レールの行方②
イルカは朝から不機嫌だった。日付が変わったのだからいい加減自分の中で都合良く切り替えてしまおうと思っていても、昨日の事は中々自分の中で消化出来なくて。
ロッカーに自分の荷物を入れ、ふと裏の扉に付いた小さな鏡に映る自分に目を留める。顔によく出るとは言われるが。
今日が授業がある日じゃなくてよかった。
イルカは小さく息を吐き出しながらロッカーの扉を閉め自分の両頬を軽く手で擦ると、受付へ向かった。
まだ列も出来ていない受付の椅子に座り、既に机の上に置かれた未処理の書類を手に取った。少し目を通したとろこで、部屋の脇にある棚で書類の整理をしている庶務の女性が何やら会話が盛り上がっているのか。楽しそうに話すその声にイルカは顔を上げた。大方昨日のバレンタインの事だと思いながら、視線を向けていると隣の同僚がそれに気が付いたのか。ペンを止めてイルカへ顔を向けた。
「朝から盛り上がってるな」
「みたいだな」
視線を向けたものの、そこまで関心がないのは事実で、流すような言葉を口にしたイルカに気にする事なく同僚がペンを持ちながら少しだけイルカへ身体を寄せた。
「なんかさあ、あのはたけ上忍がバレンタイン前日に有名な店で並んでたのを見たんだってよ」
チョコを買う為に。
店って?と聞く前に同僚が続けたその言葉に、イルカの表情が僅かに固まった。
「・・・・・・へえ、そうか」
意味なく書類を持ち直す。
「あの女性しか並んでない店に並ぶって、相当な勇気いるだろ。すげーよなあ」
感心しきりに言う同僚に、そうだな、とイルカはまた遅れて小さく返す。
「どんな人なんだろうな?」
「え?」
イルカが顔を向けると、同僚が笑ってペンをまだ盛り上がっている庶務の女性へ向けた。
「相手だよ、相手。チョコ買っただけで女からあんな風に艶羨するような話題になるんだもんな」
気になるだろ?同意を求められ、思わずイルカは戸惑いながら作り笑いを顔に浮かべた。ああ、そうだな、と付け加えそのまま持っていた書類に目を落とし、仕事に戻るフリをする。
同僚は笑っていたが、当たり前だが笑えなかった。
笑えるはずがない。
昨夜カカシから渡された、綺麗に包装され金色のリボンに包まれたチョコを思い出す。
あの女性達が噂している、同僚が口にしたその相手が自分だなんて、冗談であって欲しいのに、冗談ではなく、紛れもない事実で。
そう、あれは冗談だったとカカシからそう言って欲しい。たまたま、なんとなく。洒落で、とか。
どんな理由でも、冗談だとしたら許せない冗談だが、それでもやっぱり事実よりよっぽどいい。
と、同僚が、あ、と声を出しイルカもふと顔を上げ、ギクリとした。
受付に入ってきたのはカカシだった。なんでここに、と顔を強ばらせるも、今日は七班の任務が入っていた事を思い出す。ナルト達はたぶんどこかで集合させられているのだろう。カカシは一人で入ってくると、迷う事なくイルカの前まで来る。
「どうも」
いつもと変わらない、眠そうな眼差し。
「お疲れ様です」
イルカは目を下にずらし挨拶をすると、書類の束から七班の任務依頼書を手に取った。書かれている内容を確認する。
農作業で大根抜きと書いてあるが、今日はそれすらどうでもよくなっていた。さっさとこれを渡して部屋を出て行って欲しい。
カカシは特に何かを口にする事なくじっとこちらを見ているのが分かった。
「ではこれを、」
と、書類をカカシに差し出した時。ねえ、とカカシの口から出た。
「返事はいつくれるの?」
ぎゅ、と心臓が縮まった。慌てて逸らしていた視線をカカシに上げると、カカシと目が合った。青みがかった目がイルカをを見下ろしている。
「あの、何の事でしょうか」
空気読めよ、と含んだ眼差しを向けるが、一切読みとっていないカカシは微かに首を傾げた。
「何言ってんの。昨日俺が渡したチョ、」
「あーーーーーーーっ」
イルカは声を大き目の声を発しながら勢いよく立ち上がっていた。慌ててカカシがいる方へ向かい、言葉を遮られ驚きに目を丸くしたままのカカシの腕を掴む。
「ちょっと、来てください」
「何で?」
「いいからっ」
そのままカカシを連れて強引に受付を出た。
「いい加減にしてください」
適当な場所で手を離してそう言い放つイルカに、カカシは表情を変えず頭を掻いた。
「何が?」
何がと言われてイルカは呆れてカカシを見つめた。相手が上忍である事を忘れてくってかかりそうになり、イルカは、一回口を閉じた。ゆっくりと開く。
「あの事を・・・・・・人前で口にする事です」
カカシの表情は変わらなかった。あの事、と言う意味は理解できているらしい。で?と言わんばかりの目がイルカを見つめる。それを証拠に、
「何がいけないの?」
と、いかにも自分がおかしい、と言ったような眼差しを向けられ流石にイルカは口を開いた。
「何がって、普通考えたら分かるでしょう?あんな場所で俺にチョコ渡したなんて言ったらどうなるか」
「どうもならないでしょ」
呆れた。たぶんこの人は本当にそう思っている。それが分かってイルカは少し怖くなった。思わず短く笑う。
「なりますよ。ならないわけがないんですよ。カカシ先生、俺を社会的に抹殺するつもりですか?」
当たり前だが真剣だった。訴えるイルカに、カカシは一瞬目を丸くして、そこから今度はカカシが笑い出した。
「社会的に抹殺って、先生面白い事言うね」
けらけらと笑うカカシにイルカは苛立ちが簡単に募る。
「何もどこも面白くないっ」
言い返すと、まだ笑いながらカカシはイルカを見た。
「大げさ」
イルカは目を丸くする。
「大げさなわけないないでしょう?あなたがチョコ買っただけで今日も朝から女性達はそれの話題で盛り上がってるんですから」
カカシはへえ、と片眉を上げ反応を見せた。
「平和だねえ」
それはその通りだった。そんな話題で盛り上がっている光景は、確かに平和そのものだ。ええ、まあ。と同意しかけてイルカは我に返る。カカシを強い眼差しで見つめ返した。
「とにかく、もう人前でああいう話題は出さないでいただけますか」
迷惑、とははっきり言えないものの、正直迷惑だ。
言い切るイルカを前に、カカシはゆっくりと息を吐き出しながら銀色の頭を掻く。
「で、チョコは食べたの?」
話を続けられ、聞かれてイルカはうっ、となった。渋々口を開く。
「・・・・・・いただきました」
そう、家に帰り、どうしたものかとカカシからもらった包みを眺め、中身が気になって綺麗な包装を解いて中を開いたら、今まで買った事も貰った事もないようなトリュフが並んでいた。無知な自分でさえお洒落で宝石とも言い換えれそうなトリュフに、思わず見つめた。そして、食べたら想像した以上にものすごく美味しかった。
美味しかったです。律儀にと続けると、カカシはにこっと嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。並んだ甲斐があった」
それを聞いてイルカは複雑な心境になった。カカシの言葉に噂が本当だったと確信し、それは自分に都合が悪いものだと感じざると得ない。誰かに頼むとかしてくれればまだいいのに。何でわざわざ人気店の長蛇の列に並ぶんだ。
「受け取って、食べてくれたんだね」
カカシの言葉にハッとして顔を上げる。ニッコリとカカシは微笑んだ。
「じゃあ返事は待ってあげるから」
「え?ちょっと、」
待ってください、と言い終わる前にカカシが姿を消した。気配も全て、最初からいなかったかのようにいなくなり、イルカは一人残され、言い掛け開いた口を仕方なく閉じた。眉根を寄せカカシがいたはずのその場所へ視線を漂わせる。
返事なんて考えるまでもない。
決まったレールを歩く、それが自分の望んでいる全てなんだ。
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ロッカーに自分の荷物を入れ、ふと裏の扉に付いた小さな鏡に映る自分に目を留める。顔によく出るとは言われるが。
今日が授業がある日じゃなくてよかった。
イルカは小さく息を吐き出しながらロッカーの扉を閉め自分の両頬を軽く手で擦ると、受付へ向かった。
まだ列も出来ていない受付の椅子に座り、既に机の上に置かれた未処理の書類を手に取った。少し目を通したとろこで、部屋の脇にある棚で書類の整理をしている庶務の女性が何やら会話が盛り上がっているのか。楽しそうに話すその声にイルカは顔を上げた。大方昨日のバレンタインの事だと思いながら、視線を向けていると隣の同僚がそれに気が付いたのか。ペンを止めてイルカへ顔を向けた。
「朝から盛り上がってるな」
「みたいだな」
視線を向けたものの、そこまで関心がないのは事実で、流すような言葉を口にしたイルカに気にする事なく同僚がペンを持ちながら少しだけイルカへ身体を寄せた。
「なんかさあ、あのはたけ上忍がバレンタイン前日に有名な店で並んでたのを見たんだってよ」
チョコを買う為に。
店って?と聞く前に同僚が続けたその言葉に、イルカの表情が僅かに固まった。
「・・・・・・へえ、そうか」
意味なく書類を持ち直す。
「あの女性しか並んでない店に並ぶって、相当な勇気いるだろ。すげーよなあ」
感心しきりに言う同僚に、そうだな、とイルカはまた遅れて小さく返す。
「どんな人なんだろうな?」
「え?」
イルカが顔を向けると、同僚が笑ってペンをまだ盛り上がっている庶務の女性へ向けた。
「相手だよ、相手。チョコ買っただけで女からあんな風に艶羨するような話題になるんだもんな」
気になるだろ?同意を求められ、思わずイルカは戸惑いながら作り笑いを顔に浮かべた。ああ、そうだな、と付け加えそのまま持っていた書類に目を落とし、仕事に戻るフリをする。
同僚は笑っていたが、当たり前だが笑えなかった。
笑えるはずがない。
昨夜カカシから渡された、綺麗に包装され金色のリボンに包まれたチョコを思い出す。
あの女性達が噂している、同僚が口にしたその相手が自分だなんて、冗談であって欲しいのに、冗談ではなく、紛れもない事実で。
そう、あれは冗談だったとカカシからそう言って欲しい。たまたま、なんとなく。洒落で、とか。
どんな理由でも、冗談だとしたら許せない冗談だが、それでもやっぱり事実よりよっぽどいい。
と、同僚が、あ、と声を出しイルカもふと顔を上げ、ギクリとした。
受付に入ってきたのはカカシだった。なんでここに、と顔を強ばらせるも、今日は七班の任務が入っていた事を思い出す。ナルト達はたぶんどこかで集合させられているのだろう。カカシは一人で入ってくると、迷う事なくイルカの前まで来る。
「どうも」
いつもと変わらない、眠そうな眼差し。
「お疲れ様です」
イルカは目を下にずらし挨拶をすると、書類の束から七班の任務依頼書を手に取った。書かれている内容を確認する。
農作業で大根抜きと書いてあるが、今日はそれすらどうでもよくなっていた。さっさとこれを渡して部屋を出て行って欲しい。
カカシは特に何かを口にする事なくじっとこちらを見ているのが分かった。
「ではこれを、」
と、書類をカカシに差し出した時。ねえ、とカカシの口から出た。
「返事はいつくれるの?」
ぎゅ、と心臓が縮まった。慌てて逸らしていた視線をカカシに上げると、カカシと目が合った。青みがかった目がイルカをを見下ろしている。
「あの、何の事でしょうか」
空気読めよ、と含んだ眼差しを向けるが、一切読みとっていないカカシは微かに首を傾げた。
「何言ってんの。昨日俺が渡したチョ、」
「あーーーーーーーっ」
イルカは声を大き目の声を発しながら勢いよく立ち上がっていた。慌ててカカシがいる方へ向かい、言葉を遮られ驚きに目を丸くしたままのカカシの腕を掴む。
「ちょっと、来てください」
「何で?」
「いいからっ」
そのままカカシを連れて強引に受付を出た。
「いい加減にしてください」
適当な場所で手を離してそう言い放つイルカに、カカシは表情を変えず頭を掻いた。
「何が?」
何がと言われてイルカは呆れてカカシを見つめた。相手が上忍である事を忘れてくってかかりそうになり、イルカは、一回口を閉じた。ゆっくりと開く。
「あの事を・・・・・・人前で口にする事です」
カカシの表情は変わらなかった。あの事、と言う意味は理解できているらしい。で?と言わんばかりの目がイルカを見つめる。それを証拠に、
「何がいけないの?」
と、いかにも自分がおかしい、と言ったような眼差しを向けられ流石にイルカは口を開いた。
「何がって、普通考えたら分かるでしょう?あんな場所で俺にチョコ渡したなんて言ったらどうなるか」
「どうもならないでしょ」
呆れた。たぶんこの人は本当にそう思っている。それが分かってイルカは少し怖くなった。思わず短く笑う。
「なりますよ。ならないわけがないんですよ。カカシ先生、俺を社会的に抹殺するつもりですか?」
当たり前だが真剣だった。訴えるイルカに、カカシは一瞬目を丸くして、そこから今度はカカシが笑い出した。
「社会的に抹殺って、先生面白い事言うね」
けらけらと笑うカカシにイルカは苛立ちが簡単に募る。
「何もどこも面白くないっ」
言い返すと、まだ笑いながらカカシはイルカを見た。
「大げさ」
イルカは目を丸くする。
「大げさなわけないないでしょう?あなたがチョコ買っただけで今日も朝から女性達はそれの話題で盛り上がってるんですから」
カカシはへえ、と片眉を上げ反応を見せた。
「平和だねえ」
それはその通りだった。そんな話題で盛り上がっている光景は、確かに平和そのものだ。ええ、まあ。と同意しかけてイルカは我に返る。カカシを強い眼差しで見つめ返した。
「とにかく、もう人前でああいう話題は出さないでいただけますか」
迷惑、とははっきり言えないものの、正直迷惑だ。
言い切るイルカを前に、カカシはゆっくりと息を吐き出しながら銀色の頭を掻く。
「で、チョコは食べたの?」
話を続けられ、聞かれてイルカはうっ、となった。渋々口を開く。
「・・・・・・いただきました」
そう、家に帰り、どうしたものかとカカシからもらった包みを眺め、中身が気になって綺麗な包装を解いて中を開いたら、今まで買った事も貰った事もないようなトリュフが並んでいた。無知な自分でさえお洒落で宝石とも言い換えれそうなトリュフに、思わず見つめた。そして、食べたら想像した以上にものすごく美味しかった。
美味しかったです。律儀にと続けると、カカシはにこっと嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。並んだ甲斐があった」
それを聞いてイルカは複雑な心境になった。カカシの言葉に噂が本当だったと確信し、それは自分に都合が悪いものだと感じざると得ない。誰かに頼むとかしてくれればまだいいのに。何でわざわざ人気店の長蛇の列に並ぶんだ。
「受け取って、食べてくれたんだね」
カカシの言葉にハッとして顔を上げる。ニッコリとカカシは微笑んだ。
「じゃあ返事は待ってあげるから」
「え?ちょっと、」
待ってください、と言い終わる前にカカシが姿を消した。気配も全て、最初からいなかったかのようにいなくなり、イルカは一人残され、言い掛け開いた口を仕方なく閉じた。眉根を寄せカカシがいたはずのその場所へ視線を漂わせる。
返事なんて考えるまでもない。
決まったレールを歩く、それが自分の望んでいる全てなんだ。
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