選択肢
昼休みの時間はつまらない。
昼食を食べるのは楽しい時間だし、午前中子供たちと一緒に身体を動かせば疲れるから休憩もとりたいけど。
昼食を終え職員室に戻ると、なんだかんだでいる女子同士の職員で始まるお喋りが苦手だ。どっちかと言えば、男の同僚の方が気楽な話題で話が合うのに。
自分の席に座って黙々と次の授業の準備をしていれば声がかかるから。イルカは仕方なしに手を止めてそっちへ顔を向ければ、既に盛り上がってる話に後輩の頬は桃色に輝いている。
「それで勇気出して誘ったら、また今度ねって、微笑まれて、」
そこまで言ったところで聞いていた周りが、わあ、とため息混じりの声を漏らす。また恋バナだな、と内心興味がない話題だと思いながら、イルカは後輩達へ目を向けた。
「断られてるのに、何でそんなに嬉しいの?」
素直に浮かんだ疑問を口にすれば、同期のくノ一が呆れた顔を見せる。
「分かってないなあ、イルカ。あのはたけ上忍だよ?」
言われて、分かったような分かってないような。だから何だと思うが、そうなんだ、と取りあえず返せば、そうだよ、と強めの言葉が直ぐに返る。まあ、イルカは興味ないもんね。
そう付け加えられ。それは間違いではないから。イルカは黙ってその言葉を受け止めた。ただ、カカシに対してだけではなく、どの男にでもそれは同じで。今は仕事が楽しい。それに一人暮らしにもなればそれなりに家ではやらなければならない事が多いし、恋人を作ってその相手と過ごす時間を作る余裕がない。そう思うが、周りの友人や職場の仲間は違い、いつ何時も自分の恋や、友達の恋に夢見る顔を見せては盛り上がっている。
「断られてもあの顔を見れただけで嬉しい」
断られたにも関わらず、後輩がうっとりとした声を出す。それに賛同するように周りが頷ききゃあきゃあと騒ぐのを聞きながら。同意できるところは何もない。イルカは黙って授業の準備に戻った。
予鈴が鳴り教材を持ちながら、教室へ向かうべく廊下を歩く。
ついさっきの同僚や後輩の嬉しそうな顔を思い出しながら。イルカは僅かに目を伏せ視線を廊下に落とした。
教員にだけじゃない。受付でも、報告所でも、またまた一緒に任務に就いた事がある戦忍の中忍も。あのはたけカカシに対して同じ様な事を言う。
カカシと同じ上忍師の紅は、結構だらしないのよ、と愚痴ったのを聞いた事があるが、何がだらしないのか分からないが。取りあえず、はたけカカシはモテる。それは前述の通りで、挨拶をしてそれに彼がにこりと微笑んだけでそこで黄色い声が上がる。
正直、アイドルかよ、と内心ツッコみたくなるのは、皮肉れてるわけでも何でもなく、要は、カカシが自分にそんな顔を向けた事が一度もないから、同意のしようもないって事だ。
そう。初めて会ったのは、ナルト達をお願いすべく挨拶をした時で。自分の世代からしたら憧れの忍びでもあり尊敬もしていたから、緊張しながらも、頭を下げたんだが。反応が、ほぼなかった。
後輩や同期が盛り上がって言うような返しは全くない。にこりとも微笑まなかった。それはその時だけでもなく、今もそうで。
ナルト達の元担任と言う事もあり、やはりきちんと接したいだけなのに。どこかで会って会釈や挨拶をしても、受付で顔を合わせても。報告所でも。にこりどころか、ろくに目も合わさない。
そう、知ってる。自分が女子らしくないのは。女っ気は全くないし、化粧なんてするわけがないし。声も基本でかいし、基本支給服しか着ない。男の同期からも男なのか女なのかどっちかよく分からないと、冗談混じりで言われるくらいなのだから、たぶん誰が見てもそうなんだろうけど。
別に気にしてないけど。そう、気にしたって仕方がないけど。
まあ、自分は女子として見れないからだろうなあ、とそんな事を考えていれば、教室の前まで来ていて、イルカは足を止める。既に予鈴が鳴ったのにも関わらず廊下からも聞こえる騒がしい声に、イルカは息を吸い込み扉に手をかけ、勢いよく開ける。
「ほら、お前ら!さっさと席に着け!」
大きな声が教室に響きわたった。
これを渡してこいと上司に言われ、イルカが返事をして受け取ると、それは任務予定表で。そこに書かれたカカシの名前に内心うっと思うが、仕事だ。イルカの顔を見て、私が渡してくる?と同期が声をかけてくるもそれをいなすのは、自分が作った予定表だからだ。自分で説明しなくては意味がない。
相手が苦手な上忍だからと言って、相手で仕事を選ぶなんて事は自分の中ではあり得ない。
待機所に向かえばそこには上忍が数人いたものの、そこにはおらず、イルカはそのまま外へ向かうべく廊下に出た時、カカシを見つけた。
待機所に戻ることろだったのか、こっちに向かって歩くカカシに、若い中忍のくノ一二人が、お疲れ様です、と声をかける。カカシはそれに、にこっと小さく微笑み、通り過ぎた後、そのくノ一達から黄色い声が上がる。そのいつもの見慣れた光景を書類を持ちながら見つめながら、
「はたけ上忍」
自分が声をかけると、カカシがこっちを見た。会釈をすると、カカシもまた自分に会釈を返し、そのまま視線がこっちに戻る事なく下に向く。いつものように。
そう、いつもの事だ。イルカは任務予定表をカカシに手渡し、説明を始める。相手に聞き漏らしがないように、丁寧に説明をすれば、カカシもまたいつものように静かにそれを聞いていた。うん、とか相づちみたいなものはあるものの、会話みたいなものはない。
聞き終えると、カカシはその予定表を持ったまま立ち去ろうとする。それを見つめながら。思い出したのは数日前の事だった。
たまたま帰りがけ、カカシとナルト達に会った。七班の任務の帰りだったんだろう。泥で汚れたナルトがアカデミーの頃と変わらない笑顔で名前を呼んで、自分に飛びついてくる。
いつもナルト達にも言っているが、任務は報告を終えるまでが任務だ。
その途中に足を止めて申し訳ないと、挨拶しながら、すみません、と言えば、カカシは、その事事態は気にしているのか、していないのか。同じように、いや、別に、と小さく返すが、視線は自分から外される。
それを思い出しながら。いつもの事なのに。浮かんだのは苛立ちだった。
いつもいつも、いつも。上忍だからって。何様なんだ。
ぐっと口を結んだ後、また口を開ける。
「カカシさん」
いつもより強い口調で名前を呼ぶと、カカシが足を止めた。こっちへ振り返る前に、イルカは振り返ったカカシの前まで歩み寄り、口を開く。
別にちやほやされたいとも思ってない。
自分が女子として見られていなくとも、それはどうでもいい。
上忍師でありながら、そして他の上忍仲間にもちゃんと顔を見て話して挨拶もしているのに。きちんとすべきものはすべきだ。
だから、
「ちゃんと顔を見て挨拶が、」
出来ないんですか?
そう伝えたかったのに。不意に距離を縮め、声をかけた自分に驚いたのか、顔をイルカに向けたカカシの目が、青みがかった目が自分を映し、今までないないくらい自分を見つめる。
言いかけた言葉がどんどん自分の中に飲み込まれていくのは。目の前のカカシの、露わになっている白い肌が赤く染まるのが。自分を見つめるその顔を恥ずかしそうにするから。まさかそんな顔をするなんて想像もしていなかったから。
(・・・・・・わ、)
黒い目をまん丸にしながら。こっちを向かせたのは自分なのに。何故か呼応するかのように自分の顔も赤くなった。
頬が熱い。それが信じられない。
そんな事があるわけがない。
だって、自分は思い切り対象外だと思っていたから。
それでもいいと思っていたのに。
なのに、こんな顔。
イルカは赤い顔で眉根を寄せていた。
幼い頃からどんな喧嘩も、難関にも、逃げ出した事なんてなかったのに。
キャパオーバーになった頭は真っ白になるし、顔はどんどん熱くなる。
選択肢はない。
イルカは逃げた。
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昼食を食べるのは楽しい時間だし、午前中子供たちと一緒に身体を動かせば疲れるから休憩もとりたいけど。
昼食を終え職員室に戻ると、なんだかんだでいる女子同士の職員で始まるお喋りが苦手だ。どっちかと言えば、男の同僚の方が気楽な話題で話が合うのに。
自分の席に座って黙々と次の授業の準備をしていれば声がかかるから。イルカは仕方なしに手を止めてそっちへ顔を向ければ、既に盛り上がってる話に後輩の頬は桃色に輝いている。
「それで勇気出して誘ったら、また今度ねって、微笑まれて、」
そこまで言ったところで聞いていた周りが、わあ、とため息混じりの声を漏らす。また恋バナだな、と内心興味がない話題だと思いながら、イルカは後輩達へ目を向けた。
「断られてるのに、何でそんなに嬉しいの?」
素直に浮かんだ疑問を口にすれば、同期のくノ一が呆れた顔を見せる。
「分かってないなあ、イルカ。あのはたけ上忍だよ?」
言われて、分かったような分かってないような。だから何だと思うが、そうなんだ、と取りあえず返せば、そうだよ、と強めの言葉が直ぐに返る。まあ、イルカは興味ないもんね。
そう付け加えられ。それは間違いではないから。イルカは黙ってその言葉を受け止めた。ただ、カカシに対してだけではなく、どの男にでもそれは同じで。今は仕事が楽しい。それに一人暮らしにもなればそれなりに家ではやらなければならない事が多いし、恋人を作ってその相手と過ごす時間を作る余裕がない。そう思うが、周りの友人や職場の仲間は違い、いつ何時も自分の恋や、友達の恋に夢見る顔を見せては盛り上がっている。
「断られてもあの顔を見れただけで嬉しい」
断られたにも関わらず、後輩がうっとりとした声を出す。それに賛同するように周りが頷ききゃあきゃあと騒ぐのを聞きながら。同意できるところは何もない。イルカは黙って授業の準備に戻った。
予鈴が鳴り教材を持ちながら、教室へ向かうべく廊下を歩く。
ついさっきの同僚や後輩の嬉しそうな顔を思い出しながら。イルカは僅かに目を伏せ視線を廊下に落とした。
教員にだけじゃない。受付でも、報告所でも、またまた一緒に任務に就いた事がある戦忍の中忍も。あのはたけカカシに対して同じ様な事を言う。
カカシと同じ上忍師の紅は、結構だらしないのよ、と愚痴ったのを聞いた事があるが、何がだらしないのか分からないが。取りあえず、はたけカカシはモテる。それは前述の通りで、挨拶をしてそれに彼がにこりと微笑んだけでそこで黄色い声が上がる。
正直、アイドルかよ、と内心ツッコみたくなるのは、皮肉れてるわけでも何でもなく、要は、カカシが自分にそんな顔を向けた事が一度もないから、同意のしようもないって事だ。
そう。初めて会ったのは、ナルト達をお願いすべく挨拶をした時で。自分の世代からしたら憧れの忍びでもあり尊敬もしていたから、緊張しながらも、頭を下げたんだが。反応が、ほぼなかった。
後輩や同期が盛り上がって言うような返しは全くない。にこりとも微笑まなかった。それはその時だけでもなく、今もそうで。
ナルト達の元担任と言う事もあり、やはりきちんと接したいだけなのに。どこかで会って会釈や挨拶をしても、受付で顔を合わせても。報告所でも。にこりどころか、ろくに目も合わさない。
そう、知ってる。自分が女子らしくないのは。女っ気は全くないし、化粧なんてするわけがないし。声も基本でかいし、基本支給服しか着ない。男の同期からも男なのか女なのかどっちかよく分からないと、冗談混じりで言われるくらいなのだから、たぶん誰が見てもそうなんだろうけど。
別に気にしてないけど。そう、気にしたって仕方がないけど。
まあ、自分は女子として見れないからだろうなあ、とそんな事を考えていれば、教室の前まで来ていて、イルカは足を止める。既に予鈴が鳴ったのにも関わらず廊下からも聞こえる騒がしい声に、イルカは息を吸い込み扉に手をかけ、勢いよく開ける。
「ほら、お前ら!さっさと席に着け!」
大きな声が教室に響きわたった。
これを渡してこいと上司に言われ、イルカが返事をして受け取ると、それは任務予定表で。そこに書かれたカカシの名前に内心うっと思うが、仕事だ。イルカの顔を見て、私が渡してくる?と同期が声をかけてくるもそれをいなすのは、自分が作った予定表だからだ。自分で説明しなくては意味がない。
相手が苦手な上忍だからと言って、相手で仕事を選ぶなんて事は自分の中ではあり得ない。
待機所に向かえばそこには上忍が数人いたものの、そこにはおらず、イルカはそのまま外へ向かうべく廊下に出た時、カカシを見つけた。
待機所に戻ることろだったのか、こっちに向かって歩くカカシに、若い中忍のくノ一二人が、お疲れ様です、と声をかける。カカシはそれに、にこっと小さく微笑み、通り過ぎた後、そのくノ一達から黄色い声が上がる。そのいつもの見慣れた光景を書類を持ちながら見つめながら、
「はたけ上忍」
自分が声をかけると、カカシがこっちを見た。会釈をすると、カカシもまた自分に会釈を返し、そのまま視線がこっちに戻る事なく下に向く。いつものように。
そう、いつもの事だ。イルカは任務予定表をカカシに手渡し、説明を始める。相手に聞き漏らしがないように、丁寧に説明をすれば、カカシもまたいつものように静かにそれを聞いていた。うん、とか相づちみたいなものはあるものの、会話みたいなものはない。
聞き終えると、カカシはその予定表を持ったまま立ち去ろうとする。それを見つめながら。思い出したのは数日前の事だった。
たまたま帰りがけ、カカシとナルト達に会った。七班の任務の帰りだったんだろう。泥で汚れたナルトがアカデミーの頃と変わらない笑顔で名前を呼んで、自分に飛びついてくる。
いつもナルト達にも言っているが、任務は報告を終えるまでが任務だ。
その途中に足を止めて申し訳ないと、挨拶しながら、すみません、と言えば、カカシは、その事事態は気にしているのか、していないのか。同じように、いや、別に、と小さく返すが、視線は自分から外される。
それを思い出しながら。いつもの事なのに。浮かんだのは苛立ちだった。
いつもいつも、いつも。上忍だからって。何様なんだ。
ぐっと口を結んだ後、また口を開ける。
「カカシさん」
いつもより強い口調で名前を呼ぶと、カカシが足を止めた。こっちへ振り返る前に、イルカは振り返ったカカシの前まで歩み寄り、口を開く。
別にちやほやされたいとも思ってない。
自分が女子として見られていなくとも、それはどうでもいい。
上忍師でありながら、そして他の上忍仲間にもちゃんと顔を見て話して挨拶もしているのに。きちんとすべきものはすべきだ。
だから、
「ちゃんと顔を見て挨拶が、」
出来ないんですか?
そう伝えたかったのに。不意に距離を縮め、声をかけた自分に驚いたのか、顔をイルカに向けたカカシの目が、青みがかった目が自分を映し、今までないないくらい自分を見つめる。
言いかけた言葉がどんどん自分の中に飲み込まれていくのは。目の前のカカシの、露わになっている白い肌が赤く染まるのが。自分を見つめるその顔を恥ずかしそうにするから。まさかそんな顔をするなんて想像もしていなかったから。
(・・・・・・わ、)
黒い目をまん丸にしながら。こっちを向かせたのは自分なのに。何故か呼応するかのように自分の顔も赤くなった。
頬が熱い。それが信じられない。
そんな事があるわけがない。
だって、自分は思い切り対象外だと思っていたから。
それでもいいと思っていたのに。
なのに、こんな顔。
イルカは赤い顔で眉根を寄せていた。
幼い頃からどんな喧嘩も、難関にも、逃げ出した事なんてなかったのに。
キャパオーバーになった頭は真っ白になるし、顔はどんどん熱くなる。
選択肢はない。
イルカは逃げた。
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