春うらら 夢と現(うつつ)と幻と
のどかな昼下がり、火影館にほど近いアカデミーの敷地をカカシは歩いていた。
ここにはカカシが想う相手、海野イルカが勤務している。
昔世話になった医療忍が保険医となったのをきっかけにカカシはイルカの存在を知った。
訪ねた知人の職場には大きな窓が有り、何気なしにそこから校庭を見下ろしたカカシの目に”運命”が飛び込んできたのだ。
一目で心を奪われた。
子どもらに向けて放たれる大らかな笑み、暖かい視線。 …全てが眩しかった。
一目惚れなど、愛読書の中だけだと思っていたのに…。
この日、カカシは男とか女とかそんなものを超越するものに出逢ったのだ。
以来、暇を見ては日参してくるカカシに知人は呆れ、そして忠告した。
”あの男は火影様のお気に入りだ。 迂闊に手を出すな”と。
カカシは笑って相手にしなかった。
声すらかけられないのにどうやって手を出すというのか。 自分に出来る事と言えば、ひたすら見つめる事だけだというのに。
幸い、というのかイルカが卒業させた子らをカカシが部下に持つ事になって、以前よりイルカとの接点が出来た。
受付で挨拶したり擦れ違う時に会釈を受けたりする事が次第に増えた。
イルカに認識してもらえるようになった事は喜ばしい。
だが親しくなれたか言うとそうでもない。 カカシの望む未来までのハードルは遠く果てない。
何と言ってもイルカにとってカカシは”少し知っている程度の上忍” 又は”大事な子らを託した上忍師” …所詮その程度の相手。
結局カカシに出来る事といえば、以前と同様こうやって校舎に日参し慕う相手の気配をとらえることぐらいしかないのだ。
直に話せるようになれた分、声をかけられるようになれた分、膨らんだ想いがよけい切ないカカシであった。
『今週いっぱい出張でいないから好きに使え。』
知人がそう言って投げ寄越した鍵を差し込み、カカシは今日も保健室の扉を開けた。
まっさきに窓辺に向かうが校庭には誰もいなかった。 敷地内にイルカの気配がするのだが今日彼は外には出ないのだろうか。
何となく、淋しくなって外に背を向けたカカシの視界に誰もいない寝台が入った。
白い保健室で四方を白いカーテンに囲まれ白いシーツと布団に包まれた白い寝台。
どこかで懐かしいと思うのは、カカシが世話になる木の葉病院と同じだからだろうか。
ふと手を伸ばし、載せられた布団に触れてみる。
妙に癖のある知人だが、日ごろからきちんと干されているらしい布団はお日様のような匂いがした。
「…あの人も、こんな感じなのかな…」
この部屋の窓から見つめるしかなかったイルカ。
ようやく認識してもらえるようになったとは言えまだまだ親しいとは言い難く、彼がどんな匂いなのかカカシには知りようもない。
吸い寄せられるように寝台に座り、布団に顔を押し付けるとホワホワした香りが周囲に広がった。
「…あー、そういやぁ仮眠もまだだったっけ…。」
ぼんやりした思考のまま、枕に頭を載せる。
四日間で三件の任務を掛け持ちし帰還後直ぐシャワー浴びて三代目報告に行った疲労がカカシの身体に圧し掛かった。
カーテン越しでも届く暖かな日差しとふかふかに干された寝心地の良さそうな布団がカカシを誘う。
「ここで寝たら、イルカせんせいの夢、見られるかな…。」
里屈指のエリートとは思えないほど子供っぽい声が室内に響いた数分後、寝台からはスヤスヤ気持ちよさそうな寝息が聴こえた。
※
※
なんだろう、なんだか凄く優しい気配がする。
誰かが誰か暖かい人に励ましてもらってる気配。 俺はこれを知っている。
…ああ、そっか。 俺は今、イルカ先生の夢を見てるんだ。 先生が子供を慰めてる夢。 保健室の窓から何度も目にした光景を。
「……ん………」
ふっと意識が上昇し、カカシは瞼を上げた。
とある人物が自分に手を差し伸べた格好で固まっているのが見える。
「………」
ボヤけた頭はまだ鈍い反応しか返せないものの、視線は合っている。
その人物は慌てたように手を引っ込めようとしたが、カカシの手の方が早かった。
指を掴まれ硬直した相手の名を唇が紡ぐ。
「……イルカ…せんせ……?」
彼と話す時、緊張のあまり少しぶっきらぼうになってしまうのが常なのに、この時はやたら舌っ足らずな子どもっぽい声が出た。
おまけにまだ眠くて目がちゃんと開かない。
相手がイルカどうかも分からず確かめるように触れていた指を動かした。
ゆっくりと、指の腹で肌を確かめるように擦る。
ああ、初めてアナタに触れられた。
そんな筈、ないのに…。
触っている内にイルカの身体はどんどんと暖かくなっていく。 何故かカカシの指は振り払われることもないままで。
「…そっか、…夢だ」
ぼんやりとカカシは呟いた。
そうか、夢、なんだ。 嬉しい、夢でも嬉しい。
細めたままの目でカカシは微笑んだ。 子供のように、幸せそうに。
壁もカーテンも布団もシーツも何もかも白い世界の中、カカシは嬉しそうにイルカを見つめた。
ああ、これが夢なら…
「せんせ、の夢…なら…醒めたくない…」
ゆる、とイルカの指をを掴んでいたカカシの手が緩み、ぽすんと布団に落ちた。
カカシの瞼は閉じられ、彼は再び静かに寝息を立て始めた。
呆然と立ち尽くし、しばらくして後、よろよろと歩きだしたイルカに気付きもせず。
耳まで真っ赤になったイルカがどんな顔をしているのか知りもせず。
『せんせ、の夢…なら…醒めたくない…』
カカシの寝言には彼の真情が目一杯詰まっていると想い人には伝わっただろうか?
カカシの一言がイルカをキャパオーバになるまで追い詰めているとも知らず、カカシは幸せな眠りの中にいた。
もうそんな風にしかカカシを見れなくなってしまったイルカが、よろよろとその場から離れていく。
「…うぅ…どうしよう…」
職員室へ足を向けたイルカの呟きを聞くものは誰もいなかった。
<終>
鳴門の壺の壺様より相互記念のお礼SSのお返しとしていただきました!
私がお送りした作品のカカシ視点バージョンです!読んで、何と言いますか。すごい。の一言でした。やはり書く人によってこんなにも違うのか!カカシの恋心が見え隠れして、読んでいてキュンとしました。。しかも私の設定したところをきちんと補佐してくださっている・・・!感動いたしました。本当にありがとうございます!
壺さんの暖かで丁寧で、優しい文章が大好きです^^!思い切って声をかけて良かった。。
壺さん、これからもよろしくお願いします><
2015.12.14
ここにはカカシが想う相手、海野イルカが勤務している。
昔世話になった医療忍が保険医となったのをきっかけにカカシはイルカの存在を知った。
訪ねた知人の職場には大きな窓が有り、何気なしにそこから校庭を見下ろしたカカシの目に”運命”が飛び込んできたのだ。
一目で心を奪われた。
子どもらに向けて放たれる大らかな笑み、暖かい視線。 …全てが眩しかった。
一目惚れなど、愛読書の中だけだと思っていたのに…。
この日、カカシは男とか女とかそんなものを超越するものに出逢ったのだ。
以来、暇を見ては日参してくるカカシに知人は呆れ、そして忠告した。
”あの男は火影様のお気に入りだ。 迂闊に手を出すな”と。
カカシは笑って相手にしなかった。
声すらかけられないのにどうやって手を出すというのか。 自分に出来る事と言えば、ひたすら見つめる事だけだというのに。
幸い、というのかイルカが卒業させた子らをカカシが部下に持つ事になって、以前よりイルカとの接点が出来た。
受付で挨拶したり擦れ違う時に会釈を受けたりする事が次第に増えた。
イルカに認識してもらえるようになった事は喜ばしい。
だが親しくなれたか言うとそうでもない。 カカシの望む未来までのハードルは遠く果てない。
何と言ってもイルカにとってカカシは”少し知っている程度の上忍” 又は”大事な子らを託した上忍師” …所詮その程度の相手。
結局カカシに出来る事といえば、以前と同様こうやって校舎に日参し慕う相手の気配をとらえることぐらいしかないのだ。
直に話せるようになれた分、声をかけられるようになれた分、膨らんだ想いがよけい切ないカカシであった。
『今週いっぱい出張でいないから好きに使え。』
知人がそう言って投げ寄越した鍵を差し込み、カカシは今日も保健室の扉を開けた。
まっさきに窓辺に向かうが校庭には誰もいなかった。 敷地内にイルカの気配がするのだが今日彼は外には出ないのだろうか。
何となく、淋しくなって外に背を向けたカカシの視界に誰もいない寝台が入った。
白い保健室で四方を白いカーテンに囲まれ白いシーツと布団に包まれた白い寝台。
どこかで懐かしいと思うのは、カカシが世話になる木の葉病院と同じだからだろうか。
ふと手を伸ばし、載せられた布団に触れてみる。
妙に癖のある知人だが、日ごろからきちんと干されているらしい布団はお日様のような匂いがした。
「…あの人も、こんな感じなのかな…」
この部屋の窓から見つめるしかなかったイルカ。
ようやく認識してもらえるようになったとは言えまだまだ親しいとは言い難く、彼がどんな匂いなのかカカシには知りようもない。
吸い寄せられるように寝台に座り、布団に顔を押し付けるとホワホワした香りが周囲に広がった。
「…あー、そういやぁ仮眠もまだだったっけ…。」
ぼんやりした思考のまま、枕に頭を載せる。
四日間で三件の任務を掛け持ちし帰還後直ぐシャワー浴びて三代目報告に行った疲労がカカシの身体に圧し掛かった。
カーテン越しでも届く暖かな日差しとふかふかに干された寝心地の良さそうな布団がカカシを誘う。
「ここで寝たら、イルカせんせいの夢、見られるかな…。」
里屈指のエリートとは思えないほど子供っぽい声が室内に響いた数分後、寝台からはスヤスヤ気持ちよさそうな寝息が聴こえた。
※
※
なんだろう、なんだか凄く優しい気配がする。
誰かが誰か暖かい人に励ましてもらってる気配。 俺はこれを知っている。
…ああ、そっか。 俺は今、イルカ先生の夢を見てるんだ。 先生が子供を慰めてる夢。 保健室の窓から何度も目にした光景を。
「……ん………」
ふっと意識が上昇し、カカシは瞼を上げた。
とある人物が自分に手を差し伸べた格好で固まっているのが見える。
「………」
ボヤけた頭はまだ鈍い反応しか返せないものの、視線は合っている。
その人物は慌てたように手を引っ込めようとしたが、カカシの手の方が早かった。
指を掴まれ硬直した相手の名を唇が紡ぐ。
「……イルカ…せんせ……?」
彼と話す時、緊張のあまり少しぶっきらぼうになってしまうのが常なのに、この時はやたら舌っ足らずな子どもっぽい声が出た。
おまけにまだ眠くて目がちゃんと開かない。
相手がイルカどうかも分からず確かめるように触れていた指を動かした。
ゆっくりと、指の腹で肌を確かめるように擦る。
ああ、初めてアナタに触れられた。
そんな筈、ないのに…。
触っている内にイルカの身体はどんどんと暖かくなっていく。 何故かカカシの指は振り払われることもないままで。
「…そっか、…夢だ」
ぼんやりとカカシは呟いた。
そうか、夢、なんだ。 嬉しい、夢でも嬉しい。
細めたままの目でカカシは微笑んだ。 子供のように、幸せそうに。
壁もカーテンも布団もシーツも何もかも白い世界の中、カカシは嬉しそうにイルカを見つめた。
ああ、これが夢なら…
「せんせ、の夢…なら…醒めたくない…」
ゆる、とイルカの指をを掴んでいたカカシの手が緩み、ぽすんと布団に落ちた。
カカシの瞼は閉じられ、彼は再び静かに寝息を立て始めた。
呆然と立ち尽くし、しばらくして後、よろよろと歩きだしたイルカに気付きもせず。
耳まで真っ赤になったイルカがどんな顔をしているのか知りもせず。
『せんせ、の夢…なら…醒めたくない…』
カカシの寝言には彼の真情が目一杯詰まっていると想い人には伝わっただろうか?
カカシの一言がイルカをキャパオーバになるまで追い詰めているとも知らず、カカシは幸せな眠りの中にいた。
もうそんな風にしかカカシを見れなくなってしまったイルカが、よろよろとその場から離れていく。
「…うぅ…どうしよう…」
職員室へ足を向けたイルカの呟きを聞くものは誰もいなかった。
<終>
鳴門の壺の壺様より相互記念のお礼SSのお返しとしていただきました!
私がお送りした作品のカカシ視点バージョンです!読んで、何と言いますか。すごい。の一言でした。やはり書く人によってこんなにも違うのか!カカシの恋心が見え隠れして、読んでいてキュンとしました。。しかも私の設定したところをきちんと補佐してくださっている・・・!感動いたしました。本当にありがとうございます!
壺さんの暖かで丁寧で、優しい文章が大好きです^^!思い切って声をかけて良かった。。
壺さん、これからもよろしくお願いします><
2015.12.14
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