新しい下着は正義

昼下がりの商店街は和やかだ。
「あとは?」
そうイルカに聞かれて、イワシは視線を斜め上に漂わせた。
「シャンプーの詰め替え欲しいわ」
「あ、俺も」
じゃあドラッグストアな。買い物袋を持ち、二人で店へ歩き出す。
商店街でイルカに会ったのは偶然だった。ただ、休日の独身一人暮らしの行動なんて大体決まってくる。
久しぶりの休みは忙しい。部屋の掃除に溜め込んだ洗濯、布団を干した後は食材や日用品の買い出し。
ばったりと会ったのも今日が初めてであるわけがない。

ドラッグストアに入る。シャンプーの詰め替えやトイレットペーパーを買ったら、両手は完全に塞がれた。
昼過ぎてるしどっか入るか?聞かれて考えてみるも、両手に買い物したものを引っさげて混み合う定食屋に入れるわけもない。家で適当にカップラーメンでもいいんだけど。
正月三が日で、それじゃあ流石に少し侘しい。考える事はイルカもきっと一緒だ。
買い物袋を持ちながら二人揃って一楽の暖簾をくぐった。
「うまっ」
麺を啜りイルカが一言唸る。休日で朝からゆっくりだったとは言え、時間的に腹が減っているのはイワシも同じだった。黙って横で麺を啜る。
いつものように食べ終わりポケットから財布を取り出そうとしたらイルカに手で制される。
「俺の奢り」
「は?何で、」
珍しいと眼を見張るイワシに、イルカは片眉を上げた。
「それぐらいさせろって。お前の誕生日なんだから」
にやと笑うイルカに少し驚き、この歳で、むず痒さに苦笑いを浮かべた。
「覚えてんだな」
感心すると、イルカはさっさと会計を済ませながら、まあな、と何の気なしに答える。
「俺の時は特製味噌チャーシューな」
承諾してお礼を言おうとすれば、あと替え玉と餃子付き、と付け加えられ、その子供っぽさにイワシは笑った。

イルカのアパートは意外に近い。まあ、安いアパートを探すとなれば、里は広いが大体住める場所も決まってくる。
一楽を出て二人でぶらぶらと歩き肉屋の揚げたてのコロッケに目が留まった。腹は満たされているのに、匂いについつられる。アンコもここの惣菜は気に入っている。夕飯に買っていこうか、なんて思うのは、
夕方そっちに行くから。
そう言ってきたのは昨日。二人で初詣を終えた帰り道だった。
アンコの休みは大体把握している。だからてっきり明日は日中から一緒に過ごすとばかり思っていたのに。
少しだけ驚いたままのイワシにアンコは、
「明日は昼間正月のセールの買い物に誘われてるの」
さらっと、そしてにこっと愛らしい笑みを浮かべた。
アンコがあまり買い物には興味がないのは知っている。だが、オブラートに包み隠さないはっきりとした意見を持つアンコが、買い物相手として誘われるのは何となく分かった。
寂しい、なんて思ってしまいそれが顔に出てたのか、ごめん、なんて言われてしまったのを思い出して苦笑いを浮かべた。
ふとイルカを見ると、同じように肉屋のコロッケの匂いにつられたのか、足を止めて店に並ぶコロッケを見つめている。
確かはたけ上忍は揚げ物全般が苦手だと、イルカが言っていた。
その通り、分かりやすい葛藤を浮かべている。
結局、自分が夕飯用にコロッケを買い、イルカは買わなかったが、すき焼き用の肉を買いに別の列に並んだ。
それを混雑している店から少し離れた場所で待つ。
イルカが今日誕生日だと言ってラーメンを奢ってくれたが。今日が自分の誕生日と言えど、昔から平常運転が常だったから、特別に何かをしようとは自分では思えなかった。
仲間が祝ってくれたりするのはもちろん有り難かったが。
ただ、長年想っていた相手と過ごせると思っただけで特別な気持ちになるのは当たり前だ。
さあ、これであとは帰って買ったものを整理して、部屋を片付けて、洗濯物を取り込んだりしているうちにアンコが家に来るだろう。と、隣の茶屋から聞こえてきたのはアンコの声。心臓が跳ねた。
買いものする場所はここから離れた場所だったはずだ。
既に買い物を終えたらしく、手に入れた戦利品に対してどうだったこうだったと紅達と話をしている。
普段アンコは仕事をしている時は女子っぽさは感じない。くノ一であるが、さばさばとして、頼り甲斐がある上官。尊敬する忍だ。だから、こんな風に女友達と買い物してお茶しているアンコは、それだけで可愛いが。
立ち聞きは趣味ではない。
さっさと場所を変えようとした時、でもさあ、と紅が代わって続ける。
「アンコ最近また胸が大きくなったよね」
それははっきりと聞こえた。
足が、止まっていた。
羨ましいとため息混じりに言う紅に、胸だけじゃなくって、他も育っちゃったんだから仕方ないでしょ、とアンコが返す。
アンダーだのトップだの。女子トークをそこから花を咲かせ始めるが、それ以上の話はイワシの耳に入らず、赤面が止められない理由は一つもなかった。


夕食の後にアンコが買ってきたケーキを食べて後片付けをする。
「ね、見てみて」
居間に戻ると、アンコが正月のお笑いの特番を見てけらけらと可笑しそうに笑っていた。促されるままに隣に座り、その笑う横顔を眺める。
膝を折り両手で膝を抱え込むようにしながら、目元を緩め笑っていた。
「なに?」
視線に気がついたアンコに聞かれ、
「いやっ、別に」
イワシは慌てて笑顔を浮かべ首を横に振る。うっかり頬が熱くなりそうで、無理に視線をテレビへ戻した。
手の届く距離にいるのに、いつも以上に変に意識してしまうのは、昼間の件があるからだと分かってはいるが。
それ以前に自分が誘い下手だということも分かっている。
あんなに頑張って振り向かせたくせに、こういう時、自分が酷く不器用な人間に思えてならない。
どうしようかと考え込むイワシの横で、アンコが立ち上がった。まだ見ている番組は終わっていない。どうしたのかと見上げていると、前を向いたまま、胡座をかいていた自分の膝の上にストンと座った。
不意過ぎて言葉が出てこなかった。膝の上から反射的に思わず退かした自分の手は宙に浮かせたままで。柔らかな感触と、近くで感じる体温と。どうにもならないもどかしさが襲う。
戸惑いながら名前を呼ぼうとした時、
「……私さ、今日色々買ってきたんだよね。服とか、小物とか、」
ぽつりと呟く。
「あと、下着も」
え、と思わず息を小さく呑んでいた。情けないくらいに。
紅の言葉が頭に浮かび、ぶわ、と顔が熱くなった。
「……今、着けてるんだけど」
今度は、声も出ない。
良くも悪くも、部屋にはテレビのお笑い番組の笑い声だけが響く。
何気ない言い方なのに、緊張したアンコの声と、黒い髪から覗く耳は真っ赤で。
アンコに先手を取られたのは明らかで。
(…….やられた……)
イワシは頬を赤らめ苦笑いを浮かべながら、震える手をアンコに伸ばした。


<終>
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