りにはまだ上忍や中忍がいる。彼の真っ直ぐな行動に、心を綻ばせながらカカシは一歩イルカに近づいた。
「あの、…昨日は、」
少しトーンを落として話し出したイルカの腕を引っ張り腕の中に入れる。
驚き目を丸くしたイルカに構わず口布を引き下げ唇を合わせた。
キャー、と黄色い悲鳴がくノ一達から上がった。
カカシは唇を浮かせて間近でイルカを覗き込む。まだ顔が赤くならないのは思考がついてきていないらしく、その証拠に身体は硬直しているように硬い。
「ね、イルカ先生。俺って狡い男でしょう?」
そう囁けば、イルカは説明を求めるようにカカシの目を頼りなく見上げた。
「泣き顔見せて、弱み握らせて。あなたを気持ちを掻き回して。だけどね、俺はもう逃げないって決めたんです」
「…………え?」
心底困惑した表情で、やっと聞き返してきた。
驚くほど柔らかなイルカの唇の感触を楽しむかのように、再び唇を重ねた。
今度ばかりはイルカの目が見開き、押し返すように腕に力が篭るが、難なくカカシは更に力を入れて封じ込めた。
「この気持ち、もう隠さないでいいよね?」
優しい囁きとは裏腹に自己完結したカカシの自分勝手さに、じわじわとイルカの目に怒りと羞恥の色が湧き上がってきた。顔も徐々に赤みを帯びてくる。
遠巻きに見ている視線も気になっているのだろう。
「だ、だからって……こ、こんな場所で……」
カカシの腕の内でふるふると震えだす。
「だから狡い男って言ったじゃない。...駄目?俺の事嫌い?」
「そ、そうじゃなく、...て」
「じゃあさ、このままどっか行こうか」
悪戯っぽい目を浮かべて覗き込むカカシに、堪らないとイルカが目を伏せて小さく答える。
「.........お願いします」
ぼふん。と煙と共に二人の姿は消えた。
一瞬間を置いた後、再びくノ一から悲鳴が上がったのは言うまでもない。
<終>
一旦ここで終わりにします。続きを書く予定ですが、多分R-18です。
NOVEL TOPへ
過去に遡ろうとする行為は逆に過去へと引きずり込まれる。
零れ落ちる雨水のように記憶がカカシの頭に溜まり、染み込んでいた。
止まらない涙は何時しかカカシを眠りに誘い、ベットで蹲るように寝てしまっていた。
瞼を閉じていても分かるくらいの眩しい太陽の光が部屋を照らしていた。
しっかりカーテンを引いて寝れば良かったとぼんやりした頭で思い、今更ながらに遮光のカーテンを引く。
職業柄と言うべきか、深く長い眠りを取ることがあまりなかったが、驚くほど長い時間寝てしまったらしい。
それでもまだ寝足りないくらいの疲労感とも言える怠さが身体に残っていた。
服も着替えず、手甲も付けたまま。広げた掌を眺めて深い息を漏らす。
家に帰り、ベットに入り、泣いて、寝た。
泣くと言う行為にここまで時間を費やし体力を浪費した事があっただろうか。
徐々に回復し端的に蘇る記憶にカカシの体温が上昇した。
人前で涙を流したのだ。
しかもイルカの前で。
誰もいない部屋で誰に見られるでもないのに、動揺を隠しきれない顔で再びカカシは盛大に溜息を零した。
自分の不甲斐なさがこれでもかと身に染みてくる。
それでも。
それでも救いがあるのはイルカのあの時の行動だった。
変に励まされたりされていたら、余計に自分の不安を煽られてしまっていたに違いない。イルカのどんな言葉にも涙は止まらなかったろう。
彼なりの優しさに自分は逃げ出したのだが。
実に馬鹿馬鹿しい。
自分を嘲笑いたくなった。
未練たらしい気持ちはもう持っていないと思っていたのに。
だが、もう吐き出したい物はない。
締めたカーテンを開け、窓を開くと清々しいばかりの風が吹き込んできた。
心を切り替えるには絶好の気候だ。籠っていた部屋の空気が一掃されるように流れ込む。
気持ちいい。
「…サイコー……」
目を瞑り心身共に気分が良くなる。昨日までの自分とは別人のようなスッキリとした気持ちが溢れてきた。
先ほどまで持っていた重い気持ちも一気に溶かされていく。
あれ程闇に身を沈め、そこが自分の居場所だと思っていたのに。
なんだ。俺、太陽の下で笑えるんだ。
知らなかった。
自分で見向きもしなかった事実。
窓枠に両腕を置き顎を乗せ空を見る。暑いくらいの太陽に目を細めて見上げた。
泣いた目には少しばかりチカチカする。
もうすぐ夏がくる。
草木の葉が茂る匂いに鼻から息を吸い、口から吐き出した。
自分でも驚くほどの爽快感に嬉しくて仕方がない。
生まれ変わるってこんな気持ちなのか。
真っ青な空を見上げる。
そのまま布団の上に寝転んだ。
「…サボろっかな」
里の稼ぎ頭らしからぬ言葉を漏らし、カカシは一人笑いを零した。
おっそーーーい!と部下から非難を浴びながらも、その日の任務をこなす。日もすっかり暮れた為、男2人にサクラを送るよう念を押し解散した。
スッキリした顔になるには時間がかかったのよ。
胸内で今更ながらに言い訳を言いながら、ふと足を止めた。
報告……か。
まだ報告所は締めてはいない時間だと分かってはいるが。
銀髪を掻きながら意味もなく考える。が、考えるまでもないと、分かっていた。
もう後戻りは出来ないのだ。
いつも、あの人に会いに行く時は微かな緊張を覚えていた。嫌な顔をされると分かっていたのに、どうしてもイルカの顔を見たくなっていた。
それでも彼が受け入れると分かっていたから。
ただ、それは二人の奇妙な間柄として、彼の優しさにつけ込んで、悪く言うならば利用していた。
でも、分かっちゃったんだよね。
口布の下で軽く唇を舐め上げた。
今まで身体に帯びていた緊張もない。つけ込む理由も利用するつもりもない。
軽い足取りで報告所へ向かう。
任務を終えた仲間がちらほら、報告所の外にいた。
「カカシ、今帰り?」
上忍のくノ一が近寄ってきた。
「これから飲みに行かない?」
見下ろす先の綺麗な顔のくノ一に、微笑みを浮かべた。途端彼女の頬が赤く染まる。
「ごめーんね、行かない」
愛想良く断わり、惚けさせたまま置き去りにして、報告所へ足を踏み入れた。
顔を上げたイルカが一瞬動きを止め、カカシを見た。ぎこちない表情を浮かべている。
目の前まで行けば、口元を引き締めて目線を上げた。
「任務お疲れ様です」
彼なりの配慮なのだろう。
至って普通に接するのが相手にも一番いいと思っている。泣き顔なんかを見せられた時には、特に。
てきぱきと書類の確認をするイルカは実に手際がいい。
きっと自分から何か言われたら、大丈夫ですよ、と優しく返してくるに違いない。イルカの中に見え隠れする自分への対応のシチュエーションを想像してしまう。
「はい、問題ありません。お疲れ様でした」
少しだけ笑顔を浮かべて顔を上げたイルカに、返すように微笑んだ。
「………?カカシ先生?」
「…ううん、何でもない。またね」
視線を外して背を向ける。どうすべきか悩んでいたイルカの顔が見えたが、カカシはそのまま外に出た。
予想通りに動く気配。
「カカシ先生っ」
イルカがカカシを呼び止め、振り返ったカカシに少しだけ眉を寄せた。
辺りにはまだ上忍や中忍がいる。彼の真っ直ぐな行動に、心を綻ばせながらカカシは一歩イルカに近づいた。
「あの、…昨日は、」
少しトーンを落として話し出したイルカの腕を引っ張り腕の中に入れる。
驚き目を丸くしたイルカに構わず口布を引き下げ唇を合わせた。
キャー、と黄色い悲鳴がくノ一達から上がった。
カカシは唇を浮かせて間近でイルカを覗き込む。まだ顔が赤くならないのは思考がついてきていないらしく、その証拠に身体は硬直しているように硬い。
「ね、イルカ先生。俺って狡い男でしょう?」
そう囁けば、イルカは説明を求めるようにカカシの目を頼りなく見上げた。
「泣き顔見せて、弱み握らせて。あなたを気持ちを掻き回して。だけどね、俺はもう逃げないって決めたんです」
「…………え?」
心底困惑した表情で、やっと聞き返してきた。
驚くほど柔らかなイルカの唇の感触を楽しむかのように、再び唇を重ねた。
今度ばかりはイルカの目が見開き、押し返すように腕に力が篭るが、難なくカカシは更に力を入れて封じ込めた。
「この気持ち、もう隠さないでいいよね?」
優しい囁きとは裏腹に自己完結したカカシの自分勝手さに、じわじわとイルカの目に怒りと羞恥の色が湧き上がってきた。顔も徐々に赤みを帯びてくる。
遠巻きに見ている視線も気になっているのだろう。
「だ、だからって……こ、こんな場所で……」
カカシの腕の内でふるふると震えだす。
「だから狡い男って言ったじゃない。...駄目?俺の事嫌い?」
「そ、そうじゃなく、...て」
「じゃあさ、このままどっか行こうか」
悪戯っぽい目を浮かべて覗き込むカカシに、堪らないとイルカが目を伏せて小さく答える。
「.........お願いします」
ぼふん。と煙と共に二人の姿は消えた。
一瞬間を置いた後、再びくノ一から悲鳴が上がったのは言うまでもない。
<終>
一旦ここで終わりにします。続きを書く予定ですが、多分R-18です。
NOVEL TOPへ
スポンサードリンク