Heaven①
たぶん知ったら嫌われるんだろう。
たぶんじゃない。絶対に。
絵に書いたような真面目な男に、カカシは木の幹に座りながら視線を送った。
隣の同僚と話しをしながら、歩き、朗らかに笑い声を立てている。
(なに、あの笑顔)
口布と額宛てで半分隠れている顔を、愛読書で更に隠しながら、カカシはその横顔から、後ろ姿まで見送った。
きっと、あの人はどす黒い闇を知らないんだろうし、汚く薄汚れた自分のような浅ましい気持ちなんて、持った事もないんだろう。
そう思えば思うほど、彼との距離はさらに離れた気がした。
いや、もともと親しい訳じゃないんだから、距離もクソもないが。
姿が見えなくなるまで見つめて、カカシはやがてため息と共に本に再び目を落とす。が、頭上に旋回する鳥に視線を上げた。
いつもと違う鳥の種類に目を眇める。
それから何回か旋回を繰り返すと、その鳥は北方へ消えた。
数日後、カカシは任務を遂行して里へ帰還した。潜入捜査は上手くいった。いつもと違う姿のカカシは、誰もその姿を見てもカカシだとは思っていない。この姿も極秘にされている。この姿で任務を受けるのも、火影直属以外はない。本来のチャクラも火影によって上手く包み隠されている。誰も素性を知ることがない。
軽快に木々を走り抜け、感じ取った気配に身体を止めた。木の上でしゃがみ込み、まだ誰もいない山道を見つめていると、やがてざわざわと話し声が聞こえ、子供たちが歩いているのが見えた。アカデミーの生徒だ。その後方にいる生徒を引率している教師。
捉えた気配に間違いなかった。イルカがリュックを背負って歩いていた。勿論子供たちもイルカも、カカシの気配に気が付くはずもなく。カカシがいる木の下をわいわい話をしながら歩いていく。
この少し先にある小さな湖にでも向かうのだろう。あの湖のあたりには薬として使える薬草が群生している。
お前たち、列を乱すなよ!と声を上げているイルカを見つめる。額には薄っすら汗を掻いていた。
その列を見送って。カカシは消えた先の道を眺めていたが。カカシはアカデミーの方角ではなく、イルカの向かっただろう先へ、身体を飛ばした。
「写真、撮りましょうか」
話しかけたかっただけだ。
その声に、イルカは振り返り、少しだけ黒い目を丸くさせた。その色の中には警戒も含ませているのを、カカシは見逃さなかった。
当たり前だ。木の葉の里内とは言え、少し離れた山林で、教師であるイルカが目の前の男の気配を感知していなかったのだ。
あくまでにこやかに。自分のいつもの素そのままだけど。それ以上にカカシは愛想良く微笑んだ。
だって、イルカは。目の前の自分がカカシだと分かっていない。
自分ではない自分。
それがイルカと話している。
変に気分が高揚する。
「子供たち、アカデミーの生徒ですよね?よかったら記念に一枚撮りますよ」
既に陰で数枚撮ってはいたが。それだけでは物足りなくなっていたのは事実だ。
「え、...しかし、」
警戒の色は解かれない。カカシはまたニコリと笑い、カメラを軽く持ち上げた。
「あ、俺ね昔はあなたと同じ忍びだったんですが、色々ありまして。今は写真家をやっています」
今日はたまたまこの湖の景色を撮りに来たんですよ。
そこまで言うと、イルカは漸く顔を緩ませた。
何枚か生徒とイルカの写真を撮る。ファインダー越しに見せるイルカの笑顔に、カメラにだと分かっていても。目が合う感覚に胸が疼く。
言いしれぬ興奮に、自分の沸き立つ気持ちを抑えながら、カカシはイルカに見えないように上唇を舐めた。
「いついただけるんですか?」
休憩が終わり、立ち去ろうとした時イルカに声をかけられ、カカシは振り返った。
またニコリと笑顔を作る。
「あぁ、そうですね。直接アカデミーへ持って行ってもいいですが...、」
言いよどむと、イルカはカカシの意図を察したのか苦笑いを見せた。
「関係者以外は立ち入り禁止ですからね。じゃあ、そうだな」
ふむ、と考え込む表情で視線をカカシから外した。
「郵送でよければ送りますよ」
軽く首を傾げながら言うカカシに、いえ、と首を振りながらまたカカシをその黒い目に写した。
「酒酒屋なんてどうですか」
「.....え?」
聞き返していた。
「安い居酒屋なんですが、行った事は?あ、お酒は飲まれないですか?」
「.....あ、...いや、酒は、まあ、飲めますけど」
まさか、イルカが誘ってくるなんて思いもよらなかったから。ただ、イルカに促されるままに答える。
「じゃあ決まりですね」
白い歯を見せながら、微笑むイルカは少し恥ずかしそうに何回か目を瞬きさせた。
その表情は、自分の今まで見てきた記憶にはなかった。同僚にだって。友人にだって、同じ職場の女性教員にも。当たり前だが、ーー自分にも。
鼻頭を掻きながら、カカシを再び見て、今までずっとにこやかだったカカシの表情の変化に、さすがに気が付いたのか、
「あ、...初めて会って、それはさすがに失礼ですね。すみません」
イルカが眉を下げて言った。
そこでカカシは漸く頬を緩ませる事が出来た。首を振る。
「いえ、是非。写真3日もあれば現像出来ますから。今週の金曜はどうですか?」
「予定ないです。じゃあ、金曜に」
生徒に呼ばれ、イルカはその生徒に手を挙げて応えると、カカシに向き直った。
「じゃあ、また」
嬉しそうに、目を細めて。イルカは頭を下げると生徒の元へ背を向け、またカカシへ振り返った。
「あの、」
「スケアです」
イルカにそう告げると、ほっとしたような嬉しそうな表情で微笑んだ。
「じゃあ、スケアさん」
再び頭を下げて、生徒へ駆け寄って行く。高く括った髪を揺らしながら。
カカシはその後ろ姿を、見つめながら微かに眉根を寄せていた。
一回。一回だけ。ナルトの元担任だったと声をかけられた後に。イルカを食事誘った。
答えはノー。上忍であるから、と、笑顔で一般的な理由で直ぐに断られた。
なのに。
肩にかけたカメラを手に取りファインダーを見つめる。そのファインダーの中にいた、あのイルカの笑顔を思いだして、また、スケアと名前を呼んだあの唇を思いだして。言いしれぬ気持ちがまた擡げてくる。
黒髪を掻き、息を吐き出すと、イルカと生徒が消えた方向へ視線を向けた。
イルカはアスマから訊いていた通り、酒には強かった。
何杯目かになるビールから焼酎にかわり、イルカはその焼酎のグラスを飲み干し、テーブルに置いた。カランと氷が鳴った。
縦肘をついたままイルカを見つめるカカシに、イルカがその視線に気が付き、少し潤んだ目を向けた。
「どうしました?」
「ううん。イルカ先生って酒強いんですね」
カカシはまだ二杯目のビールが残ったまま。そのビールを口に含んだ。
「スケアさんはそんな飲まれなかったなんて...誘った店が悪かったですかね」
しゅんとするイルカに、カカシは軽く笑った。
「いいよ。へーきへーき。この店、俺も仲間とよく来るんですよ。焼き鳥が旨いでしょ?」
そう言って、テーブルにあるさっき運ばれたばかりのつくねの串を取り、イルカに見せるように軽く持ち上げた。
イルカは嬉しそうに頷く。
「俺もここのつくね、大好きなんです」
カカシからそのつくねをもらうと、一つ、頬張る。唇に付いたタレをイルカの赤い下が舐め取った。自然な行為のはずなのに。
瞬間、どくん、と心臓が音を立てた。同時にぞくぞくとしたものが背中を走る。
イルカはまた一つ食べて、カカシを見た。
「ここによく来るなんて、俺一度もあなたをお見かけした事がなくて、」
ああ、とカカシは相槌を打つ。
「仕事柄世界中を旅してますから、里には殆ど戻りません。帰ってきた時、たまに、です」
「へえ、そうなんですか。世界中」
輝いた目にカカシは眉を下げた。
「だけどね、やっぱりここが一番落ち着きます」
その言葉に、イルカは深く頷いた。
「嬉しいです」
自分の事じゃないですけど、と、付け足しイルカはふ遠くを見る眼差しを作った。
「たまに、俺もたまに任務で里外にでたりしますけど、いつも阿吽の門をくぐって、里を眺めて。スケアさんが仰ったように、俺もそう実感しています」
まあ、俺なんか大した内容でも日程でもないんですけど、と、情けなく微笑む。
そのイルカが可愛く見え、簡単に目を奪われている事に気が付き、カカシは無理に視線を横にずらした。
「俺、嬉しかったんです」
「.....え、っと、何が?」
イルカの声に多少鈍りながら、聞き返すと、イルカは嬉しそうに目を細めた。
「写真です。ほら、日頃生徒と訓練するのに写真なんて撮りませんから。きっと、アイツらにとってもいい記念になりますよ」
ありがとうございます、と頭を下げて、顔を上げ嬉しそうな顔を見せる。
「生徒といるあなたの顔。すごく輝いていましたから。声かけてよかった」
どす黒い気持ちなんて知らないだろう、イルカは素直に嬉しそうに。自分に、いや、"スケア"に向けている。
自分でも分からない苛立ちがあるのに。それ以上にこの今の状況は酷く嬉しい。
カカシは金色の両目を細めた。
「あたなの笑顔は素敵ですから」
それは、カカシの本音だった。
その言葉を訊いた瞬間、イルカが目を丸くした。赤い顔が、目に見えるくらいに更に赤くなったのが分かった。
驚きにカカシは息を呑んで、見せられた表情を見つめた。
イルカはぎこちないくらいに目を伏せテーブルに視線を落とす。
「.....ありがとうございます」
再び視線をカカシに向け、小さく微笑んだ。
やばい。
血の巡りが、分かりやすいくらいに下半身に集まる。
ただ酔っていて、恥ずかしがっているだけだ。
そう、思ってるのに。
誘ってんのか、この人。
違うと思いたい。この人が、男を誘うはずがない。あるはずがない。あってはいけない。
そうだ。気のせいだ。
カカシは鎮める為に、唇を軽く噛む。噛みながら、グラスを取りビールを飲み干した。
さっさとこの場から消えて女を抱きたい。適当に誰でもいい。花街でも何でも。
「じゃあ、そろそろお開きにしますか」
立ち上がると、イルカも素直に頷いて立ち上がる。
これはお礼ですから、とイルカが支払いを済ませ、二人で店を出る。
「写真ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。ご馳走になって。美味しかったですよ」
ニコリとイルカに微笑む。
「あのっ」
直ぐに背中を見せたカカシに、イルカが声をかけた。イルカに向き直る。
早く、イルカから離れたいのだが。
その気持ちをひた隠しにし、カカシは微笑み首を傾げた。
「どうしたんです?」
そう訊いても、あの、と、もごもご俯いたまま言葉を濁し、何を言おうとしているのか、カカシは眉を寄せてイルカに一歩近づき、顔をのぞき込んだ。
「なに?どうしたんです?」
瞬間、イルカがバっと顔を上げる。間近に迫ったイルカの顔に驚き、カカシは自然顎を引いて距離を取っていた。
金色の目を、イルカの黒い目が見つめる。
「よかったら、俺の家で飲んできませんか」
緊張しているのが、よく分かった。
彼の心音を直ぐ近くで耳を澄ませてもいないのに、どくどく高鳴っているのだと、分かる。
たぶん、一瞬目を開いたカカシは、イルカを押し出すように地面へ向ける。
この人、ホントに誘ってる。
泣きたくなるのに、笑いがこみ上げてくる。
心の中で、ぐるぐると様々な気持ちが渦巻き、ーーやがて、カカシは顔を上げた。
にこと笑った。
「いいですよ。勿論」
金色の目に写るイルカは、顔を赤らめながら安堵した表情を見せた。
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たぶんじゃない。絶対に。
絵に書いたような真面目な男に、カカシは木の幹に座りながら視線を送った。
隣の同僚と話しをしながら、歩き、朗らかに笑い声を立てている。
(なに、あの笑顔)
口布と額宛てで半分隠れている顔を、愛読書で更に隠しながら、カカシはその横顔から、後ろ姿まで見送った。
きっと、あの人はどす黒い闇を知らないんだろうし、汚く薄汚れた自分のような浅ましい気持ちなんて、持った事もないんだろう。
そう思えば思うほど、彼との距離はさらに離れた気がした。
いや、もともと親しい訳じゃないんだから、距離もクソもないが。
姿が見えなくなるまで見つめて、カカシはやがてため息と共に本に再び目を落とす。が、頭上に旋回する鳥に視線を上げた。
いつもと違う鳥の種類に目を眇める。
それから何回か旋回を繰り返すと、その鳥は北方へ消えた。
数日後、カカシは任務を遂行して里へ帰還した。潜入捜査は上手くいった。いつもと違う姿のカカシは、誰もその姿を見てもカカシだとは思っていない。この姿も極秘にされている。この姿で任務を受けるのも、火影直属以外はない。本来のチャクラも火影によって上手く包み隠されている。誰も素性を知ることがない。
軽快に木々を走り抜け、感じ取った気配に身体を止めた。木の上でしゃがみ込み、まだ誰もいない山道を見つめていると、やがてざわざわと話し声が聞こえ、子供たちが歩いているのが見えた。アカデミーの生徒だ。その後方にいる生徒を引率している教師。
捉えた気配に間違いなかった。イルカがリュックを背負って歩いていた。勿論子供たちもイルカも、カカシの気配に気が付くはずもなく。カカシがいる木の下をわいわい話をしながら歩いていく。
この少し先にある小さな湖にでも向かうのだろう。あの湖のあたりには薬として使える薬草が群生している。
お前たち、列を乱すなよ!と声を上げているイルカを見つめる。額には薄っすら汗を掻いていた。
その列を見送って。カカシは消えた先の道を眺めていたが。カカシはアカデミーの方角ではなく、イルカの向かっただろう先へ、身体を飛ばした。
「写真、撮りましょうか」
話しかけたかっただけだ。
その声に、イルカは振り返り、少しだけ黒い目を丸くさせた。その色の中には警戒も含ませているのを、カカシは見逃さなかった。
当たり前だ。木の葉の里内とは言え、少し離れた山林で、教師であるイルカが目の前の男の気配を感知していなかったのだ。
あくまでにこやかに。自分のいつもの素そのままだけど。それ以上にカカシは愛想良く微笑んだ。
だって、イルカは。目の前の自分がカカシだと分かっていない。
自分ではない自分。
それがイルカと話している。
変に気分が高揚する。
「子供たち、アカデミーの生徒ですよね?よかったら記念に一枚撮りますよ」
既に陰で数枚撮ってはいたが。それだけでは物足りなくなっていたのは事実だ。
「え、...しかし、」
警戒の色は解かれない。カカシはまたニコリと笑い、カメラを軽く持ち上げた。
「あ、俺ね昔はあなたと同じ忍びだったんですが、色々ありまして。今は写真家をやっています」
今日はたまたまこの湖の景色を撮りに来たんですよ。
そこまで言うと、イルカは漸く顔を緩ませた。
何枚か生徒とイルカの写真を撮る。ファインダー越しに見せるイルカの笑顔に、カメラにだと分かっていても。目が合う感覚に胸が疼く。
言いしれぬ興奮に、自分の沸き立つ気持ちを抑えながら、カカシはイルカに見えないように上唇を舐めた。
「いついただけるんですか?」
休憩が終わり、立ち去ろうとした時イルカに声をかけられ、カカシは振り返った。
またニコリと笑顔を作る。
「あぁ、そうですね。直接アカデミーへ持って行ってもいいですが...、」
言いよどむと、イルカはカカシの意図を察したのか苦笑いを見せた。
「関係者以外は立ち入り禁止ですからね。じゃあ、そうだな」
ふむ、と考え込む表情で視線をカカシから外した。
「郵送でよければ送りますよ」
軽く首を傾げながら言うカカシに、いえ、と首を振りながらまたカカシをその黒い目に写した。
「酒酒屋なんてどうですか」
「.....え?」
聞き返していた。
「安い居酒屋なんですが、行った事は?あ、お酒は飲まれないですか?」
「.....あ、...いや、酒は、まあ、飲めますけど」
まさか、イルカが誘ってくるなんて思いもよらなかったから。ただ、イルカに促されるままに答える。
「じゃあ決まりですね」
白い歯を見せながら、微笑むイルカは少し恥ずかしそうに何回か目を瞬きさせた。
その表情は、自分の今まで見てきた記憶にはなかった。同僚にだって。友人にだって、同じ職場の女性教員にも。当たり前だが、ーー自分にも。
鼻頭を掻きながら、カカシを再び見て、今までずっとにこやかだったカカシの表情の変化に、さすがに気が付いたのか、
「あ、...初めて会って、それはさすがに失礼ですね。すみません」
イルカが眉を下げて言った。
そこでカカシは漸く頬を緩ませる事が出来た。首を振る。
「いえ、是非。写真3日もあれば現像出来ますから。今週の金曜はどうですか?」
「予定ないです。じゃあ、金曜に」
生徒に呼ばれ、イルカはその生徒に手を挙げて応えると、カカシに向き直った。
「じゃあ、また」
嬉しそうに、目を細めて。イルカは頭を下げると生徒の元へ背を向け、またカカシへ振り返った。
「あの、」
「スケアです」
イルカにそう告げると、ほっとしたような嬉しそうな表情で微笑んだ。
「じゃあ、スケアさん」
再び頭を下げて、生徒へ駆け寄って行く。高く括った髪を揺らしながら。
カカシはその後ろ姿を、見つめながら微かに眉根を寄せていた。
一回。一回だけ。ナルトの元担任だったと声をかけられた後に。イルカを食事誘った。
答えはノー。上忍であるから、と、笑顔で一般的な理由で直ぐに断られた。
なのに。
肩にかけたカメラを手に取りファインダーを見つめる。そのファインダーの中にいた、あのイルカの笑顔を思いだして、また、スケアと名前を呼んだあの唇を思いだして。言いしれぬ気持ちがまた擡げてくる。
黒髪を掻き、息を吐き出すと、イルカと生徒が消えた方向へ視線を向けた。
イルカはアスマから訊いていた通り、酒には強かった。
何杯目かになるビールから焼酎にかわり、イルカはその焼酎のグラスを飲み干し、テーブルに置いた。カランと氷が鳴った。
縦肘をついたままイルカを見つめるカカシに、イルカがその視線に気が付き、少し潤んだ目を向けた。
「どうしました?」
「ううん。イルカ先生って酒強いんですね」
カカシはまだ二杯目のビールが残ったまま。そのビールを口に含んだ。
「スケアさんはそんな飲まれなかったなんて...誘った店が悪かったですかね」
しゅんとするイルカに、カカシは軽く笑った。
「いいよ。へーきへーき。この店、俺も仲間とよく来るんですよ。焼き鳥が旨いでしょ?」
そう言って、テーブルにあるさっき運ばれたばかりのつくねの串を取り、イルカに見せるように軽く持ち上げた。
イルカは嬉しそうに頷く。
「俺もここのつくね、大好きなんです」
カカシからそのつくねをもらうと、一つ、頬張る。唇に付いたタレをイルカの赤い下が舐め取った。自然な行為のはずなのに。
瞬間、どくん、と心臓が音を立てた。同時にぞくぞくとしたものが背中を走る。
イルカはまた一つ食べて、カカシを見た。
「ここによく来るなんて、俺一度もあなたをお見かけした事がなくて、」
ああ、とカカシは相槌を打つ。
「仕事柄世界中を旅してますから、里には殆ど戻りません。帰ってきた時、たまに、です」
「へえ、そうなんですか。世界中」
輝いた目にカカシは眉を下げた。
「だけどね、やっぱりここが一番落ち着きます」
その言葉に、イルカは深く頷いた。
「嬉しいです」
自分の事じゃないですけど、と、付け足しイルカはふ遠くを見る眼差しを作った。
「たまに、俺もたまに任務で里外にでたりしますけど、いつも阿吽の門をくぐって、里を眺めて。スケアさんが仰ったように、俺もそう実感しています」
まあ、俺なんか大した内容でも日程でもないんですけど、と、情けなく微笑む。
そのイルカが可愛く見え、簡単に目を奪われている事に気が付き、カカシは無理に視線を横にずらした。
「俺、嬉しかったんです」
「.....え、っと、何が?」
イルカの声に多少鈍りながら、聞き返すと、イルカは嬉しそうに目を細めた。
「写真です。ほら、日頃生徒と訓練するのに写真なんて撮りませんから。きっと、アイツらにとってもいい記念になりますよ」
ありがとうございます、と頭を下げて、顔を上げ嬉しそうな顔を見せる。
「生徒といるあなたの顔。すごく輝いていましたから。声かけてよかった」
どす黒い気持ちなんて知らないだろう、イルカは素直に嬉しそうに。自分に、いや、"スケア"に向けている。
自分でも分からない苛立ちがあるのに。それ以上にこの今の状況は酷く嬉しい。
カカシは金色の両目を細めた。
「あたなの笑顔は素敵ですから」
それは、カカシの本音だった。
その言葉を訊いた瞬間、イルカが目を丸くした。赤い顔が、目に見えるくらいに更に赤くなったのが分かった。
驚きにカカシは息を呑んで、見せられた表情を見つめた。
イルカはぎこちないくらいに目を伏せテーブルに視線を落とす。
「.....ありがとうございます」
再び視線をカカシに向け、小さく微笑んだ。
やばい。
血の巡りが、分かりやすいくらいに下半身に集まる。
ただ酔っていて、恥ずかしがっているだけだ。
そう、思ってるのに。
誘ってんのか、この人。
違うと思いたい。この人が、男を誘うはずがない。あるはずがない。あってはいけない。
そうだ。気のせいだ。
カカシは鎮める為に、唇を軽く噛む。噛みながら、グラスを取りビールを飲み干した。
さっさとこの場から消えて女を抱きたい。適当に誰でもいい。花街でも何でも。
「じゃあ、そろそろお開きにしますか」
立ち上がると、イルカも素直に頷いて立ち上がる。
これはお礼ですから、とイルカが支払いを済ませ、二人で店を出る。
「写真ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。ご馳走になって。美味しかったですよ」
ニコリとイルカに微笑む。
「あのっ」
直ぐに背中を見せたカカシに、イルカが声をかけた。イルカに向き直る。
早く、イルカから離れたいのだが。
その気持ちをひた隠しにし、カカシは微笑み首を傾げた。
「どうしたんです?」
そう訊いても、あの、と、もごもご俯いたまま言葉を濁し、何を言おうとしているのか、カカシは眉を寄せてイルカに一歩近づき、顔をのぞき込んだ。
「なに?どうしたんです?」
瞬間、イルカがバっと顔を上げる。間近に迫ったイルカの顔に驚き、カカシは自然顎を引いて距離を取っていた。
金色の目を、イルカの黒い目が見つめる。
「よかったら、俺の家で飲んできませんか」
緊張しているのが、よく分かった。
彼の心音を直ぐ近くで耳を澄ませてもいないのに、どくどく高鳴っているのだと、分かる。
たぶん、一瞬目を開いたカカシは、イルカを押し出すように地面へ向ける。
この人、ホントに誘ってる。
泣きたくなるのに、笑いがこみ上げてくる。
心の中で、ぐるぐると様々な気持ちが渦巻き、ーーやがて、カカシは顔を上げた。
にこと笑った。
「いいですよ。勿論」
金色の目に写るイルカは、顔を赤らめながら安堵した表情を見せた。
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