果報①

休憩がてら昼飯をとるべく西の森近くにある演習場裏手へ向かっていた。然程遠くもなく、人気がなく休憩するには格好の場所。
背中からかかった声の主が分かったカカシは振り返る事はしなかった。だが、この時間には珍しいのと変に関心していた先に、カカシの横につき、足並みを揃えてきた。
「昼は」
楊枝を咥えながら聞くアスマを横目でチラリと見やった。
「いまから」
素っ気ない口調に隣の大男は気にする事はない。
「付き合ってもいいか」
「………」
わざと沈黙して疎ましい視線を送るとアスマは苦笑いした。
「ちょっとぐらいいいだろ」
話済んだら直ぐ退散するからよ
そう加えるアスマは、そこまで空気の読めない男ではないとカカシ自身知ってはいるから、少しだけね、と小さく返答した。
いつもの場所に着くと、カカシは胡座をかいて座り弁当を取り出す。弁当を包んでいるのは緑と赤のタータンチェックの布。この弁当を作った者の所有物だ。無論弁当箱も。
食べるのを見るなとも、隠そうとも思わない。カカシは躊躇なく包みを開いて銀色の弁当箱を開けた。見た目そこまで美しくはないが、卵焼き、ウィンナー、焼鮭に添えられた野菜が少し。彩りは多少落ちるが、手作り感漂うのその弁当は食欲をそそる内容だった。
アスマはおっと小さく声を発すると、箸を手に取り食べ始めるカカシを眺めた。既に昼を済ませたアスマは楊枝から煙草へと咥え直すと、火を点ける。言おうか言わまいか躊躇っているのをわかっていながら、カカシは無視してパクパクと食べ続けて、やっぱり美味しいと、胃に染み込むイルカの味付けを堪能していた。
「…お前って弁当作るような女と付き合うようなタイプだったか?」
流石にカカシが自作したとは思えないらしい。ある程度遠慮しがちに聞いてきた。その言い方から純粋に不思議に思っていると、そんな風だった。
「最近昼は店で会わないと思ったけどよ」
と付け足され、カカシはああ、と軽く相槌をし、おかずの脇に添えられているプチトマトを箸でつまみ口に放り込んだ。
「それ、自分で作った訳じゃねえよな?」
「まさか」
まだ信じられないと言う感じの聞き方に、返答をしながら、今度は卵焼きを口にする。少し焦げているのは、朝イルカが作っている最中にちょっかいを出して、出来てしまったものだ。朝忍服に着替えてエプロンをして台所に立つイルカの後ろ姿を眺めていたら、その弁当一つに真剣な眼差しをしたイルカを見て堪らなく愛おしくなってしまったのだから仕方がない。しかも、その弁当は誰のものでもない、自分の為なのだ。カカシが食べる為に作ってくれている。忍服を着て火を使えば匂いが服に着くだろうに。なんて思うが。
以前パジャマの上から着たエプロン姿を見た時に、可愛さから押し倒しそのまま行為に及んでしまった事があった。あの時はどこまで許されるのか分かってなかったから、ちょっと自我を押し通し過ぎた。あの後、怒ったイルカは3日口も利いてくれず、家を出禁にされ痛い目にあった。
でもあの真っ赤な顔で怒ったイルカの顔。
思い出して、思わず頬が緩みそうになった。だが今回流石に押し倒したら弁当がなくなるどころか、前より痛い目にあう事は間違いないから大人しくそこで手を引いたけど。
ホント、オッカナイんだよね。
多目に詰められた白飯を口にする。
イルカが恥じらいを含んでそれを隠そうと怒る顔は、イルカの見せる表情にランクを付けるとしたら、かなりの高ランクに値する。素直さからか耳まで真っ赤になり、怒りも含まれる為、額にはうっすらと血管が浮き出る。男らしさが強調されて本来ならげんなりする箇所だが、イルカがすると、それは自分を意識してくれている表れであるが故、愛しさの一つに変わる。
イルカの表情は根底に裏表がないのがいい。それはカカシに好意的に見られたくて、敢えてしているものではないと言う事だ。カカシに寄ってくる中にはそんな人間が多い。男でも女でも。媚びていたり色目を使ったり。分かりやすい反面不透明さが浮き彫りになる。それが分かってしまうとうんざりとした気持ちになる。だが、イルカは表情も言葉も裏がない。良くも悪くも真面目であり純真。そこにカカシは惹かれた。
それは夜でも同じだ。恥ずかしがり、気持ちいいかと訊いても恨めしそうな目をして(潤んでるから逆効果にしかならないが)黙りを決め込む。黙っているって事は気持ちいいと認めている他ならないが。

弁当を作るきっかけはイルカが自分の分を作っているのを見て、カカシが言った一言。
俺も作ってよ。
何気無く言った言葉だった。内勤じゃない自分が弁当なんて持っていても邪魔なだけだし、そこまで何も考えていなかった。
でも、実際作ってもらい、昼に弁当を広げて食べたら。イルカの作った味をこんな場所でも味わえるのかと、感じたことがない暖かい気持ちが湧き上がった。元々そこまで料理は上手くないからと、期待すらしていなかった自分を恥じ、一人笑った。イルカがもたらす幸せなのだと感じた。
今まで自分が得ることが出来なかったものを簡単にイルカは与えてくれる。

アスマはそれ以上何も訊いてこない。自分なりに線を引いてくれているのだと悟りながらカカシは弁当を食べ終えた。
米粒一つも残さない。マナーは心得ているし、何よりそれくらいイルカの味に惚れている。ただ、野菜はもう少し必要だけど。
弁当を包んでいると誰かが歩いてくる気配を捉えた。カカシは直ぐにそれか誰か分かり、顔を上げた。アスマも目を向けている。
演習場の方角からイルカが現れた。今日は演習があると聞いていたが、ここだったのかとカカシはぼんやり考えた。
案の定、授業で使っただろう忍具を持ったイルカは、二人の上忍を見つけて少し離れた場所で頭を下げた。カカシも会釈を返し、隣にいるアスマは軽く片手を上げた。そこからイルカはアカデミーへと向けていた身体の向きを変え、こちらに向かって歩き始める。距離が縮まるにつれ、イルカの目線は顔から下に移動し、胡座をかくカカシの手元に及んでいた。弁当箱を見た途端、カカシから見たらわざとらしくらいに目を逸らし、そこから窺うようにカカシの顔を見た。隣のアスマに良からぬことを漏らしてはいないだろうかと、ハラハラしている。それが痛いくらいに分かり、
俺って信用ないのかねえ。
カカシは笑いを口内に押し留めた。
「イルカも気がついたか」
そんな内情を知らないアスマが口を開いた。それでイルカの目下の不安は消えたが、別の不安が作られた。
「手作り弁当なんだとよ」
らしくねえよな?
同調を促されたイルカは2回、頷く。ぎこちない笑顔をカカシに向けた。
「そうなんですか」
「ええ、そうなんですよ」
カカシはにこりと笑顔を作る。
「とても美味しかったです」
イルカの目を見ながらカカシはごく簡単な感想を口にした。それ以上にない、簡潔な感想だ。イルカは一瞬間を置いて、黒い睫毛を瞬きさせた。
「それは良かったですね」
羨ましいなあ。
笑ったイルカはどう捉えたらいいのか分からない表情をしている。羨ましいなんて。そんな言葉を選んだイルカに、つい意地の悪い考えが浮かんだ。
「でもね、卵焼きが少しだけ焦げちゃってて。急いでたらかなあ」
「あぁ、」
アスマはそこまで興味なさそうに声を出した。イルカを見れば、微笑んでいた目がに少しだけ不安を浮かばせた。ゆら、とカカシにしか捉える事が出来ない揺れを見せ、その中にほのかに色恋を混じらせた色を見せた。
ドキ、とカカシの胸が一回高鳴った。
その表情、目。もっと見たい。
カカシの気持ちを知る由もないが、イルカは黒い目を隠すように伏せ頭を下げた。
「じゃ、俺急ぎますんで。失礼します」
尻尾を見せるイルカを見つめて。アスマが居るのを忘れてしまうくらい目で追っていた。




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