シャボン玉①

朝、じりじりと音を立てて鳴り響く目覚まし時計を叩くように止めたイルカは、むくりと布団から顔を出した。
「・・・・・・頭いってぇ・・・・・・」
アパートである事を考慮して、そこまで大音量にもしていない目覚まし時計の音が、イルカの頭に響く。
イルカは青い顔で眉を寄せながら時間を確認すると、のそりと起き出して洗面台に向かった。
眩しいくらいに朝日が部屋に差し込み、鳥のさえずりが遠くで聞こえる。
そんな爽やかな朝になんて顔してんだ俺は。
歯ブラシを咥えながら、鏡で見た自分の顔をため息を吐き出した。
胃も少しばかりむかむかしているのも気のせいではない。
(今日の朝飯はパス・・・・・・)
朝食だけじゃなく洗濯もする気になれず、コーヒーだけを飲んだイルカは着替えを済ませると、ため込んでいたゴミを袋を手に取り、部屋を出た。
悪酔いするまで飲んだのはいつぶりだろうか。
昨夜、友人たちとと久しぶりに集まったからって、年齢らしからぬ飲み方をしてしまったのは確かだ。
酒を覚えたばかりの頃は、男だけで集まるといつもその時のノリとテンションで馬鹿みたに騒いだりもした。
年齢が上がるにつれ、お互いに仕事は忙しくなり、スケジュールも合わなくなり、わざわざ任務の合間を縫って飲みに行く事より、休息を優先したり、結果、仲間で集まる事が年に数回に減った。
だから、昨日は久しぶりに友人たちと楽しい酒を飲めた。
(・・・・・・楽しかった・・・・・・よな?・・・・・・うん、楽しかった)
なんとなく自分に言い聞かせるように呟き、言い聞かせている事実を認めるようにイルカはため息を吐いた。
だって。久しぶりに会ったら。
なんか話題が変わってた。
少し前に結婚した仲間は生まれた子供の話題。もう一人はもうすぐ生まれる子供と嫁の話題。
彼女がいるやつは、その彼女の話題。
いやいや待て待て。
飲みながら焦った。
俺、その話題についていけてない。
確かに子供は可愛い。拙い言葉で話し始めた頃なんてまあ、可愛いだろう。抱っこしただけでパパはいや、ママがいいって泣かれちゃうのも、本音言うのが子供の仕事って言うくらいだし、父親としての自尊心が傷つくけど、可愛いもんは可愛い。
今度生まれるのが男か女か、想像するのもわくわくする。名前とかも今流行りの名前とか、古風な名前とか。最初は色んな名前を自分の理想通りにリストアップするんだけど、出産間近になって、名は体を表すなんて言われている通り、名前って子供の一生呼ばれる名前になるわけだから、急に真剣さが増すのも仕方がない。俺も昔、なんで俺こんな名前なんだろうと、名前の由来を親に聞かなかった事を後悔した事がある。漢字で書いたら海豚。本当に一時期悩んだ。
彼女が思ったよりもドジだったとか、料理が意外に下手だったなんてほほえましいし羨ましいじゃないか。それが結婚して奥さんとなったら話は別になるんだろうけど。それは俺には関係ない。
でも、でもだ。そりゃあ昔だって女の話はしたけど、そんな幸せオーラ全開な話題ばかりじゃなかった。
ほぼ振られた話とか、あの店の子はおっぱいが大きかったとか、上忍のどのくノ一が可愛いとか、こっそりランキングなんてつけちゃって、恋人になったらって妄想しちゃったりして。つい数年前まではそっちメインだったはずなのに。
気が付けば聞き役になって、それに相づちを打ってるだけになっていた。
そしてさらに気が付けば、結婚もしていなくて彼女もいないのは仲間の中でもう一人の同僚と、俺。
その同僚と帰りに肩を組みながら、悔しいから今度すげーAV発掘しようなんて話して別れた。他にも話題があったはずなのに。なんでそんな事話してんだ俺たちは。
その後、一人で誰も待ってないアパートに帰る道のりの虚しさったら。
夜空を見上げたら、明日は晴天と言わんばかりに星が綺麗に輝いてた。その後一人で飲み直して二日酔いになったなんて。誰にも言えない。と言うか言いたくない。
今度飲み会あったら、パスしてもいいだろうか。
独身である事に然程気にしていなかったはずなのに、何だろう、この敗北感みたいな気持ちは。
収集場所にゴミ袋を置き、イルカは怠さが抜けない身体でアカデミーに向かった。

「イルカ先生おはよう」
二時間目の授業が終わって廊下を歩いている時だった。
おはようなんて時間でもないのに何言ってんだ、と振り返ると、そこに立っていたのは、はたけカカシだった。
ナルトの上忍師に就いてから顔見知り程度に会話をするようになったが、それだけで。
不意にこんな場所で声をかけられ内心驚いた。アカデミーでカカシを見かけた事があっただろうか。いや、ない。
「お、おはようございます」
さっきのつっこみを喉の奥に押し込んでから会釈をして笑顔を向けると、カカシもにこりと微笑んだ。
「どうされたんですか?」
聞くと、カカシは頭を掻きながらイルカに歩み寄った。
「うん、いやね。今日イルカ先生受付に入らず、一日アカデミーでしょ?俺今から任務なんで受付で会わないから」
「ああ、それでわざわざ」
なんかすみません。
あれ、なんでこの人俺が今日受付に入らないって知ってんだ?なんて疑問が浮かぶが、イルカは鼻頭を掻いてカカシに頭を下げた。
「それで、何の御用でしょうか?」
「うん、お誘い。先生と一緒に見たいものがあって」
「へえ、何ですか」
「AV鑑賞」
教材を抱え笑顔を浮かべたまま固まった。
子供達が無邪気に笑いながらカカシとイルカの横を通り過ぎていく。太陽も高く、暖かい日差しが廊下いっぱいに差し込んでいる。
真っ昼間だ。
この現状と不似合いこの上ない発言が、まさか目の前のカカシから出るはずがない。だから、聞き間違いだと思う事にした。
だが、カカシは変わらず、にこにこと笑顔を浮かべ、えっとそれで、とイルカに事情を説明し始める。
「昨日の夜さ、イルカ先生繁華街にいたでしょ?俺もちょうどいてね、」
要は、こうだ。
飲み会帰り、同僚と二人で、虚しさを紛らわす為にすっごいAV発掘しようぜ、とか、おすすめのがあったら貸すわ、おお、貸してくれ、とか。そんな男同士で話すような下世話な内容を口にしていたのを、カカシがたまたま通りかかった時に耳にしてしまったらしい。
そんな大きな声で話していた記憶がないが、カカシに聞こえたのは事実らしく、さっきのカカシの自分に対する発言はさておき、嫌な気持ちにさせてしまったのだろうと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
すみません、とまた頭を下げる俺にカカシは、それはいいの、と頭を上げさせる。
おずおずと上目遣いにカカシを窺うと、カカシは爽やかな笑顔を浮かべてこう言った。
だからさ、俺にも見せてくれる?先生のお勧めでいいから。
さっきのAV発言は、幻聴でも聞き間違いでもなかったらしい。生徒達が往来しているこのアカデミーの廊下で、何故そんな事を言ってきたのかは分からないが。
カカシの少し申し訳なさそうな表情と控えめな口調に悪気は一切感じず、戸惑いだけが浮遊する。が、そこで次の授業の予鈴が鳴り始めた。
「あ、やばい。じゃあ、カカシさんが良ければ、今度俺んちで」
「うん、じゃあ今日仕事上がったら行くね」
今度と言う曖昧な言葉で、そそくさと逃げ出したイルカに投げかけられた言葉。振り返ると、にっこりと微笑んで片手をイルカに上げていた。
「え、今日?」
急な話が更に急な展開になり驚き聞き返すも、そこでカカシの姿は消える。
その素早さに瞬きをしていれば、遠くで生徒が自分を呼び、否応なしに意識は授業へと切り替えられる。
「悪い、今行く!」
生徒にそう応えると、イルカは急いで教室へ向かった。


その日もちろんカカシは来た。
その通り一緒にAVを観た。
正直自分の中で同様はあったものの、若い頃のようなノリで一緒に観ようと割り切って。
それが2回、3回と続き。
ーー気が付いたら。
「・・・・・・ぁっ」
カカシに揺さぶられ堪えきれない声が、イルカから漏れる。だらしなく開いた口からシーツに唾液が垂れた。

結論から言って。気が付いたら俺はカカシさんに抱かれていた。
いや、流れはあった。でもその流れはすごく自然で。

圧迫された内部のいいところを擦られ、その感度に敏感に反応してしまう。
「ぃっ、・・・・・・ぅ・・・・・・」
イルカの目に涙の膜が張った。
「大丈夫?」
荒い息を吐きながらカカシがイルカの黒い髪を撫でる。そうさせてるのはカカシなのに、優しく撫でられると、心配させまいと思ってしまい、イルカはこくこくと頷いた。それを確認してカカシは律動を再開させる。
ぐちゅぐちゅと繋がっている場所からは水っぽい音が漏れる。
「あっ、ぁっ・・・・・・っ、んっ」
それは、自分から出たと思えないくらいに甘ったるい声と重なり、イルカの聴覚を刺激する。

ーーで、流れって言うのは。
AV鑑賞の3回目をむかえた時、カカシが言った。
実はさ、俺最近いけなくなっちゃって。だからAVでも観れば変わるかなって思ったんだけど。
カカシは少し悲しそうに微笑んだ。
そのカミングアウトに胸打たれた。そりゃそだろう。親しくもない中忍の自分に、そんな内容の悩みを打ち明けてくれるとは。普段覆面をしてほとんど顔が隠れていようと、女性からの人気があったのは知っていた。
そればかりか当たり前のようにそこそこ楽しんでいるのかとばかり思っていた。もしかして、いけないのを理由に女性から呆れられたとかしたんだろうか。想像しただけで傷ついた。自分だったら立ち直れない。
それに俺は、ちょっと羨ましい、なんて妬みが入った目でカカシを見ていた事は確かだった。
なのに自分の浅ましい気持ちとは裏腹に、カカシはそんな悩みを抱えていたとは。
胸を痛めるイルカにカカシはその青い目を向ける。
「その、先生が良ければ、なんだけど。イルカ先生が手伝ってくれたら嬉しいな」
同じ男として断る事は頭になかった。
「ええ、もちろんです」
力強く頷くと、カカシは本当に嬉しそうに目を細めた。
妖艶にも見える微笑みを見た瞬間、何故か一抹の不安が一瞬だけイルカの心を掠めた。
あれ、俺もしかして何か間違ったかーー?

頭を一瞬でも掠めた疑問を今答えるのなら、そうかもしれない。
それに間違っていたとしたら、それはたぶんカカシに会った最初からだ。
選択すべき答えを、俺は全て間違えてしまった。
後ろから激しく突き上げられ喉を仰け反らせた。
今まで経験のない、内側を炙るような快感。
「・・・・・・っ、ひゃ、だ、だめ」
覆い被さったカカシに項を舐められ腰が震える。
「・・・・・・カカ、シさ、もっ・・・・・・っ、イケそうっ、です、か?・・・・・・ぁっ、」
喘ぎながら聞くと、カカシの動きが途端鈍くなった。
「うん・・・・・・分かんない。どうかな・・・・・・」
ゆるゆると腰を動かされ、ぬめる肉棒が自分の中でゆっくりと、動く。
どっちだ、どっちなんだ。
中々答えの出ないカカシに身体が先にじれったくなる。じわりじわりと自分を蝕むような快楽への欲求から腰を自ら動かしたくなり、苦しさにぎゅっと、目を瞑った。
ちなみに、挿入はこれで3回目だ。
初回は挿入までに時間がかかった。自分のせいかもしれないが、初めてだから仕方がない。
でもカカシのモノはしっかり濡れて硬く立ち上がっていた。奥まで入れられた時は、腹の圧迫感で吐き気がした。
全部入った・・・・・・頑張ったね、と、カカシは優しく頭を撫でてくれた。そして、ゆっくりと腰を動かした。吐き気に我慢しながらカカシの動きに耐えていれば、もっとリラックスして、とカカシに前を扱かれあっという間に射精してしまった。そしたらカカシは自分のモノをずるりと抜いて、終わり。
「ごめんね、失敗。また次の時でいい?」
眉を下げて言われ、汚れた俺の身体をテッシュで拭いてくれた。

2回目の時は中である部分を擦られた時に、背中に電流が走った。自分でも驚くくらいに身体が反応した。何が起こったのか分からず動揺するイルカに、カカシは嬉しそうに目を細めた。
ああ、イルカ先生ここがいいんだ。ね、そうでしょ?
答える事ができないイルカに、カカシはその一点を攻められ、あっけなく達して終わり。放心していたら、カカシが濡れたタオルで優しく身体を拭いてくれた。

そして、今日は。そろそろカカシさんがいけたらいいの思うけど。そう、カカシさんがいく事が大事だけど、俺もいきたい、が本能のまま先行しそうになる。
あ、でもこれがいきたいけどいけないって言う事なのか。
これは、辛い。辛いってもんじゃない。射精するっていわば男の性みたいなもんだ。それが出来ないなんて。
だぶん今この状態をカカシに続けられたら、と思うと気が滅入りそうになった。同時に身体が疼く。
耐えきれなくなったイルカは思わず首を捻ってカカシを見ると、青い目と視線が交わった。微かに苦しそうに眉を顰めていたカカシは、イルカの強請る表情に、そこから口元に薄く微笑みを浮かべる。
「我慢出来そうにない?・・・・・・いいよ」
目で訴えたイルカの要求を飲むように、カカシはイルカの尻を掴むと腰を動かし始めた。
「あ・・・・・・でも、カカシさんが、」
「いいって言ったでしょ。別に今日じゃなくてもまた今度があるし・・・・・・」
カカシの言葉に、そうか、と合点してしまう。
欲しかった快楽を与えられ、イルカは頬を上気させながら一緒に腰を振った。次々と押し寄せる快感に頭の中が真っ白になる。中を擦られ、イルカはひっきりなしに声を上げた。
カカシに後ろから激しく腰を打ち付け責め立てられる。
「あ・・・・・・ぁ・・・・・・ぁああっ」
何故か達しそうになる時に、あれだけカカシさんに強請ったくせに、我慢しなきゃなんて気持ちがわき上がった。
でも、突き上げながら玉を柔らかく揉まれ、先走りでびしょびしょに濡れ震えていた陰茎をカカシの硬い手で擦られ、呆気なく滑落した。

俺は馬鹿だ。
体育座りで膝を抱え込んだまま落ち込むイルカに、どうしたの?とカカシが優しく声をかける。
むくりと顔を上げると、先にシャワーを浴びたカカシが、水が入ったコップを手に持ち隣に座る。
コップを手渡してくれた。
「いや・・・・・・3回やって3回とも俺が先に・・・・・・」
カカシは声を出して笑った。
「そんな事気にしないで。それよりイルカ先生の身体は平気?」
優しいなあ。
微笑むカカシをイルカはじっと見つめた。
今はまだ一つの悩みを抱えてはいるが、この悩みを解消したら、きっとまた女性関係も修復出来て、謳歌できる生活を送れるだろう。
いや、人間一つ二つの欠点くらい誰にだってある。容姿端麗で実力があって、優しくてセックスがこんなに上手い男がいたら、自分だったら絶対に放っておかない。
あ、いや。自分が女だったら、の話だけど。
ねえ、先生今日泊まっていっていい?
と聞くカカシに、笑顔で頷く。

そう。女だったら、だ。


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