レールの行方③

 あの人は一体何を考えているのだろう。
 あの人とはもちろん、はたけカカシだ。今まで平穏とはいかないかもしれないが、それなりに、こうありたいと考えて上手く日々を過ごしてきたのに。
 それなのに、今まで接したどの相手よりも平気で人の心の中に入り込んでくるような気がして、イルカは少し焦燥感のようなものを持たざるを得なかった。
 でもカカシの噂は色々耳にしていた。里一の稼ぎ頭であの額当てと覆面の下は想像以上に整っているはずだ。昔暗部だったと聞いた事もある。それなりに女性とのつき合いだってあるはずだ。実際綺麗なくノ一を連れ歩いているのを目にした事がある。
 焦りは感じるも、これは彼の中の遊びだとしか思えない。気まぐれで、たまたま自分に興味を持っただけだ。自分で言うのもなんだが、同性のしかもどこにでもいそうな中忍に本命だとチョコを渡すなんて。酔狂もいいとこだ。
 何かあるわけではないが、さっさと諦めてくれないだろうか。
 イルカはため息混じりにテーブルに立て肘をついて杯を傾けた。
 どこかで夕飯を食おうと思い居酒屋に足を運んだが、こんなもやもやとした気持ちのまま、誰かと楽しく一緒に夕飯を食べるような気持ちにはなれない。だから、一人イルカは通された隅のテーブルで熱燗を飲みながらおでんをつついていた。
 平日だがそれなりに賑わった居酒屋で、ふとテーブルから目線を上げ、扉が開き暖簾をくぐって入ってきた客にイルカは、う、と言葉を飲み込んだのは、カカシがいたからだ。
 隣にはさっき自分が浮かべたような、たぶん上忍だろう、ずいぶんと綺麗なくノ一をつれていて。何故か少し安堵した。
 店に入ってくる二人の姿をイルカは、またちびと杯を傾け酒飲みながらその姿を眺める。
 諦めてくれないかと願ってみたが、そんな必要もないくらいに女性のスタイルのいい身体はカカシに密着していた。関係のない自分から見ても実にお似合いだ。ーーにしても。
(わけ分かんねえ人だな)
 店の隅で杯を片手に、定員に促され奥の個室へ消えていくカカシの背中を見つめながら思う。
 俺なんかに高価なチョコを贈っておきながら、今度はくっそ美人でスタイル抜群のくノ一連れている。
 もしかしてあのチョコはダミーかなんかだったのだろうか。あの女性を口説き落とす為の、ーーそこまで思ってイルカは否定した。いや、その為に俺使っても意味ねえし。一人でふっと笑いを零した時、
「ここいい?」
 急に現れた気配とかけられた声に、イルカは杯を持ったまま少しだけ飛び上がりそうになった。
 驚きながら顔を向けると、さっき個室に消えていったはずのカカシが目の前にいて。どうぞとも言えないままのイルカを前に、対面の椅子にカカシが座った。
 何事もなかったかのように座るカカシを、イルカは目を丸くして見つめる。くつろぐように立て肘をつき始めるカカシに、イルカは眉を顰めた。
「あの、ここで何してるんですか?」
 驚いたままそう口にしたイルカに、カカシは、ん?と聞き返す。
「ここに座ってる」
 イルカは苦笑いを浮かべた。
「んなことは分かってます。じゃなくて、だって、さっきカカシ先生、別の方と奥に、」
 流石にクソ美人のくノ一とは言えずに濁したように言うと、カカシは、ああ、と相づちを打った。
「他の用事があるからって帰ってもらった」
 にこりと微笑まれイルカは思わず、眉を寄せた。だって、一緒に店に入ったのはついさっきで、
「先生がいたのが見えたから」
 またしてもカカシが何を言っているのか分からなかった。
 いたから何だよ。
 そう突いて出ても、口には出来ない。
「一緒に飲もうよ」
 苦い顔をしたままのイルカにそう言うと、カカシは手を上げ店員を呼び止める。イルカは未だ杯を持ったまま、注文をするカカシを見つめた。
 
 運ばれた自分のビールをカカシが飲んでいる。適当に頼んだであろう刺身の盛り合わせや金目鯛の煮付けは、今日の予算的に頼みたくとも頼めなかった自分の好物ばかりで。箸をつけるつもりはなかったのに、どうぞ、と当たり前のように勧められ、イルカは一瞬迷うも煮付けに箸をつけた。滅多に食べられないからか、悔しいくらいに美味い。
 カカシは自分が食べるのをビールを飲みながら、何故か嬉しそうに眺めていた。
 しかも初めて素顔を見せる割には何でもないかのように振る舞われ、もそもそと食べながらただただ訝しむ表情を浮かべるイルカに、その綺麗な顔で微笑みながら、で、とカカシは口を開いた。
「あんたもしかして逃げられるとでも思ってない?」
 やんわりとした口調の割には内容が強烈で。イルカは日本酒を飲みながら僅かに反応を示し、思わず杯を口から離していた。カカシはそんなイルカをじっと見つめる。
「残念だけど、俺あんたを逃すつもりはないよ」
 あれ、俺返事したっけ。薄く微笑みながら自信ありげに宣言され、面くらいながらも内心戸惑う。
「・・・・・・俺は別に逃げも隠れもするつもりはないです。チョコは確かに受け取りましたが、本命は受け付けてないって言いませんでしたか?」
 あまり刺激はしたくはないが、あまりにも強気なカカシの発言に、イルカもつい口調が強くなっていた。
「一体何が目的なんですか」
 自分なりに確信を突いたつもりだった。だが、イルカの言葉を受けてもカカシはまた微笑み、うん、聞いた。と答える。そして、カカシは立て肘を解いて両腕をテーブルに置き少しイルカへ身体を近づけた。
「あなたが目的に決まってるでしょ」
 低い声で囁く。
「イルカ先生の身も心も全部俺の物にしたい。セックスしたいの、あんたと」
 徐徐に黒い目が見開かれていくイルカを見つめながら、カカシは嬉しそうに目を細めた。


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