酔っぱらい

夜の帳が里を包み、繁華街にも人の往来が増えて来た頃
とある小さな居酒屋のカウンターに、一人で徳利を傾けるカカシの姿が有った。
片手に持った猪口をゆっくりと口元へ持ってゆくと静かに酒を飲み干し
何かを思い出すようにひっそりと笑みを浮かべて。

『あまり飲ませ過ぎないようにしないと…。』

彼の脳裏に浮かぶのは、今まさに此処で待ち合わせをしている人物。
そして徳利の酒も底をつこうという頃に
カカシの待ち人は息を切らして店に入ってきた。

「カカシさん!お待たせしました!」
「イルカ先生、走ってきたんですか?」
「ええ、だって予定よりも遅くなっちゃって…。」

失礼します、とカカシの隣の席にヨイショと腰掛けると
カウンターの中の店主に声をかけた。

「俺にも酒を一本!あ、二本ください。…カカシさん、まだ飲みますよね?ビールにしますか?」
「いえ、今日は酒にしましょう。」

あまりアレもコレもという飲み方は避けようと思っている。
一緒に飲みに来るようになったのはごく最近なのだが
イルカはいつも割と早くから酔っ払ってしまうので
酒は好きだが、その酒に弱い人間だと言う事が分かった。
ただし酔えば酔うほどに可愛く… 明るく楽しくなるので
イルカに対して恋愛感情が芽生えつつあるカカシとしては
酒量をセーブさせつつ、ほどよく酔わせる… という細かい配慮も欠かさない。
イルカと一緒に飲めるなら、イルカと同じ時間を過ごせるなら
そんな面倒にも思える事など、カカシにとってはDランクの任務以下に等しい。

「カカシさん!飲んでますか?ほら!どーぞどーぞ!」
「イルカ先生は飲ませ上手だなぁ。」

他愛無い会話と笑顔。
そうしてイルカがトイレに立つ時の足取りを見て
そろそろ千鳥足になりそうだという頃に
「イルカ先生、明日も早いしそろそろ帰りましょうか?」と声をかける。
そこでイルカは大抵「え!まだ大丈夫ですよ!」と帰りたがらずに飲み続けようとするので

「ダメダメ!ほら、酔っぱらいのイルカ先生、帰りますよ。」

そう言いながらイルカに肩を貸して家まで送ってあげるのが常だった。

今日も今日とて 「まだ酔ってませんよー。」と酔っぱらいイルカは笑顔で返す。

「ふふふ。」

この可愛い酔っぱらいが… と、愛しさも増すと言うもの。
今夜もカカシはイルカに肩を貸し、イルカの体温を感じながら
彼をアパートまで送るのだった。



そんなある日

その日は気の合った仲間との飲み会で
カカシは少し大きな居酒屋の個室で飲んでいた。

「宴会シーズンねぇ。どの部屋も賑やかだわ。」

トイレから戻って来た夕日紅が溜息を吐いて席に戻る。

「俺もトイレ。」

カカシは紅とバトンタッチの様に席を外して廊下へ出た。
確かにどの部屋からも笑い声や賑やかな話し声が漏れ聞こえてくる。

『里が平和な証拠だね…。』

トイレを済ませて廊下へ出た時
通りがかりの部屋から人が出て来てぶつかりそうになった。

「おっと。」
「あ!すみません!」

部屋から出て来たその男は、よほど楽しい会話をしていたのか
笑いながら、よく前も見ずに廊下へ飛び出してきたのである。

「イルカ先生?」
「あ… カカシさん…。」

カカシも驚いたがイルカも驚いていたようで

「先生も飲み会だったんだ?」
「あ、はい。」
「飲み過ぎ注意だよ?先生すぐに酔っちゃうんだから。」
「はい。気をつけます。」

どうやらイルカもトイレに立ったらしく「すみません。では失礼して…」と
カカシの背後へ歩いて行ってしまった。

『ああ… あの足取りなら、まだ大丈夫たな。』

イルカのプライベートな飲み会なのに、ついつい心配してしまう。

「わ!はたけ上忍!」

イルカが出てきた部屋からもう一人の中忍が出てきて
目の前に居るカカシの姿に驚く。

「…ねえ、余計な事言う様だけどイルカ先生には飲ませすぎないようにね。」
「え?イルカですか?」
「うん。あの人すぐに酔うでしょ?酒に弱いらしくって…」

すると、カカシの心配を余所に目の前の中忍がブーッと吹いて笑い出した。

「 ? 」
「あ… す、すみません!アハハ。」
「何?」

いきなり何だ?この男は…と、訝しげに見ていると

「はたけ上忍、イルカの事なら心配無いですよ!あいつザルですから!」
「ザル…?」

この男は何を言っているのか。
イルカは酒に弱くって、いつも…

「あいつが歩けないほど酔っぱらったとこなんて見た事もないくらいです!御安心を!」

ハハハと笑い「では、失敬して御不浄へ…」と行きかけた男に、カカシは呼び止め釘をさした。

「今の話…。俺との会話をイルカ先生に言わないようにね。」
「え?」
「言ったら… わかってるね?」
「あ… は、はいっ!」

慌ててトイレへ向かう男の背中を見ながら
いつも一緒に飲んでいる時のイルカの様子が頭に浮かび、何故自分の前では酔ったふりを?と
思えば思うほどに何とも言えぬ複雑な感情に苛(サイナ)まれ
カカシはフラフラと部屋へと戻っていった。





「え?今日ですか?」

アカデミーの昼休み
教員室で弁当を食べているイルカの元へカカシが訪ねてきた。

「うん。今日は受付無しでしょ?」
「はい!喜んで!」

イルカが喜ぶ顔を見るとカカシまで嬉しくなってしまう。
思わず眉尻を下げて「放課後に校門の外で待ってます。」と一言残して部屋から出た。

『…今日も先生は酔ったふりをするのだろうか。』

飲み仲間にザルと言われるほど酒は強いらしいのに
何故カカシと飲む時は酔ったふりをするのか?

カカシはイルカを待つ間に待機所でいろいろと考えていた。

酔ったと見せかけた方が、馴れ馴れしさも酒のせいに出来るから?
それは気兼ねなく楽しく飲むためのイルカの手段?
裏を返せばカカシと飲んでいても気兼ねしてしまうという事か…
考えれば考えるほど悪い方へと思考が傾いていく。

放課後 教師達も帰る頃

カカシは校門の外の街路樹に寄りかかり、イルカの姿が現れるのを待っていた。

「カカシさん!お待たせしました!」
「いえいえ。じゃ、行きますか。」
「はいっ!」

どう見てもイルカは楽しそうではないか。
こちらの事を気兼ねしているふうには見えない。
考えすぎか? もしかしたら、いつも御馳走しているから
気を使って酒量を抑えているのかもしれない。
イルカにそんな気を使っては欲しくないのに。

「先生、給料前ですよね?今日は沢山食べて飲んでくださいね。」

そう言ってニッコリと微笑むと
恥ずかしいのか頬を染めながら「はいっ。」と答えてくれた。

そうして  いつもの居酒屋、いつもの席。
二人はいつもと変わらなく他愛ない会話を楽しんで、酒を飲み肴を食べて時を過ごした。

「えへへ。カカシさん飲んでますかぁー?」
「先生、そろそろ帰るよ?」
「まーだ大丈夫ですって!」
「…帰りますよ。」

静かに立ち上がり会計を済ますカカシにイルカは一瞬真顔になったが
すぐに「エヘヘ。」と足をふらつかせながら立ち上がり、カカシと共に店を後にした。

今宵の木の葉は降り注ぐような星空の下に有った。
イルカは調子外れに歌を歌い、毎度の事ながら足をふらつかせて歩いている。
いつもと違う事はと言えば、カカシが肩を貸してくれない事。
イルカの先をゆっくり歩いている。

「カカシさーん、待ってくらさいよぅ。」

呂律が回らぬと言った調子で小さく叫べば、呼ばれたカカシの歩みが止まった。

「もーう!カカシさんたら酷いですよぉ。置いてくなんてぇ。」

遠慮もなくカカシの腕を両手で掴んで、ヘラっと笑ってみせる。

「カ…」

しかしカカシの顔が悲しげに歪んでいるのを見て、イルカも言葉を飲み込んでしまった。
何があったというのか?今夜のカカシは様子が可笑しい…と気づいたのも束の間

「 先生 酔ってる?酔ってないよね?ザルだもの。」

カカシの一言に固まってしまったイルカだった。

「え?アハハ…やだなぁ。す…少しは酔ってますよ?」

足をフラリとさせれば、すかさずカカシの両の手がイルカの両腕を正面から掴んで支えた。

「ね、先生お酒に強いよね?本当はこのくらいじゃあ酔わないでしょう?」
「な、何言って…」

正面切って言われ、イルカは顔を逸らしながらハハ…と力弱げに笑った。

「こっち来て。」

グイッとカカシに腕を引かれ、暗い路地に連れて行かれる。

「カカシさん?」

イルカは酔いが一気に冷めるのを感じた。
カカシは怒っている?
カカシに酒が強い事がバレて、今までの茶番に対して怒っているのかもしれない。

「あ…の、カカシさん。俺…」
「ねえ、どうして今まで俺に素顔を見せてくれなかったの?先生本当はザルなんだって。」
「…すみません…」
「酔ったふりして俺をからかっていたんですか。」
「それは… 違います。カカシさんをからかうなんて!」

縋るようにカカシの顔を見上げたイルカに、カカシの胸が高鳴る。

「…俺を馬鹿にしてた?一介の中忍に肩を貸して家まで送る。情けない上忍だって。」
「違っ…」
「ちょっと待ってよ、なんで先生が泣くのさ。泣きたいのは俺です。ずっと騙されていたんだから。」

俺… 俺… と、イルカは涙が溢れる自分が情けなくて
結果カカシを騙していた事に違いないと今更ながら後悔していた。

「先生… 俺と飲むのが本当は嫌だった?早く帰りたくてワザとに…」
「俺っ!カ…カカシさんに肩を抱かれて帰りたくて!」
「 え? 」

見ると両手に拳を作り下を向いているイルカの顔は真っ赤で…

「酔っていれば…カカシさんが優しく介抱してくれるし。肩や…こ、腰に手を当てられたら…俺…」

カカシの頭の中は軽くパニクっていた。
イルカが嬉しい事を言ってくれてる気がしてならない。
いや、言ってるのか?

「あの… えーと…先生は俺の事…」
「聞かんでください!忘れてください!俺なんかもう構わなくていいです!」

『俺のバカ!』

イルカは、これでカカシとの飲み会も無くなるどころか
もう二度と目も合わせて貰えないと確信し、その場から走り去ろうとした。

「待って。」

それを止めたのはカカシ。
彼の前から踵を返して背を向けたはずなのに、いつの間にか目の前に立っている。
危うく胸に飛び込むところだ。

「イルカ先生 待って。話を聞いて。」
「話…」

ずびっと鼻をすするイルカのクシャクシャになった顔が可愛くて、思わず微笑んだカカシは
「あのね。俺の気持ちも聞いてください。」と嬉しそうにしながら
取り出したポケットティッシュで顔を拭いてやり

「俺はイルカ先生が大好きなんです。俺の方こそ酔った先生の肩や腰を抱けて幸せだったんです。」

そう告白した。

「  へ?  」

なのに。 まだ事態を飲み込めていないのか
呆けた顔でカカシを見上げるイルカだったので

「俺の“好き”は、こう言う“好き”です。」

両手でそっとイルカの頬を包み、優しく唇を重ねた。



酔っぱらうのは俺の前だけにしてね。

カカシの言葉に何度も首を縦に振り

今度は溢れる幸せにイルカは涙を流した。








猫だるまの鈴さんより相互記念のお礼SSをいただきました。同じお題でSSを交換しようと言うお話になり、(ありがたい提案でしたー!)12月頃からちくちくしておりました。
鈴さんの作品を読んで、ああ、カカシ先生が好きだと改めて実感><もうかっこよすぎ!イルカ先生も酔ったふりなんかして可愛いし。。途中からそうきかたと読みながら胸がときめきました!
鈴さんありがとうございます!今年初めての更新が鈴さんとの交換SSで幸せいっぱいです!これからもよろしくお願いします^^
2016.1.4

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