点々

 大概のものは望めば比較的簡単に手に入る人生の中で、心から欲しいと切望した数少ないものが出来た時、まさか手に入れるのに十年近くかかるとは思ってもみなかった。
 あの手この手であの人を手に入れた時、オレの全ての運を使いきったんじゃないかと思うほど幸せを噛みしめたのは今でも鮮明に覚えている。
 けれど、おとぎ話みたいに「このあと二人は幸せに暮らしました、めでたしめでたし」で済まないのが現実の辛いところなんだと浮かれていたオレにはすっかり抜け落ちていた。
 

「先輩が火影になるなんて何年か前は思ってもみませんでしたよ」
 暗部にいた頃に出会った長い付き合いの男は感慨深げにオレを見る。
彼は元々落ち着いていたが、最近益々老成してきて落ち着きを増して渋さも端々に滲んでいる。
そりゃそうだろう、彼と出会った頃はまだ十代の盛りのことでもう二十年以上もの月日が流れているのだから彼も、オレも老けるのは当然のことだ。オレ自身元々髪色が銀だから目立たないだけで彼のように黒い髪だったらとうに白いものが目立ち始めている年齢だ
「そうだねぇ、俺もまさかこうなるとは思ってもみなかったよ」
 それはそうだ、まさか六代目火影と刺繍されたマントを羽織って、里を統べる存在になることも、両揃いの瞳にまた戻ることになるとも思ってもなかったのだから。
 窓の外の執務室の外に広がる高層ビル群が広がる景色を眺める。この里が、国が世界が平和になった象徴だと言われるビル群から視線を落とすと、昔ながらの景色が広がっている。商店街に飲み屋街、それに、アカデミー。
 彼は今日も子供たちの相手に忙しいのだろうか。思うだけで心が満たされる相手。
「あれだけ入れ食いだった先輩が一人に執着するようになったのも予想外です」
 敏い男はニヤつきながら持ってきた大量の巻物を机の上に置いた。
「そうかな……」
「ええ、意外でしたね。まぁ、あの先生だから先輩とうまくいくんでしょうけど……せいぜい重いって逃げられないようにして下さいね。慰めるの、面倒くさいですから」
 奴はそう言い残し、印を切って消えてしまった。
 逃げ足の速いやつめ。でも奴のいうことに反論できないのも自分自身十分わかっている。
「オレだって……こんな面倒な奴だと思わなかったよ」
 ぽつんと呟いた言葉は広い広い部屋にあっという間に吸い込まれた。


***
「こんなところにほくろ、あるんですね」
 最初オレの素顔を晒したとき、彼は目を細めて穏やかに笑った。
 彼の性格と同じように温かい手が口元にある黒点をさすると、触れた部分はじんわりと熱を持つ。
 今までは何の意味もないパーツだと思っていたのに、彼が触れてくれただけで途端に感謝したくなるのは流石に現金だろうか。
 忍には致命的な顔の特徴であるそれを隠すため、物心つく前に父によって口布を付けさせられ、そのまま今に至った。
 その当時の医療忍術でも除去することは可能だったというが、父は最後までそれをしなかった。なぜなら、亡くなった母にも同じ場所に同じような黒子があったという。
 父は生前、素顔のオレを見て時々懐かしいものでも見るような目をしていた。
あのころは分からなかったけど、父はオレを通して母のことを思い出していたのだろう。父は母をとても大切に思っていたのは殆ど母と過ごすことのなかったオレにだって記憶に残っているのだから。
「まぁ、こんなところに目印があったら相手に顔覚えられちゃいますもんね。特にあなたは顔立ちもびっくりするくらいに綺麗ですしね……」
 最初は何も気にならなかったのに、時々父と同じような目をしてオレを見ることがあることに気が付いたとき、瞬時に激しい嫉妬が胸を焦がした。オレ以外の誰かを彼が見ているかもしれないことが冷静さを奪った。
 すぐさま彼の身辺を忍犬を使って洗ったけれど、他の人間の影は全くなかった。アカデミーと家の往復と、時々一楽に行くという何一つ疑念を生むことのない生活を送っていたのだから。
 冷静に考えれば彼はそんなに器用な人間じゃないし、オレ以外に好きな奴が出来ればすぐに話を切り出すだろう。そこまでわかっているのにオレは彼がその目をするたびに心が激しく波立ち、苦しくなった。
 自分でも持て余すほどの執着が恋だというのなら、オレは恥ずかしいことに彼によって初めて恋を知ったのだ。
 

 ――せいぜい重いって逃げられないようにして下さいね。
 後輩に言われた一言は小さい棘のように心に刺さっていた。明りの灯る玄関を開けると、夕飯の準備をしているのか、おいしい匂いがいっぱいに広がっていた。口布を取るとそれは一層強く香る。
「ただいま」
「おかえりなさい、カカシさん。もうメシ出来てますよ。今日は秋刀魚の塩焼きですよ」
 カカシの気配に気が付いたのか、イルカが黒い尻尾をぴょこぴょこ揺らしながら廊下を走ってくる。まるで飼い主を迎えに来た犬みたいで思わず頬が緩む。
彼は出会った頃から何も変わっていない。黒い髪に黒い瞳はいつもキラキラと輝いている。
以前彼にそう言ってみたらあなたの変なフィルターを通してみてるからですよ、とやんわり諭された。
そうなんだろうか、絶対そんなことないと思うけど。
「ん、ありがと」
 オレだけに向けられる笑顔ひとつで彼が何を見ていてもいいような気になるのに、わだかまったもやもやは取れることはない。
「……カカシさん」
 にこにこ笑っていた彼の目がすうっと細められ、輪郭を撫でられ、彼の唇が口元に軽く触れる。普段ならば柔らかい感触はオレを満たすのに、今日は違った。瞬間オレの中でぷちりと何かが切れた。
「ねぇ、先生はオレが好きなの?ほくろが好きなの?」
「なに言ってるんですか?」
 いきなり不穏な空気を出したカカシに対してイルカは眉を顰めた。
「先生オレのホクロばっかり触るじゃない。今だって真っ先にそこにキス、したじゃない」
「は?」
「だから!オレじゃなくてオレのホクロが好きなのか聞いてるんですよ!……それにアンタ、オレの顔見てても時々他のこと考えてるときあるでしょ?アレ、なんなんですか?すっごい失礼ですよ!」
 びっくりしたように目を丸くする先生の肩を掴むとピクリと小さく身体が跳ねた。
 そりゃそうだろう、いい年した大人がいきなり感情をむき出しにしてそれを何の前触れもなくぶつけたのだから。
 オレだってこんな嫉妬に狂って女々しいことなど言いたくないのに、大切なものを目の前にすると冷静な態度で接せなくなってしまう。
 それでもわだかまっていたことを全て吐き出した心は、自分の勢いだけで言った言葉をぶつけてしまったイルカに対してすぐに申し訳なさで一杯になった。
「……ごめん。先生いきなりこんなこと言って。なんかオレあなたのことになるとすっごい嫉妬深くなっちゃって……」
 自分でも吃驚するほどに情けない声を出し、彼を腕の中に閉じ込めると先ほどまで強張っていた体の力がふっと抜けた。真っ直ぐ見つめる黒い瞳は少し潤んでいた。
「カカシさん、誤解しないでほしいんですけど……昔中忍になりたての頃、外回りの任務の時に怪我して動けなかったときに助けてもらった人がいたんです。その人にもあなたと同じ場所にほくろがあったんです。フリーのカメラマンだって言ってましたけど、それっきり会ってもないですし名前も知りません。でも俺を抱えて里に戻ってきてくれて、とても優しくしてくれたんです。ま、いわゆる淡い初恋ってやつですかね。そんなこと忘れてたはずなのに……なんででしょうね、カカシさんを見るとふとその人のこと思いだすんですよね。……今もどこかで元気にしてるかなぁって」
 
 その言葉にオレの方が忘れていた記憶が蘇る。おぼろげだけど黒髪の中忍を里に抱えて戻ったことを。
「そう、だったんですね」
「はい、カカシさんを苦しめてたなんて気づかなくてすみません。俺だって逆のことされたら嫌なのに……」
「そっか。ま、理由が分かればいいですよ」
 ぐすりと鼻をすするイルカに対して、オレはにやけそうになるのを必死で抑えた。
それでもその男は今目の前にいますよとは言えないし、言わない。
 イルカの感情はオレ一人に向けられていれば充分で、例えオレ自身でったとしても、他の存在に想いが分散されるのはいい気がしない。こんなに執着するのはきっとこの先も彼一人しかいない。
「あー、あとカカシさん、確かに俺はあなたのほくろが好きですよ。でも、それは俺だけが知ってるから。……俺だけのものだからです」
 満足げにニコニコ笑う彼は、また口元をするすると撫でる。滅多に口に出すことのない彼の独占欲に顔がかあっと熱くなる。
「……アンタオレのことどんだけ喜ばせれば気が済むのよ」
 火影を手玉に取る男なんてきっとこの先もただ一人。一生彼が傍にいればそれでいい。
抱きしめた彼は温かくて幸せに満たされた。


<終>


trym のなつめさんから相互リンクのお礼としていただきました!
素敵すぎて自分ではかけないホカカシを書いてくださり、読みながらドキドキしました。大人の二人の雰囲気が><なのにイルカ先生にだけは子供っぽくなっちゃうカカシ先生。可愛いです!このお話読んで勝手に妄想が広がり、ご飯何倍でもいけちゃう感じでした。なつめさんの繊細な表現が大好きです^^
ありがとうございました!大切にまた読み返します!!
2016.2.12
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