選択肢④
ジョギングを終えたイルカは走りながらアパートに戻り、玄関の扉を閉めると上着を勢いよく脱いだ。
「あっつー、」
タオルで汗を拭ういながら部屋に上がる。その足で脱衣所に向かった。
既に沸かしてあった湯船の温度もちょうど言い。汗を流し、心地よい身体の疲れにイルカはため息を吐き出した。
挫いた足の回復は思いの外早かった。早めの処置が良かったのは言うまでもない。
休日身体を動かし、少し早めの風呂に入り、こんな気持ちいい事はないのに。考えるのはカカシの事だった。
どうしたらいいんだろう、が正直な気持ちだ。ぼんやりと浴室の天井を眺める。
あの時、養護室でカカシの唇が自分の唇に触れ直ぐ離れたその時、扉が勢いよく開いた。膝をすりむいた生徒が一人、そこに立っていて、自分が教師の顔に切り替わったのは言うまでもなかった。
生徒の為に席を空け、手当する準備をしていれば、気がつけばカカシの姿はなく。ろくに礼も言えずじまいだったのは、心残りだ。
でも。
そこでイルカは天井を見つめながら眉を寄せる。
自分は絶対に流されないと、思っていたのに。あんなシチュエーション、絶対に認めないし、流されるはずがない。
そこは自分の中で自信があったのに。
（･･････なんでキスした？）
後悔の渦に飲まれ、イルカはそこで湯船に浸かりながら、項垂れる。どう言い訳しようとも、こればっかりは変えられない事実だ。
だって、あの時。自分は拒もうとすれば出来たし、前と同じように頬を叩く事だって出来た。
なのに。
カカシを見ていたら、何故か惹きつけられた。いつも、何考えているか分からない、あの青みがかった目に、吸い込まれそうになった。
唇が重なる瞬間を思い出して、思わずイルカは顔を手で覆う。うう、と声が漏れた。
（駄目じゃん、自分）
恥ずかしい。今思い出しても恥ずかしい。
ちゃんとつき合ってない人とキスとか。
（そう言うのは、ばあちゃんが駄目だって言ってた気がする･･････）
なのに、こんな事になるなんて。
自分は一体どうしちゃったんだろう。
自分の事なのに。らしくない自分を把握出来ない。困り果てたイルカはまた大きくため息を吐き出した。
知っている。
紅が言ったように、向こうにとったら何でもない事だ。
周りのくノ一にちやほやされて。いつも決まって連れて歩くのは綺麗なくノ一で。たまには違う感じの女に手を出したくなった。ただ、それだけだ。
深く考えないようにしよう。
イルカは風呂の気持ちよさに気持ちを切り替えるように、湯船の中で目を閉じた。
二日後、イルカは商店街にいた。
久しぶりに早く上がれたイルカは、休日に行き損ねた買い出しを兼ねて買い物をする。トイレットペーパーやシャンプーの詰め替えは持てそうにないのでまた今度にしようと思いながら、ふと顔を上げ、銀色の髪が目に入る。イルカは足を止めた。
時間的に買い物客が多いが、それがカカシだと、直ぐに気がつく。銀色の髪で痩身長躯の体型は商店街では目立って見える。見間違える訳がなかった。
前見た時とは違うくノ一で、相手はカカシにぴったりと寄り添っている。雑踏の中向こうがこっちに気がつくわけがないのに、何となく、近くの店先に隠れた自分がいた。そこで、何やってんだと、自分にツッコむ。
別にカカシが誰と歩いたって自分には関係ないし、自分が隠れる必要もない。まあ、でも、違う道から帰ろうと、イルカは荷物を持ったまま背を向け歩き出す。名前を呼ばれたのはその直後だった。
「先生」
最初、それだけだったから、自分だと思わなかった。
「イルカ先生」
名前を呼ばれ、その声にイルカは振り返る。カカシの顔を見て、動揺しないはずがなかった。
顔見知りで、仕事上何度か顔を合わせた事はもちろんあるが。こうして名前を呼ばれたのは初めてだった。しかも、仕事場でもなんでもない。互いにプライベートな時間だ。あんな事があったにせよ、あれは事故みたいなもので、カカシも別にそこに拘ったりはしないはずだ。
だから、当たり前に困惑しながらも、イルカはカカシへ顔を向けた。取りあえず、お疲れ様です、と礼儀正しく挨拶をし頭を下げる。
頭を上げたとろこで、ねえ、とカカシがまた口を開いた。
「足は平気？」
真っ直ぐ見つめて聞かれた事にイルカは苦笑いを浮かべるしかなかった。どんな状況だったにせよ、あれが情けない事に変わりはない。それが悔しくて、最近時間を見つけては鍛錬を増やすようにしていた。
「平気です」
短く答えた後、ありがとうございました。深々と頭を下げると、カカシの隣にいたくノ一が不思議そうに首を傾げた。何かあったの？と問いかけられるも、カカシはイルカを見つめたまま、なら良かった、と小さく口にした。
カカシの視線に、慣れない空気にイルカは、じゃあ、失礼します、と頭を軽く下げる。早々に背中を見せ歩き出した。
お礼を言えただけ良かった。そう言うことろは自分ではきっちりしたいと思っていたが、何故かカカシにだけはすぐ行動出来ていなかったから、声をかけてくれた事に有り難いと素直に感じる。それに、大した怪我でもないのに気遣ってわざわざ声をかけてくれるとは思わなかった。
有り難いと思いながらも、胸がザワザワとするのは、あの状況はなんと言うか、居た堪れないものを感じた。二人を前にし、仕事帰りの汚れた服で買い物袋を両手に持つ自分の姿は、何も変わらないいつもの自分なのに。何故か、酷く滑稽に感じた。じわりと陰鬱な気分に包まれる。
早足で裏道に入ろうとしたところで、
「先生」
再び声がかかる。振り返れば、カカシがそこにいて、イルカは目を丸くした。カカシと一緒にいたくノ一はさっき別れた場所で立ったままで。明らかにカカシを待っている。何だろうと僅かに眉を寄せた。だって、もう用はないはずだ。
「あの、何か」
尋ねると、カカシは、うん、と返事をする。銀色の髪を掻いた。
「お礼とかってしてくれないの？」
カカシの言葉にイルカは首を傾げた。だって、それはすごく変な台詞だ。
「お礼･･････ですか」
確認するように、聞くと、またカカシは、うん、と言う。イルカは内心面食らった。仲がいい間柄ならまだしも、こういう事は向こうから言うものだろうか。口調があまりにも子供っぽくて生徒やナルトと話しているような錯覚を覚えるも、相手はカカシだ。言葉に困る。
でも、まあ、あの時助かったのは確かだった。カカシが声をかけてくれなかったら、自分はあの足で無理矢理運ぶか、何回か往復して運ぶ事になっただろう。しかし、この手の流れのお礼がすぐに浮かばない。躊躇いながらもイルカはじっと待っているカカシに、じゃあ、と口を開いた。
「ラーメンでも、どうですか」
遠慮がちに聞くと、カカシは僅かに表情が変わるが、それ以上は読みとれない。ラーメンではお礼にならないだろうか。心配になると、
「うん、いいよ」
その返事にホッとする。じゃあ、ラーメンで。そう言いながらイルカが微笑むと、カカシは少しだけ驚いたような顔をするも、直ぐに視線を反らした。
「じゃあ、またね」
カカシはイルカにそう告げると背中を見せ、待っているくノ一のところへ歩き出す。その後ろ姿を少しだけ見送った後、イルカもまた買い物袋を持ち直しながら、一人家路へ向かった。
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「あっつー、」
タオルで汗を拭ういながら部屋に上がる。その足で脱衣所に向かった。
既に沸かしてあった湯船の温度もちょうど言い。汗を流し、心地よい身体の疲れにイルカはため息を吐き出した。
挫いた足の回復は思いの外早かった。早めの処置が良かったのは言うまでもない。
休日身体を動かし、少し早めの風呂に入り、こんな気持ちいい事はないのに。考えるのはカカシの事だった。
どうしたらいいんだろう、が正直な気持ちだ。ぼんやりと浴室の天井を眺める。
あの時、養護室でカカシの唇が自分の唇に触れ直ぐ離れたその時、扉が勢いよく開いた。膝をすりむいた生徒が一人、そこに立っていて、自分が教師の顔に切り替わったのは言うまでもなかった。
生徒の為に席を空け、手当する準備をしていれば、気がつけばカカシの姿はなく。ろくに礼も言えずじまいだったのは、心残りだ。
でも。
そこでイルカは天井を見つめながら眉を寄せる。
自分は絶対に流されないと、思っていたのに。あんなシチュエーション、絶対に認めないし、流されるはずがない。
そこは自分の中で自信があったのに。
（･･････なんでキスした？）
後悔の渦に飲まれ、イルカはそこで湯船に浸かりながら、項垂れる。どう言い訳しようとも、こればっかりは変えられない事実だ。
だって、あの時。自分は拒もうとすれば出来たし、前と同じように頬を叩く事だって出来た。
なのに。
カカシを見ていたら、何故か惹きつけられた。いつも、何考えているか分からない、あの青みがかった目に、吸い込まれそうになった。
唇が重なる瞬間を思い出して、思わずイルカは顔を手で覆う。うう、と声が漏れた。
（駄目じゃん、自分）
恥ずかしい。今思い出しても恥ずかしい。
ちゃんとつき合ってない人とキスとか。
（そう言うのは、ばあちゃんが駄目だって言ってた気がする･･････）
なのに、こんな事になるなんて。
自分は一体どうしちゃったんだろう。
自分の事なのに。らしくない自分を把握出来ない。困り果てたイルカはまた大きくため息を吐き出した。
知っている。
紅が言ったように、向こうにとったら何でもない事だ。
周りのくノ一にちやほやされて。いつも決まって連れて歩くのは綺麗なくノ一で。たまには違う感じの女に手を出したくなった。ただ、それだけだ。
深く考えないようにしよう。
イルカは風呂の気持ちよさに気持ちを切り替えるように、湯船の中で目を閉じた。
二日後、イルカは商店街にいた。
久しぶりに早く上がれたイルカは、休日に行き損ねた買い出しを兼ねて買い物をする。トイレットペーパーやシャンプーの詰め替えは持てそうにないのでまた今度にしようと思いながら、ふと顔を上げ、銀色の髪が目に入る。イルカは足を止めた。
時間的に買い物客が多いが、それがカカシだと、直ぐに気がつく。銀色の髪で痩身長躯の体型は商店街では目立って見える。見間違える訳がなかった。
前見た時とは違うくノ一で、相手はカカシにぴったりと寄り添っている。雑踏の中向こうがこっちに気がつくわけがないのに、何となく、近くの店先に隠れた自分がいた。そこで、何やってんだと、自分にツッコむ。
別にカカシが誰と歩いたって自分には関係ないし、自分が隠れる必要もない。まあ、でも、違う道から帰ろうと、イルカは荷物を持ったまま背を向け歩き出す。名前を呼ばれたのはその直後だった。
「先生」
最初、それだけだったから、自分だと思わなかった。
「イルカ先生」
名前を呼ばれ、その声にイルカは振り返る。カカシの顔を見て、動揺しないはずがなかった。
顔見知りで、仕事上何度か顔を合わせた事はもちろんあるが。こうして名前を呼ばれたのは初めてだった。しかも、仕事場でもなんでもない。互いにプライベートな時間だ。あんな事があったにせよ、あれは事故みたいなもので、カカシも別にそこに拘ったりはしないはずだ。
だから、当たり前に困惑しながらも、イルカはカカシへ顔を向けた。取りあえず、お疲れ様です、と礼儀正しく挨拶をし頭を下げる。
頭を上げたとろこで、ねえ、とカカシがまた口を開いた。
「足は平気？」
真っ直ぐ見つめて聞かれた事にイルカは苦笑いを浮かべるしかなかった。どんな状況だったにせよ、あれが情けない事に変わりはない。それが悔しくて、最近時間を見つけては鍛錬を増やすようにしていた。
「平気です」
短く答えた後、ありがとうございました。深々と頭を下げると、カカシの隣にいたくノ一が不思議そうに首を傾げた。何かあったの？と問いかけられるも、カカシはイルカを見つめたまま、なら良かった、と小さく口にした。
カカシの視線に、慣れない空気にイルカは、じゃあ、失礼します、と頭を軽く下げる。早々に背中を見せ歩き出した。
お礼を言えただけ良かった。そう言うことろは自分ではきっちりしたいと思っていたが、何故かカカシにだけはすぐ行動出来ていなかったから、声をかけてくれた事に有り難いと素直に感じる。それに、大した怪我でもないのに気遣ってわざわざ声をかけてくれるとは思わなかった。
有り難いと思いながらも、胸がザワザワとするのは、あの状況はなんと言うか、居た堪れないものを感じた。二人を前にし、仕事帰りの汚れた服で買い物袋を両手に持つ自分の姿は、何も変わらないいつもの自分なのに。何故か、酷く滑稽に感じた。じわりと陰鬱な気分に包まれる。
早足で裏道に入ろうとしたところで、
「先生」
再び声がかかる。振り返れば、カカシがそこにいて、イルカは目を丸くした。カカシと一緒にいたくノ一はさっき別れた場所で立ったままで。明らかにカカシを待っている。何だろうと僅かに眉を寄せた。だって、もう用はないはずだ。
「あの、何か」
尋ねると、カカシは、うん、と返事をする。銀色の髪を掻いた。
「お礼とかってしてくれないの？」
カカシの言葉にイルカは首を傾げた。だって、それはすごく変な台詞だ。
「お礼･･････ですか」
確認するように、聞くと、またカカシは、うん、と言う。イルカは内心面食らった。仲がいい間柄ならまだしも、こういう事は向こうから言うものだろうか。口調があまりにも子供っぽくて生徒やナルトと話しているような錯覚を覚えるも、相手はカカシだ。言葉に困る。
でも、まあ、あの時助かったのは確かだった。カカシが声をかけてくれなかったら、自分はあの足で無理矢理運ぶか、何回か往復して運ぶ事になっただろう。しかし、この手の流れのお礼がすぐに浮かばない。躊躇いながらもイルカはじっと待っているカカシに、じゃあ、と口を開いた。
「ラーメンでも、どうですか」
遠慮がちに聞くと、カカシは僅かに表情が変わるが、それ以上は読みとれない。ラーメンではお礼にならないだろうか。心配になると、
「うん、いいよ」
その返事にホッとする。じゃあ、ラーメンで。そう言いながらイルカが微笑むと、カカシは少しだけ驚いたような顔をするも、直ぐに視線を反らした。
「じゃあ、またね」
カカシはイルカにそう告げると背中を見せ、待っているくノ一のところへ歩き出す。その後ろ姿を少しだけ見送った後、イルカもまた買い物袋を持ち直しながら、一人家路へ向かった。
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