あともう少しだけ、近づけたなら

『母ちゃん、今日は十五夜なんだって』
あらどこから聞いたの?わくわくして、アカデミーで教わったことを教えようとして、台所に立つ母にイルカは興奮気味に話した。
母はイルカの話に、やや驚きながら微笑んで台所から返事をしてきた。
『アカデミー。先生が言ってた!』
『いい先生がいるのね』
母の嬉しそうな声を聞き、また、自分が褒められた気になり、更に覚えたことを言いたくなった。
『でね、明日は十六夜、次が立待月、居待月、寝待月、更待月・・・ええと』
『二十三夜、二十六夜、晦日月、ね?』
そうそう!母ちゃんすげえや!思い切り声を張り上げて母を称賛したことを思い出した。
母は、何でも知っている。
『でもその後は、見えなくなるの』
見えなくなる、その言葉をやや伏した目と共に言った母にイルカは不安になった。
『月がなくなるもんか!』
伏した目の母はもういなかった。優しくイルカを包む瞳しかなかった。
『なくならないわ。あるけど見えないだけ』
『本当に?大丈夫?』
台所まで近付いていたイルカは、顔色を確認するようにして母を見上げた。
『うん!あるわよ!恥ずかしがりだから、太陽と仲良くして姿を見せなくなっちゃうの』
暖かい母の手に頭を撫でられて嬉しくなった。
『だから安心しなさい。見えなくてもあるんだからね』
その言葉に最大の安心感を得たことを覚えている。
この日、その十五夜。最大の望月。
『イルカ、お父さん来たらお団子食べようね!』
母は、きちんと三方にお団子を十五個載せた物を準備していた事を今でも忘れない。

「なくならない。見えないだけ・・・か」
お手製の月見バーガーを作りながらイルカはなぜか、過去の母の話を思い出し、軽く呟いてみた。
丸い型を厚紙で作り、ホイルで巻いただけのもの。
それに卵を落としキレイな目玉焼きを作った。
フライパンでバンズに合わせた目玉焼きを焼く。
焼きあがった、きれいな型通りの丸い目玉焼き。
薄めのハンバーグやレタストマトを挟み、その月を乗せてバンズで蓋をして、月を隠した。
明日は早起きをしなければ。イルカは帰宅してから出来る事を全て終え、夜明け前の暁を待つことにした。
が、どこでどうイルカの情報をキャッチするのか全く分からない、のんびりした男は、イルカが作った月見バーガーを目の前で美味そうに食べている。
「あの、カカシ先生。付き合わせて済みません」
「俺の鼻がイルカ先生のそわそわ、わくわくを感知したから。いいんですよ」
ここで、カカシの承諾を得る前に二人分の食事を作り、提供してしまうあたりも自分らしい、イルカは苦笑した。
が今宵ここへそう言いながらやって来たカカシの行動を予想して片眉を上げてしまった。

身体を許した。
合意のもとで。

「ただし!!」
もさもさのバンズの塊を飲み込んだのか、イルカの強い呼びかけに、カカシの喉が「もご」と音を立てた。
「こ、今晩は、あの・・・こないだみたいなことは、なし!!ですからね!!」
バーガーを持ちながらポカンとした顔で持ったまま固まっていたカカシが、突然溶けた様にして笑い出した。
「おかしいな・・・続きだと思って伺ったのに?違うんですか」
「はいっ!!違いますっ!!き、今日は・・・」
頬を紅潮させてカカシから視線を外して、照れ隠しのようにしてイルカもバーガーを食べた。一口目でサイドアップに焼いた卵黄が解けて口の中に入ってきた。
「前回はね、初めてのイルカ先生の為に優しくしてあげたんです」
「だ、だから、何なんですか」
「もっと先に・・・もっとあなたを知りたい」
確かに、ミズキの件でも、イルカのもやもやとした心の重荷を解いてくれたのはカカシだった。
あれ以来の接触もない。
抵抗せずにカカシに体を委ねてしまったとはいえ、笑って終わった、その感は拭いきれずにいた。
あの日の綺麗な夕日に、カカシと過ごしたその時間に、流されたのか、そんな気すらしてくる。
逢魔が時の魔だったのか。いや、そんなことは思いたくなかった。あの時のカカシはイルカが最も信頼し、尊敬し、近付きたかった、そのカカシだったのだから。
冗談をよく言うカカシだが、裏に隠されたカカシの本意は知っている。
ただ、もっとも恥ずかしかったのが「イルカ先生俺に恋、し始めちゃったでしょ?」だった。
抱いてからよくそんな事が言える、何度か頭を抱えそうになってしまったが、イルカの全てがカカシを許容していた。
「俺の事だって、イルカ先生は知らないでしょ」
カカシと目を合わせられずに頷き、バンズの間の目玉焼きだけを吸いこんで見ないようにして食べた。
見れるかな、気持ちが持つかな、あなたと見れるかな・・・。
やや微笑んでカカシの問いに頷いてみた。
それでも見ないと、あなたと見ないと意味がない。
やはり同じようにして、ずるずると目玉焼きを引き出して食べているカカシを見た。
「同じ思いを抱くなら、あなたと始めます」
ん?そう言った、月の目玉焼きはカカシの口の中。
「だからどうしたって言うんです?俺はもうーー」
「まずは食べてください。俺の答えを、俺のこの目が欲したものを知ってから。それから、カカシ先生の答えを・・・ください」
カカシが黙って咀嚼する音だけが聞こえた。
その目だけが、やけに深刻でイルカを苦しくさせた。

食事を終え、今ならまだ寝ても間に合う。
イルカの部屋でシャワーも済ませたカカシに声をかけた。
「カカシ先生。何もしませんか?」
当然のように「どうして?」とカカシからは帰ってきた。その顔は無表情だった。
「何もしないのであれば、カカシ先生の目が欲しいから・・・俺は寝ます」
「は?だからさっきから、どういう意味ですか。俺の目?イルカ先生写輪眼欲しいの?」
怪訝な顔のカカシの目を、少し離れたところから見詰めて、イルカは首を振った。
「俺の目も、見たくて、欲したものがあります」
カカシの頬筋がピクリと動いたのが見えた。
イルカの目が欲したのは、誰も居ないあの場所で、あの日伝えたのだから、カカシにとってはその己の顔を真剣にせざるを得ない程のイルカの発言だったのだろう。
「何もしなければ・・・俺の目が欲しいものを、教えてあげます」
はいはい。
カカシの受け答えは適当に感じてしまうが、その裏で彼が何手先まで読んでいるかわからない。
このイルカの言葉の意味ももう既に理解しているのかもしれない。
いつものように短くカカシが返事をして、立ち尽くしやや怖い顔で語っていたイルカに近付いて来た。
軽くイルカの肩に手を掛けてから、そっと引き寄せられてカカシに抱き締められた。
意外なカカシの暖かさに「少しだけなら」言ってしまいそうになるイルカは自身を制するのに苦労した。
「じゃ、イルカ先生、隣に寝るのは?それだけは、いいですか?」
それだけなら。
朝晩に気温の下がるこの時期は、暖かさと共に居たいと思ってしまう。
とくに、感傷的になってしまったこんな日は。
あなたの、あの日の目を見詰めようと思った日は。
勇気がいる。

カカシとベッドに入る。それだけでも緊張感が増す。
案の定、圧し掛かられて、唇を丸ごと唇で包み込まれた。
しかし互いに笑ったまま。
イルカは空いた手でカカシの頭を小突いてやった。
抱き締めて、いいですか。耳元に聞こえるカカシの声に、暖かさに、眠気がやって来た。
もちろんです。イルカからもカカシに軽く腕を回して、あの日の体を服越しに感じた。
「カカシ先生にも・・・見せて・・・あげ、ます・・・」
「なんでしょうね」
「俺の目が、欲しがったもの・・・あなたの目を欲しい・・・こと・・・」
見れるんですか?カカシがイルカのセリフに、イルカを見た時には、イルカは既に幸せな顔をして眠りの意識の中にいた。
「悔しいですけどね。何が見れるのか。あなたの目が欲しがったそれにのってやりますよ。つまらないものなら・・・切ってやりますか」
カカシもイルカを少し解放して、寝やすい体制にしてやると、イルカの横で眠りについた。

10月9日。午前5時40分。地平より30度程。東の空。
「カカシ先生・・・」
イルカがうっすらと声をかけただけで、起きていたのか?という勢いでカカシが目を開け、体を起こして身を低くした。
「どうしました」
声には緊張感すら漂う、そんなカカシにイルカはベッドサイドに立って笑顔を見せてやった。両手を上げてイルカには問題がないということを教えてやる。
だがそれほどイルカの横で熟睡してくれるカカシに嬉しさも感じた。
「俺の目が求めた物と、あなたの目です。あと、少し」
カカシが訝しげな目をしたが、イルカは東の空が見える様にしてカーテンを開けて、あれです、と言うように指で指示した。
イルカに近付き、窓の外、イルカが示したものを見て、カカシが微かに口を開けた。
「あと、2分位。あなたの目に、俺が近付きます」

下弦、いやほぼ二十六夜の月の横には、寄り添う、ひときわ輝く金星。
有明の、いや明けの明星はこの時間にしかお目にかかることができない。
「あなたのあの日の目は、あの二十六夜でした。あの目が俺を見詰めてくれるなら・・・俺はそれが欲しいです」
カカシがムーンスターを見上げたまま、小さくイルカ先生と、呟いた。
「カカシ先生。俺はあなたの笑顔みたいなあの下弦の月を、俺だけのものにしたいと、思いました。そして、離れてはまた近付く明るい金星みたいにしてあなたと共にありたい」
「月齢が・・・あわないんじゃ――」
イルカが疑問を口にしようとしたカカシの顔を包んで引き寄せ、その唇を閉じてやった。
ビクリ、カカシの体に力が入ったのが分かった。そろそろと、イルカの肩を掴んできた事も。
「月齢?俺には分かりません。それでも今はあそこにある。存在している。でも残念ながらこれからは離れていきます。離れてても、見えなくても、いたいんです。傍に」
「じゃあ、今夜はイルカ先生、キスをする場所が違います」
イルカは何だろう、そんな思いでカカシを見上げた。
また二十六夜の待ちの月がイルカを優しく見詰め、ここに、そう言って場所を指示してきた。
カカシの右目元。
「絶対に離れない金星として吸い付いて。イルカ先生が俺から離れないように」
思い切り顔を歪め、カカシを見詰めてしまった。
「そんなことできません!しかも、み、右目元になんて。いつも、出してるとこでしょう!?」
いいから、言われてカカシに顔を掴まれて導かれ、目の前にはカカシの右目元が見えた。
「俺がして、て言ってんの。して、ください」
こんな皮膚の薄い場所に吸い付いたら、マークが付いてしまうことは必至だ。
そんな姿で他の忍に会いでもしたら「カカシ上忍は誰かに殴られたらしい」になるだろう。
躊躇この上ない。
「あなたが欲したこの目はあなたの物ですよ。欲しい。でしょう?」
カカシの右目元に顔を引き寄せられたまま、ふう、息を吐いた。
カーテンを開けたまま暁を迎える窓辺で、イルカはカカシの二十六夜の目元に強く吸いた。

明け方。既に月は姿を消し、金星のみがマイナス4等の名を欲しいままに、一人見えているだろう。
「俺にとって、イルカ先生は、明るい金星だ」
キスを受け、服を脱がされながら、イルカもカカシの服の中に手を入れた。
冷たくシャープに光る、そんな月がカカシには似合う。
「じゃあ・・・カカシ先生、は・・・凍った月だ・・・」
凍った、ね。カカシが全裸にしたイルカにしっかりと体を押し当ててくる。冷たい?言いながら。
「でもね、イルカ先生、俺を天体に例えるなら。太陽は?」
「う・・・あ、わ、わかりま・・・せ」
誰ですか?そんな思いを含ませてカカシに問うた。
「誰、でしょうね」
体あちらこちらにキスを受け、恥部を弄られ、イルカの体が跳ねてカカシにしがみ付く。
「知らなくていい。俺達は。そいつのお蔭で見えない時もあれば、主張する位見える時もある。見えてるけど、見えてない。あるけど、ない。忍んでますから」
初めての時よりも時間をかけ、イルカに潜り込んできたカカシをもどかしく感じてしまう。
その太陽の話にも。
だが、イルカはカカシの言葉に納得と理解をした。

教えて、動いて、ください。イルカは目尻に涙を溜め始めて、懇願した。
「やだ。う、ごかない。イルカ先生の・・・そばにいたい・・・」
カカシを体の奥で感じて、開けたままのカーテンから明けて行く空を見てみた。
極低い位置の地平線は静かな金色。
ああ、そうか。太陽は。お前か?
その上には未だグラデーションで構成された、紫、青に支配された東雲の世界。
余りのコントラストの美しさに、涙が零れた。
「泣く、イルカ先生の、目も好き」
「月と夜明けの空に・・・カカシ先生に・・・泣かされました」
じゃあ、とカカシも僅かに顔をあげ笑んだまま唇を合わせてから続きを発した。
「俺はイルカ先生に、泣かされた」
冷たく凍った月が静かに鋭角な角から、銀の雫を零した。
繋がった、触れ合った場所から、離れずにいられる様に強く抱擁する。
挿入されたまま互いに動かず、強く抱き合ったまま、
結合した部分から、目にした光景から、言葉に出来ない深い愛情を感じ取った。
ポリネシアンセックスというものがある。
互いに単語は知らないが、二人はそこへ導かれ、静かに達した。

カカシの目は、皆が欲しがる皆を見守る目。
イルカの目は、小さくとも爆発的な力を持つ子供達を見つめる目。
だが、本当は、その奥にカカシを欲し、憧憬し、愛を持っている目。

月だけが知っている。
二十六夜が過ぎれば、二日月まであなたに会えない。
それでも母の、カカシの言葉が甦る。

『見えてなくても、いますから』
金星は光輝いても、消えてしまう。見えなくなってしまう。
「俺だけが知ってればいい。イルカ先生、あなたを探し求める」

東雲から曙へ。

「必ず、また交わる」

俺達は、冷たい月と、暖かい星。
太陽の力を得て、輝き、隠れ助け合う。

「離れても、イルカ先生に、寂しい恋なんてさせません」
イルカの上に覆い被さってきたカカシが、イルカの胸の中央にキスをした。
暖かかったカカシの体はもうすでにどこかへ消えてしまっていた。
「下心なし。ど真ん中に、俺の心、あげましょ」
イルカは訳が分からず、カカシの銀の月光のような髪を梳いた。
「愛って、真ん中に心がある。恋は下。新月だろうが、二日月だろうが、あなたが不安にならないように、常にあなたの真ん中にいて俺の心をあげます」

近づいたカカシの顔を包み込んで、青白い景色が見える中、やはり冷えたカカシと、唇を繋げた。

「カカシ先生、いなくならないでください」
「いるっていったでしょ」
「冷たいです」
「俺の心ですか?体?」
「どっちも、です」
暖めるのは太陽かもしれない。
それでも、とカカシがイルカの胸の中央にまた触れてきた。
「どうやら俺はここが一番ほしくて、暖かいらしいです」
その自分の胸に置かれた手を握りしめてやった。
「じゃあまた、暖まりますか?」
そのつもりでしたけど?
胸の手が外されて、イルカの頬に当ててきた。


見上げたカカシの右目元は、明けの明星。
冷たく尖ったあなたのそばにいる。
誰のためでもなく。
その時期だから、始まるのだ。
始まった恋を、愛を、自分達だけが知っている。

また唇からつなげて始めよう。

もっと、この先へ。
つなげる。


<終>


白玉さんから「ここからはじまる」の続編と言う形でいただきました。
コラボ作品と言うことでいいですよね??白玉さん!^^
私はスーパームーンに因んで書きましたが、白玉さんは明けの明星を元に書いてくださいました。
2015年10月の明けの明星。9日(金)、10日(土)明け方東の空で、月と金星、木星が並んで輝くそうです。
神秘的なお話です。涙が出そうになる作品です。じ、自分の作品が薄っぺらに感じる!そのくらい胸に沁みました。何回も読み返しました。カカシ先生・・・素敵過ぎです。。月見バーガー食べたくなります 笑><
白玉さんありがとうございます!!

2015.10.8
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