①
任務報告を終えたテンゾウは青空の下、西の森にある暗部の待機所に向かっていた。
任務の成果が良いと気分が良い。
こっちの任務に成果もクソもない、と言うのが正しいのかもしれないが。
気分が良いと自分で言っておきながら、自傷気味の訂正に内心苦笑いしたくなる。
演習場の裏から森へ入るところで、ふと目に留まったものと、気配に木の上で足を止めた。
銀色の髪で覆面をしているのは、自分の中ではカカシしか知らない。
その通り、カカシが木陰で仰向けで身体を横にしていた。顔には昔からの愛読書の本が開かれ、伏せるように顔の上に乗せてある。
少し前の件で、カカシと少し距離を置いていたのは事実だ。
狼狽した自分を認めたくないのが正しかった。それだけあの人の事を、自分の中で心理的にウエートを占める割合が高かった事や、人間変わるものだと言うことが今回の経験で身に染みたのも事実。
あの黒い髪と目の男を恋人に選んだ。どこにでもいそうな男なのに、カカシが相手だったからなのか、その容姿や声、表情も強烈に頭に残っている。
そう。写輪眼のカカシも所詮はただの人間。
本人の前ではとても言えない事を、自分に冷静さを取り戻させる為に頭で反芻していた。
カカシに暗部で出会ってから、先輩と呼ぶようになり、そして暗部を抜けた今でさえ。
勝手に振り回されてる。
(だったら何で足を止めてるんだ)
自問しながらカカシを見つめ。
その近くに降り立った。
もう既に自分の気配は捉えているだろうカカシは、本を顔に伏せたまま起きる様子もなかったが、数歩歩み寄ったところで本の近くにあった手が動いた。その本を下にずらし青色の目がテンゾウを映す。
「なんだ。お前なの」
そう言うとカカシはむくりと身体を起こした。
「休憩中すみません」
分かってここに来てる時点で謝るのはおかしいとは思ったが、それはカカシも同じだからか、ふっと鼻で小さく笑った。
ぼさぼさの銀髪を掻く。
「で、なに」
あぐらを掻いたカカシは指を前で組んだ。
その問いは正解だが。自分の中でその問いに対する明確な答えは用意されていなかった。
ただ、何となく。
カカシがいたから。
流石にそれをそのまま口にする訳にはいかない。
「まあ、...久しぶりなだって思いまして」
上忍としての単独任務が多くなってきたのは知っていた。やるべき事はその分こっちも多くなるが、それは当たり前の事で。
「...そーね」
カカシはその曖昧なテンゾウの言葉に、しばらくの間の後そう呟くように言った。
またそこからしばらく間があった。
何も話し出さない相手にカカシは微かに訝しむような目を向ける。
「まさかホントにそれだけって事じゃないよね」
「だめですか」
言い返すような言い方に、少し驚きを含んだ目を見せたが、その目は直ぐに戻る。
「だめじゃないよ。別に。でもお前らしくないじゃない」
眠そうな目がこっちを見つめる。
らしくないのはお互い様で、でもそれはカカシほどじゃない。
なんて思ってみたものの、カカシに言われて改めて気がつかされる。
何でカカシに声をかけたかったのだろうか。
意味のない行動は無駄だと、そう考えているのに。
「即物的だもんねえ、お前」
思った事を言葉にされる。
「僕は...先輩を見かけたからちょっと立ち寄っただけです」
「はいはい」
適当に流されむっとすれば、
「座ったら?」
そう言われてテンゾウはカカシの斜め前に、同じように、草の上にあぐらを掻いて座った。カカシと同じ目線の高さになる。
「さっき短期の任務が終わったばかりで、」
「ああ...それでここね」
そのルートにカカシは軽く頷く。
「先輩はここで...」
「俺?俺は七班の任務。ま、ここが集合場所なんだけどね」
九尾とうちは。その二つが頭に浮かんだ。将来を見据えればカカシの任されている事は重要な役目に違いないのだが、当のカカシはのそれを感じさせない。それは昔から変わらなかった。物怖じしない、と言えばいいのだろうか。のほほんとした表情をしている。
「そうですか。...その子供と、」
「ナルトとサスケね。あとサクラ」
言葉を選ぼうとそう口にしたテンゾウに、カカシは名前を口に出した。
ナルトにサスケにサクラ。三人のカカシの今の部下。
(にしても随分と優しい呼び方をするんだな)
そう思ってハッとする。
何でそんな事を思ったんだ。
ふとカカシを見れば、青色の目はじっと自分を見ていた。
「なに」
聞き返され、冷静さを取り戻そうと話題を変えるべく、当初の自分の気になっていた事を口に出した。
「いえ。先輩、そういえば黄色のペンの方はお元気ですか」
「は?黄色?」
「ええ、黄色のペンの方です。あの、ヒヨコ柄の」
「ああ...」
カカシの声は僅かに不機嫌さを含んでる。そう言えばそんな事もあったっけね、と、そう続けた。
「でもまあ俺は驚きましたよ。まさか先輩がアカデミーの方とお付き合いされるなんて」
勝手に振り回された内容だが、話題に出すのくらいは構わないはずだ。テンゾウは気にする事なく話す事を選んだ。
流石に相手と顔を会わせたなんて口が裂けても言えっこないが。
「そう?お前が意外って思うのは勝手だけどね」
「誰だって思いますよ」
「へえー...誰だってって、それお前の周りのヤツの事言ってんの?」
「まあ、そうなりますが」
カカシはため息を吐き出した。
「俺どんなイメージなのよ」
「あ、いや。勝手な僕の憶測なんで」
「知ってる」
即答され、それに黙るテンゾウにカカシは組んでいた指を解いて、その腕を後ろにまわした。自分の上半身を支えるように地面に手のひらを着く。
「まあいいけど。あとさ、俺つき合ってないよ」
「...そうですか...え?」
驚くテンゾウを前にカカシは表情変えずにこっちを見ていた。
つき合ってない。
それは分かりやすいくらいに気持ちが動転した。
カカシに。あのカカシに想う相手がいて。いや、いるのに、相手とつき合っていないとは、どういう事だ。
あのペンの話はかれこれもう2ヶ月前になる。
カカシが仮にあの黄色のペンの男に思いを抱いたのが少し前にしても。
それでも長すぎやしないだろうか。
どちらかと言えば、カカシも自分と同じく即物的だ。相手がいるのに何でまだ恋人同士になっていないのか。
何だそれは。そんなに相手を長く想う期間がある必要があるのだろうか。気持ちを伝えれない理由があるのか。
片思いなんて必要がないはずだ。
(...片思い?)
自分で思って自分で不思議に思う。
なんだそれ。
そんな言葉はカカシに今まで存在しただろうか。
そこでふっと浮かんだ結論にテンゾウは顔を上げた。
自分の様子を見ていたのだろうか。そのカカシと目が合う。
「じゃあ別の人を相手に選んだって事ですか」
カカシが微かに眉を寄せた。
「何で」
「だってその期間を考えると長すぎますし、」
「長くて何が悪いの」
嘘だろう。
じゃあ、何か。
カカシは今もなお、あの男に片思いをしている。
そう言うことなのか。
黙ったまま動かなくなったテンゾウに、カカシは小さく息を吐き出した。頭を掻く。
「まあ、お前はそうだろうね」
その言葉に目線を向ける。
「お前には色んな事教えてきたけど、こっちばっかは無理だもんねえ」
そう言われるも意味が分からない。テンゾウは黙ってカカシを見つめた。
分からないから、仕方がない。そんな意味に取れて、テンゾウは眉根を寄せた。そこは考えても仕方ないと、自分で分かっている。
直ぐに諦めたテンゾウはふっと肩の力を抜く。
墓穴を掘ったような感覚に、これ以上話をしても仕方ないと、立ち上がったテンゾウをカカシは見上げた。
「帰ります」
「うん。お疲れ」
背中を向け木に飛び移ろうとしたが身体を止め、カカシに振り返った。
「聞いた僕も僕ですが...でも、意外でした」
「何が?」
「その...先輩のその考えがです」
「そう?」
「...そうです」
聞き返され素直に訝しむテンゾウに、カカシは少しだけ首を傾ける。
「お前だから言ったんだけどね」
静かな口調でそう口にした。
NEXT→
任務の成果が良いと気分が良い。
こっちの任務に成果もクソもない、と言うのが正しいのかもしれないが。
気分が良いと自分で言っておきながら、自傷気味の訂正に内心苦笑いしたくなる。
演習場の裏から森へ入るところで、ふと目に留まったものと、気配に木の上で足を止めた。
銀色の髪で覆面をしているのは、自分の中ではカカシしか知らない。
その通り、カカシが木陰で仰向けで身体を横にしていた。顔には昔からの愛読書の本が開かれ、伏せるように顔の上に乗せてある。
少し前の件で、カカシと少し距離を置いていたのは事実だ。
狼狽した自分を認めたくないのが正しかった。それだけあの人の事を、自分の中で心理的にウエートを占める割合が高かった事や、人間変わるものだと言うことが今回の経験で身に染みたのも事実。
あの黒い髪と目の男を恋人に選んだ。どこにでもいそうな男なのに、カカシが相手だったからなのか、その容姿や声、表情も強烈に頭に残っている。
そう。写輪眼のカカシも所詮はただの人間。
本人の前ではとても言えない事を、自分に冷静さを取り戻させる為に頭で反芻していた。
カカシに暗部で出会ってから、先輩と呼ぶようになり、そして暗部を抜けた今でさえ。
勝手に振り回されてる。
(だったら何で足を止めてるんだ)
自問しながらカカシを見つめ。
その近くに降り立った。
もう既に自分の気配は捉えているだろうカカシは、本を顔に伏せたまま起きる様子もなかったが、数歩歩み寄ったところで本の近くにあった手が動いた。その本を下にずらし青色の目がテンゾウを映す。
「なんだ。お前なの」
そう言うとカカシはむくりと身体を起こした。
「休憩中すみません」
分かってここに来てる時点で謝るのはおかしいとは思ったが、それはカカシも同じだからか、ふっと鼻で小さく笑った。
ぼさぼさの銀髪を掻く。
「で、なに」
あぐらを掻いたカカシは指を前で組んだ。
その問いは正解だが。自分の中でその問いに対する明確な答えは用意されていなかった。
ただ、何となく。
カカシがいたから。
流石にそれをそのまま口にする訳にはいかない。
「まあ、...久しぶりなだって思いまして」
上忍としての単独任務が多くなってきたのは知っていた。やるべき事はその分こっちも多くなるが、それは当たり前の事で。
「...そーね」
カカシはその曖昧なテンゾウの言葉に、しばらくの間の後そう呟くように言った。
またそこからしばらく間があった。
何も話し出さない相手にカカシは微かに訝しむような目を向ける。
「まさかホントにそれだけって事じゃないよね」
「だめですか」
言い返すような言い方に、少し驚きを含んだ目を見せたが、その目は直ぐに戻る。
「だめじゃないよ。別に。でもお前らしくないじゃない」
眠そうな目がこっちを見つめる。
らしくないのはお互い様で、でもそれはカカシほどじゃない。
なんて思ってみたものの、カカシに言われて改めて気がつかされる。
何でカカシに声をかけたかったのだろうか。
意味のない行動は無駄だと、そう考えているのに。
「即物的だもんねえ、お前」
思った事を言葉にされる。
「僕は...先輩を見かけたからちょっと立ち寄っただけです」
「はいはい」
適当に流されむっとすれば、
「座ったら?」
そう言われてテンゾウはカカシの斜め前に、同じように、草の上にあぐらを掻いて座った。カカシと同じ目線の高さになる。
「さっき短期の任務が終わったばかりで、」
「ああ...それでここね」
そのルートにカカシは軽く頷く。
「先輩はここで...」
「俺?俺は七班の任務。ま、ここが集合場所なんだけどね」
九尾とうちは。その二つが頭に浮かんだ。将来を見据えればカカシの任されている事は重要な役目に違いないのだが、当のカカシはのそれを感じさせない。それは昔から変わらなかった。物怖じしない、と言えばいいのだろうか。のほほんとした表情をしている。
「そうですか。...その子供と、」
「ナルトとサスケね。あとサクラ」
言葉を選ぼうとそう口にしたテンゾウに、カカシは名前を口に出した。
ナルトにサスケにサクラ。三人のカカシの今の部下。
(にしても随分と優しい呼び方をするんだな)
そう思ってハッとする。
何でそんな事を思ったんだ。
ふとカカシを見れば、青色の目はじっと自分を見ていた。
「なに」
聞き返され、冷静さを取り戻そうと話題を変えるべく、当初の自分の気になっていた事を口に出した。
「いえ。先輩、そういえば黄色のペンの方はお元気ですか」
「は?黄色?」
「ええ、黄色のペンの方です。あの、ヒヨコ柄の」
「ああ...」
カカシの声は僅かに不機嫌さを含んでる。そう言えばそんな事もあったっけね、と、そう続けた。
「でもまあ俺は驚きましたよ。まさか先輩がアカデミーの方とお付き合いされるなんて」
勝手に振り回された内容だが、話題に出すのくらいは構わないはずだ。テンゾウは気にする事なく話す事を選んだ。
流石に相手と顔を会わせたなんて口が裂けても言えっこないが。
「そう?お前が意外って思うのは勝手だけどね」
「誰だって思いますよ」
「へえー...誰だってって、それお前の周りのヤツの事言ってんの?」
「まあ、そうなりますが」
カカシはため息を吐き出した。
「俺どんなイメージなのよ」
「あ、いや。勝手な僕の憶測なんで」
「知ってる」
即答され、それに黙るテンゾウにカカシは組んでいた指を解いて、その腕を後ろにまわした。自分の上半身を支えるように地面に手のひらを着く。
「まあいいけど。あとさ、俺つき合ってないよ」
「...そうですか...え?」
驚くテンゾウを前にカカシは表情変えずにこっちを見ていた。
つき合ってない。
それは分かりやすいくらいに気持ちが動転した。
カカシに。あのカカシに想う相手がいて。いや、いるのに、相手とつき合っていないとは、どういう事だ。
あのペンの話はかれこれもう2ヶ月前になる。
カカシが仮にあの黄色のペンの男に思いを抱いたのが少し前にしても。
それでも長すぎやしないだろうか。
どちらかと言えば、カカシも自分と同じく即物的だ。相手がいるのに何でまだ恋人同士になっていないのか。
何だそれは。そんなに相手を長く想う期間がある必要があるのだろうか。気持ちを伝えれない理由があるのか。
片思いなんて必要がないはずだ。
(...片思い?)
自分で思って自分で不思議に思う。
なんだそれ。
そんな言葉はカカシに今まで存在しただろうか。
そこでふっと浮かんだ結論にテンゾウは顔を上げた。
自分の様子を見ていたのだろうか。そのカカシと目が合う。
「じゃあ別の人を相手に選んだって事ですか」
カカシが微かに眉を寄せた。
「何で」
「だってその期間を考えると長すぎますし、」
「長くて何が悪いの」
嘘だろう。
じゃあ、何か。
カカシは今もなお、あの男に片思いをしている。
そう言うことなのか。
黙ったまま動かなくなったテンゾウに、カカシは小さく息を吐き出した。頭を掻く。
「まあ、お前はそうだろうね」
その言葉に目線を向ける。
「お前には色んな事教えてきたけど、こっちばっかは無理だもんねえ」
そう言われるも意味が分からない。テンゾウは黙ってカカシを見つめた。
分からないから、仕方がない。そんな意味に取れて、テンゾウは眉根を寄せた。そこは考えても仕方ないと、自分で分かっている。
直ぐに諦めたテンゾウはふっと肩の力を抜く。
墓穴を掘ったような感覚に、これ以上話をしても仕方ないと、立ち上がったテンゾウをカカシは見上げた。
「帰ります」
「うん。お疲れ」
背中を向け木に飛び移ろうとしたが身体を止め、カカシに振り返った。
「聞いた僕も僕ですが...でも、意外でした」
「何が?」
「その...先輩のその考えがです」
「そう?」
「...そうです」
聞き返され素直に訝しむテンゾウに、カカシは少しだけ首を傾ける。
「お前だから言ったんだけどね」
静かな口調でそう口にした。
NEXT→
スポンサードリンク