一ミリ

世の中には魔性の女がいるらしい。

「ナニソレ?魔女?」
「ちげーよ」
ケラケラ笑いながら陽気な表情で言った。
ソイツはもう名前も思い出せない、年上の男だった。兄風吹かせて、何かとオレに世話を焼く変な奴だった。
「自覚なしに人を魅了して、魅入られたら一生抜けられなくなる女がいるんだよ」
その現実味のない言葉にフーンと適当に返事した。
「信じてないな」
「そんなヤツいるなら是非お目にかかりたいね」
「ハハ、確かに」
そう言いながらも懐かしいような声で語るコイツは、どこかであった事があるのだと確信する。
「・・・そういう女はな、そう簡単には捕まえられねーんだよ。なにしろ無自覚で計算してないからな。目を離したら予想外のところへフワフワ飛んでいく、それはそれは面倒な奴なんだよ」
「フーン。オレは御免だね。そんな面倒臭い女」
つい先日、やれ妊娠しただの責任取って結婚しろだの騒いでいた女を思い出し顔を顰める。
女は本当に厄介だ。あっちから後腐れしないから気軽にヤろう、なんて甘い顔して近づいて、ちょっと寝たら恋人気取り。アレがほしいコレがほしいと喚き、あげくに束縛したがり責任を押しつける。
そんな女の更に面倒なヤツがいるのかと思ったらゾッとした。そんなヤツ近づきたくもない。
「オメーは何にも知らないんだなぁ」
クシャっと頭を撫でられ、顔を顰めると笑いながら手を離した。
「男はみんな、追われるより追いたいんだよ。特にオメーみたいな世の中舐めくさってる奴はよぉ」
「フーン」
「それにな」
ニヤッと人の悪そうに笑った。
「魔性の女は、外見はいいとは限らねぇ。大したことない顔の奴だっている。好みとかけはなれた奴だって、性別が同じ奴だっている。だから油断してると抜け出せないところまで魅了されて、足掻けば足掻くほどハマっていき、もう二度と抜け出せなくなるんだよ」
こえーだろ、と得意げに言った。
なんでそんなに嬉しそうなのか分からず、他意を探した。
ふと見上げると男がこちらをジッと見ていた。
その瞳にはオレだけがうつっていた。
燃えるように熱く、強く。
「・・・だったら」
オレは頭には何も浮かばず、ただ音を口から出していた。それがオレの言葉とは理解出来ず、ただ息を吐いて、喉を震わせた。
「魅入られて、手に入れられなかったら、どうなるの?」
彼はまるで、その答えを待っていたかのように。
その言葉をオレが紡ぎ出すために語っていたかのように。
満足そうに笑った。


「死ぬまで、身を焦がすだけだ」





あの時は戦場で、明日には突入するという緊迫した雰囲気の中の会話だったため、彼がまるで遺言のように言うのをただ聞いていた気分だった。
だけど今思えば。

アレは確かに遺言でもあり
若者であるオレへの忠告でもあり
己の悶え苦しむような恋心への終止符だったのかもしれない。

それだけ言うと、彼は笑いながらその場を去り、二度と姿を見なかった。
最も、名前がなかった時代なので彼の安否を確認できる術はないのだが。
年上だからと敬ってはいなかったが、何故かあの時の彼の言葉は深く、静かにオレの心に突き刺さった。
魔性の女。
それは姿の分からないバケモノの様に感じ、以来女には気をつけるようにしていた。
特に美人な女は気をつけた。周りから噂される様な聞こえの良い女は極力近づかないようにした。
オレには分かっていたのだ。

彼は魔性の女に魅入られて、手に入らず、身を焦がすような想いに耐えかねて死んだのだ。

そんな狂った思考に陥りたくもなかった。


そうやって、気がついたら三十路前で、やっぱりアレはただからかっただけではないのかとどこか思っていたのは否定できない。
だが、最近何故か頭をチラつくヤツがいる。
特徴などほとんど無いヤツだ。
平凡な容姿、飛び抜けた特技もなく成績は可もなく不可もない。
しかも男だ。
周りにいなかったタイプだからだとか、部下がよく名前を出すからとか、ひたすら言い訳を考えていた時には冷静に考えたら深みにハマって足掻こうとしている惨めな姿だった。
そんな想いに耐えかねて、一人花街へと行き具合の良かった女を指名したが、肝心なところでピクリとも動かなかった下半身に、これはヤバイとひどく焦った。
怖くて怖くて堪らなかった。
この想いは実を結ぶことなくあの男のように悶え苦しむのかと思うと、狂いそうだった。
そんな想いで悶々としていたら、彼と二人っきりになった。長い廊下で誰もいなかった。
この長い廊下が、まるでこの先俺の心の行く先を表しているかのようでドッと汗が吹き出した。
無言で歩くオレの横で彼は無邪気な表情をしながら鼻歌を歌っている。暢気なものだ、そもそもアンタさえ現れなかったら・・・と、どこか恨めしく思った。
アンタが無自覚に魅了しなければ。
オレはこんなに苦しんでるのに。
彼はこんな想い知らないし、この先もしないだろう。
なんて不公平な。
せめて。

そう、せめて意図的であれば。

(このオレを手玉に取ろうってんの・・・?)
それならなんて挑発的で、野心家であろう。
もしかして、オレが先入観があってこれは全て無自覚だと思っているが、本当は全て計算しているんじゃないのか?
そうでなかったら、そのぽってり膨らんだ唇をまたに噛み締めてその柔らかさを強調したりだとか。
無駄に距離を詰めて「なんだかカカシ先生の傍にいると安心します」と照れたように笑ったりだとか出来るはずない。
そうかこれは全て作戦だ。今までだってそうやって女どもから嗾けられただろう?こんなお人好しそうな外見に騙されてそうでないと思っていたのか。
これは計算だ。計算なんだ。計算でしかありえ
「カカシ先生」
いつの間にかニコニコと笑いながらオレの方を覗き込むように見上げている。顔が無駄に近くて、吐息を感じられそうだった。
「・・・・・・ナニ」
出来る限り平常心で答える。
「目、瞑ってください」
「・・・・・・っ、はぁ!?」
い、いきなり何を言い出すんだと慌てる。
「ナニ急に言ってんの?こんな所で」
「いーからいーから。目瞑って口開けてください」
オイオイオイ。
もう顔を作ることも出来なかった。驚いて口を開いたまま閉じることさえできない。目を閉じて口を開けとはつまり。

つまり、ディープキスする以外思いつかなかった。

むしろそれ以外教えて欲しい。他に何があるって言うのだ。分からない。何だ?早く、誰でもいいから早く教えろぉ!
「いや、ちょっと待って。まだそんな関係じゃないし」
「はいはいいーからいーから」
目を強引に上から押さえられて視界が真っ暗になる。真っ暗な視界の中で感じるのは彼の手の温かさと微かに匂う、彼の匂いだった。
陽だまりのような匂いがまるで抱きしめてくれているかのようで自然と腕が伸びた。
何でもいい。この腕に抱きしめられるのなら。
彼の思惑が何であれオレが有無を言わさず捕まえて離さなければいい。そうすれば恋焦がれることはない。悶え苦しみ、破滅へと向かわなくてもいい。
このまま、攫っていければ。

むにゅっと柔らかいものが口を覆った。
必死に吸いつくと口の中で甘さが広がる。
それは一瞬幸福に思えたが甘ったるさと、何故だかコロコロと転がる球体に、思考が停止した。
「・・・・・・は?・・・いや、は?」
そこでようやく目を覆っていた手を外してくれ、目の前にはニシシと意地悪げに笑う彼がいた。
「疲れた時には甘い物が美味いですよ」
そこでようやく口に入れられたものが飴だと知る。飴など十数年ぶりに食べた。
というか、あの柔らかかった感触は掌で、飴を口の中へ押し込んだのだろうか。
なんて紛らわしくて大雑把なのか。
(こんなの、計算なわけない・・・)
計算ならせめて、せめて指で摘んで食べさせてくれるはずだ。胸きゅんシュチエーションを掌で押し込むという暴挙で台無しにするなんてことはしないだろう。あの良い雰囲気だったのが一変して、笑いの空気になる。
恋愛要素など皆無だ。ここから抱きしめようとかできる雰囲気ではないし、オレも萎えてしまった。
だけど、どこか嬉しくて。
普段は食べない甘ったるい飴が、なぜか体に染み渡っていくように、彼の存在がオレの全身に浸透し、いっぱいにする。
そして二度と消えることはないだろう。
もうオレは手遅れと自分で分かるぐらい、彼に魅了されている。
離れられないほど強く。
今思えば、あの男の言葉は遺言でも、忠告でも、終止符でもない。

あれは、そんな魔性の女に出会い魅了され、心を全部持っていかれた己を。


とても幸福だと、自慢しやがったのだ。


(あぁ、確かに)
確かに、こんな幸福なことなどないだろう。


「付き合ってほしいんだけど」
ポツリと出た言葉は、とても陳腐で飾らないと言えば言葉はいいが、告白にしては威力を発揮しない、ただの己の願望だった。
もっとキチンと、甘い言葉でもいえば、それだけで心を揺さぶれるかもしれないが、残念ながら機能停止した頭は何一つ言葉を見つけられなかった。
彼は一瞬ポカンとして。
にっこりと確かに笑った。

「はい、いいですよ。喜んで」

西日を背にした彼は暖かく照らされ、まるで太陽そのもののようだった。
彼の言葉一つでじんわりとオレの心は暖かくなりその余韻に浸る。
欲しかったものがあっさり手に入って拍子抜けしたが。
それでもこんなに簡単に想いが通じ合えた幸福に胸を踊らせた。





あのときは確かに舞い上がっていて、コロッと手に入れた幸運に手放しに喜んでいたが、時間が経つにつれ冷静になり、何となく違和感を感じる。
彼はオレに対して好意を持っていたのか。
それを彼の言動から見出すことは叶わなかった。
(まさか、そんなベタなことはないと思うけど)
もしかして「付き合ってほしい」とは「どこかへ行くのに付き合ってほしい」とかそんな勘違いをしているのではないのか。
その恐ろしくも有り得そうな予感は見事に当たり、平然と恋人ではないと言い切る彼に一瞬「手っ取り早く犯すか」と思ったオレは悪くないと思う。しなかったし。
短期任務から帰ってみれば行方不明で、心配して探してみれば山奥で穴にはまってるし。
こっちがどれたけ必死だったか、それに反比例するかの如くヘラヘラと陽気に笑う。
(どこがいいんだかねぇ・・・)
そう自問自答したことは数しれず。熱血で曲がったことが大嫌いそうで平凡で男くさくて融通がきなさそうなくせに大雑把でトロくさくてドジでマヌケで。
だけど。
穴の中からオレを見た瞬間どこか安堵した表情に。
抱き抱えると身を任せてくれるその仕草に。
「ホッとしました。・・・あなたを見て。すごく」
そう言って擦り寄ってくる彼が、男くさい体で顔なのに何だか儚くか弱く感じた。
笑うと豪快で温かいのに、どこか守ってやりたいと感じさせる。
嫌な面は沢山ある。
だけどそれをたった一言で、ちょっとした動作でオレの心を簡単にかっさらってしまう。
そうやって、アンタはオレを魅了して離さないんだ。
理屈ではない。生まれもった素質。そんなモノオレに抗える術などないのだから受け入れるしかない。
オレにはこの人だけだって。

(だけど・・・)
だけど、手に入れられないなんて。
唯一の人を目の前にして、他人に奪われるのを指をくわえて見てるだけなんて。
この手で抱きしめられないなんて。

そんなコト、死んでも御免だ。






「カカシ先生、早く早く」
「そんな浮かれてたらまた穴に落ちますよ」
「うっ。だ、大丈夫ですよ。あのときはたまたま周りが真っ暗で見えにくくて」
「ハイハイ」
「草も生い茂っていて」
「ハイハイ」
「俺がトロいからとかドジだからではなく」
「ハイハイ」
リュックを背負って阿吽の門を出て行こうとしているのを発見し、ついて行くと何故かこの前の山へ登っていた。曰く、キノコを取るらしい。
まさかこの間はキノコに気を取られて穴にはまったとかそんなオチなのかと驚きを隠せなかったが、あえて言わなかった。聞くのが怖かった。何故だろう、そうだとしても何の違和感もない。不思議だ。
「あ、カカシ先生!見てください。ありましたよ!こんな立派なキノコ!」
そう言って木にしゃがみ込んだ。そこには松茸が大きくなったような形の『大珍子茸』が生えていた。
「はぁー、デカいですね。それにこんなに太くて立派な大珍子茸初めてみました。すごい・・・」
大珍子茸を前にしゃがみ込み、じっくりと眺める。そのまま食らいつきそうなほどかぶり見ている。その姿をみていると、それまで少しも思わなかった大珍子茸がキノコとは見えず、まるで人間の体の一部のようで、そうすると木自体が人形に見えてきて。
(これは・・・っ)
まるでフェラしそうな姿にゴクッと生唾を飲む。
意図など皆無であろうが、先程から凄いとか太いとか立派とかこれを(漢方の)中に入れたらどうなるんだろうとか言うのは、下半身に悪い。
花街一と呼ばれた女の前ではピクリともしなかったソレは木から生えた茸を眺める男でギンギンになるとは、なんともマヌケな話である。
だが、見ているとなんだか他の男のモノを掴んでいる気がしてムッとし、ズンズンと近づいてキノコを根こそぎ引き抜いた。
「あぁ!俺がとりたかったのに」
何故かとても残念そうなのでとりあえずキノコを差し出す。
「これでいいでしょ、帰りますよ」
「え?いえまだきっと生えてると思うので・・・」
「・・・・・・はぁー」
口寄せの術をし、忍犬たちに探すように言った。
この山は地形が複雑で落とし穴は勿論、崖や下手すると猛獣などがいる。この人に行かせるとどうなるか本当に予測できないので過保護だと言われようが行かせないことが正解だろう。
することがないので、二人して座り込む。
ふと見ると彼は胡座をかき、手にはキノコを持っており、自然と股間の方に置くから(しかも立てて)まるでソレが彼の一部なようで思わず目をそらしてしまった。
一々行動おかしすぎだろ!何で立てて持つんだよ!
これが無自覚無計画なのかと思うと、普段計算されつくしている女たちの養殖ぷりが露見される。これを見てしまうと彼女達は白々しくて嫌気がさすのがよく分かる。
「カカシ先生」
「ナニ」
「あの、・・・えっと」
大珍子茸を持ちながらモジモジとする。それをそのまま上下に動かすと、・・・いや止めておこう。
「お、俺のどこか、・・・その、す、好きなんですか?」
そんな格好で言われると誘われているとしか思えないが、相手は魔性の女、いや男だ。
言葉の意味だけを浮かべ、真剣にどこか好きか考える。
顔、ではないし、体・・・でもない。性格は見ててイライラするし、なんだろう?さすがに「アンタが魔性の男だから」なんて言えない。
「・・・理由がないとこ、かな」
「はぁ?なんですか、それ」
「これと言って好きな要素がないのに、だけど全部好きだって嘘偽りなく言えるとこ」
そう言うと、彼は複雑そうな顔をした。
「何よ?」
「何か褒められているのか微妙で・・・」
「褒めてはないけど、・・・だったらなんて言って欲しかったんですか」
顔とか、性格とか?と聞くと、それもそれで不服そうで結局彼もなんて言われれば満足なのか分からないのだろうと思った。
「イルカ先生は?オレのこと好き?」
そう言うとキョトンとしたが、じわじわと顔が赤くなっていった。
その様子に、脈は少しはありそうだとほくそ笑む。
「オレは好きですよ。もうメロメロです」
そう言うと益々赤くなり煙でも出てきそうな程だった。
つけ入る先はある。今はまだとても小さいが。
だが例えどんなに小さな隙間だろうが、開いていれば問題ない。
あとはこじ開けてでも入っていけばいい。何をしてでも。
「カ、カカシ先生はタラシです!天然タラシです!」
「はぁ?」
「カッコイイ顔して、エロい声して、平然と恥ずかしいこと言ってるのにさまになってて・・・っ。狡いです卑怯だ!」
わぁわぁと大珍子茸を振り回しながら暴れる彼を、危ないなぁと腕をとる。
魔性の男が、何を言ってるのやら。
だが、腕を掴んでいると顔が触れられるほど近づく。
悔しそうに唇を噛み締めて、涙目で見上げられると、それだけでクラクラする。このままその厚みのある唇にしゃぶりつきたい。
「イルカ先生・・・」
思った以上に熱の篭った声が出て、自覚している以上に切羽詰まっているのだと感じた。
彼は眉をぎゅっと寄せて見つめてくる。
そのまま、押し倒すようにゆっくりと彼に近づき、その唇をーー・・・

「エローい!!」

ガチッンと嫌な音と口から激痛が走った。
あっぶなー、もう少しで舌噛み切るところだった。
口を抑えながら彼を見ると、真っ赤な顔して怒っていた。
「何ですか今のエロい声は!それが人を惑わす悪魔の声なんですよ!それからずっと思っていたのですが、今日はなんで口布してないんですか!カカシ先生の素顔なんて卑猥ですよ!卑猥!早く隠してください!目のやり場に困るんですよ!」
そう言えば今日はやたら目が合わないなぁと思っていたがそんなこと思っていたのか。
というか、あの場面で頭突きとは、恋愛フラグクラッシャーだろう。お約束過ぎてもう笑える。
「卑猥でいいですよ。イルカ先生を魅了できたら」
「ーーっ!!」
そう言うと真っ赤な顔して、天誅!天誅!と叫びながらポカポカと叩いてきた。
彼が言うように、オレが天然タラシなら。
そしてどうやらソレは彼には有効に効きそうで。
(そーやればアンタ落ちるのかねぇ)
後ろから抱きしめて耳元で吐息をかける。
「イルカ先生愛してますよ。早くオレのこと好きになってね」
思いっきり甘い声で囁くと大袈裟なほど身震いした。その姿にニンマリと笑う。

手の中にある彼の心。一ミリ、一ミリ。ゆっくりとだが確実にオレの方へ向っているのを確かに感じた。

<終>


雲さんとの合同企画!第一弾...?「天然イルカ先生」のお題で私がイルカ視点→雲さんがカカシ視点でした。
雲さんのカカイル!!涎出ちゃうくらい好きなので!こうも変わるのか!と脱帽しました。このカカシ先生もイルカ先生もエロくて好き。先が気になる話でした!

2016.2.19
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