あわあわ

「こんなところにほくろ、あるんですね」
 彼の口元の黒点を初めて見た時、遠い記憶の隅にいたあの人をふと思い出した。

カカシさんと初めて出会ったのは俺も彼も二十代の頃で、その頃から彼は実力も名声も財産もなにもかも持っている男だった。時が流れて今は六代目と呼ばれ、確固たる地位も本人の意思に関係なく手に入れている。
 容姿だって顔の下半分を隠してはいるけれど、綺麗な青灰の瞳に銀の髪、すっと通った鼻筋は美丈夫としかいいようがない。驚くほどに何もかもを持った男なのに、何故か彼は俺を伴侶に選んだ。
 特になんの取り柄もない平凡な中忍の俺を彼は可愛いといい、過剰な嫉妬心をちらつかせては縛ろうとする。それが重いとか嬉しいとか以前の問題で、そうやって俺を束縛しようとする彼に対していつも何とも言えない気持ちになる。
 俺はどちらかといえば大柄だし、可愛い顔立ちではない。鼻梁を横切る傷だってあるのに、彼はその傷を撫でながら可愛い可愛いという。ようは審美眼がおかしいのだ。そんな変わり者の彼との生活は十年を超えようとしている
「先生はオレのどこが一番好き?オレは先生の全部が好きだよ。食べちゃいたいくらいすき。ねぇ、先生。教えてよ?」
 俺の膝の上に頭を乗せる彼は甘ったれた声を出して俺をじっと見つめた。
今は代々の火影が住んでいる異常に広い屋敷に二人で暮らしている。上層部からは使用人を雇ってもいいと言われたけれど、カカシさんがものすごく嫌な顔をしたので二人きりで暮らしている。
彼は中と外では見せる顔がまるきり違う。
外での彼は冷静であまり感情を表に出さないのに、俺の前では子供みたいに甘えてくる。外で見せる彼もいいと思うけど、俺にだけ見せてくれる姿もとても可愛いと密かに思っている。
「そうですね……」
 口を開きかけた時、彼の口元が微かに動き、それに合わせて口元の黒子も微かに揺れた。
その瞬間、あの人を――昔抱いた淡い恋心が胸を掠めるのだ。


 あれはまだ俺が中忍になりたての頃、単独で巻物を届ける任務に就いた帰りの事だった。
 夜の闇の中、俺は里へ急いでいた。
 翌朝にも任務が入っており、帰りを急いでいたのだ。ただ、そういう時は大概注意力が散漫になっていて、案の定国境付近でトラップに引っかかった。草むらから突如出てきた刃物はすんでのところで避けきれず足首を掠った。このくらいなら大丈夫だろうと高をくくって先を急いだのがいけなかった。
 遅行性の毒が刃先に塗ってあったのに気が付いたのは、ずいぶん時間がたってからだった。

「ってぇ……」
 木の根元に倒れこみ、息を整える。
 木の葉の領内であるこの森の中なら他里の忍びに見つかる心配はないが、自宅に戻れるかは微妙なところだ。毒のせいで切った足首は熱を持ち腫れあがっている。その上体は重く、熱が出てきていた。とてもじゃないが一人では戻れそうもない。とりあえず本部へ式を飛ばそうとポーチに手を掛けた瞬間、背後からガサリと大きな音が鳴った。
「どうしましたか?」
 柔らかい声音のした方へ視線をうつす。
そこにいたのは黒いコートに長いマフラー、目周りにペイントが施してある一見すると不審な男だった。
 しかし纏わせている気配は優しいが、何故こんな時間に闇深い森の中にいるのか分からない。瞬時に身構えると、男は口角をゆるりと上げた。
「あー、僕は木の葉の住民ですから安心していいですよ。カメラマンのスケアっていいます。こんなとこにいきなりいたら不審に思うのは仕方がないかと思うんですが……今日は十年に一度の流星群が見られるからそれを収めようと思っていい場所を探してたんです。だから、安心してください」
 ほら、と高そうなカメラをこちらに向けた。
確かに今朝ニュースでそんなことを言ってたっけ。空を見上げれば星々が落ちてくるのを確認できるのだろうけど、痛みをこらえている今はそんな余裕は微塵もない。
彼はふうふうと息を吐く俺に近づいいてきて、顔を覗き込まれた。間近にある彼の顔が遠目で見た時よりはっきり見える。思ったより整っていることに気が付いて何故だか胸がどきどきと早鐘の様に打ち始めた。
「あなたはその格好だと忍びでしょう?怪我、したんですか?」
「トラップに……引っかかって、毒が塗ってあったみたいで……」
 荒い息を吐きながら答えると、スケアさんは俺の左の足を自分の膝に乗せた。するりするりと腫脹している踝に指を這わせていく。ある部分を撫でられた瞬間、あまりに激烈な痛みに身体が跳ねた。
「いた……っ!」
「うんうん、痛いでしょう?ちょっと我慢してくださいね」
そう言うなりスケアさんは赤く腫れたそこに唇を乗せ、舌で思い切り吸い上げた。
「あっ!」
「毒は出しちゃったほうが早く治るんです。だから、ね」
そう言って再び踝に吸い付く。彼の黒い髪が風にゆらゆら揺れる。
 舌がそこを這うたびに、治療なのに妙に艶めかしく吸い上げる舌の動きに腰が震えそうになる。
彼の口元が動く度に口元の黒子も揺れる。さっきは気が付かなかったけど、この人には黒子があるのかとぼんやり思う。
「……っ!」
 強く吸われた瞬間、思わず甘怠い声が漏れた。それが合図になったように彼は口を離し、吸い出した毒を吐き出した。
「とりあえずこれで大丈夫ですよ。とりあえず今から木の葉病院まで連れて行きますから。さ、捕まって」
 彼は俺を背中におぶって立ち上がった。
「あ、ありがとう……ございます」
 俺は素直に彼の首に腕を回した。だが、同時に疑問も生まれた。スケアさんの身のこなしの軽さや処置の仕方はどう考えても一般人のそれではない。彼は一体何者なんだろうか。
「スケアさん……」
「なんですか?」
「あなたは、一体何者なんですか?」
「あー、僕は昔火影直轄の部隊にいたんです。ま、今は引退してしがないカメラマンですが。とりあえず少し休みなさい。起きてると辛いですから」
 柔らかい声音はすとんと俺の胸に落ちてきた。
あぁ、そういうことか。暗部の忍びならばある程度の毒や薬にも耐性があるし、この身のこなしも納得がいく。それを聞いて急に気持ちが緩み、疲れがどっと押し寄せてきた。
 そういえばスケアさん今日写真取りに来たって言ってたのに俺のことでそれどころじゃなかったに違いない。
「ス……ケアさ……」
謝らねばと思ったのに、身体は言うことを聞いてくれず背中の温もりを感じながら俺は意識を手放してしまった。


 その後、俺は木の葉病院のベッドで意識を取り戻した。
 病室を見渡しても彼の姿はなかった。彼は俺の処置が終わるまでは傍にいてくれたが、その後風のように消えてしまったという。
看護師は早い処置だったから後遺症もなく早く復帰できますよ、と教えてくれた。そしてその言葉通り三日後には任務に戻ることができたし、後遺症も何も残らなかった。
 お礼とお詫びを言うことも叶わぬままそれきり、彼に会うことはなかった。
 三代目ならスケアと名乗った彼のことを何か知っているかもしれないが、彼の言葉通りなら闇に身を置いていた人間の素性を一中忍が聞いたところで何も教えては貰えないだろう。
 それから時は流れ、スケアのことは昔の淡い恋の思い出になり、いつしか思い出すこともなくなっていた。カカシに出会うまでは。
 カカシの口元の黒子を初めて見たとき、なぜか頭をよぎったのはスケアの顔だった。
 カカシに対する思いが揺らいだわけではない。ただ、単純に彼を思い出し懐かしい気持ちになったのだ。
考えてみたらカカシも暗部にいた時代もあったというから、スケアの事を聞いてみたいと思ったこともあった。
けれど怜悧な外見とは裏腹に大変嫉妬深い男に他の男の話などしたら後が面倒くさいことになるのは目に見えているので聞けずに時は流れた。


「先生?どうしたの?ぼんやりしちゃって。オレといるときは他所事考えないでよ」
 カカシは不機嫌さを隠すことなく頬を膨らませた。長い銀の睫毛が涼し気な目元に影を作る。
この人はこうやって、俺を縛ろうとするけどそんな事をしないでも俺はカカシさんから離れるつもりなどないのに不安で仕方がないといつも零している。
随分と過保護なものだ。カカシは綺麗な素顔を歪ませたままイルカをじっとりと睨んでいるが、本気で怒ってはいないのでちっとも怖くない。むしろ親の気を引きたい子供みたいで可愛らしくもみえる。
 ご機嫌を取る意味も込めて銀の髪に手を突っ込みわしゃわしゃとかき回す。
「ごめんなさい。さっきの質問ですけど、そういうカカシさんの子供っぽいところも好きですよ」
 まんざらでもなかったようで、途端に目尻がだらしなく下がる。俺にだけ見せる特別な顔はいつみても心を暖かくしてくれる。
「心配しなくても、俺はあなたの全部が愛おしいですから安心してくださいね」
 俺は彼の緩んだ口元ををそっと撫でた。


<終>


点々のイルカ視点を書いてくださいました!まさかこちらの視点も書いていただけるなんて思わなく。もう嬉しくて仕方ありません!しかもスケイルです。涎が出てしまいます。
なつめさんありがとうございました!
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