だってそうなんだもん①

「確か去年はイルカ先生トナカイだったでしょ」

冷えたビールを喉に流し込みながらふと去年の事を思い出して口にした。
イルカは目を丸くしてカカシの顔を伺った。
「よくご存知で。驚きました」
忍びが足繁く通う居酒屋に、イルカと二人。カウンターで肩を並べながら酒を酌み交わしていた。
カカシは飲食の時であらば、人前でも気にする事なく口布を顎先まで下ろして口元を晒している。
「そうでしたよ、確か。ツノ生えてましたからね」
そう言って指でイメージするように、頭上でツノを表した。
そのまま、晒した口によく冷えた秋刀魚の刺身を、添えられたツマと共に放り込んだ。
唇の下に垂れた醤油を指で拭い、舌で舐めてイルカを見ると、本人はまだカカシの記憶力に驚いている風で、カカシは笑いを含んでイルカを見詰めた。
「見かけたんですよ。確かね、俺は任務帰りでしたから」
「はあ」
間の抜けた返答にカカシは苦笑いを浮かべた。
あの日は確か雨が降っていた。去年は暖冬で雪の予報も雨に変わり、濡れた着ぐるみを着て商店街を歩くイルカを見かけた。
「あの時はそこまでの間柄じゃなかったですから。お気の毒様って呟いて帰りました」
雨水を含んだ着ぐるみは実に重く大変だったに違いない。思い出し笑いを浮かべたカカシに、イルカは不満げな目をした。
「他人事ですか」
「はい、他人事ですね」
素直に白状して、お互いに笑った。
イルカとは一緒に飲みに行く仲間になったのは最近。
イルカの元生徒がカカシの部下になり、仕事上の会話を交わす程度が、たまたま居酒屋で出会わせた。軽く話しをするつもりがお互いに酒が回っていたからか、大いに話しは盛り上がり、気がつけばイルカは真面目一本の印象からは想像出来ないくらいに砕けていた。翌日カカシに平伏すように謝るイルカに苦笑いを浮かべ、「まあ、また飲みに行きましょう」と軽く宥めたのが次の約束。
そして今日が7回目。
話題は今年のアカデミーのクリスマス会。今回はイルカが仕切り役を任されたらしく、まだ9月だと言うのに、色々な事を考えてはうんうんと頭を唸らせていた。
今イルカが考えてるのは着ぐるみを着て商店街を回る役決め。
こんなに早くから考える事ではないと正直思うのだが、酒のアテになる話しがあってまあいいか、と半分面白がって聞いていた。
注文していた熱燗と焼き鳥が置かれる。カカシは焼きたてのレバーを取ってイルカに手渡した。
「もし配役足らなくなったら俺を使ってもいいですよ」
カカシは椎茸の串を取って箸で取り皿に移すと、一つ摘んで口にした。
「またまた、そんな冗談やめてください。どこの里でトップクラスの忍びに着ぐるみを着せますか」
心臓に悪いです、と眉間に皺を寄せなが、手渡されたレバーを頬張った。
配役一つに神経使ってしまうイルカに、仕切り役を任せる人の気が知れない。真面目で向いているとは思うが。悩むイルカを前に眉を下げた。
「ま、明日はお互い休みですから。今日は仕事の事は置いといて飲もうよ」
カカシは少しイルカを気の毒に思いながらも、杯に酒を注ぎイルカに渡した。



酔いが回ったイルカを肩で支えて歩き、ようやくイルカの部屋までたどり着いた時には日付がまわっていた。ここまで酔った飲み方をしたのは初めてだった。
イルカに指示されるままに道を辿り、カカシはイルカの指差すアパートを見上げた。イルカが言う部屋番から二階だと判断して階段を上がる。
渡された銀色の鍵を差し込み鍵を開けた。
「ほら、イルカ先生着きましたよ〜」
イルカを玄関に下ろし、壁の電気を探りスイッチを付ける。チカチカと電燈が光り、部屋を照らす。初めて見るイルカの部屋を見渡し、物が多いな、と感じ、いやこれが当たり前かと思い直した。
雑然としているが、整頓された小綺麗な男の一人住まい。
「や、すみませんすみません」
頭をペコペコ下げながらイルカは靴を脱いでいた。
「カカシ先生、さっきの話の続きをしましょう」
赤く染まった顔でむん、と真面目な顔付を作るがどう見ても酔っ払い。
だがカカシもかなり酔っていると自覚していた。笑みを浮かべる自分の顔も締まりが無い気がする。
「いいですねー、付き合いましょう?」
カカシも靴を履いで部屋に上がる。
話題は店からの帰り道にイルカから発した一言から始まっていた。
「助平じゃない男なんていないってんですよ」
アカデミーの職員室で、同僚にあたる女性職員にイルカはこう言われた。
『イルカは安全圏だから、一緒に飲みに行っても安心なのよ』
「これってどう思いますか!?俺はねえ、平然とした顔で笑いましたよ。でもねえ、納得いきません!なんかおかしい!何ですか安全圏って。そりゃ仕事仲間に手を出したりはしないですが、なんか釈然としません!」
再び思い出した怒りを、イルカはカカシにぶつけた。
気心が知れた仲間だからと取れる言い方ではあるが、彼女のその時の口調は、随分とイルカの男心にしこりを作ったらしい。イルカの性分からしてサラと流し気にも止めないと思っていたから、カカシはイルカから聞いた時は少し拍子抜けした。
自分だったらどうかな。
酔ってはいるが冷静な思考を作り出して考える。
紅も口にはださないがそう思っていてもおかしくない。まあ、言われてもお互い様だと腹の中で一笑して終わりだ。逆にそういう対象で見られた方が面倒臭い。
焼酎の水割りのグラスを目の前に置かれ、思考が遮られた。
「ねえ、聞いてます?」
ツマミを適当にテーブルに置き、対面にイルカは腰を下ろした。口を尖らせたイルカは未だ面白くないと言った顔を見せていた。
「まあ、狡い女の言い訳みたいなもの、ですかね」
カカシは指で焼酎を掻き混ぜ、濡れた指先を口に含んだ。
「ですよね」
ムスーッとした顔のまま焼酎を口にした。そして、グラスを手に取ると持ち上げ、
「男はみんな助平なんです」
公言のようなイルカの宣言に、ついカカシは吹き出していた。
「あれ、カカシ先生。自分は違うなんて言いますか」
片眉を上げてイルカは尋ねてきた。口元を緩めながらカカシは手で否定した。
「いや、残念ながら。俺も助平ですよ」
テーブルに置かれた柿の種を摘んで口に入れば、イルカは少し眉をよせながらカカシを見ていた。
「なんか、カカシ先生は俺たちとは違う気がします」
俺たち、の言い方にカカシは首をかしげた。イルカの作る括りに自分がいないのが寂しくも感じてしまう。取り残され感にカカシは我ながらおかしいと感じながらも、自分のポーチの中を探った。
「一緒ですよ、違わないです。ほら」
取り出した愛読書をテーブルの上に置く。表装は読みくたびれてシワになり印字も少し擦れてきていた。
イルカは見た途端目を輝かせた。丸で子どもがオモチャを買ってもらったみたいに。
わー、と言いながら両手で本を取り、表紙を指で撫でている。
「これが噂のイチャパラですか。読んでも?」
キラキラの眼差しに苦笑しながらもどうぞ、と掌を見せれば、イルカはゆっくりと表紙を開いた。
程よく緩んでいるイルカの頬を眺めながらカカシは酒を飲んだ。カカシから見える本棚には、アカデミーで取り扱う忍術から薬草、忍犬の取り扱いに至る様々な本が詰め込まれているように並んでいる。その中にもチラホラ混じって並んでいる小説本。題名を見ただけで分かる。カカシも好んで買ったり立ち読みしたりした本だからだ。
ざっと並んでいる本を眺め、気になる本を見つけると、未だイチャパラに目を落としているイルカに、
「ね、先生、俺も本読ませてね」
と軽く声をかけ、返事待たずとも立ち上がり本棚まで移動すると、目当ての本を取り出した。
買うか悩んで、結局やめた。これイルカ先生貸してくれるかな。
赤くなった頬を指で摩りながら口元を綻ばせる。意外な共通点があるものだ。
カカシの周りに小説を読むような仲間はいない。まあ、読む時間がないと言われればそれまでだ。実際明日も久しぶりの休暇で、それまでは短期任務まではないにしても、掛け持ちでいくつかの任務を過密にこなしていた。
少しだけ読ませてもらおう。本棚の前でしゃがみ込むと、ぺらりと頁をめくり、カカシも本を読み始めた。
酔っ払い2人が別々で本を読んでいる。思えば面白い光景だ。文体を目で追いながらカカシは思った。しかもイルカはあのイチャパラを読んでいる。酔っていなければ決して開く事がなかった本だろう。読んだ感想も気になる。共感とまではいかないだろうが、同調してくれたら素直に嬉しい。
暫く本に集中し、片手で焼酎を飲み干しふと顔を上げれば、イルカが未だイチャパラに目を通している。
カカシは四つ這いに移動し、イルカの横に来た。
「ね、面白い?」
横から顔を覗かせ、目線を上げたイルカと目が合った。
「なかなか刺激的で、ちょっと驚いてます」
あはーと頬を緩めてイルカは笑う。未だ酔った笑い方にイルカからは日本酒の香りがした。
少し弓なりになる真っ黒い瞳。漆黒とは違う、奥が輝いている独特な色合いがカカシは嫌いじゃなかった。
その目は少し潤みを帯びている。
「あー、イルカ先生には刺激が強すぎましたかね」
イルカらしい発言にカカシはクスと笑うと、何処まで読んだの?とイルカの手元を覗き見た。
何回も読み返した名作に、少し解説を加えたらイルカはどう思うのかとか、頭に過った思考より先にカカシの視線が別の場所を捉えた。ズボンの前部分がが少し膨らんでいる。それは男なら直ぐに分かる男の生理的な反応に、イルカでも当たり前な事で気にする必要もない。が、酔いに任せた勢いでカカシの手が動いていた。
「先生勃ってる」
張り詰めた場所にカカシの指が触れると、イルカは声を漏らして分かりやすい位に身体をビクリとさせた。
少しからかいを含めた言動だった。その後も先もない。それだけだった筈なのに。
イルカの子供のような恥じらう姿にカカシは内心困惑を隠せなかった。
どうしてそんな顔をするのか分からない。もっと嫌がると思っていたからか。イルカの顔から目が離せなくなっていた。
布の上から指で上下に擦り上げればイルカは持っていた本でカカシの手を塞いだ。
「ちょっ、何するんですか!もう」
その言い方は怒ってはいるが棘がない。
ここで止めよう。
そう、酔っぱらいのイタズラで終わる。
頭の隅でそう思っているのに。手が止まらなかった。
「男はみんな助平だもんね、気にしなくていいじゃない。素直な反応だよ」
宥めるように優しく言いながら、カカシはイルカに身体を寄せた。
違うだろ。
軽く謝って止めろ。
カカシの思考はけたたましく警告音が鳴り響く。
「どうする?トイレ行く?」
などと言いながらもカカシは、イルカに触れる手を動かしていた。
鳴り響いていた警告音はテンポを変えながらジングルベルの音楽に変わる。
そこにカカシの脳に流れ込む確かな記憶。イルカがトナカイの着ぐるみを着て商店街を歩いていた。
去年のクリスマス。冷たい雨は客足を減らし、行き交う人も疎らだ。その中で雨に濡れて歩くトナカイの着ぐるみを着たイルカ。
自分は記憶力はいい。それは認識しているし、自負している。だが、その分余計な記憶は留めない。忍びとして生きていく故の武器として父親に教え込まれ、いつしかそれは習慣になった。
カカシ自身自分の身長も体重も知らないし、住所だってうろ覚えだ。関係する人間関係も必要最低限以外は留めない。興味がないとはまた違う。癖だ。任務以外の情報は記憶から全て切り捨てていた。
なのに、あの去年のクリスマスの光景は、今自分の脳にまざまざと蘇っている。先ほど居酒屋でイルカと話していた時にも気がついていた。気がついていたが、気がついていないフリをした。
何時ものように記憶から消した筈なのに。
寂しげなイルカの後ろ姿。濡れてトナカイの角が前に少し垂れていた。
あの時の商店街に降る雨の匂い。
疎らな中で見つけた子供に笑いかけるイルカの横顔。

気がつけば恥じらうイルカの顔を凝視していた。
違う。
俺は酔ってる。
だからってこんな事をしてはいけない。
「なっ、まっ、…カカシ先生てば…駄目ですよ」
しゃがみ込んだまま腰を引くイルカに、カカシは片手をイルカの背中に回した。服の上から伝わる暖かなイルカの背中の温もり。ベストを脱いだイルカの背中は少し汗ばんでいるように思えた。
「手伝ってあげる」
駄目だ。
「カカシ先生、俺はね一人で出来ますよ」
ちゃんと、出来ます。と逆にカカシを宥めるように、酔っ払いらしいおかしな台詞を言う。
止めろと強く言わない。最低だとか、いい加減にしろとか。
言ってよ。
なのに。イルカは駄目だと言いながらも、気持ちよさそうな表情をちらちらと見え隠れさせる。
いいの?イルカ先生。
もっと強く拒否してよ。
「いいから任せて。気持ちよくさせてあげる」
何を言ってるんだ。
「あ!?……ダメっ…ね、カカシせんっ」
イルカが言い終わる前に、カカシの手先は器用にイルカの前をくつろげ、下着からイルカの陰茎を取り出した。まだ柔らかさが残るそれは酷く熱い。
そう、イかせて終わり。そうしよう。だってイルカだって本気で嫌がってない。
手甲を外すと、そのまま上下に扱けば先走りでグチュンと水音を立て、イルカは嗚咽に似た声を漏らした。
初めて自分以外の男の陰茎を掴んでいる。しかも射精しんばかりに張り詰めた性器。
自分のよりは形も大きさも違い、擦り上げる力を微妙に調整する。
7回目。
今日、イルカと一緒に飲むのは7回目。
知らず知らずに数えていた。
行った回数を数えるなんて。そんな記憶一度でもなかった。
「やぁ、駄目…っ」
ビクビクと身体が跳ね、カカシの起こす行為からくる快楽に耐えるように、イルカはカカシのスボンをギュッと握った。その手を見た途端カカシの心臓は高鳴った。頭の中で繰り返した否定を隅に押しやり、イルカを満足させたい。ただそれだけに取り憑かれたように夢中になっていた。
既にしっかりと立ち上がるソレはそこだけ淫らで艶かしい。イルカは気持ち良さそうに頬を上気させ、眉頭を寄せ押し寄せる波をただ、息で逃すかのように短く息を吐き出している。
カカシはイルカの耳朶を甘く噛む。その行為にイルカの身体はまたしてもビクビクと跳ねる。
「……ね……ほら…イっていいよ…?」
優しく囁けば、応えるように手の中でイルカの熱が膨らみを増した。
扱きを早め、亀頭に指で刺激を与える。
「ふっ…ん…っ……あっ!」
鼻にかかるかん高い声を発し、イルカはカカシの手の中で果てた。防ぎきれなかった白濁はイルカのアンダーウェアに飛び散っている。
部屋には酒の香りに混じり雄の匂いが広がった。

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