love pop②

 翌日、カカシは待機所で本を読みながら眠気につられるままに欠伸をする。午後から入った任務で里に帰ってきたのは日付が変わった頃だった。その分朝はゆっくりとしたものの、少しまだ眠い。
 眦に浮かんだ涙を指で擦りながら、視線に気がつく。目を向けるとついさっき遅れて部屋に入ってきたアスマがこっちを見ていた。
「何」
 短い言葉を投げると、アスマも同じように、いや別に、と短い言葉を返しながら煙草の煙を吐き、
「お前昨日、」
 アスマが言い掛けた時、扉が開いた。イルカが挨拶をしながら入ってくる。
 近くにいたアスマに任務予定表を渡し、説明を終えると黒い目がカカシに向けられる。同じように持っていた予定表を渡され、カカシは素直に受け取った。
「昨日は任務お疲れさまでした」
 Sランクの任務だったがイルカ自身任務調整をしているから、知っていたのだろう。その言葉に、カカシは、うん、と返事をする。そこから書面に目を落としながら説明をするイルカの顔をじっと見つめた。
「ね、先生」
 説明を終えたイルカに声をかけると、そこでようやくカカシを見た。
「約束、今日だよね?」
 昨日の今日で忘れるわけがないと分かってはいるが、敢えて口にすると、イルカは一瞬きょとんとした後、
「ええ、そうですね」
 答えてくれるが、それだけじゃ物足りなさを感じた。立ち上がり部屋を出ようとするイルカの後ろを追いかける。
「先生は何時頃終わりそう?」
「え?」
 聞き返されカカシは続ける。
「ほらだって、何時かまだ決めてないじゃない」
 言われてイルカは、書類片手に、ああ確かに、と軽く頷いた。
「どうだろう。そこまで遅くはならないと思いますよ」
 言いながら部屋の扉を開けるイルカの後に続いて、カカシもまた部屋を出る。
「じゃあ先生に合わせるよ。俺も呼び出しかからなかったら大丈夫だと思うから」
 カカシの言葉を受け、イルカは視線を斜め上に向ける。
「じゃあ、七時くらいでもいいですか?」
 視線がカカシに戻る。その黒い目にカカシもにこりと微笑んだ。
「うん、分かった。七時ね」
 会釈をするイルカを見送り、カカシは待機所に戻る。ソファに座ってっ視線を上げると、またアスマと目が合った。
「終わってないから」
 その視線に意味深なものを感じ、そう口にすると、アスマはどかりと腰をおろしたままじっとこっちを見ながら、だな、と返す。
 それでも尚こっちを見られ、カカシは怪訝そうな目を向けた。
「何なの」
 その目を受けながら、アスマは煙草を吸いながら、口を開く。
「いや、なんか珍しいもん見たなあ、と思って」
「は?何それ」
 意味が分からない。素直に不機嫌になるカカシを見て、アスマはいや別に、と返す。そこから視線を外され、それ以上何も答えなかった。
 
 イルカは時間より少し遅れて建物から出てきた。
 どこの店にするか決めていなかったが、イルカに言われるまま、近くの居酒屋に決める。
「俺、ここよく来るんですよ」
 席に座ってビールを頼み終えた時、イルカがそう口にした。
 カカシも何回か足を運んだ事のある居酒屋だった。アスマに連れられて来たのだが、魚料理が思ったより美味かったのが記憶に新しい。
「この前ここでホッケ頼んだんだけど、美味かったよ」
 そう口にしたら、イルカがふっとメニューから顔を上げた。
「ですよね」
 嬉しそうな顔を見せられ、ドキッと心臓が高鳴った。それに少し戸惑いながらも、カカシは頷く。その時頼んでいた生ビールが置かれ、ジョッキを手にとって口布を下げると、乾杯をし冷たいビールを喉に流し込んだ。こうしてこんな時間から誰かと酒を呑むのは久しぶりだった。そして美味い。
 カカシは一息つきながら、メニューをテーブルに広げた。大の男二人が座るには少し小さいくらいのテーブルで、カカシは立て肘をついて屈むようにメニューに目を落とす。魚料理は変わらず豊富だ。どれを一緒に食べようか、考えるだけで楽しく感じる。イルカとは一度一緒に呑みにきたいと思っていたから尚更だ。まさか好意を持っているとは思わなかったし、その後にごたごたもしたが、結果こうして一緒に酒を飲めている。
「ね、先生。どれにする?」
 取りあえずこのたこわさ、頼んでもいい?
 聞きながらふっと顔を上げれば、こっちを見ていたのか、近い距離でイルカと目が合った。メニューを一緒に見ていたとばかり思っていたから、何だろう、と思うが、見つめる先のイルカは直ぐに目を逸らしてしまう。
「どうかした?」
 他人の動作が気になることは基本ないが、イルカは別だった。気になるままに尋ねるカカシに、イルカはいえ、と首を振る。
 そして少しだけ赤い顔で、えっと、俺はこの冷や奴を頼みます、と言われ、指を指した。話を逸らされているように思うが、他はどれを頼みますか?と続けて聞かれ、不思議に思いながらもカカシもまた同じメニューに視線を向けた。

 
 次の週、カカシは報告所にいた。七班の任務報告書を受け取ったイルカが真剣な眼差しでカカシの書いた報告書に目を落としている。
 きっちりと巻かれた額当てのせいでちゃんとは見えないが、自分とは違う黒い睫毛を何回か瞬きすると、その睫毛が動いた。そこから赤いペンを持つ無骨な指、そして無意識だろう自らの指で触れていたイルカの唇に視線を動かした時、イルカが報告書を読み終え顔を上げる。
 当たり前に目が合い、カカシはにこりと微笑めば、イルカもまた微笑んだ。
「問題ありません。お疲れさまでした」
 報告所は時間的に込み合っている。分かってはいた。顔を上げたイルカの顔をじっと見つめていると、
「あの……、」
 イルカが戸惑いながら見上げられカカシは、何でもない、と首を振る。直ぐにそこを離れた。
 廊下に出て、両手をポケットに入れ歩き出す。心の中がもやもやしている。そう、スッキリとしないものを感じている。歩きながら、思い出すのはさっき見つめたイルカだった。忙しそうに、だからだろうかテンポよく作業をしていて、そんな中報告書を確認するイルカの何気ない仕草は、何故かカカシの目を引いた。
 こんな風に相手のどこかを思い浮かべる事なんてなかった。イルカの仕草に目がいくのは、つき合っている、と自分で意識していているからだろうか。だが、過去の女に同じ様に目を引いた事もこんな風に誰かを思い浮かべた記憶、はない。
 うーん、と心で呟きながら片方の手をポケットから出して口元に添える。
 強いて違いがあるとしたら、イルカとはつき合っていながらも、何もない、と言うことだ。告白を受けた翌日に誘った時は手厳しいものを返され行為に至ることはなかった。
 先週一緒に呑みに行った時も、そうだった。帰り際キスぐらいならいいだろうと思ったが、イルカがその時と同じように怒ったら、と思ったら強引にする事は躊躇われた。だからそのままお互い分かれ道で普通に帰ることになったのだが。
 そこまで思っただけで、酷く変な気分だった。元々自分が普通のつきあい方をしてこなかったのは分かっている。でもそれがまかり通っていた訳で問題はなく、だからそれが普通だと、思っていても問題はなかった。
 カカシは歩きながら視線を漂わせた。


 大体、普通とは、どういうものなんだろうか。
 ここ最近自分の頭の中を占領している疑問はそれだった。一緒に隣を歩いているイルカをそっと窺い見る。本当はイルカにそれを聞ければいいんだろうが、それが出来ていたらこんな気苦労はしていない。
 セックス目的で女とつき合っていたのだから、それを除かれたら、まるきり分からない。だったら今まで通り、関係を切ってしまえばいいとも分かっている。でも、それはまだ自分の選択の中にはなかった。
 まあ、まだつきあい始めてそんなに経っていないし、もう少しこんな風に一緒にいてもいいとは思う。
 隣にいるイルカは、楽しそうにアカデミーの生徒の話をしている。それに耳を傾けながらも、もどかしさを感じて内心カカシはため息をついた。
 アスマに聞いてもいいのだろうが、物珍しいものを見るようなアスマの眼差しを思い出し、それだけでかなり癪に障る。
 ただ、分かっているのは、報告所で見た睫毛にも、指にも、そして、唇も、触れたいと確かに思った事。
 気がつけばいつもの分岐点まで来ていた。足を止めるイルカに合わせて、カカシも足を止めた。
「じゃあ、カカシさん、」
 おやすみなさい。笑顔を浮かべそう口にして背中を見せようとするイルカの腕をカカシは掴んでいた。
 えっ、と、少しだけ驚いたイルカがその掴まれた腕を見て、そしてカカシへ視線を動かす。
 そのイルカを自分に引き寄せ、口布を引き下ろしそのままイルカの唇を塞ごうとした時、イルカの目が丸くなった。触れる寸前で手のひらで口元を塞がれ、思わずカカシはむっとした。たぶん、顔にも思い切り出てしまっている。
「だ、駄目です、ちょ、待ってくださいっ、」
 もしかしたらこうなるのかもしれない、とそれはちょっとは思っていた。顔を背けるイルカの顔も、その首筋も真っ赤だ。恥ずかしさからくるものだとは分かるが、
 ーーでも。
 思い切り拒否をされ、カカシの眉根に皺がよった。
「何で?」
 つきあい始めて二週間。自分なりに我慢している。だからきっとこれは正当な質問だ。それを証拠にイルカは少し申し訳なさそうな顔をしていた。
 苛立ちを抑えながらもイルカの答えをじっと待つ。イルカは目を伏せながら、ゆっくりと口を開いた。
「あの、・・・・・・顔が、」
 予想していなかった言葉を口にされ、カカシは少し拍子抜けする。
 ん?と首を僅かに傾げた。確かに、顔、と口にした。
「・・・・・・俺の顔が、・・・・・・なに?」
 慎重に、ゆっくりと聞き返すと、顔を真っ赤にしていたイルカが顔を上げる。
「ちょっと、刺激が、強いんです!」
 言われた言葉は、冗談にしか聞こえなかった。
 でも目の前のイルカは至って本気で言っているのか、黒い目は少しだけ潤んで涙目になっている。とても冗談を言ってる風ではない。
「なに・・・・・・それ」
 言うと、イルカに潤んだ目で恨めしそうに睨まれる。
「だって仕方ないじゃないですかっ、・・・・・・っ、タイプ過ぎて、」
 真っ赤な顔のイルカにますますよく分からなくなる。
「・・・・・・タイプなら問題ないでしょ」
 再び口付けを迫ろうとすれば、またイルカが自分の顔を伏せた。
「だ、待って、」
 そこでイルカが口をぐっと閉じる。下唇を軽く噛んだ後、その口を開いた。
「だって、仕方ないじゃないですか。俺は、ずっとあなたを好きだったんですからっ」
 イルカの言葉に、カカシは、ぽかんとしてイルカを見つめた。
 それをどうかみ砕いていいものか。さっきまで確かにあった苛立ちはすっかり消失していて。そして、付け加えられた言葉はカカシの頬を少しだけ熱くさせた。カカシは後頭部をぽりぽりと掻く。
 そう、とだけ言い、そしてカカシは言葉を切って、少し間を置き、そこからもう一度口を開く。
「えーっと、・・・・・・じゃあ、どうするの」
 じゃあこうしよう、みたいなものは全く浮かばない。だからイルカにそう問いかけるしかなかった。
 イルカも、明らかに困った顔をしながらも、もごもごと、口を開いた。
「・・・・・・もう少し、時間をください」
 赤らめた顔を俯き、恥ずかしそうにそう口にする。
 自分としては呆れてしまうような内容だと思えるのに、イルカのその真面目な顔を見たらどうしようもなくなる。カカシはその顔をじっと見つめながら、静かに息を吐き出した。
「じゃあ、・・・・・・ちょっとだけね」
 そう口にするしかなかった。


 任務が終わって早々に、カカシはそのままアカデミーに向かう。言うまでもなくイルカを探していた。
 本当だったらこのまま待機所か、家に帰るか、それか女か。特に考えるまでもなく、やりたいことをしていたのに、自分でもなんでこんなに気になるのか分からない。
 ちょっとでもイルカの顔を見たい。そう思ったら足が勝手に動いていて、そして勝手にと言う表現は間違ってはいなく、だからカカシは歩きながら少しだけ眉を寄せた。
 今までどんな相手から好きだといわれようが全く何も感じなかったけど、イルカからずっと好きだったと言われ、いやがおうにも意識してしまっている事実。
 そう、自分の事を好きだから、だからきっと顔を見せればイルカが喜ぶ。そんな言い訳を頭の中で勝手に並べてカカシは建物の中に入った。
 教室、職員室、後は、と、イルカがいそうな場所を見て回り、一階の保健室の前を通り過ぎた時に聞こえた声にカカシは足を止めた。保健室より奥には書庫室しかない。そこから出てきたのは女性教員だった。若いがぱっと見大人しそうで、カカシから見たら地味目な女。そんな類の女にも以前声をかけられた事があったが、身体にしか興味がないと告げたらひどく戸惑った顔をした。そんな事を思い出していると女性教員は振り返り、書庫室へ声をかける。それに返事をした声にカカシは反応した。イルカだった。
 様子を窺っていれば、女性教員はイルカに向かって微笑み、よろしくお願いしますと告げ、女性教員はカカシとは反対側にある階段へ足を向け歩き出し、そして姿が消える。
 女の気配が消えるのを待って、カカシは歩き出した。同じ教員だからイルカと仕事をしているんだと分かってはいても、最後書庫室から去る時の女の顔が何故か嬉しそうに見えて。それはカカシの気に障った。
 カカシは足を止め、書庫室の扉に手をかける。ノックもせずにそのまま開けた。
「サツキさん何か忘れ物、ーー、」
 イルカが書庫室の奥から顔を出し、そこで扉の前に立っているカカシを見て言葉を止める。明らかに驚いた顔をした。そして、少しだけ顔を緩ませる。
「カカシさんだったんですね、すみません」
 微笑むイルカにカカシは微笑み返すわけでもなく、扉を閉める。イルカのその顔をじっと見つめた。
「誰だと思ったの?」
 さっき廊下で見ていたのだから分かっているくせに、カカシは敢えてそんな事を聞いていた。イルカは、ああ、と言う。
「ここの職員です、さっきまで整理を手伝ってもらってて、」
 予想通りの答えだが、何か心の中で気持ちは晴れない。へえ、とカカシは低い声で返した。
 アカデミー内とは言え、書庫室が並ぶこの階は人の気配はなく、この部屋も初めて来たが、窓が戸棚で隠され、電気は点けているものの昼間なのに薄暗い。
 こんな部屋でさっきまであの女といた、その事実がカカシを不機嫌にさせた。大体さっきイルカが口にした名前もやけに親しげな口調に感じて、気に入らなかった。思い出すだけで嫌な気持ちが心の中に充満して、それをそれ以上感じたくなくて、テーブルに目を落とした。
 部屋の隅に置かれたテーブルにはまだ整理していない書類やファイルが山積みになっている。それをカカシは何の気なしに、苛立ち紛れに指で触れ、捲る。
 それなのに、という言い方も変だが、自分の気持ちとは裏腹にイルカは普段と同じで、そして抱えていたファイルを奥の棚に戻している。書類を捲りながら、そんなイルカの表情を横目で見れば、もういい加減ここの書類も纏めて別の部屋に移したいんですけどね、などと愚痴混じりの言葉を口にしている。
 カカシは、へえ、そうなの、とイルカの話を聞いているようで聞いていない、そんな生返事をしながらも、やはりまだ心の中では何か面白くない。ぺらぺらと頁を捲り続け、そしてその書類から指を離す。奥の棚にいるイルカへ足を向けた。
 イルカは手に持っていた最後のファイルを一番上の棚に戻そうと腕を伸ばしていた。天井までいっぱいに設置された金属製の棚はイルカの身長でも高い。背伸びをし、腕を伸ばして入れようとしている、そのファイルをカカシはひょいと持った。多少は自分の方がイルカより背が高く、たぶん腕も長い。
「ここ?」
 カカシは聞きながら、指先で押しファイルを開いている場所に押し込んだ。
「あ、・・・・・・りがとうございます」
 目線をイルカに戻すと、少し驚いたような、それでいて少し恥ずかしそうな顔をしたイルカと目が合う。
 イルカも男であって身長もそこまで低いわけではない。高い方だ。だからしてもらった事に恥ずかしそうにされるのは、その気持ちは分からなくはないと、そう思っていれば、イルカはカカシを見つめながら頬を赤くさせた。何故か分からなくて、少しだけカカシは首を傾げ見つめ返すとイルカは視線を直ぐに外す。そしてまた忙しそうにテーブルへ書類を取りに戻ろうとして、背を向けられる。カカシはその腕を掴んでいた。
 振り向かせるイルカの顔はまだ赤い。
 それが何なのか、とかはカカシの中ではどうでも良かった。少しまだ赤い頬に触れると、イルカは少しだけ身体をびくっとさせた。イルカの腕が上がり、触れているカカシの手に自分の手を重ねるが、拒もうとしている気配は感じなかった。
 そして、微笑むわけでもない、どちらかと言えばむっとしたままのカカシの表情にようやく気がついたのか、あの、と言い掛けるイルカをカカシは見つめ、そして自分の口布を顎まで下げた。
 イルカがわかりやすいくらいに、それに反応を示す。身体を固くしたのが分かった。
「あの、カカ、」
「もう十分でしょ」
 言い掛けるイルカに、カカシは言葉を被せる。え?と聞き返され、カカシは手甲越しに触れていたイルカの頬に今度は指で触れた。また、ぴくりとイルカが動く。
「キスさせて」
 低い声で口にすれば、イルカの目が僅かに丸くなった。こんなお願いは初めてだった。と言うかこんな事口にする事すらなんだか変な感じだ。でもそれはカカシの素直な言葉で、じっと見つめるカカシに、イルカは少しだけ戸惑った顔を見せたまま、何も言わなかった。何も言えない、が正直なところかもしれないが、それはカカシにはどうでも良かった。
 もう一度するりと頬を撫で片手でその頬を包むように触れる。そこからゆっくりと顔を傾けるが、イルカは前と同じように拒む気配は見せない。じっと間近で見つめながらカカシは目を伏せそのままイルカの唇を塞いだ。思ったより柔らかいイルカの唇の感触に心が熱くなった。
 ん、とイルカの声が喉の奥から漏れ、身体を固くさせる。ぎゅうっと目を閉じたままの唇に何度も自分の唇を重ね、固く閉じたままの唇を舌で舐めた。イルカの身体がまたびくっと跳ね、閉じていた唇が緩む。その隙間から自分の舌を差し入れた。首を角度を変え深く口付けしながら舌で口内の中を探る。腕を掴んでいたイルカの手に力が入っていく。
 歯並びのいいイルカの歯を舌でなぞるよう舐め、そのまま奥で縮こまっていたイルカの舌に自分の舌を絡ませる。
 苦しさからか、イルカが手に力を入れ、ぐっと自分の身を引いた。少しだけ塞いでいた口に隙間が出来る。
「・・・・・・鼻で息して」
 唇を浮かせてそうイルカに言うと、カカシはまたイルカの唇を塞いだ。お互いのの唾液がとろとろに熱くなりそれが酷く気持ちいい。何度も口付けを交わす。思う存分、とまではいかないがイルカの様子を見ながら絡ませていた舌を抜く。唇を離すと、は、は、とイルカは短い息を繰り返しながら、カカシの腕をぎゅう、と掴んだ。足下が少しおぼつかなくなっている。カカシが支えるようにそのまだ震えているイルカの腕を持つ。
「・・・・・・せんせ、大丈夫?」
 ぼーっとしたような黒く潤んだ目を見つめて聞くと、その目がカカシを映した。
「あ、の・・・・・・今のは、」
 眉根を寄せたまま、頬を赤く染めたまま、聞かれてカカシは少しだけ首を傾けた。
「ん?キスだけど、」
 何で?と聞くが、その言葉を理解しているのか、していないのか、イルカはそこから何度か瞬きだけを繰り返した。
 触れたかったイルカの唇に触れる事が出来、多少満足感を得たが、イルカの反応が鈍くて、カカシはじっとイルカを見つめ、もう一度キスを落とす。今度はちゅ、と音を出すような、軽いキスをして、間近で黒い目をまたじっと見つめる。
「・・・・・・カカシさん、」
 ぼんやりとした目で名前を呼ばれ、カカシは、ん?と素直に聞き返しながら、名前を呼ばれた事で、さっきの面白くない女性教員とのやりとりが頭に何故か浮かんだ。
「先生はさ、あの女気に入ってるの?」
 急に飛んだ話題に、イルカは瞬きをしながら、は?と聞き返した。少しだけ落ち着いてきたイルカの腕を離して、面白くないと、顔を少しだけ背ける。
「だって下の名前で読んでたよね、サツキって」
 サツキさん。
 確かにイルカはあの女の事をそう読んだ。先生ではなく、さん付けなのも親しげな感じで気にくわない。
 ふっ、と息を漏らすイルカの声に背けていた顔を向けると、イルカは少しだけ笑っていた。そこからくすくすと笑われ、カカシは不機嫌に眉根を寄せた。
「何、何で笑うの」
 憮然として聞くと、イルカは黒い目を緩める。
「サツキは苗字です」
 言われ、え、と言うカカシに、あと、それにあの人は教員ですが、今は事務担当で先生ではないので、そんな呼び方で皆統一しているんです、とイルカは続け、そこで言葉を切る。
 なるほど。色んなところを勘違いしていたのは認めざるを得ない。がしがしと銀色の髪を掻いた。
 気がつけば、なんだか和やかな空気になっている。
 酷くそれが気恥ずかしく感じていれば、で、といつもの調子を取り戻したイルカが、言う。
「カカシさん俺に用事だったんですよね?」
 聞かれて、自分の当初の目的を思い出す。でもなんて説明したらいいのか、考えていると、
「一緒に帰りますか?」
 聞かれてカカシはイルカへ視線を向ける。嬉しそうな顔をしているが気に入らないが、そうだね、とカカシはそう返事をした。


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