悪戯な②
なんでこうなった。
考えても仕方のない事だと分かっているが、カカシが何度目かになるため息を吐き出した。
シズネから押しつけられるるように渡された、子供の着替えや衛生用品が入った袋を抱え。
足下ではひたすら飽きずに自分の名前を呼び続けている子供、否、イルカーー。
困ったような表情に変化したのに気がつき、カカシはイルカを見た。
「なに?」
「ラーメン」
「え?」
「ラーメン、ください」
背の高いカカシを大きな目でじっと見上げて。
「...えっと...もしかして腹減ってる?」
「うん、そうそう」
こくこくと頷く。確かラーメンが好物でよく食べにいくとナルトが言ってたな。本当に好きなんだと、納得して。
「いいよ、一楽行こっか」
カカシは向きを変えて歩き出した。
カカシの背後を一生懸命に走ってついてくる子供を肩越しに眺める。この風貌で子連れなんて異様だ。周りの視線も多少痛いが。気にしてられない。
(これが任務って...)
依頼人が火影なら稼ぎもクソもないじゃないの。
嘆息してゆっくりと幼いイルカに合わせるように歩調を緩めた。
「ラーメン一つね」
暖簾をくぐり、まだ客のいないカウンターに腰掛ける。
はいよ、と威勢のいい返事の後に、カカシはああ、と思いだしたように声を出した。
「あと小皿とフォークとスプーンも」
「はい?」
変な注文に聞き返されるが、カカシは同じ注文を繰り返す。
イルカを抱え上げると隣に座らせた。
突然の子供の登場に店主は目を丸くしながら、どう納得したらいいか分からない顔を見せる。
「ね、お願い」
「ラーメンください!」
嬉しそうにイルカがテーブルをバンバンと叩く。
「イルカ先生、ダメだよ。叩かない」
「...え?」
振り返った店主にカカシが苦笑いした。
「いや、この子ね、イルカって言うの」
似てるでしょ?
指を指して、笑って誤魔化す。
「ああ、そうですね。傷痕なんか特に」
「ねえ」
眉を下げて笑って。
イルカは嬉しそうに今度は割り箸を数本取り出し、ご機嫌で遊び始める。
「ほら、ダメだよイルカ。遊ばない」
「はい。ごめんください」
間違った誤り方でしゅんとする。取り敢えずは自分の言うことを聞いてくれているだけマシか。子供の扱い方がどうも分からない。しかも中身はあのイルカだ。
「はいよ、おまち」
縦肘をついて小さなイルカを眺めていると、ラーメンが置かれた。続けて小皿やフォークも置かれる。
小皿に装いイルカの目の前に置くと、嬉しそうな顔で早速とラーメンを口にした。
「あちっ」
「あぁ、ふーして。ふー」
「はい」
言われた通りに息を吹きかけて頬張る。
「可愛いっすね」
店主が一生懸命食べているイルカを眺めて言った。歳からしたら孫みないなものなんだろうか。どう見ても明らかに訳ありだろうと、カカシを気遣ってか、それ以上の詮索はない。
「そうね」
同調を含ませてみるも、どう答えたらいいのか。どうしても素直に可愛いという気持ちが持てない。複雑な心境のまま、イルカを見た。
「カカシ、食べて」
ラーメンに手をつけずにいるのが気になったのか、イルカが遊び倒した割り箸をカカシに差し出した。
「はいはい」
カカシも腹が減っていた。黙ってラーメンを啜る。
「おいしいねぇ」
ニッコリと微笑む。
(あぁ。イルカ先生って笑うとこんな顔をするんだ)
ぼんやりと、イルカを眺めながら思った。いつも自分に見せるのは、笑顔のない、仏頂面のイルカばかりで。たまに仲間と笑い合っているのを見かけた事はあるが。自分に向けてくれた事は一度もなかった。
屈託のない、警戒心のない笑顔。大人のイルカと重ね思い浮かべる。
でもその笑顔は今後も見ることがないだろう。
大人に戻ったらその笑顔を見せてくれる保証はどこにもない。
苦しいな、と思いながら目の前にいるイルカに微笑んだ。
カカシは家に付くと、イルカを上がらせる。イルカは嬉しそうに部屋の中を走り回った。
ま、部屋の中だからいいか。
カカシはイルカを横目で見ながらソファにドサリと身体を埋めた。変気気疲れしてしまったのか。Sクラスの任務から重ねて与えられたイルカの面倒。ソファに沈みながらイルカを見ると、どこから引っ張り出したのか、紙とペンで何かを描いている。
まさしく子供の仕草に、またカカシはぼんやり眺めながら息を吐き出した。
「いちごでーす」
目を閉じていると声をかけられ、目を開けるとイルカが嬉しそうに紙をカカシに見せている。
乱暴に書き殴られた赤い丸。
「いちご?」
「うん、そうそう」
嬉しそうに返事をする。
「あー、そう、上手いね」
じょうずじょうず、と言って、怠そうにまた瞼を閉じる。ふと手に暖かいものが触れた。うっすら目を開ける。イルカがソファによじ登ったのか、隣に座りカカシの手を小さな手で握っていた。
「...なに?」
聞くとイルカはじっとカカシを見つめ、
「どした?」
と言い、イルカは心配そうに黒い瞳を覗かせていた。黙ってイルカの顔を眺めていると、
「カカシ」
大切な物を呼ぶように。イルカが名前を呼ぶ。複雑な気持ち。じくじくと胸が疼く。気が付けば口を開いていた。
「...イルカ先生。アンタさ、本当に俺の事好きなの?」
まん丸なあどけない顔をしているイルカを見つめる。
「ね、先生。だったら先生に戻ったらそう言ってよ。アンタの笑顔、嫌いじゃないんだよね。...だから俺にも笑って?」
小さな手に力が入ったのが分かった。
「カカシ」
「なに?」
「大好き」
「うん、そうね」
「大好き」
「うん」
言っても分かんないよね。小さなイルカを見て微笑む。
「カカシは好き?」
イルカは首を傾げた。
「......」
「カカシは、好き?」
そんな事。急に言われても。
子供のイルカだって分かってるのに。
適当に頷けばいいのに。
また大人のイルカの表情がかぶる。
カカシは眉根を寄せていた。
小さな子をお風呂に入れて寝かしつける。思ったより骨が折れた。無邪気にはしゃぐイルカと同じ布団にもぐり横で寝かせる。幸せそうにカカシを見ては微笑む。本当に嬉しそうに。
寝かしつけたら散らかった部屋を片づけようか、今日読めなかった本を読もうか。そんな事を考えながらイルカの寝顔を見つめて。
気が付けばカカシも眠りに落ちていた。
不意の気配にカカシは目を覚ました。外はまだ薄暗い。イルカはまだ横で静かに寝息をたてている。黒く長い睫が子供らしいあどけなさを見せる。カカシはむくりと起き上がり外に在る気配に改めて嘆息した。
口布を着け窓を開ける。
紅とシズネ。珍しい組み合わせは昨日の今日で正直嬉しくない。カカシは眉を寄せながらも外に出た。
「なに?」
頭を掻きながら気怠そうに立つカカシに、紅が口を開いた。
「任務ですって」
成る程、とカカシは頭を掻いたまま軽く頷いた。
「...イルカ先生はどうすんの?」
「私が預かります」
言ったシズネに視線を向ける。
随分勝手な申し出にも感じるが、任務ならば仕方がない。
眠そうな目を部屋へ向けた。
玄関から部屋に入りベットへ向かう。深い眠りにいるだろうイルカを起こすか、さすがに躊躇い、カカシは寝たままのイルカを抱き上げた。
「...カカシ?」
イルカが身じろぎして薄く目を開いた。ぼんやりしているイルカをシズネに渡す。そこでイルカははっきりと目を開けた。
「やだ!」
反射的にか、イルカはカカシから離れた事で声を上げた。
「イルカ先生、ごめんね。出かける事になったのよ」
「いや!!カカシがいい!!」
シズネから暴れるようにして降りると、カカシの脚にしがみついた。
「あのね、先生。任務なの。分かる?アンタも忍びならわきまえてるでしょ?」
必死にしがみつくイルカを見下ろして言う。中身も3歳児になっているとは言え、それくらい頭の片隅に残っててもいいだろうと、言い放つ。
「カカシさん」
それは言っても無駄ですよ、とシズネは小さく首を振った。それを表すかのようにイルカは大きな目に涙の膜を張った。
「行っちゃだめ!」
小さな手でぎゅっとズボンを掴む。カカシはその手を引き剥がすとしゃがみ込みイルカの目を見た。今にもこぼれ落ちそうな涙を目に浮かべている。
カカシは息を吐き出した。
「帰ったらイルカ先生に会いにくるから。ね?」
イルカが元に戻ったら会う訳がない。目の前にいるイルカに分かり切った嘘を吐くのは、多少気が引けたが。
イルカは悲しそうな目で強く首を横に振る。その弾みで涙が落ち頬を伝った。ぎゅうとカカシの首にしがみついた。
「カカシは...」
耳元で震える声を出す。
「なに?」
「カカシは、...イルカを大事でしょ?」
カカシにしがみつく細い腕に力を入れる。
「.......」
カカシは苦笑いを浮かべた。
「そうね」
呟き、イルカを離すとシズネに目で合図する。
カカシは姿を消した。
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考えても仕方のない事だと分かっているが、カカシが何度目かになるため息を吐き出した。
シズネから押しつけられるるように渡された、子供の着替えや衛生用品が入った袋を抱え。
足下ではひたすら飽きずに自分の名前を呼び続けている子供、否、イルカーー。
困ったような表情に変化したのに気がつき、カカシはイルカを見た。
「なに?」
「ラーメン」
「え?」
「ラーメン、ください」
背の高いカカシを大きな目でじっと見上げて。
「...えっと...もしかして腹減ってる?」
「うん、そうそう」
こくこくと頷く。確かラーメンが好物でよく食べにいくとナルトが言ってたな。本当に好きなんだと、納得して。
「いいよ、一楽行こっか」
カカシは向きを変えて歩き出した。
カカシの背後を一生懸命に走ってついてくる子供を肩越しに眺める。この風貌で子連れなんて異様だ。周りの視線も多少痛いが。気にしてられない。
(これが任務って...)
依頼人が火影なら稼ぎもクソもないじゃないの。
嘆息してゆっくりと幼いイルカに合わせるように歩調を緩めた。
「ラーメン一つね」
暖簾をくぐり、まだ客のいないカウンターに腰掛ける。
はいよ、と威勢のいい返事の後に、カカシはああ、と思いだしたように声を出した。
「あと小皿とフォークとスプーンも」
「はい?」
変な注文に聞き返されるが、カカシは同じ注文を繰り返す。
イルカを抱え上げると隣に座らせた。
突然の子供の登場に店主は目を丸くしながら、どう納得したらいいか分からない顔を見せる。
「ね、お願い」
「ラーメンください!」
嬉しそうにイルカがテーブルをバンバンと叩く。
「イルカ先生、ダメだよ。叩かない」
「...え?」
振り返った店主にカカシが苦笑いした。
「いや、この子ね、イルカって言うの」
似てるでしょ?
指を指して、笑って誤魔化す。
「ああ、そうですね。傷痕なんか特に」
「ねえ」
眉を下げて笑って。
イルカは嬉しそうに今度は割り箸を数本取り出し、ご機嫌で遊び始める。
「ほら、ダメだよイルカ。遊ばない」
「はい。ごめんください」
間違った誤り方でしゅんとする。取り敢えずは自分の言うことを聞いてくれているだけマシか。子供の扱い方がどうも分からない。しかも中身はあのイルカだ。
「はいよ、おまち」
縦肘をついて小さなイルカを眺めていると、ラーメンが置かれた。続けて小皿やフォークも置かれる。
小皿に装いイルカの目の前に置くと、嬉しそうな顔で早速とラーメンを口にした。
「あちっ」
「あぁ、ふーして。ふー」
「はい」
言われた通りに息を吹きかけて頬張る。
「可愛いっすね」
店主が一生懸命食べているイルカを眺めて言った。歳からしたら孫みないなものなんだろうか。どう見ても明らかに訳ありだろうと、カカシを気遣ってか、それ以上の詮索はない。
「そうね」
同調を含ませてみるも、どう答えたらいいのか。どうしても素直に可愛いという気持ちが持てない。複雑な心境のまま、イルカを見た。
「カカシ、食べて」
ラーメンに手をつけずにいるのが気になったのか、イルカが遊び倒した割り箸をカカシに差し出した。
「はいはい」
カカシも腹が減っていた。黙ってラーメンを啜る。
「おいしいねぇ」
ニッコリと微笑む。
(あぁ。イルカ先生って笑うとこんな顔をするんだ)
ぼんやりと、イルカを眺めながら思った。いつも自分に見せるのは、笑顔のない、仏頂面のイルカばかりで。たまに仲間と笑い合っているのを見かけた事はあるが。自分に向けてくれた事は一度もなかった。
屈託のない、警戒心のない笑顔。大人のイルカと重ね思い浮かべる。
でもその笑顔は今後も見ることがないだろう。
大人に戻ったらその笑顔を見せてくれる保証はどこにもない。
苦しいな、と思いながら目の前にいるイルカに微笑んだ。
カカシは家に付くと、イルカを上がらせる。イルカは嬉しそうに部屋の中を走り回った。
ま、部屋の中だからいいか。
カカシはイルカを横目で見ながらソファにドサリと身体を埋めた。変気気疲れしてしまったのか。Sクラスの任務から重ねて与えられたイルカの面倒。ソファに沈みながらイルカを見ると、どこから引っ張り出したのか、紙とペンで何かを描いている。
まさしく子供の仕草に、またカカシはぼんやり眺めながら息を吐き出した。
「いちごでーす」
目を閉じていると声をかけられ、目を開けるとイルカが嬉しそうに紙をカカシに見せている。
乱暴に書き殴られた赤い丸。
「いちご?」
「うん、そうそう」
嬉しそうに返事をする。
「あー、そう、上手いね」
じょうずじょうず、と言って、怠そうにまた瞼を閉じる。ふと手に暖かいものが触れた。うっすら目を開ける。イルカがソファによじ登ったのか、隣に座りカカシの手を小さな手で握っていた。
「...なに?」
聞くとイルカはじっとカカシを見つめ、
「どした?」
と言い、イルカは心配そうに黒い瞳を覗かせていた。黙ってイルカの顔を眺めていると、
「カカシ」
大切な物を呼ぶように。イルカが名前を呼ぶ。複雑な気持ち。じくじくと胸が疼く。気が付けば口を開いていた。
「...イルカ先生。アンタさ、本当に俺の事好きなの?」
まん丸なあどけない顔をしているイルカを見つめる。
「ね、先生。だったら先生に戻ったらそう言ってよ。アンタの笑顔、嫌いじゃないんだよね。...だから俺にも笑って?」
小さな手に力が入ったのが分かった。
「カカシ」
「なに?」
「大好き」
「うん、そうね」
「大好き」
「うん」
言っても分かんないよね。小さなイルカを見て微笑む。
「カカシは好き?」
イルカは首を傾げた。
「......」
「カカシは、好き?」
そんな事。急に言われても。
子供のイルカだって分かってるのに。
適当に頷けばいいのに。
また大人のイルカの表情がかぶる。
カカシは眉根を寄せていた。
小さな子をお風呂に入れて寝かしつける。思ったより骨が折れた。無邪気にはしゃぐイルカと同じ布団にもぐり横で寝かせる。幸せそうにカカシを見ては微笑む。本当に嬉しそうに。
寝かしつけたら散らかった部屋を片づけようか、今日読めなかった本を読もうか。そんな事を考えながらイルカの寝顔を見つめて。
気が付けばカカシも眠りに落ちていた。
不意の気配にカカシは目を覚ました。外はまだ薄暗い。イルカはまだ横で静かに寝息をたてている。黒く長い睫が子供らしいあどけなさを見せる。カカシはむくりと起き上がり外に在る気配に改めて嘆息した。
口布を着け窓を開ける。
紅とシズネ。珍しい組み合わせは昨日の今日で正直嬉しくない。カカシは眉を寄せながらも外に出た。
「なに?」
頭を掻きながら気怠そうに立つカカシに、紅が口を開いた。
「任務ですって」
成る程、とカカシは頭を掻いたまま軽く頷いた。
「...イルカ先生はどうすんの?」
「私が預かります」
言ったシズネに視線を向ける。
随分勝手な申し出にも感じるが、任務ならば仕方がない。
眠そうな目を部屋へ向けた。
玄関から部屋に入りベットへ向かう。深い眠りにいるだろうイルカを起こすか、さすがに躊躇い、カカシは寝たままのイルカを抱き上げた。
「...カカシ?」
イルカが身じろぎして薄く目を開いた。ぼんやりしているイルカをシズネに渡す。そこでイルカははっきりと目を開けた。
「やだ!」
反射的にか、イルカはカカシから離れた事で声を上げた。
「イルカ先生、ごめんね。出かける事になったのよ」
「いや!!カカシがいい!!」
シズネから暴れるようにして降りると、カカシの脚にしがみついた。
「あのね、先生。任務なの。分かる?アンタも忍びならわきまえてるでしょ?」
必死にしがみつくイルカを見下ろして言う。中身も3歳児になっているとは言え、それくらい頭の片隅に残っててもいいだろうと、言い放つ。
「カカシさん」
それは言っても無駄ですよ、とシズネは小さく首を振った。それを表すかのようにイルカは大きな目に涙の膜を張った。
「行っちゃだめ!」
小さな手でぎゅっとズボンを掴む。カカシはその手を引き剥がすとしゃがみ込みイルカの目を見た。今にもこぼれ落ちそうな涙を目に浮かべている。
カカシは息を吐き出した。
「帰ったらイルカ先生に会いにくるから。ね?」
イルカが元に戻ったら会う訳がない。目の前にいるイルカに分かり切った嘘を吐くのは、多少気が引けたが。
イルカは悲しそうな目で強く首を横に振る。その弾みで涙が落ち頬を伝った。ぎゅうとカカシの首にしがみついた。
「カカシは...」
耳元で震える声を出す。
「なに?」
「カカシは、...イルカを大事でしょ?」
カカシにしがみつく細い腕に力を入れる。
「.......」
カカシは苦笑いを浮かべた。
「そうね」
呟き、イルカを離すとシズネに目で合図する。
カカシは姿を消した。
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