レールの行方①
建物から出た子供たちが勢いよく校庭へ駆けだしていく。さよならとかけられた声に、気をつけて帰れよ、と返すがその声が届いているのかいないのか。笑いながら元気いっぱいに帰る子供達の背中を見つめた。
「イルカ先生」
声をかけられて口元に笑みを残したままイルカは振り返る。目の前にいたのは年下の女性教員だった。
「もし良かったら、私とつき合ってもらえませんか?」
イルカの目の前で、緊張に両手を握りながら自分の気持ちを女性教員が口にした。
話があると思ったらこれか。
目の前の女とは違う温度差で心の中で呟く。
たぶん緊張で心拍も高いだろう。今までの人生の中でも中々ない緊張をしながら目の前に女性は立っている。その様子を冷静な目でイルカは女を見つめた。
そして、ゆっくりと息を吐き出しながら一回落とした視線を女に向ける。
「ごめん」
頭を下げると、女に短い答えを告げた。
イルカは職員室に戻る。
何も悪いことはしていないつもりなのに、不快な気分になっている事は否めない。小さく息を吐き出した。
彼女の食事の誘いに応じていた自分も悪かったのかもしれない。でも自分はあくまでも職場の仲間としてであって、向こうはその気だったのかもしれないがそういう関係になろうと思った事は一度だってなかったしそんな目で見たこと事だってない。それに彼女と二人で食事をしたのは一回だけだ。
告白をした時の、女性教員の不安と期待が混じったあの眼差し。思い出しただけで、イルカは軽く眉を寄せた。
告白を受けたのは今回で何回目だろう。だからと言って自分がモテるとは思っていない。声をかけてくる理由は大体分かっていたから。忍の世界で内勤で安定した仕事の内容と収入、任務を除いては定期的に休みもある。そこそこの見た目とそこそこの内容の男は、結婚相手にはもってこいの条件なのだ。高嶺の花を狙う女は自分に声はかけてこない。まあ、自分の性格上、上忍のくノ一に部下として可愛がってもらっているが。
ただ、自分にも結婚願望くらいはある。
でも恋愛には興味がない。それは幼い頃、両親を失ってからずっとそうだった。何かが心の中で冷めた感じで、結婚はしたくとも、暖かい家庭のイメージはぼんやりと浮かぶものの、自分がその輪の中に入るかと思っただけでそのイメージは沸かなくなる。それ以前の恋愛なんてもっとそうだ。だから結婚するなら恋愛をすっとばして見合いをすればどうにかなるだろう。
そんな事を考えているなんて知らない女性から、気持ちを打ち明けられても、いいですよなんて薄情に頷ける訳がなかった。
去年なんて、クリスマス直前の告白を受けた時は本当に嫌な気持ちになった。そのイベントの為の恋人に、その候補に自分だ選ばれたのだ。
理由がえげつなさ過ぎる。
そう言えば今日生徒達がチョコの話題を自分に振ってきた。先生にもチョコが上手に作れたら一つあげるね。そう告げる女の子にありがとうな、と頭を撫でた。どうせ先生チョコもらえないんだから、私があげる。なんて言った子もいて、イルカは思い出して思わず小さく笑った。幼くても女の子は女の子だ。その可愛くも生意気な成長は素直に嬉しい。
しかし。イルカはそこでふっと顔を曇らせたのは、バレンタインが間近だと思い出したから。
義理ならいいが、出来れば本命のチョコは受け取りたくないなあ。
憂鬱な気分になりながら、イルカは廊下から夕日に赤く染まる空をぼんやりと眺めた。
二月十四日、イルカは仕事を終わらせると鞄を肩にかけ、挨拶をすると職員室を後にした。片手にはチョコの入った紙袋。その中には生徒達からもらったチョコと、あとは女性教員数人からもらった義理のチョコ。紙袋は年輩の女性教員が、生徒達からもらったチョコを抱えていたイルカを見かねて渡してきてくれた。その紙袋を持ってイルカは建物の外に出る。
そして、特に気持ちを伝えられる事もなく無事過ごせた事に内心ほっとする。
甘い物はそこまで食べないが、チョコは酒のつまみにもなる。有り難いと思いながら紙袋に目を落としながら歩き、目の前に出来た人影に慌てて足を止めた。気配を感じなかった。
驚き顔を上げると、そこには見知った男が立っていた。ナルトの上忍師のはたけカカシ。よく受付で顔を見せるが、こんなとろこで顔を合わせたのは初めてだった。
「あ、どうも」
ぶつからなくて良かった。ほっとしながらイルカは頭を下げた。カカシは、うん、と短い言葉をイルカに返す。
目的も分からなく、正門の前で誰かを待っていたようにも見える。不思議に思うも自分はさっさと今日は家に帰りたい。じゃあ、とまた笑顔を作って会釈をしたところで、待って、と呼び止められ、イルカは足を止めた。カカシとは短い会話をする程度でこんな風に呼び止められたのは初めてだった。
「はい」
素直に返事をしてカカシへ顔を向ける。
「ね、それってもしかしてチョコ?」
意外な言葉が返ってきた。前述の通り、カカシとは会話らしい会話をしなかったから。内心驚きながらもイルカはまた笑顔を作り頷いた。
「ええ」
「すごい量だね」
カカシが、紙袋を覗くような仕草を見せる。イルカは小さく笑った。
「ああ、これはほとんどが生徒達からもらったものなんですよ」
小さい袋に包まれた可愛らしい袋のチョコを一つ見せると、カカシはそれを見つめた。
「へえ、可愛い」
これもまた意外な言葉だった。カカシから可愛いなんて言葉が出るとは。可笑しくなった事は内緒にしてイルカは、でしょう、と微笑む。
「カカシ先生は山ほどもらってそうなイメージですが、」
言いながらカカシへ目を向けると、にこりと笑みを浮かべた。
「ううん、俺は甘いもの嫌い。全部断ってるから」
さらりと笑顔で言う。そこでカカシが甘い物が嫌いだと知る。興味がありそうだったから、お一つ如何ですか?なんて口を滑らせるところだった。危なかった。
にしても、この人貰ってたらすごい数貰ってそうだもんな。と、勝手に納得した時、
「本命チョコは貰った?」
イルカは少し目を丸くした。話を振ったのは確かに自分だけどそっちの方向に向かうとは思っていなかった。イルカは首を横に振る。
「いえ、残念ながら。全部義理です」
言うと、ふーん、とカカシが小さく呟いたのが聞こえた。
「にしては嬉しそう」
続けた言葉の意味が分からなく、え?と聞き返したイルカに、カカシは何やらポケットを探り、小さな包みを取り出した。ボルドー色のシックな色に包まれ金のリボンで包まれていた。カカシのその手の内にある包みを見つめていれば、それが目の前に差し出される。
「はい」
言われてイルカは瞬きをした。
「先生に」
イルカは包みからカカシへ視線を向ける。
「俺、ですか」
「うん」
カカシは直ぐに返事をする。意外だった。戸惑うものの、差し出されたままのカカシの手にイルカは慌てて手を伸ばす。包みを受け取った。
「・・・・・・ありがとうございます」
小さいのに、包装がとても高価そうで、いや、実際高価なのだろう。あまり知識がない自分でさえ分かる。だから余計に自分が貰って良いものか。しかしカカシは自分にと言っていた。貰うべきだろう。イルカは笑顔を浮かべた。
「こんな高そうな義理チョコを貰ったのは初めてです」
カカシは少し首を傾げた後、小さく笑った。
「義理であるわけないでしょ」
イルカの笑顔が張り付いた。そんな事言うわけがないと思っていた言葉に、イルカはえ?と聞き返すと、カカシは銀色の髪を掻いた。
「俺がわざわざ義理なんかでバレンタインにチョコ渡すような奴だと思う?」
薄く微笑む。
「それ、本命」
突きつけられた言葉に余計に頭が混乱した。全く理解出来ない。
あれだけもらいたくなかった本命のチョコを、あのはたけカカシが自分に渡してきた、と言う事になる。
何の冗談だろうか。冗談だとしたら質の悪い冗談だ。
怪訝そうな表情が顔に出たのだろう。カカシはイルカをじっと見つめ返し、冗談じゃなくって、と続ける。
「俺の恋人になってよ」
薄く微笑んだまま、言った。
冗談でなかったら、そう言う意味なのだと理解するが、理解したところで、馬鹿らしいと思わず短く笑いを零れた。
「申し訳ありませんが、生憎俺は本命チョコを受け付けていないんです」
すみません。突き返すように包みを持っていた手を伸ばと、カカシは軽く肩を竦めた。
「返品は不可」
イルカは眉を寄せる。
「いや、ですから、」
「分かってないね。俺はあんたがいいの。だからそれは受け取ってもらうよ」
余裕のある笑みを浮かべながらもカカシに口調は強かった。気色ばむイルカに、カカシはまた返事聞かせてね、と言うとそのまま背中を向け歩き出す。
結局返す事もできなかった。イルカはその場から動くことが出来ず、ただ手の中にある金色のリボンで包まれた小さな箱を見つめた。
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「イルカ先生」
声をかけられて口元に笑みを残したままイルカは振り返る。目の前にいたのは年下の女性教員だった。
「もし良かったら、私とつき合ってもらえませんか?」
イルカの目の前で、緊張に両手を握りながら自分の気持ちを女性教員が口にした。
話があると思ったらこれか。
目の前の女とは違う温度差で心の中で呟く。
たぶん緊張で心拍も高いだろう。今までの人生の中でも中々ない緊張をしながら目の前に女性は立っている。その様子を冷静な目でイルカは女を見つめた。
そして、ゆっくりと息を吐き出しながら一回落とした視線を女に向ける。
「ごめん」
頭を下げると、女に短い答えを告げた。
イルカは職員室に戻る。
何も悪いことはしていないつもりなのに、不快な気分になっている事は否めない。小さく息を吐き出した。
彼女の食事の誘いに応じていた自分も悪かったのかもしれない。でも自分はあくまでも職場の仲間としてであって、向こうはその気だったのかもしれないがそういう関係になろうと思った事は一度だってなかったしそんな目で見たこと事だってない。それに彼女と二人で食事をしたのは一回だけだ。
告白をした時の、女性教員の不安と期待が混じったあの眼差し。思い出しただけで、イルカは軽く眉を寄せた。
告白を受けたのは今回で何回目だろう。だからと言って自分がモテるとは思っていない。声をかけてくる理由は大体分かっていたから。忍の世界で内勤で安定した仕事の内容と収入、任務を除いては定期的に休みもある。そこそこの見た目とそこそこの内容の男は、結婚相手にはもってこいの条件なのだ。高嶺の花を狙う女は自分に声はかけてこない。まあ、自分の性格上、上忍のくノ一に部下として可愛がってもらっているが。
ただ、自分にも結婚願望くらいはある。
でも恋愛には興味がない。それは幼い頃、両親を失ってからずっとそうだった。何かが心の中で冷めた感じで、結婚はしたくとも、暖かい家庭のイメージはぼんやりと浮かぶものの、自分がその輪の中に入るかと思っただけでそのイメージは沸かなくなる。それ以前の恋愛なんてもっとそうだ。だから結婚するなら恋愛をすっとばして見合いをすればどうにかなるだろう。
そんな事を考えているなんて知らない女性から、気持ちを打ち明けられても、いいですよなんて薄情に頷ける訳がなかった。
去年なんて、クリスマス直前の告白を受けた時は本当に嫌な気持ちになった。そのイベントの為の恋人に、その候補に自分だ選ばれたのだ。
理由がえげつなさ過ぎる。
そう言えば今日生徒達がチョコの話題を自分に振ってきた。先生にもチョコが上手に作れたら一つあげるね。そう告げる女の子にありがとうな、と頭を撫でた。どうせ先生チョコもらえないんだから、私があげる。なんて言った子もいて、イルカは思い出して思わず小さく笑った。幼くても女の子は女の子だ。その可愛くも生意気な成長は素直に嬉しい。
しかし。イルカはそこでふっと顔を曇らせたのは、バレンタインが間近だと思い出したから。
義理ならいいが、出来れば本命のチョコは受け取りたくないなあ。
憂鬱な気分になりながら、イルカは廊下から夕日に赤く染まる空をぼんやりと眺めた。
二月十四日、イルカは仕事を終わらせると鞄を肩にかけ、挨拶をすると職員室を後にした。片手にはチョコの入った紙袋。その中には生徒達からもらったチョコと、あとは女性教員数人からもらった義理のチョコ。紙袋は年輩の女性教員が、生徒達からもらったチョコを抱えていたイルカを見かねて渡してきてくれた。その紙袋を持ってイルカは建物の外に出る。
そして、特に気持ちを伝えられる事もなく無事過ごせた事に内心ほっとする。
甘い物はそこまで食べないが、チョコは酒のつまみにもなる。有り難いと思いながら紙袋に目を落としながら歩き、目の前に出来た人影に慌てて足を止めた。気配を感じなかった。
驚き顔を上げると、そこには見知った男が立っていた。ナルトの上忍師のはたけカカシ。よく受付で顔を見せるが、こんなとろこで顔を合わせたのは初めてだった。
「あ、どうも」
ぶつからなくて良かった。ほっとしながらイルカは頭を下げた。カカシは、うん、と短い言葉をイルカに返す。
目的も分からなく、正門の前で誰かを待っていたようにも見える。不思議に思うも自分はさっさと今日は家に帰りたい。じゃあ、とまた笑顔を作って会釈をしたところで、待って、と呼び止められ、イルカは足を止めた。カカシとは短い会話をする程度でこんな風に呼び止められたのは初めてだった。
「はい」
素直に返事をしてカカシへ顔を向ける。
「ね、それってもしかしてチョコ?」
意外な言葉が返ってきた。前述の通り、カカシとは会話らしい会話をしなかったから。内心驚きながらもイルカはまた笑顔を作り頷いた。
「ええ」
「すごい量だね」
カカシが、紙袋を覗くような仕草を見せる。イルカは小さく笑った。
「ああ、これはほとんどが生徒達からもらったものなんですよ」
小さい袋に包まれた可愛らしい袋のチョコを一つ見せると、カカシはそれを見つめた。
「へえ、可愛い」
これもまた意外な言葉だった。カカシから可愛いなんて言葉が出るとは。可笑しくなった事は内緒にしてイルカは、でしょう、と微笑む。
「カカシ先生は山ほどもらってそうなイメージですが、」
言いながらカカシへ目を向けると、にこりと笑みを浮かべた。
「ううん、俺は甘いもの嫌い。全部断ってるから」
さらりと笑顔で言う。そこでカカシが甘い物が嫌いだと知る。興味がありそうだったから、お一つ如何ですか?なんて口を滑らせるところだった。危なかった。
にしても、この人貰ってたらすごい数貰ってそうだもんな。と、勝手に納得した時、
「本命チョコは貰った?」
イルカは少し目を丸くした。話を振ったのは確かに自分だけどそっちの方向に向かうとは思っていなかった。イルカは首を横に振る。
「いえ、残念ながら。全部義理です」
言うと、ふーん、とカカシが小さく呟いたのが聞こえた。
「にしては嬉しそう」
続けた言葉の意味が分からなく、え?と聞き返したイルカに、カカシは何やらポケットを探り、小さな包みを取り出した。ボルドー色のシックな色に包まれ金のリボンで包まれていた。カカシのその手の内にある包みを見つめていれば、それが目の前に差し出される。
「はい」
言われてイルカは瞬きをした。
「先生に」
イルカは包みからカカシへ視線を向ける。
「俺、ですか」
「うん」
カカシは直ぐに返事をする。意外だった。戸惑うものの、差し出されたままのカカシの手にイルカは慌てて手を伸ばす。包みを受け取った。
「・・・・・・ありがとうございます」
小さいのに、包装がとても高価そうで、いや、実際高価なのだろう。あまり知識がない自分でさえ分かる。だから余計に自分が貰って良いものか。しかしカカシは自分にと言っていた。貰うべきだろう。イルカは笑顔を浮かべた。
「こんな高そうな義理チョコを貰ったのは初めてです」
カカシは少し首を傾げた後、小さく笑った。
「義理であるわけないでしょ」
イルカの笑顔が張り付いた。そんな事言うわけがないと思っていた言葉に、イルカはえ?と聞き返すと、カカシは銀色の髪を掻いた。
「俺がわざわざ義理なんかでバレンタインにチョコ渡すような奴だと思う?」
薄く微笑む。
「それ、本命」
突きつけられた言葉に余計に頭が混乱した。全く理解出来ない。
あれだけもらいたくなかった本命のチョコを、あのはたけカカシが自分に渡してきた、と言う事になる。
何の冗談だろうか。冗談だとしたら質の悪い冗談だ。
怪訝そうな表情が顔に出たのだろう。カカシはイルカをじっと見つめ返し、冗談じゃなくって、と続ける。
「俺の恋人になってよ」
薄く微笑んだまま、言った。
冗談でなかったら、そう言う意味なのだと理解するが、理解したところで、馬鹿らしいと思わず短く笑いを零れた。
「申し訳ありませんが、生憎俺は本命チョコを受け付けていないんです」
すみません。突き返すように包みを持っていた手を伸ばと、カカシは軽く肩を竦めた。
「返品は不可」
イルカは眉を寄せる。
「いや、ですから、」
「分かってないね。俺はあんたがいいの。だからそれは受け取ってもらうよ」
余裕のある笑みを浮かべながらもカカシに口調は強かった。気色ばむイルカに、カカシはまた返事聞かせてね、と言うとそのまま背中を向け歩き出す。
結局返す事もできなかった。イルカはその場から動くことが出来ず、ただ手の中にある金色のリボンで包まれた小さな箱を見つめた。
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