あしたのはなし

「今日で一年かあ…」

 俺は、人が途切れて暇になった受付で、ふとカレンダーを見て呟いた。
 その声を拾ったイワシが、「ああ、そういや今日だったか」と言って、小さく笑った。

 長いような、短いような。
 俺にとっては、過ぎてみれば「え、もう?」という感じの一年だったけれど、カカシさんにとってはどうなんだろう。やっぱり長く感じたのだろうか。

 " 歯ぁ食いしばれ "

 一年前、カカシさんと俺の、男女交際ならぬ男男交際が始まった日の俺のセリフだ。

 いや、誤解のないように言っておきたいんだが、俺は決してDV男ではないし、サディストでもない。カカシさんの顔に右のグーをめり込ませたのはあの一回きりだ。

 あれは絶対カカシさんが悪い。悪いっていうかヒドイ。
 いや、だって、あれはねぇだろ。

『イルカ先生、俺アンタが好きになっちゃったの。それでね、お願いがあるんだけど、抱かせて?今日だけでいいから』

 ねぇよ。今思い出してもねぇよ。
 しかも、同僚たちと楽しく飲んで、ほろ酔い気分で店から出たトコの俺をいきなり捕まえてこのセリフ。
 当然、一緒にいた同僚たちは全員聞いてた。そしてフリーズした。

『あ、怖がらなくても痛くしないから。優しくする。大丈夫。ちゃんとローションいっぱい使ってゆっくり慣らして広げて気持ちよくしてあげるから。中に出しちゃうかもしれないけど、オレきれいにするから、先生は寝てていいよ』
『よく分かりました。…歯ぁ食いしばれ』

 と、こういうわけである。俺、悪くない。
 周りもそう思ったんだろう。吹っ飛んだカカシさんに馬乗りになって、胸倉を掴み上げた俺を、誰も止めなかった。

『おい色呆け上忍。俺は人様のシモ事情にしのごの口出すほど無粋でも暇でもねぇ。衆道だろうが一夜のお遊びだろうが好きにしろ。
 けどなぁ、俺をどうこうしようってんなら話は別だ。出世のアテもねぇ万年中忍ったってな、里のためにこの体張って忍びやってんだ。上忍サマのおもちゃになんぞなってやる気は更々ねぇんだよ!』

 あのオレ衆道じゃないよとか、だからお仕事には差支えないようにとか、おもちゃになんかしないもんとか、カカシさんがなにやらウニャウニャ言ってるのが聞こえたが、頭に血が上った俺の口は止まらなかった。

『大体、「好き」って言っといて、今日だけでいいってなんだよ。それ好きじゃねぇだろ。行きずりとかセフレとか、そういうどーでもいい相手ってことだろ。
 好きならずっと一緒に居てぇもんじゃねぇのかよ。今日だけいいようにできりゃいいって、そんな好きがあるかよ。
 なんだよ、中忍ごとき、ちょっと甘いこと言ってやれば、浮かれてホイホイ尻差し出すとでも思ってたのかよ。
 ああ、それとも意趣返しか?俺が公衆の面前でアンタに逆らったから。だから今度は俺を仲間の前で辱めて恥かかせてやろうってか。
 そんなに気にくわなかったかよ。そこまで俺が嫌いかよ。アンタほんとにヒデェよ。そんな「好き」なんて、一番聞きたくなかった。だったら嫌いだって言ってくれた方がずっと良かった。俺…俺は…』

 堪えきれず、流れた涙で滲んだ視界の中で、カカシさんの目がまん丸になった。

『俺は…アンタが好きだったのに゛む゛っっ!?』

 語尾が潰れたのは、カカシさんがいきなりガバッと起き上がって、俺を力いっぱい抱きしめたからだ。つうか締まってた。上忍の腕力すごかった。涙も引っ込むくらいすごかった。
 俺がもがいて『イダダダダダ!!』と悲鳴をあげると、すぐ解放された…と思った次の瞬間には、もう俺の両手がカカシさんの両手によってしっかり固定されていた。
 今度は痛くなかったけど、押しても引いてもビクともしないのが憎たらしい。やっぱり最初に俺のパンチを喰らったのはわざとか、チクショウ。

 ていうか、この体勢おかしい。俺はカカシさんの太腿に跨って、手を握り合って(実際は一方的に握られてるんだけど)、俺たちラブラブみたいになっちゃってるじゃねぇか。同僚はみんな真っ赤になってるし。

 カカシさんに、やい離せと言おうとしたら、カカシさんがおかしかった。さっきからおかしかったけど、余計おかしくなってた。
 ウルウルしてるし、プルプルしてるし、ハフハフ言ってるし、なんか目が開いたばっかりのパグの子犬みたいになってた。

『あの、ち、違うの』
『何がだよ』
『すっ…好きなの』
『まだ言うか。どこまで人を馬鹿にしてんだ』
『し、し、死んじゃうからっ…』
『はぁ?…アンタ、不治の病かなんかですか?明日死ぬんですか?』

 そういう切羽詰まった事情があるなら、先のたわけたセリフにも同情の余地は十分あると思ったが、どうやら違うらしい。ブンブンと首を横に振った。

『オ、オレ元気です』

 俺だって元気だよ。うーん、わからん。
 わからんすぎてちょっと冷静になった俺は、カカシさんのプルプルが、わりと本気で震えているんだと気付いた。

『あの…カカシさん、もしかしてかなり緊張してます?』

 カカシさんがコクコクと頷いた。どうやらぶっ飛んだ言動はそれが原因らしい。
 俺はしばらく考えてから言った。

『カカシさん、落ち着いて、任務報告書を書くつもりで最初から説明してください』

 そこからの説明は、まあ、報告書に比べりゃ酷いもんだったが、それでもだいぶんマシにはなった。
 まとめると、つまりこういうことだった。

 カカシさんが誰かに心を許して親しくなると、必ずと言っていいほどその相手が死んでしまう…らしい。
 その繰り返しで、カカシさんはもうすっかり怖くなってしまって、人と深く付き合うのはやめよう、人にうかつに好意を持つのはやめようと決めていた。
 ところが俺に惚れてしまった。ダメだと思ってもどんどん好きになっていってしまう。
 このままじゃイルカ先生死んじゃうかもしれないどうしよう怖いでも好きな気持ちをどうしようもできない。

 で、一日だけならどうだろうという発想に至った。深く付き合っても、その日のうちに離れれば死なないんじゃないかなと。
 このまま悶々としていると、いつか我慢の限界超えて、力づくで押し倒して傷付けてしまうかもしれない。それより、ちゃんと話して一日だけ思いを遂げさせて貰おう。そんで踏ん切りつけよう。
 ところが、いざ俺を目の前にしたら緊張しすぎてうまく言葉が出てこなくて、あの有様でした。
 以上、説明終了。

 俺はもう素で『バカモーン!!』って叫んだ。
 どんだけ思い詰めてんだよ!その発想が出てくる時点で色々限界超えちゃってるわ!危うく俺の首に「写輪眼のカカシに一日だけ弄ばれちゃった中忍」の看板がぶら下がるところだったわ!!

 俺は、しょげかえるカカシさんの顔を両手でがっちりホールドして、俺の方へ向けた。

『カカシさん、復唱!』
『えっ?ハ、ハ、ハイ!』
『「好きです、付き合って下さい!」』
『好きです、付き合って下さ…い?』
『はい、いいですよ。さっきも言いましたけど、俺もあなたが好きです。俺たち両思いです。付き合いましょう。今日だけじゃなくて明日も、明後日も』

 カカシさんは、泣きそうな顔になった。
 口じゃ力づくなんて言ってるけど、この人いざとなったらそんなことできないんじゃないかなぁと思った。
 俺みたいな見るからに頑丈そうなの捕まえて、自分のせいで死んじゃったらどうしようなんて、本気で考えて悲しくなっちゃうような人なんだもん。
 俺は子供を慰めるみたいに、カカシさんの頭を抱き寄せた。

『ねえ、カカシさん。俺も人間ですから、どうしたっていつかは死にます。忍びである限りは命かけなきゃいけない時がありますし。
 でも、一日でも長くあなたの傍にいられるよう、力の限り努力しますから。その代り、あなたも一日でも長生きできるよう、努力してください。
 あなたが俺の命の責任を全部背負う必要なんて、これっぽっちもないんです。
 二人で、一緒に、いける所まで頑張ってみましょうよ』

 ね?と、カカシさんの手を握って、俺は待った。
 かなり時間がかかったけど、カカシさんは頷いてくれた。

 もちろん、その日俺はカカシさんのお願いを受け入れた。今日だけって部分以外は。
 イワシが別れ際に気を遣って、明日休みにしておこうかと、そっと声をかけてくれたが、人手が足りていない時だったし、カカシさんの、『仕事に差支えないようにします』という言葉を信じて断った。

 カカシさんは、俺を自宅に招いてくれ、そこで予告通り…いや、予告以上に、俺の体を丁寧に大切に愛おしんでくれた。
 中に出すかどうかはちょっと迷ってたみたいだけど、『やっぱりイルカ先生と繋がったままイきたい』と言うから、『いいですよ、俺もその方が嬉しい』と頷いた。
 終わったあと、カカシさんは俺を宝物みたいにそっと抱きかかえて風呂に運び、外も中もきれいにしてくれた。(とはいえ、やっぱり恥ずかしかったので、これはなるべく自分でしたいと言って、以後はやむをえない時だけお願いしている)
 翌日は流石に尻の間に違和感があったし、ちょっと腰も重かったが、仕事にはちゃんと行けた。

 十日だ。一ヶ月ですね。三ヶ月だねぇ。半年です。十ヶ月だよ。

 そんな風に、日々を二人で大切に積み重ねて、今日で一年目だ。
 カカシさんは一昨日から任務に出かけているし、俺はこの通り受付にいて、もう夕方だ。いつも通り。でも、今日は一年目。暇なのをいいことに、俺は頬を緩めた。

 何事もなければそろそろのはずだがと思っていると、大当たりだった。まるで、これからプレゼントの箱を開ける子供みたいに嬉しそうなチャクラが、受付に向かって駆けてくる。
 イワシも気付いたらしい。「ハハ、一直線だな」と笑う。
 
 カカシさんがここに着いたら、笑顔でお帰りなさいって言ってあげよう。
 今日は二人で商店街を通って帰って、いつもの魚屋さんで美味しい秋刀魚を買おう。茄子は、昨日のうちに山盛り買ってある。旨い酒も用意してある。
 今日は俺の家で、カレンダーを見ながら「一年ですね」と言って、二人で今日という日を噛みしめるのだ。
 そして明日の話をしよう。
 そのずっと先に繋がる、二人で一緒に迎える明日の話を。


<終>

虫さんからの追記♪
 ”同僚の皆さんがイルカ先生を止めなかったのは、「イルカを敵に回したら生きていけない」と思ったから” だそうです~っ。イルカ先生恐るべしですね!笑。ここのイルカ先生は強そうww


ふぁぁぁぁ!虫さん!ありがとう...。。朝から読んでうれし泣きです。本当です。
虫さんが虫さんと気が付く前に好きになった虫さんの作品。すてき作品を私に書いてくれただなんて。幸せ者だ!(なんか虫さん虫さんすみません。。)
自分には書けない可愛いカカシと格好いいイルカ先生w読んで舞い上がりました。
こんな風に始まるカカイルの恋もいいですよね!情けないくらいにイルカ先生を愛しちゃったカカシが考えた策に爆笑しましたww
そこから甘々の二人を見守る友人 笑。
しかも当サイトの一年をかけてくださっている...!豪華!!朝からテンションがすごい事になっています。
虫さん、ありがとうございました!最高のお祝いです(´ω`●)!!
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